公開日 2023/01/26
ここ最近、ジョブ型雇用への転換や人的資本情報の可視化、リスキリングの要請など、人事部が関わる改革が増加している。そのような中、これまで以上に人事部が経営ボードと事業部門に近い存在になり、人材や組織の戦略を思い描いていくこと、すなわち「戦略人事」が求められている。
ただし、そのような大きな流れの中にあっても、経営層の考え方や事業内容などによって、人事部の位置づけは各社各様である。パーソル総合研究所が行った調査「人事部大研究」 からは、「定例・定型的な人事労務管理」が人事部の中心的な役割だという回答が人事部管理職の半数にのぼり、戦略人事が浸透する人事部はごく一部であることが浮き彫りになった。また、そのような人事部の非管理職層からは、「管理的・ルーティン的な業務に追われ、戦略・企画系の業務がやりたくてもできない」という声や、「人事を続けても会社経営に関わるような重要ポジションにはつけない」といった悲観的な声も聞かれる。
人事部の非管理職は、将来の人事部の担い手であり、彼らのキャリア意識を知ることは重要だ。また、戦略人事の実現、また非実現は、彼らのキャリア意識にどのような影響を与えているのだろうか。パーソル総合研究所が行った調査「人事部大研究 -非管理職の意識調査」では、人事部に所属する非管理職層を対象に、そのキャリア意識の現在地を明らかにした。
まず、人事部の非管理職層は、どのような人事職域に関心を持っているのか。調査で、人事部の非管理職層(総合職)に今後担いたい人事職域を尋ねたところ、「人事戦略・企画」が42.7%と最も多く、次いで「人材開発・育成」が41.6%だった(図1)。
図1:人事職域の経験意向(正社員区分別)
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
これらの職域は、人事部の管理職層を対象とした「人事部大研究」調査の結果、人手不足の傾向が顕著であり、人事部管理職の半数以上が「やや不足~非常に不足」と回答した。また、戦略人事を実現する上で重要な、専門性の高い職域でもある。これらの職域の市場価値の高さや、専門性・難易度の高さゆえに、目指したい管理職が多いと考えられる。
これらの職域を担う人事部の非管理職は、能力の自己評価が高く、管理職意向も高い傾向があった(図2)。反対に、労務管理や人事管理の担当者は管理職意向が低い傾向があった。また、年代別にみると、20代で45%と高かった「労務管理」の希望者は、30代で急減し、代わって「人事戦略・企画」の希望者が55%と増加する傾向があった。このことからも、キャリア形成として制度の運用的な業務から、人事施策や制度を企画・立案する上流の業務へ移行し成長したいと考える流れがうかがえる。
図2:担当職域別の管理職意向
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
ただし、今後経験したい職域は、現在の経験によって規定される。そこで、各職域について経験した人にしぼって、今後の経験意向を見ると、「人事戦略・企画」、「人材開発・育成」、「組織開発」といった専門性・難易度の高い職域は、引き続き経験したい意向が6割超と高いが、「人事管理」、「労務管理」、「労使管理」は4割以下と低いことが分かった(図3)。
図3:各人事職域の経験者・未経験者の同職域の経験意向
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
この結果からは、労務管理・人事管理・労使管理といった管理系業務は人事部の非管理職にとって魅力的ではない現状が表れていると考えられる。給与や勤怠、福利厚生などを扱う労務管理は、先述の通り一定の経験を積んだ後は人事戦略・企画などへ移行したいと考える傾向があると考えられる。労使管理は企業によってその位置づけが大きく異なるが、労働組合の存在感が低下している現状を考えると全体として関心が低いことはうなずける。しかし、人事評価や採用、異動などの人事管理については、本来であれば経営や事業部門の視点が求められ、戦略人事の運用業務として位置づけられるため、毛色が異なる。多くの企業で、事業部門が実質的に異動や評価の中身を決め、人事はオペレーショナルな役割のみを担っているケースが多いため、人事部の非管理職の関心が低下していると考えられる。
調査結果から、人事部の非管理職層は、経営層や事業部門との接点が少なく、従業員の支援や対応にやりがいを感じている傾向も見えてきた。
