公開日 2015/02/23
人事部から一転、営業部で営業ブラックベルトを経験した木下氏は、栃木工場へ異動になります。営業視点をもって工場で働く人々に働きかけ、マインドややり方が変われば、顧客志向で競争力のある強いビジネスが作れるのではないか。そんな思いを胸に栃木工場に赴任したものの、そう簡単には自分の価値を発揮できず思い悩む日々が続きます。しかし、この工場での経験は後に、「人事をやっていてよかった」と思わせる、とても意義深いものになるのです。
-営業部から栃木工場へ異動ということですが、仕事内容は再び人事に戻ったのですか。
木下氏:そうです、製造部門の人事担当に着任しました。栃木工場は事務機器や液晶テレビの外装、自動車に使用される樹脂の開発・製造を担う拠点で、30年という歴史のある工場です。私が異動する前の5年間でアジア各国への生産移管が一気に進み、栃木工場の生産量がピーク期の半分に。度重なる人員削減が続いたことで組織全体が疲弊していました。
従業員は新卒入社の生え抜きのメンバーがほとんどで、お互いをよく知っていて、公私ともに長いつきあいが多い。その中で当時工場内でよく聞かれた言葉は「この工場の未来はないかもしれない」「予算も人員も極限まで減り、もうこれ以上どこを絞るのか」「尽力しても何も変わらない」 という、あきらめ、閉塞感でした。
当時の工場人事責任者の方も生え抜きですので、従業員一人ひとりのこれまでの経歴や家族構成まで驚くほど詳しく把握していました。そのうえ製造部門の業務経験もあり、工場内の業務全般に精通していました。その方がどんな思いで人員削減に取り組んできたか想像するだけで心が痛みました。自分たちは苦しい局面を乗り超えて、必ず生き残るという強い経営マインドを持った方で、工場長の右腕であり、他の部門長にも大きな影響力を発揮されていました。
ところが、私が栃木工場に赴任して半年で、その工場人事責任者が東京へ異動することになったのです。正直どうしよう...と不安に襲われました。生き字引のようだったその方と比べて、私は中途入社で栃木工場へは赴任したばかり。自分はここでどんな付加価値を生み出せるのだろうか...と無力感に襲われ、落ち込みました。インプットは多いのにアウトプットはできない。モヤモヤした日々でした。
-どういう部分でアウトプットができていないと感じていたのですか。
木下氏:幅広い人事業務で日々忙しいものの、私がこの組織に来て何か影響を与えられたのか、何か変わったのかという観点ではまるで手応えがない。そういう意味でアウトプットできていない感覚がありました。人事のミッションは、工場の組織や人をいかに強くするかです。グローバルでの厳しい競争に晒されながら、新製品の開発、生産性向上やコストの削減、世界基準の安全性を究めていかねばならない状況でした。 しかし製造現場の苦労、これまでの厳しい経緯、何よりも人を知らないことで、何かアイデアを思いついたとしても机上の空論になってしまう。自分は人事としてここで何ができるのか。いや、自分は前任者の何分の一ほども役に立てていない。そういう思いにとらわれていました。
ところが、急きょ工場の人事責任者として就任することになって、「こうなったら腹をくくるしかない」と覚悟を決めました。今までは聞けば何でも分かるがゆえに、前任者に頼り切った仕事の仕方になってしまっていた。自分の強みを活かした自分なりのやり方があるはずだ、それをまずはやってみようと。また同時に、自分が栃木工場にどんな思いで来たのか初心に戻りました。"営業部での経験を携えて工場へ行けば、今までと違う何かができるはずだ!"
