公開日 2022/09/30
「人材版伊藤レポート2.0」の策定に寄与した「人的資本経営の実現に向けた検討会」のメンバーであるSOMPOホールディングスCHROの原氏。SOMPOでは、人的資本経営の実現に向け、パーパスの浸透やエンゲージメント向上を推し進めている。先駆けとして、その苦労や考え方を伺った。
SOMPOホールディングス株式会社 グループCHRO 執行役専務 原 伸一 氏
1988年 安田火災海上保険株式会社(現損害保険ジャパン株式会社)に入社。約20年にわたり、資産運用部門の最前線(NY駐在を含む)にて国内外の株式投資等に従事した後、IR室長や海外事業企画部長を経て、2019年にSOMPOホールディングス株式会社 グループCHRO執行役常務に就任。2022年4月からはグループCHRO執行役専務(現職)を務める。MYパーパス*は「社員が幸せな会社を創る。それは、社員が自らの志を実現するために、自律的に行動し、強みを発揮できる場としての会社。」
*「自分自身の人生の意義や目的」あるいは「働く意義」を指す
SOMPOホールディングス株式会社
国内外損害保険事業、国内生命保険事業、介護・シニア事業、デジタル事業を展開。
2010年設立。従業員数474名(2022年3月31日現在)。
――「人材版伊藤レポート2.0」の検討会で期待されていたことは何でしたか。
人的資本経営を実践する立場として、成功するかは分からないけれど何か面白いことをもがいて実践している企業だと期待されたのではないでしょうか。私個人のキャリアを申し上げると1988年から34年同社に在籍していますが、人事よりも資産運用や投資家と対峙するIRの経験のほうが長いです。その辺りも何か役に立ちそうだと思っていただけたのかもしれません。
――IRのご経験が長かったとのことですが、投資家の期待や視点は変化していると感じますか。
変化を感じたのは2020年代に入ってからのここ1〜2年です。私がIRを担当していたのは2009年〜2014年と10年近く前ですが、当時、人事領域に関して投資家から質問されたのは、「買収する海外企業の役員の報酬やリテンション」などでした。現在のように、「組織のエンゲージメントはどうか」「スキルアップや人材育成についてどう考えているか」などを聞かれることは一切ありませんでした。
最近はESGの観点からまずは「E=環境」について。それから「S=ソーシャル」の中でも「人材とそのエンゲージメント」について聞かれる頻度が増えました。変化の速度でいえば、欧州の投資家は早かったです。その次に日本の投資家です。岸田政権に変わり「人的資本の強化」が政策に盛り込まれたことに起因しているでしょう。
――「人的資本経営」という概念は1990年代から存在していましたが、日本企業はこの30年、対策をしてこなかったのでしょうか。
現在の意味合いでの「人的資本投資」は、ほぼ何もやってきませんでした。日本企業は「所属する会社の中で必要とされるスキル」を育成する、いわゆるメンバーシップ型雇用が主流でした。給与は年齢とともに徐々に上がり、解雇はされず、会社という塀の中で安心安全に働くことができたのです。高度成長期には画期的な仕組みだったと思います。
一方で、「年功序列からの脱却」や「労働市場の活性化」、「ジョブ型雇用」などの必要性も、当時から認識されていたと理解しています。しかし、1990年代〜2000年代前半は業績が思うように伸びなくなっていき、人件費を削減することで利益を出し、投資家にアピールするという方向性へ走ってしまいました。成果主義や評価主義は失敗だったと認識され、人的資本投資の予算が削られました。費用対効果が見えないものは優先的に削減されたのです。
――「人材版伊藤レポート2.0」では、「経営戦略と人事戦略の紐付け」が太い幹として提示されています。どのように実践していくべきですか。
企業にはパーパスや中期経営計画、バリュー・ミッションがあります。しかし、それが本当に明確になっているかというとそうとは限りません。「こういう方向でビジネスを推し進めていく、そのために必要な技術と人材はこうである」ということを目に見える形で定めている企業が一体どれくらいあるでしょうか。
重要なメッセージは、「経営戦略を形あるものにしなさい」ということです。それがなければ人事戦略を立てることはできません。少なくとも経営ボードが経営戦略を検討する中で、人事戦略についても紐づけていく必要があり、その経営ボードの中にCHROが欠かせないのです。