人事部の非管理職に担っている業務の特性について尋ねると、「経営層と関わる機会がある」のは45.7%と半数弱であった(図4)。また、総合職に絞っても52%と半数程度であった。人事部はキャリア初期から経営層の近くで仕事ができるのが魅力の一つだが、それほど関わりが多いわけではないことが分かる。また、事業部門との接点については、「事業部と連携しながら仕事をしている」は60.2%と比較的多いが、別の結果からは、事業部門と人事部の連携が活発であることに魅力を感じる人事部の非管理職は6割強と多いが、実際に実現できている割合は4割弱と低い傾向も見られた。経営層や事業部門との接点を十分に持てる非管理職層は少数派であり、従業員への寄り添いや支援、人事としての専門性にやりがいを感じる非管理職が多いことが分かった。
図4:担っている業務特性とやりがい
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
戦略人事を実現するには、人事が経営層や事業部門と連携することが欠かせない。経営層や事業部門との連携を強化し、人事部の非管理職が従業員視点に加え、会社視点でも自らの仕事を見るようになれば、戦略人事を担う人材育成につながると考えられる。ただ、戦略人事を担う人材は、必ずしも人事部出身である必要はない。経営企画の人材を、戦略人事を担う人材として抜擢し、人事部と連携して進めるといった例も存在する。
ここまで、人事部非管理職のキャリア意識の全体的な傾向から、その現在地を見てきた。ここからは、戦略人事実現企業における人事部非管理職のキャリア意識の特徴を見ていきたい。
調査結果からは以下のような傾向が見られた。
・戦略人事を実現する(人事戦略・人材ポリシーの策定から施策実行までを主導している)人事部では、「人事戦略・企画」、「人材開発・育成」、「人事管理」などの希望者・経験者が多い(図5)。
・戦略人事を実現する人事部では、非管理職が「事業部門連携」や「経営関与」、「企画・戦略業務」の実施率が高い(図6)。また、やりがいを感じる割合も高い。
図5:戦略人事実現度別の各人事職域の経験意向
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
図6:戦略人事実現度別の業務特性
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
戦略人事を実現している企業では、人事部の非管理職が、人事職域の中で人気の高い「人事戦略・企画」、「人材開発・育成」への挑戦ができている。また、恐らく戦略人事を実現している企業では人事部の人事評価や異動配置への関与度が高いため、人気が停滞している「人事管理」の希望者も多いと考えられる。また、「経営関与」や「事業部門連携」、「企画・戦略業務」も、人事部の非管理職が担う機会が多く、かつやりがいも高い。戦略人事を実現している企業では、人事部の非管理職のうちから、経営層や事業部と連携しながら、高難度の戦略的業務を担う経験を積んでいる傾向が明らかになった。
その結果、戦略人事を実現する人事部では、非管理職の自社の人事部で働き続けたい意向や、管理職意向が高い(図7)。また、ワーク・エンゲイジメントや仕事の有意味感も統計的に有意に高かった(図8)。
図7:戦略人事実現度別のキャリア意向
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
図8:戦略人事実現度別の仕事に関する意識
出所:パーソル総合研究所「人事部大研究 -非管理職の意識調査」
人事部の位置づけによって、非管理職層のモチベーションや管理職意向は大きく異なっている現状が明らかになった。戦略人事の実現とそれにともなう非管理職への権限委譲は、育成や定着の観点においてもプラスになるといえるだろう。
本コラムのポイントは以下の3つである。
・人事部の非管理職層は、専門性が高く人手不足の「人事戦略・企画」、「人材開発・育成」の希望者が多い。一方、「人事管理」、「労務管理」、「労使管理」といった管理系職種は不人気である。
・人事部の非管理職層は、従業員の支援や対応、専門性発揮に特にやりがいを感じており、事業部門や経営層との接点は期待通り持てているとはいえない。戦略人事実現のためには、経営層や事業部門との接点強化が求められる。
・戦略人事を実現している企業では、人事部の非管理職のうちから、経営層や事業部と連携しながら、高難度の戦略的業務を担う経験を積んでいる傾向がある。継続就業意向や管理職意向、仕事の有意味感なども高い。戦略人事の実現は、人事部の非管理職の育成や定着においてもプラスになると考えられる。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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