~サイボウズの人的資本経営~ 企業理念やポリシーをいかに開示できるか
型にはめるより伝わりやすさを重視

公開日 2022/10/05

人的資本経営への関心が高まる以前から、社員の幸せや働きがい、成長を重視したマネジメントを行ってきたサイボウズ。早期にオウンドメディアを立ち上げ、企業理念やポリシーの見える化とその実現のための発信をしてきた。2022年には、新たに人事広報チームを新設するなど、常に新しい取り組みを模索し続けるサイボウズ人事本部長の中根弓佳氏に、人的資本の情報開示に関する考えを聞いた。

中根 弓佳 氏

サイボウズ株式会社 執行役員 人事本部長 法務統制本部長  中根 弓佳 氏

1999年慶應義塾大学法学部卒業。大阪ガスを経て2001年2月サイボウズ入社。知財法務部門にて著作権訴訟対応、契約、経営、M&A法務を行った後、人事において制度策定や採用を中心とした業務に従事。法務部長、事業支援本部副本部長を歴任し、財務経理などを含め、これら全般を担当する事業支援本部長に就任。2014年8月に執行役員事業支援本部長。2019年1月より人事と法務に注力。

  1. 「人材版伊藤レポート2.0」でも強調されている「経営戦略と人材戦略の連動」について、人事目線からどのようにご覧になっていますか。
  2. これまでに実施していたもので、人的資本経営の文脈に沿う取り組みはありますか。
  3. 現場がチーム作りや組織の変化を楽しんでいるように感じます。
  4. 創業当初から、人的資本経営を意識して取り組まれていたのでしょうか。
  5. 具体的にはどのようなことに力を入れたのでしょうか。
  6. 時代に先んじた取り組みに独自性を大事にする風土が反映されているように感じます。
  7. 人的資本情報を開示していく上で、懸念されていることはありますか。
  8. 今後、人事部門として、どのような気構えが求められると考えていますか。

「人材版伊藤レポート2.0」でも強調されている「経営戦略と人材戦略の連動」について、人事目線からどのようにご覧になっていますか。

経営戦略の隣にあるのは《組織戦略》だと考えています。役割分担や部門の割り方といった組織戦略だけでなく、明確なパーパス(目的)下で、製品やサービスを通じてそのパーパスの実現と実行をすることが経営戦略だと考えれば、経営戦略を実現するための組織戦略が、いかにパーパスとひもづいているのかが重要です。


そのためには、ブレイクダウンして考える必要があります。例えば、サイボウズの理念である「チームワークあふれる社会を創る」ことを実現するためには、「最も貢献できるITを通じて」実現する。では、理念にある「チームワーク」の定義は何かと考えると、「チームの幸せ」「個の幸せ」につながり、「良いチームワークから生まれるITサービスは何か」「そのためにはどのような組織作りが必要か」と落とし込み、「そのための人材は?」、さらに具体的に、「働き方や報酬、人材の育成支援をどうすればよいのか」と考えていくと、組織戦略イコール経営戦略になるのです。

これまでに実施していたもので、人的資本経営の文脈に沿う取り組みはありますか。

組織戦略でいえば、2021年から組織図の表現にこだわり、「キャンプファイヤービュー」というものを作成しました。ヒエラルキー型ではなく、キャンプファイヤーを囲むサークル型の組織図です。サークルの中心に向かって人材を配置し、中心に本部長を据えました。


現在、サイボウズは従業員が1000人を超えたため、各部門がどのような目的や思いを持って仕事をしているのかをドリルダウンで「見える化」するために必要なことでした。今後は多言語化も考えています。

現場がチーム作りや組織の変化を楽しんでいるように感じます。

主体性を重んじているからでしょうか。ボトムアップがマッチする部門もあれば、トップダウンで進めたほうが早い場合もありますが、いずれにしろ現場の主体性を重視しています。可能な限り現場に権限を渡し、柔軟性を持たせながら「最高のパフォーマンスが出せるチーム作り」を各部門で考えてもらっています。模索しながらもさまざまな挑戦をし、機能していますから、サイボウズの組織戦略は「仕組み作り」に近いのかもしれません。

