公開日 2024/04/15
男性が育休の取得を躊躇する主な理由の一つに上司への気兼ねがある。上司は、男性部下が育休を取得することによる他のメンバーの負荷増大やメンバーの理解不足を懸念しているが、そうした懸念が生じる背景には、男性に偏った仕事の割り当てやキャリア形成の仕組みがある(詳細はコラム「男性が育休をとりにくいのはなぜか」参照)。したがって、男性の育休のとりにくさを根本的に改善するには、そうした男性中心のアサインメントの是正が不可欠である。
しかし、育休のとりにくさが改善されたとしても、育休中の仕事をカバーするメンバーの負担がなくなるわけではない。では、人事や上司は、育休中の仕事のカバーの問題にどのように対処すればよいのだろうか。本コラムでは、パーソル総合研究所の「男性育休に関する定量調査」 結果を基に解決策を考えていきたい。
皆さんの会社では、育休取得者の仕事をどのようにカバーしているだろうか。誰かが休めば他の人が我慢するのが当たり前という前提の下、「こういうことはお互い様だから」と言われて仕事を穴埋めすることが多いのではないだろうか。
ここでいうお互い様とは、相手との間に成り立つ互恵関係や相互扶助の精神である。実際に、このようなお互い様意識が高い人ほど同僚の中長期の育休取得に対して肯定的な傾向が見られる。
しかし、そもそもお互い様だと思う人がどのくらいいるかを見てみると、この10年以内に育休を取得したことがないメンバー層では、お互い様だと思う人と思わない人が拮抗している。具体的には、「長期で休む人に対してお互い様だと思えない」「休みをとる同僚のツケが回ってくるのはまっぴらごめんだ」と思う人と思わない人は、男女ともにそれぞれ2~3割程度であった(図1)。
つまり、職場には、同僚が長期で休みをとることに対してお互い様だと思えない人が一定数存在するということだ。そのような中、育休取得者の業務カバーを「お互い様」でやり過ごすことは難しい。
図1:お互い様意識
出所:パーソル総合研究所「男性育休に関する定量調査」データを基に筆者作成
ではどうしたらいいのだろうか。考えられる方法は2つある。
1つ目の方法は、お互い様意識を醸成することだ。例えば、お互い様意識が感じられやすいような職場マネジメントや育休以外でも休みをとりやすい制度をつくることで、お互い様だと感じる人を増やすことが考えられる。
お互い様意識に影響する職場要因を見ると、目標や役割が明確である職場でお互い様意識が感じられやすい一方で、男性や新卒に偏ってキャリア形成がなされる組織やノルマが課される組織ではお互い様意識が感じられにくい。職場のメンバー間で仕事を分かち合うことができ、明確な目標と役割の下に協同的に仕事を遂行できるようにすれば、お互い様意識をもって同僚を育休に送り出すことができるだろう。
さらに、育休を取得した経験がある人は、同僚の育休取得に対しても前向きな態度をとりやすい。実際、育休取得者ではお互い様意識を感じている割合がやや高い傾向にある。ライフスタイルの多様化で結婚しない人や子どもを産まない人も増えており育休取得ニーズが発生する人が限られている中、孫や甥・姪が生まれた際に休暇を与えるなど、取得対象者を広げることで休みやすい職場づくりを推進している企業もある[注1]。誰もが休みやすい制度をつくることで実際に休む人を増やしてお互い様意識を感じやすくすることも一つの案だろう。
とはいえ、新たな休暇制度を導入しても、休みにくい属性や立場の人もいるし、育休を取得した人であっても自分が休んだ期間より長く休む人に対して複雑な思いを抱くこともあるかもしれない。
そこで2つ目の方法は、お互い様意識に頼ることなく、メンバーが前向きに育休取得者の仕事をカバーできるような支援を行うことである。
メンバーが前向きに仕事をカバーできるようにするには、メンバーにとってのメリットを考える必要がある。メリットには、目に見えるものと目に見えないものがある。評価・処遇の向上などが目に見えるメリットであり、仕事による成長などは目に見えないメリットである。男性部下が中長期の育休を取得することに対して肯定的な上司は、育休を取得したメンバーの不在時にこうしたマネジメントを実践している割合が高い(図2)。
図2:男性部下の育休取得に対する上司の態度別の不在時マネジメント方法
出所:パーソル総合研究所「男性育休に関する定量調査」
「目に見えるメリット」としては、例えば、育休取得者が発生した職場に応援手当として手当を出す企業もある[注2]。また、「目に見えないメリット」としては、メンバーの育成につながるような仕事の割り当てを行う「ドミノ人事」の考え方も参考になるだろう。これは、不在の社員の仕事を下の職位の人が担当し、その人の仕事をまた下の職位の人が担当するというようにドミノ式に仕事を担当させ、メンバーの成長や職場の活性化につなげていく方法だ。仕事をカバーする際の給与が変わらなくても、仕事をカバーすることで成長すれば、次の人事考課のタイミングでの昇進や昇格につながりやすくなる。企業にとっては追加コストがかからなく、メンバーにとっては成長や実績を示すよい機会となる。このように仕事のアサイン方法を見直せば、育休取得期間を人材育成面での組織力強化期間としても位置付けられるだろう。
男性においても家庭と仕事を両立させたいというニーズが高まる中、十分に育休がとれない会社は従業員や求職者から見放されかねない。男性の育休取得にあたっては、仕事をカバーする他のメンバーの負担感が大きなネックであることから、いかに負担感を軽減させるかが大切だ。休みをとりやすい職場づくりで互助の精神を醸成することも有効だと考えられるが、不在時のマネジメントを工夫すれば、周囲のメンバーの育成やモチベーションの向上につなげることもできそうだ。
つまり、男性育休推進の鍵は、仕事をカバーするメンバーにメリットがある「不在時マネジメント」といえる。上司や人事は、育休取得者が発生した職場で仕事をカバーするメンバーに一方的に負担を強いるのではなく、不在の間の仕事のアサインの仕方や評価・報酬を工夫することで前向きに仕事をカバーできるようなマネジメントを心がけたい。
[注1] SOMPOひまわり生命保険株式会社「まご・おいめい育児休暇」の創設(2023年10月2日ニュースリリース参照)
https://www.himawari-life.co.jp/-/media/himawari/files/company/news/2023/a-01-2023-10-02.pdf ※2024年3月22日アクセス
[注2]三井住友海上火災保険株式会社「育休職場応援手当(祝い金)の創設」(2023年3月17日ニュースリリース参照)
https://www.ms-ins.com/news/fy2022/pdf/0317_1.pdf ※2024年3月22日アクセス
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。
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