目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ

公開日 2022/12/05

近年、人事領域では流行語が次々と量産されている。そのトレンドの軌跡を客観的な形で残し、冷静に議論したり振り返ったりできるようにすることで、「今、人事において本質的に注力すべき大事なテーマ」をより確かな目で見極めたい。そのような思いからパーソル総合研究所は人事トレンドワード特集を企画。2022年10月21日に人事トレンドワード選考会(※)を開催し、2022~2023年において注目される人事の3大ワードとして《テレワーク》《DX人材》《人的資本経営》の3つを選定した。数あるワードからこの3つを選んだ理由やその解釈、さらにトレンドワードとして取り上げることの意義とは何か。選考会にアドバイザーとして参加いただいた立教大学の中原淳教授と、最終的なワード決定の責任者を務めたパーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児が、選考会を振り返りつつ議論を深めた。

※人事トレンドワード選考会の概要はこちら
中原 淳 氏

立教大学 経営学部 教授(人材開発・組織開発) 中原 淳 氏

東京大学教育学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等を経て、2018年より現職。博士(人間科学)。専門は人材開発論・組織開発論。「大人の学びを科学する」をテーマに企業・組織における人材開発・組織開発を研究している。

小林 祐児 氏

パーソル総合研究所  シンクタンク本部 上席主任研究員 小林 祐児

上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年パーソル総合研究所入社。 労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。研究領域はミドル・シニアの活性化、転職行動とキャリア選択など、多岐にわたる。

  1. トレンドワードを探ることで見えてきた日本の人事の特徴
  2. テレワークは、組織視点で実験・検証を繰り返すべき
  3. DX人材は内部育成へ。重要なのは実践すること
  4. 人的資本経営の潮流を利用し、実践を通した本気の育成を
  5. 人事トレンドは、真の人事課題の解決に戦略的に利用すべき
  6. 流行語で終わらせず、中長期で取り組むべき人事テーマとは

トレンドワードを探ることで見えてきた日本の人事の特徴

――人事トレンドワード選考会では、現役の人事担当者らにご参加いただき、各種アンケートやパーソル総合研究所ウェブサイト内検索ランキングなどの事前調査の結果を参照しながら意見を交換しました。人事領域で目立ったワードに対して、参加者からさまざまな意見が出されましたが、お二人はどう感じられましたか。


中原氏:人事の課題が流行語として短期サイクルで乱造されている現状を懸念していました。今回、選考会に参加した方々の意見を聞き、こうしたワードが流行していること自体をうまく利用して、やりたい施策を進めたり、企業の体質を改善したりするきっかけにしてもらえればと改めて感じています。


小林:立場によっても出てくる意見がさまざまだったので、面白い取り組みだと感じています。全体的に《テレワーク》《人的資本経営》《DX》など、いわゆる経営や全社的に対応が必須なテーマとして人事に降りかかっているものが多く、《キャリア自律》など人事が発信するテーマはあまり上位に挙がっていません。人の動きが経営や全社的な動きの後手に回っている、人事部が発するメッセージが全社を巻き込むような動きにはなっていないのだという気づきがありました。


――参加者からは《人的資本経営》《DX》などは海外では話題にも挙がらず、日本特有の課題との意見もありました。中原先生は、選考会で印象に残っていることはありますか。


中原氏:「女性活躍推進」が事前調査のランキングで上位に入らず、参加者の方も「最近は言葉を聞かなくなった」と仰っていたのが印象に残っています。女性活躍だけでなく、ダイバーシティ&インクルージョン、ウェルビーイング、ワーク・エンゲイジメントなどは、10年がかりで取り組む経営テーマだと思うので、トレンドでなくなったからといって、もう取り組まなくてもいいという空気にはなってほしくないですね。

テレワークは、組織視点で実験・検証を繰り返すべき

――それでは、3大人事トレンドワードをひとつずつ追っていきたいと思います。まずは《テレワーク》について、当社ウェブサイト内の検索ランキングや人事従事者へのアンケート調査でも1位でしたが、小林さん、最終選出の意図をお聞かせください。


小林:テレワークは2020年に新型コロナウイルス感染防止のための緊急事態的な対策で一気に広がりました。コロナ禍が収まってきたここ2年は、蓄積した組織課題を背景に、今後どうするかを占う壮大な社会実験のような極めて重要な時期だったといえます。