創業当初から、人的資本経営を意識して取り組まれていたのでしょうか。

ベンチャー時代は離職率が高く、人材獲得競争にもさらされ、疲弊しました。人的資本経営を根本的に考え始めたのは、そこからです。


2005年ごろは人材の流動が激しく、エンジニアをはじめ優秀な人材の確保と定着が求められました。採用・リテンションを強化するためには、従業員一人ひとりが仕事を楽しいと感じ、主体性を持つことで、良いチームワークが生まれ、業務改善につながり、さらにはイノベーションを促し、良い製品が生まれるというサイクルがとても重要だと認識しました。


そのため、まずは自社の企業理念を整理し、働き方や報酬の在り方など、できることから矢継ぎ早に見直し、2014年ごろには存在意義「チームワークあふれる社会を創る」と、「理想への共感」など存在意義の基盤となる4つの文化を言語化し、組織としての「在りたい姿」の追求を始めました。

具体的にはどのようなことに力を入れたのでしょうか。

採用で大事なことはマッチングです。単純な高報酬だけでは定着しない上に、従業員の幸福度の高い働き方にもつながりません。本当にカルチャーフィットするためには、われわれのことを知ってもらう必要がありました。


グループウェアメーカーとして、「どのような便利な機能があるのか」だけではなく、「何を実現したいがためのグループウェアなのか」を伝えることを通して企業理念を押し出すために、オウンドメディア「サイボウズ式」を立ち上げ、積極的に発信することにしました。これにより、共通の理想を持つ人が集まり、組織の生産性と働く人の幸福度を高めることができるようになったのです。

時代に先んじた取り組みに独自性を大事にする風土が反映されているように感じます。

そうだと思います。私は法務部門も見ているので、毎年ガバナンス報告書を作成しています。人的資本の情報開示も、ガバナンス報告書の取り組みの一側面としては評価できます。しかし、最終的な開示ガイドラインにもよりますが、例えば「CHROなどを設置して、経営戦略と人事戦略を連動させ、課題を設定して取り組むべきだ」などと項目が決められ、マニュアル化されることには違和感があります。


あるべき姿に対して問いが立てられ、各企業が答えを埋めるほうが容易で、投資家も横並びに比較しやすく効率的なのは理解できます。しかし、重要なのは型に従うことではなく、それぞれの企業が独自の経営ポリシーを明確に持ち、その企業理念やポリシーが開示情報から読み取れるようにすることだと思います。そして、その企業理念やポリシーに賛同する投資家が集まれるようにすることが重要なのだと考えています。

人的資本情報を開示していく上で、懸念されていることはありますか。

私自身、今回の人的資本情報の開示は企業にとって良いきっかけだと考えています。企業理念や制度を一つひとつ見直し、言語化して伝える作業になるからです。しかし、政府から開示を求められるものの中には、少なからず戸惑いながら記入するものもあります。例えば、男性の育休取得率の開示などは、育児休業給付金を支給した人だけをカウントするのか、育児のために有給休暇を利用した人は対象ではないのか、時短勤務制度の利用者はどうなのか。さまざまな働き方があるにもかかわらず、男性の育休取得率の数字だけが開示される状態に違和感があるのです。


それを踏まえて今考えているのは、義務的な開示とは別に、当社が開示したい方向で開示できる場を作ることです。最近では人事広報チームを新設し、オウンドメディア「サイボウズの舞台裏」を立ち上げました。前述した「サイボウズ式」では出し切れていない人事制度の取り組みや社内制度の運用を広く開示するためです。そこでは、人事メンバーが直接、人材育成や報酬についてそれぞれの施策や理想を織り込んだ記事を配信しています。われわれが伝えたいことを、伝えたい形で発信し、理解していただく必要があると思うがゆえです。

今後、人事部門として、どのような気構えが求められると考えていますか。

サイボウズでは社員から入る就業規則や制度などの問い合わせに対して、すべてポリシーガイドに沿って回答しています。すると、キャリア入社の人事部メンバーが「今までの会社は、制度の意味や目的で社員と会話をすることはなかった」と驚いていました。私は人事制度の意味や理由を伝えるには、ポリシーが明確である必要があると思っています。


転職市場でいうと、求職者もポリシーを重視する時代になると思います。キャリア形成が一律ではなくなり、労働時間や働く場所はもちろん、副業解禁などさまざまな選択肢が出てきている中、求職者が何を基軸にするかといえば、条件だけでなく価値観で選択すると思うからです。


そうであるならば、どのようなポリシーを持っているのかを開示できなければ、人材獲得競争にも投資家獲得競争にも負けてしまうでしょう。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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