「日本型雇用の先にある人事の姿とは?戦略的人的資源管理から見えてくること」~第3回目:戦略人事となるために~

戦略人事となるために

戦略人事になるには、「空間軸」と「時間軸」の2軸で、現在起きている事象を俯瞰する力が不可欠である。今回は、前回の「時間軸(横軸)」に続き、「空間軸(縦軸)」で、ジョブ型雇用移行に関する考察をしていく。

  1. 人事の存在価値
  2. 人材戦略と人事戦略
  3. 本社人事は心臓、HRBPはヒラメ筋
  4. ジョブ型雇用に転換しようとする企業人事の落とし穴
  5. 終わりに

1.人事の存在価値

1991年のバブル崩壊後、のちに「失われた30年」と呼ばれる低成長時代に入り、企業の人事を取り巻く環境は大きく変わった。低成長に加えてグローバル化、成果主義、ダイバーシティなどが一気に複雑に絡んできて、90年以降、従来どおりの人事ではコントロールが利かなくなってしまった。その反動として、本社の人事部主導ではなく、顧客や市場に近い部門人事がコントロールすべきだという考え方が広がり、現場主義人事がこれからの主役になるべきとの議論が沸いた時期があった。しかし、人事の現場主義も、組織や業務の複雑化、人材の多様化、現場マネジャーの負荷の増大などが重なって、その限界が見えはじめてきた。

そこで改めて「人事の存在価値とは何か?」が問い直されている。「働き方改革」でも遅々として進まなかったことが、コロナ禍をきっかけにテレワークが急速に広まるなど、働き方の変化がここにきて一気に押し寄せてきた。未曾有の地殻変動に人事が揺れている。実際に、当社にも、クライアントから戸惑いを見せる相談が後を絶たない。中には、「コロナ後に控えるビジネス環境を踏まえ、人事として考え、手を打っておかなくてはいけないこととは何か。戦略人事として何をどう取り組めばいいのか」など、アフターコロナを見越して人事部を「戦略人事」として再スタートさせたい旨の相談もある。

「戦略人事」というワードは昨今、頻繁に使われるようになり、人事が戦略的になっていくことを意味する解釈も散見される。その文意はある意味では正しいが、「事業戦略を推進するための人事」というのが戦略人事の本質的な意味である。あくまでも事業をサポートすることが人事の役割ということだ。

2.人材戦略と人事戦略

具体的に、人事が何をすればいいのかと言えば、以下のフローで進めていくのが常道である(図6)。自社の経営戦略(3カ年経営計画など)を推進していくために、「どのような組織につくり直し方がいいのか」といった組織戦略を決め、その上で「どのような人材を採用・配置・評価・育成・処遇していけばいいのか」といった人材ポリシーを決め、「戦略実現のために、どのような人材がどれくらい必要なのか」という人材ポートフォリオを組み、「人材ポリシー、人材ポートフォリオをどのような時間軸でどのように実現するのか」という人材ロードマップを描く。

図6.人材戦略と人事戦略におけるフロー

strategic-human-resource-management06.png

ここまでが「人材戦略」という人事の上流カテゴリーとなる。つまり、経営戦略を実現するために、どのような人材をどのように活用していくか。ヒトの切り口で描く戦略のことである。ジョブ型がいいのか、メンバーシップ型がいいのかという問いは、上記でいうところの人材ポリシーを検討する段階で意味を成してくる。

具体的には次のような例である。

「我が社は国内の売上が近年は頭打ち状態にあり、海外での売上をこれまで以上に増やしていかなければ今後の成長はない。
海外拠点数も増やして、現地スタッフをこれまで以上に多く雇用し、マネジメントしなければいけなくなる。
しかし、海外現地法人の雇用形態は日本の制度をそのまま持ち込んでおり、米国や欧州企業のようなジョブ型雇用にはなっていないので、年功重視で仕事の定義が曖昧な日本型雇用では現地スタッフから理解を得ることが難しい。
実際に、赴任している日本人マネジャーも、『職務等級を基盤としたジョブ型に制度を変えてもらわないと、優秀な人材が欧米企業に転職してしまう』と困惑している」

この例の場合、この先の自社のグローバル強化という経営方針を受けて、海外拠点の組織を整えることを目的に、現地スタッフを雇用するための人材ポリシーとしてジョブ型を選択。その上で海外人材のポートフォリを考えて、その実現に向けたロードマップを描いていく。

このように、人材戦略を明確にした上で、次にそれを実現させていくための仕組みとして現地法人の人事制度を構築していく。等級は日本型のヒトにつく資格ではなく仕事につく制度にしなければならず、まずは職務分析をしてジョブの定義を決め、ジョブ・ディスクリプション(職務定義書)に落とす。

その上で、その職務を評価できるように評価軸を決め、人事考課として実践できる状態にする。そこが決まったら、次に評価結果を報酬に紐づけた処遇の仕組みを整える報酬制度を決める。この等級制度、評価制度、報酬制度という人事制度の主要3制度が確定したところで、その他の人事機能となる採用、配置、育成、代謝の仕組みを整えていく......。

ここまでが先の人材戦略を実現するために、人事施策がどうあるべきか、人事機能はどうあるべきかを描く「人事戦略」である。お気づきのとおり、人材戦略と人事戦略はその範囲、機能が異なる、似ていて非なるものなのである。