-そこから、栃木工場での木下さんのチャレンジが動き始めるのですね。
木下氏:自分は、営業のリーダーや社員とつながっている。だから、自分以外にも営業にもっと工場に来てもらい、顧客視点を持ち込んでもらおう。そう思い立ち、営業のキーマンに相談し、工場で製造している素材が最終的にどのような形になって市場へ出ていくのか、顧客がGEの素材を選んで頂いた経緯や期待値は何か、を様々な場で工場のメンバーに語りかけてもらうようにしました。 「これは、次世代液晶テレビ・自動車など、今後の世界市場を席巻するであろう新製品向けの素材です。それらの開発を進めている日本の自動車・電機メーカーに、競合よりも先に食い込もうとしており、量産化を何とか早期に実現させたい。」というストーリーを製造現場の社員に積極的に共有し、また「競合他社と比べて当社の納期を短縮できれば他社からシェアを奪える」「厳しい価格競争の中だが、お客さんが特別付加金を了承して注文が来る小口受注に商機がある」と営業から製造現場や生産管理・物流に関わる社員に呼びかけてもらいました。 こうした『一緒に戦おう』という姿勢が、工場で働く人々にとって大きな刺激となり、やる気を動かしました。
"顧客視点で、営業と工場の強い連携体制を作りたい"という志は、東京勤務で営業を担当することになった前任の工場人事責任者も同じ思いで、二人からの様々な働きかけによって、交流の機会が一気に増えました。 その結果、工場だけでなく、営業が製造現場や物流の苦労を以前よりも理解し、顧客への説明力が強化されるなど営業の変化もみられ、また営業職の方が、生産管理の職に異動する、逆に生産管理の方が東京で受注業務に異動になるなど、人材交流まで発展できました。
当時の日本GEプラスチックスの人事本部長が、そこまで見込んで、私と前任者をスイッチしたのではないかと考えると、先見性とリスクを伴う思い切った判断に、心から深く感謝しています。
-工場の人の意識や視点を大きく変えたのですね。
木下氏:これに加え、工場の人の視点を変えた取り組みがもう一つあります。それは、栃木工場の現場スタッフをタイの工場へ連れていったことです。
タイ工場は、日本の顧客企業のタイ進出に合わせて現地生産拠点として設置された所で、栃木工場の弟分のような存在でした。私がHRLP(Human Resource Leadership Program:第2回へリンク)の最後に赴いた場所でもあります。30年の歴史を持つ栃木工場に比べ、立ち上げから3年ほどしか経っておらず、従業員も20代ばかりという若い工場でしたので、品質を保つだけのスキルやノウハウにまだまだ課題がありました。
そこで、栃木工場のベテランスタッフを連れて行ったのです。ベテランと言っても役職のある人ではなく生産現場で活躍するメンバー層で、自分の専門知識・スキルを若手に教えたり、新しいことに前向きに取り組んでいたりする人など、現場で高いバリューを発揮している「プラントスター」の認定を受けたエース達です。40~50歳前後で、みなさん英語を話せない。なかには人生初の海外渡航の人もいました。
初の試みだったので、タイ工場の課題を予め洗い出しておき、滞在期間中に栃木工場のベテランと一緒に、解決策と解決のアプローチを考えるようにしました。アプローチまで含めたのは、今後新たに問題が発生してもタイのスタッフだけで解決できるようにするためです。しかし先述したとおり、栃木のスタッフは英語がまったく話せません。そこで、どうやって教えたかというと、一つひとつ自分でやって見せたのです。これがものすごく良かった。
タイの若手スタッフは単能工なのに対し、栃木のベテランスタッフは多能工。ありもので工具を作り、マニュアルにないようなノウハウまで見せてくれる。野球で例えると、監督ではなく名選手が来た状態で、「こんな球も打てるの!? すごい!!」といった感じですよね。タイのスタッフは感動しきりでした。また、タイは若者ばかりなので、工場における将来のキャリアが見えづらかったのですが、栃木のベテランは10年選手ならぬ20年~30年選手ですから、キャリアの面でも模範を示すことができました。
-それは、狙い以上にタイにとって非常に良い刺激になりましたね。
木下氏:それがタイだけでなく、栃木のスタッフにも大変良い刺激になったのです。現場でみんなが一目置く「プラントスター」達が、帰国後、口々に「タイの工場の現場と比べるとまだまだ日本の強みはある」「タイ工場は最新設備が整っている上、学習意欲の高い若手がすぐに成長して日本に追いつくのは時間の問題だろう」「追いつかれないためには、自分たちもより一層技術を進化させていかねばならない、難易度の高いことにも積極的に挑戦しよう!」と周囲に繰り返し話してくれたことで、前向きな姿勢が工場内に伝播していきました。 その効果として当時、難易度の高い新しい種類の樹脂の量産化に成功したり、納期短縮や、小口受注へ対応したりと、実際にビジネス成果にもあらわれました。
