人的資本情報の開示で自社の独自性を見直す好機に~市場は人材や組織の成長力を見ている~

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筆者は、国内の多種多様な企業に対して、20年来、人材開発領域のコンサルテーションを行ってきた。歴史的背景を振り返りながら、現在の人的資本経営の潮流についてポイントを解説する。

  1. 昨今の「人的資本経営」の潮流をどのように見るか
  2. 「人材版伊藤レポート2.0」をどう評価するか
  3. 経営者や人事関係者は、何から着手すればよいか
  4. 日本企業が人的資本経営を実現させていく上で重要だと考えるポイント

昨今の「人的資本経営」の潮流をどのように見るか

そもそも「人的資本経営」という概念は、1990年初頭から存在していました。私自身、2000年頃に人的資本経営に関する研究やニーズ調査などを行う部署に在籍して活動してきた経験があります。日本企業を対象にした当時の調査結果では、「知的資本や人的資本」に対してポジティブな回答が9割以上でした。しかし、バブル崩壊後の「失われた30年」の間に、日本企業が人的資本経営に取り組むことはなく、GAFAなどの米国IT企業が無形資産に大きな投資をした結果、今日のような企業競争力の差に至ったと考えられます。関心を寄せつつも、積極的に取り組まなかったのは、日本企業の経営者が「社員は会社についてくるもの」という幻想から抜け出せなかったからだと考えます。

「人材版伊藤レポート2.0」をどう評価するか

まず、「人材版伊藤レポート」の公表から「2.0」の公表まで、わずか1年半とかなり早かったという印象です。海外で人的情報の開示が進んだことや、コロナ禍の長期化、DX化・脱炭素化の想定以上の加速に対する危機感の表れかと思います。

内容面では、企業の取り組むべき課題が客観的かつ具体的に明示されているため、実践のイメージが抱きやすくなったと思います。特に事例集では、日本企業が取り組む上での実行可能性と多様性を示しています。ソニーやSOMPOグループなど、日本を代表する企業の人的資本経営への取り組みが「各社を取り巻く環境や事業戦略と連動した人材戦略というストーリー」の中で語られているものは大変珍しいといえるでしょう。

経営者や人事関係者は、何から着手すればよいか

「2.0」で同時に公表されている「人的資本経営に関する調査」の結果を見ると、「経営戦略は明確化されているが、人材戦略への連動には至っていない」「動的な人材ポートフォリオに関連する取り組みがすべて遅れている」と経営陣が認識していることが明らかになっています。経営戦略と人材戦略をどうつなげばよいか分からないという状況にある企業は多く、私もコンサルタントをしていた頃にしばしば相談を受けました。実は、「人材ポートフォリオ」には経営戦略と人材戦略を接続させる「連結ピン」の働きがあります。例えば、新事業を開発して進めていく人材は、既存の人材像では立ち行かないことがあります。その際、事業や職務の特性から人材を定義して、その職務に適した人材をポートフォリオ上で適所適材を満たす設計をすることになります。それがすなわち人材戦略になっていくのです。

調査結果にもあるように、経営戦略は明確に描けている企業が比較的多いことから、まずは経営戦略と人材戦略をつなぐ人材ポートフォリオの構築に注力するべきだと考えます。「人材ポートフォリオの構築」と聞くと難しく感じてしまいそうですが、「自社の事業に必要な人材像」として「探究する意志と学ぶ力がある人」や「部門を越えて交渉できる影響力の強い人」などと、人材像をイメージするところから始めると、その後が円滑に進みます。

日本企業が人的資本経営を実現させていく上で重要だと考えるポイント

人的資本経営に取り組む企業は、自社の人的資本情報を測定してそのデータを適切に取り扱い、ステークホルダーに報告や開示を行うことが求められます。そうした情報開示の際、理想と現実との「ギャップの開示」に企業がおよび腰にならないことが重要です。投資家は「人材や組織の潜在能力をどれだけ伸張させたか」「事業成長に活かしたか」という成長力を見ています。経営者や人事部長はこれまでの「モノ、カネ、情報」への投資以上に、「ヒトが価値創出の原動力である」というポリシーを打ち出し、人的資本の情報を基に社内外のステークホルダーと対話しながら、企業価値を高めていくことが肝要です。

また、企業の独自性も問われるでしょう。日本企業は横並びを強く意識し、他社の成功事例研究を好む傾向にあります。「2.0」で公表された事例集に関しても、他社の「型」を真似るのではなく、「どのような議論を経て、なぜその基準に決まったのか」「経営戦略と人材戦略をどう連動させたのか」といった「プロセス」を学び、その上で独自性を確立して訴求することが市場から魅力的に映ります。

今の人的資本経営の潮流は、「自社の組織と個人の本質的な在り方」を問い直す良い機会です。長らく「戦略人事の重要性」が問われてきましたが、今が実現の好機であり、その際に人事部門の果たす役割もまた大きいでしょう。

執筆者紹介

佐々木 聡

シンクタンク本部
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 上席主任研究員 

佐々木 聡

Satoshi Sasaki

株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。


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