「戦略人事」となるために(1) いま人事に求められる「戦略人事」とは何か

現代の人事に求められていること

飛躍-300x225.jpg昔から、また現代においてはなおさら、企業の成功がひとえに「人材」にかかっているということに異を唱える人は少ないだろう。センシング技術や演算処理能力の向上、生産技術の驚異的革新や、AIの進化、流通や情報伝播の加速によるイノベーションスピードの飛躍的上昇、お客様の志向の多様化に伴うプロダクトの短命化などから、企業には「過去の成功体験に基づかないクオンタムリープ(量子的飛躍、非連続の飛躍)」が常に求められるようになってきている。そして、その飛躍を作り出すのは常に「人材」である。企業が抱える人材の総和が、どれだけ多能で変化に素早く対応できるかが問われているのである。長年企業において人事リーダーをしてきた私が、「現代の人事の仕事とは何か」と問われれば、それはまさに「組織・従業員に『クオンタムリープ』を起こすこと、起こりやすい土壌を作ること」だと答えるだろう。

私が最初に「クオンタムリープ」を、身をもって経験したのは新入社員の時であった。
当時勤務していた会社の店舗が浅草にあったため、三社祭で町会神輿を担ぐことになった。町会神輿は宮神輿に比べればはるかに小さいがそれとて数百キロはあり、30人ぐらいで担いでも揺れる神輿が肩に食い込む重さは尋常ではない。しかし、数万人の観衆が見守る中、仲見世通りにある宝蔵門の下まで来たとき、今まで経験したことのない高揚感を感じ、皆が指先で支えているだけなのに神輿が"高く跳ねた"のだった。誰しも団体スポーツやグループ作業で、多かれ少なかれ似たような経験をしたことがあるのではないだろうか。

もちろんこの例は非連続の飛躍が継続的ではなかった(そのあとへとへとで雷門を出たところでへたり込んだ)点で、組織の「クオンタムリープ」とは少し違い、「一過性の火事場の馬鹿力」といった説明のほうが正しいのかもしれない。しかし、つい先ほどまで支えきれないほど重く感じていた神輿が、ある瞬間に突然、皆の心・タイミングが合い、さらに高揚感の中で皆の力の総和がその重さを大きく超えて楽々と支えることができた、という意味で、一種の「クオンタムリープ」だったといってもよいのではないか。つまり、シナジーが働いた瞬間に、個の力の総和よりも組織の力の方が大きくなり、それがある点を超えると非連続の飛躍が起こったと考えられるのである。

このような「非連続の飛躍」の実現など、人事に求められる機能が高度化してきている中で、特に最近注目を浴びているのが「戦略人事」という言葉である。

ちょうど私が企業人事でリーダーシップポジションに就いた20年ぐらい前から、特にGEなどの外資系企業で使われ始めた言葉のように思う。また最近、「ハーバード・ビジネス・レビュー」でも「戦略人事」をテーマとした号が刊行され、人事界においてバズワード化しているといってよいだろう。しかし、「戦略人事」について正しく理解している人は少なく、たとえ理解していてもなかなか戦略人事的行動をとるまでには至らない人事の方が多いのではないだろうか。

そこで本稿では、2回にわたり、「戦略人事」とは何か、なぜ現代の日本の企業人事は戦略人事的行動がとりづらいのか、そしてそれを解決するにはどうしたらよいのかを考えてみたいと思う。

戦略人事とは何か

「戦略人事」を理解するためには、まず「戦略」という言葉について共通認識を持つことが必要である。「戦略」とは何か。「戦略」と「戦術」の違いは何か。

「戦略」とは、将来進むべき方向性とそこに至るためのシナリオを描き、他社との競争優位を確立するための経営の考え方を明らかにしたものであり、もっとわかりやすい言葉でいうと「What(何をするのか)」である。

一方、「戦術」とは、「戦略」で示されたシナリオを効率的・効果的に実現するために取るべき手段や個別の施策である。上記のWhatに対応する言葉で表現するなら、「How(どのようにするのか)」となる。

では、その「戦略」が「人事」という言葉と結びついたとき、何を意味するのだろうか。
「『戦略人事』という言葉を説明してください」という問いを人事の方々に投げかけると、「それは人事の戦略のことですよね」「戦略的に人事を運営することですね」などと返されることが多い。そんなとき、私は少々意地悪だが、あえて「では人事の戦略とは、どこから来るもの?」「戦略的に人事を進めるとは具体的にどういうこと?」といった問いを返してみる。なぜなら、どこかしら「人事には独自の戦略があるべき」という思い込みや、「戦略的に進める」という抽象的理解で済ませている気がするからだ。

私の理解はこうである。「戦略人事」とは、事業戦略を人事がその職務エリアで意味するものへと翻訳し、競合他社との差別化・優位性を人事面で構築する。つまり、事業戦略の達成をサポートする戦略パートナーとしての人事部門、あるいはその施策のことを指す。また、その人事施策は事業戦略から作り出されるものであると同時に、経営戦略の一部である。当然、事業戦略をサポートするには、人事の諸機能(採用、育成、評価、報酬等)は「統合的」でなくてはならない。

日々、実務を主に担当されている方には少々わかりにくいかもしれないので、もう少し違う側面から「戦略人事」を説明するとしたら、次のようになる。
人事の機能には、「戦略人事」のほかに「日常・ルーティン人事」や「インフラ人事」がある。下図は、その関係性を図解したものである。

人事図版_550.png

これら3つの機能は相互排他的なものではない。「日常・ルーティン」と「インフラ」は程度の違いはあってもどの会社にも必ず存在し、前提として、これらの機能こそきちんと間違いなく回っていなくてはならない。「今月も給与の遅配を10件してしまいました」という人事部門を誰も戦略パートナーだとは認めてくれないのは明らかである。しかし、真の問題は、これらの機能にばかり集中しすぎることで「戦略人事」を考える時間が無くなってしまうこと、あるいは「戦略人事」の実現がなかなか難しいために、人事があえてそれ以外の2つに没頭してしまうことである。

では、どうしてそういう状況になってしまうのだろうか。次回は、その理由について考察する。

執筆者紹介

櫻井 功

パーソル総合研究所
エグゼクティブ フェロー

櫻井 功

Isao Sakurai

日本の大手都市銀行において営業・人事・海外部門合わせ17年間勤務したのち、ゼネラルエレクトリック、シスコシステムズ、HSBC、すかいらーくの人事リーダーポジションを歴任。経営のパートナーとして、戦略的人事サポートを提供してきた。
2016年5月からはパーソル総合研究所の副社長兼シンクタンク本部長として人と組織に関する調査研究や発信を担当。その後、工機ホールディングス株式会社の常務執行役 Chief Human Resources Officerを経て、現在は株式会社ADK ホールディングスの執行役員 グループ CHROを務める傍ら、パーソル総合研究所のエグゼクティブ フェロー、また立教大学大学院 客員教授としても活動中。


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