3.本社人事は心臓、HRBPはヒラメ筋

重要なことは、戦略に組織と人を合わせていくことである。「組織は戦略に従う」とアルフレッド・チャンドラーが唱えたのは1962年であり、現在にも息づいている。経営戦略から始まり、組織戦略、人材戦略、人事戦略という縦軸のラインに一貫性をもたせる。ここがチグハグで整合性がとれなければ、血管が詰まるのと同じで血流が悪くなり、優秀な人材や優れた組織を保有していても、最終的に脳である経営戦略に血液がたどり着かなくなる。人事には血流がよくなるような体幹を整えて、常に心臓からの血流に気を配ることが求められる。しかし、体のすべてに目を行き渡らせることは不可能である。

そこで、新たな人事のフォーメーションが必要となる。そこで、注目されるのが、本社人事=COE(Center of Excellence)と部門人事=HRBP(HRビジネスパートナー)それぞれが連携していく重要性を説くウルリッチ教授らによる「HR Transformation」である。(図7)

図7.HR Transformation
strategic-human-resource-management07.png

本社人事は胸や背中といった体幹を鍛えて、心臓から身体中の血液循環が良くなるように姿勢を整え、現場の毛細血管にまで血液を巡らせるポンプ圧を心臓で調整していく。しかし、本社人事が体全部の毛細血管にまで血を巡らせるには限界がある。そこで、「第二の心臓」と言われている足のふくらはぎ、いわゆるヒラメ筋が重要な役割を果たす。この役割を担うのがHRBPという部門人事であり、その存在が戦略人事の要となってくる。戦略を推進するために部門の人事が第二の心臓を担い、心臓から送り出される血液を全身くまなく循環させるのだ。一方で、HRBPは単なる本社人事の推進役だけではなく、部門経営者の参謀となって組織や人材の課題解決に取り組み、必要に応じて本社人事を動かすこともある。部門長のブレイン、従業員のチャンピオンといった表現をされるのがHRBPであるが、縦軸のアライメントをするという意味では本社人事との相似形である。

4.ジョブ型雇用に転換しようとする企業人事の落とし穴

しかし、最新かつ戦略的であるHR Transformationは、そんなにしなやかには実現できない。その要因として考えられるのが「最強の戦略人事」*で解き明かされている。

  1. 組織図の箱いじり
  2. ありものの選択肢で満足する(自前主義)
  3. 秘密会議
  4. 人の名前から始める(適材適所)
  5. 目先の仕事を優先する
  6. 売上成長かコスト削減か
  7. シンプルさという複雑さ
  8. 一度きりの実行

①から⑧までは、欧米企業にも起こりうる阻害要因であるが、ジョブ型雇用に転換しようとする企業人事が陥るのは、②の「ありもの」で済ます自前主義と④の「人の名前」ありきの適材適所である。戦後から今日に至るまでに形成された日本型雇用は「三種の神器」と喩えられる《終身雇用、年功序列、企業内組合》という、世界に類を見ない独自の雇用慣行であり、それを主導してきたのが日本の人事部である。

その特性ゆえに海外と異なり、ジョブにヒトが就くのではなく、ヒトにジョブをあてる人事をおこなってきた。分かりやすい例で喩えれば、あるポストで急に離職する人が発生し、そのポストを埋めるために誰がよいかを人名から探すことをする。ジョブ型であれば、人名から始める前にそのポストがどんな要件を満たす人材であるべきなのかを定義して、その要件にかなう人材を内部で探し、見つからなければ外部から探してくる。日本型雇用の場合、どうしても内部調達を前提にするために、本当にそのポストに求められるレベルの人材を十分に検証せずにありものの選択で満たす。

もちろんヒト起点で、その人材の強みを生かせる仕事の機会を見つけ出し、機会によって成長させることは日欧関係なく大事な人材マネジメントである。それは上司と部下という1対1の関係性や職場という小さなユニットにおいては有効であるが、人事部が担う全社レベル、部門を超えた人事異動では難しい。だが、そのレベルでも日本の人事部は、新卒一括採用の利点から人事担当者が従業員一人ひとりの顔と名前を知っているがゆえに、どうしても名前から人選してしまう。これでは人材の競争力はいつまでたっても向上しない。

5.終わりに

以上、3回にわたり、日本型雇用の限界とジョブ型雇用への転換が問われる大きな地殻変動の渦中に立たされた日本企業のあり方について、戦略的人的資源管理というメタファーを通じて考察してきた。戦略的資源管理の根幹をなす戦略と組織、人材のアライアンスをおこなう空間軸(縦軸)、激変する環境変化を時間軸(横軸)で冷静に状況をとらえ、縦軸と横軸との接点を見つけ出し、それを人材戦略、人事戦略というシナリオに描き、現場に血を通わせるためにHRBPと連携して実現していく。これが戦略的資源管理の要諦であり、戦略人事そのものである。その実現の先に、ジョブ型雇用なのかメンバーシップ型雇用なのか、あるいは両者のハイブリッド型なのか、真実の解が見えてくる。

*「最強の戦略人事」 リード・デシュラー、クレイグ・スミス、アリソン・フォン・フェルト


執筆者紹介

佐々木 聡

シンクタンク本部
上席主任研究員

佐々木 聡

Satoshi Sasaki

株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。


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