――SOMPOホールディングスでは「会社主導での異動を行わない」と決定したそうですが、決定に至るまでどういった背景があったのですか。
まず、あくまで宣言であって、完成はまだ先であることを言及させてください。前提として私たちは、自分自身はどのような人間なのか、自分にとっての幸せとは何か、自分自身が人生において成し遂げたいことは何か、といった「自分自身の人生の意義や目的」あるいは「働く意義」を指す「MYパーパス」を起点にすべての人事制度をつくりあげています。
そもそもSOMPOのパーパスは、「“安心・安全・健康のテーマパーク”により、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」です。保険という領域に留まっていてはこのパーパスを実現できないため、あらゆるビジネスへの挑戦を始めているところです。そこで必要な人材を「3つのコア・バリュー」として定義しました。「ミッション・ドリブン」、「プロフェッショナリズム」、「ダイバーシティ&インクルージョン」の3つです。
社員一人ひとりが自らのキャリアを考え、「MYパーパス」を持ってもらいたい。そのためには会社主導の異動は行わず、「公募制」が適切であると判断しました。私たちの役割は、自ら考え、自らの意思で行動できる社員を育てるために必要な情報と制度を整えることなのです。
――「キャリア自律」につながる制度設計を行なわれているとのことですが、ヒエラルキー組織や従属関係に慣れ親しんだ人材に戸惑いは生じていませんか。
多くの人は、自律を前提にしていない環境で育ったため戸惑いはあると思います。キャリアを考えた上で大学を選び、会社に就職する人材はまだまだ少ないですから。だからといって、何をやっても無駄だと諦めるのか、あがくのか、どちらかだと思います。私たちはあがこうと決めた、それだけです。例えば、「MYパーパス」は自らの原体験に深く入り込んで考えていく必要があるのですが、一人ひとりに委ねるのではなく、コーチとの対話を繰り返すことで自分の中で本当にやりたいことを炙り出していく、という方法をとっています。
――人的資本経営の開示にあたって、「独自性」はどこまで出すべきでしょうか。
大切なのは「開示する側の立場で考えない」ことです。「自己満足にならないように」といいますか。あくまでも、「読み手」の観点を大切にしなければなりません。
例えば、読み手の一員は「社員」です。社員が読んだとき、「投資家から期待されている観点、投資してもらえている理由」を理解してもらいたいです。さらには「こういった人材が求められている」という観点を認識してもらい、少しでも変化してもらえたらと考えています。
他の読み手は、労働市場に存在する「未来の社員」です。私たちが「MYパーパス」を基軸にすべての人事制度を整えていることを学生に対して発信していますから、SOMPOでは「MYパーパス」が必要であることを理解してもらえます。企業ランキングを見て入社する人材ではなく、キャリア自律の視点を持った人材が増えるのではないかと期待しています。
もちろん「統合レポート」では「投資家」という読み手も相当意識しています。「人的資本経営がどれだけ企業価値に反映されているのか」を相関分析などにもかけてきちんと説明しています。「どのような項目を開示すればいいのか」と考えるより先に、「誰に対して、どんなメッセージを届けたいのか」を考える。それに尽きると思います。
――最後に、人事部長や人事責任者に向けてメッセージをお願いします。
現場の一人ひとりが「MYパーパス」を実現できる組織にするために。「あなたはこの会社でどういった貢献ができるのか」という対話を日常的にできる人材が必要になっていきます。現場のマネジャーの役割は、管理職でもボスでもなく、「いろいろな価値観を持つ人と対峙できる人」、「個に向き合い、個にコーチを与えられる人」です。そして私たち人事は、現場のマネジャーの価値観と意識を変えていくのです。
今後、人事部が担う仕事の性質がガラリと変わります。今までと同じ路線では人が離れ、魅力のない会社になってしまうでしょう。一言でいえば大変です。しかし、それぞれの企業価値向上に向けて、ともにあがいていきましょう。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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