-木下さんのアプローチは、「人」基点ではなく「ビジネス」基点なので、バリューチェーンの上流と下流、タイと日本...と人材交流も縦横の両方向につなげて、最終的にしっかりビジネスに結びつくのでしょうね。木下さんならではの価値発揮だと思います。
木下氏: 前任者の異動によって、前任者と比べるのではなく、自分のバリュー、強み、存在意義が何かを深く考えさせられました。それが現在の自分なりの戦略人事スタイルにもつながっています。
栃木工場では、工場独自の評価制度や給与制度についても自分のできることを考えました。新しく来た私だからこそ新鮮な目で見て変えることができる。そこに社員の意見を取り入れ、会社と社員のWin-Winの状態を目指せば、きっと良いものができると思い、GEのボトムアップ手法であるワークアウト形式を用いて、製造現場の社員全員の声を集めました。コスト削減のワークアウトは今まで何度も実施していましたが、「どうしたら自分達の工場をもっと強く、楽しい組織に改善できるか?」をテーマに全員参加で議論したのは初めてでした。
すると、「現給与制度は年功序列の色が濃く、若手社員のやる気がでにくい。」「なぜその評価になったのか上司の説明が不足している。フィードバックの頻度や質を改善できるはず。」「上司との相性が評価に大きく影響するため、現場で地味にチームの支えとなっている社員が報われにくい。そこで360度評価を入れたらどうか。」「コスト削減が先行し、肝心な技術アップの機会が減ったので、自主勉強会を復活させたい。」など様々な意見が挙がってきました。過去を知らない私だから、かえって意見を言いやすいところもあったようです。そこで、前職のブラックベルト経験で培ったプロジェクト・マネジメント力をフル活用して、工場のマネジメントの全面的なバックアップのもと、社員から出たアイデアをできるところから実現していきました。
実行するのは工場の歴史や現場の社員の目線を熟知した現場社員も加わったタスクフォースを組んで社員参加型で行いました。新しい評価基準書の記述など、原稿の段階で現場社員全員に公開し、腹落ちする表現になるよう幅広く意見を集めました。また単なる制度変更ではなく、その結果上長と一人一人の社員のコミュニケーションの質が向上して、"納得感を高めること"に注力しました。 もちろん組織文化を変えるのは人事だけではなくリーダーの仕事です。現場の製造リーダーの役職に、変化を起こす力のある志の高い若手を抜擢したのも新しい風が吹く要因になりました。新たな製造リーダーは工場史上、最年少でしたが、事前に導入していた360度評価から、先輩からも尊敬され一目おかれていること、他部門との調整役としても信頼されていることが確認できたので、部門長も思い切った登用に踏み切ることができました。
一年ほどたって社員満足度調査で、30%台から54%に上昇し、確かな手ごたえを感じることができました。工場の従業員の表情がどんどん明るくなってきて、新しい試みが自発的に行われている事例を聞く機会が増えました。コストプレッシャーや人を増やせないといった制約条件は何も変わっていないのですが、「顧客視点に立てばまだまだできることはある」「挑戦することを前向きに楽しもう」という姿勢が、目に見えて広がっていったのが嬉しかったです。
-思い込みにとらわれている部分を見つけ出すために当事者の声を集め、それを基に人事施策をマーケティングしながら変えていった。P&G社での理系採用を思い出しますね。(第1回リンク)
木下氏:そうですね。あれは私の原体験です。ただ、理系採用の時は採用プロセスを作り、外部から人材を呼び込むという「外部の体験」でしたが、栃木工場の経験は既存の組織・従業員のまま人を入れ替えずに行う「内部の体験」。非常に難しいことでしたが、同じメンバー・組織なのに、こんなにも変わり得るものなのかと感動しました。今でも、「人事のやりがい」を問われたら当時のことを挙げるくらい、自分のなかで一歩進んだ重要な経験となりました。
※栃木工場における社員満足度は、木下氏が着任する前の4年間30%台で低迷していたのが2年間の取り組みを通じて84%まで向上。貴重な経験を残し、その後、金融事業部へと異動となります。そこで迎えたのが、2008年の金融危機でした。次回は金融事業部における波乱万丈な日々について伺います。
■ 木下 達夫(きのした・たつお)氏
日本GE株式会社 人事部長
外資系消費財メーカーP&G人事部を経て、2001年日本GE株式会社入社。北米・タイ勤務を経験。その後、プラスチックス事業部ブラックベルト、06年同事業部栃木工場人事責任者、07年金融事業部人事ディレクター、その後同事業部アジア人材組織開発リーダーとして活躍。12年5月より現職。
※内容・肩書等はすべて取材当時(2014年12月)のもの。
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