この間にテレワークの議論は、仕事に合わせた「ハイブリッドワーク」という個別最適のフェーズから、「組織をどうマネジメントし、運営するか」という組織最適のフェーズに入るべきでしたが、多くの企業が「定着させるか」「やめるか」の二元論に縛られ続けています。2022年は各社のスタンスと議論のレベル感の差がはっきり出たという意味で、記録に残したいと思い選びました。


――テレワークは、選考会の参加者からも、人事にとって身近なテーマだという声が聞かれました。中原先生はどのように感じていますか。


中原氏:テレワークに関しては、各人・各社にとって最も成果につながる働き方を選べばよいと私は思っています。テレワークか対面で働くかは、あくまでも手段。うまく組み合わせてやっていくのがよいでしょう。選考会では、「テレワークを進めた結果生じた組織課題もあり、どういう働き方がよいか仮説をもって実験を繰り返すしかない」という企業人事の方の発言が印象的でした。

「実験」は因果を明らかにすることであり、結果はやってみなければ分かりません。だからこそ、積極的に実験をする人事や経営であってほしいです。また、そうやって各企業において人が実験し、自社なりの答えを出すことが当たり前になる時代が目の前にきていると思います。

DX人材は内部育成へ。重要なのは実践すること

中原氏

――人事従事者などへの事前アンケートで《DX》および《DX人材》は比較的上位でした。選考会でも、「DXは流行り、多くの企業が挑戦してみたけれど壁が厚かったように思う。DXが進めばもっと労働生産性も上がるが、人材がいない」といった声もありました。


小林:コロナ禍によりデジタル化が進み、バズワードとして見られていたDXが不可逆的な流れとして認識されています。人事としてはDX人材の採用に注力してきたところ、外からの採用に限界を感じ、社内育成に振り向けた転換点の1年だったと思います。かねてからの人材教育費が、DX人材育成費に形を変え、多くの予算が下りるようになったのが2022年です。


中原氏:デジタルを使ってビジネスを変革することが、端的に求められています。そもそも市場に人材がいない、デジタルに興味はあるが自社のビジネスに興味がない専門家を採っても定着しないといった課題に直面し、育成のフェーズに変わってきています。


小林:DX人材が外部採用から内部育成の世界になってきたとはいえ、DXはそもそも既存のビジネス変革です。それを分かっていない人をいくら外部から採用しても機能しないことに各社気づき始めたところです。それと同時に、DXが「業務のデジタル化」や「デジタルリテラシー教育」くらいの意味に希薄化して、イノベーティブなものから遠ざかっています。


――選考会では、「DX人材は社内では教育できない」ということが前提になってしまい、まだまだ社内で育てる発想を持てずに、採用に奔走している企業が多いという意見もありました。DX人材の社内育成は難しい状況なのでしょうか。


中原氏:DX人材の育成方法は、現状、多くの企業で統計学などのオンデマンドビデオを視聴することに終始しています。しかし、絶対的に大事なことは、その知識を何かに当てはめて「使う」ということ。つまり、デジタルを使って、ビジネスをより良くすることを「実践する」ことでしか学べないし、DX人材は育たないと思うのです。


小林:社会全体における人材輩出の機能が弱いために、市場にDX人材が足りないのです。だから、企業の中で育てていかないといけない。学び直しというテーマが、その必要性を叫ばれるフェーズから、「現実的課題」へとようやく門戸を開いたのが2022年。そうした意味からもDX人材を選びました。

人的資本経営の潮流を利用し、実践を通した本気の育成を

小林

――《人的資本経営》は、人事リーダー育成プログラム参加者アンケートで1位であり、選考会でも参加者のほとんどが注目しているワードとして挙げていました。経済産業省の「人材版伊藤レポート」などの影響もあって、2022年、一気に注目度が高まった言葉です。


小林:機関投資家や欧米先行という外圧によって、急速に注目が集まり、人事・経営が情報収集に追われた1年でした。人的資本「開示」元年といえます。開示後数年は開示指標の経年変化や成長の度合い、独自性などが肝になります。来年以降、成果に関する企業間の差も出てくるでしょうし、人事にとっては投資家対策より実質的な議論を進める必要が出てくるでしょうから、2022年はその分水嶺に当たる年ともいえます。


中原氏:《人的資本経営》は古くからいわれていますが、こうした人事の言葉を経営者が口にするようになったことは画期的なことです。そもそも人事が経営学の科目になったのは、1983年のハーバード大学が最初で、戦略やマーケティングよりもかなり遅れていました。それが、今まさに人・組織が企業の競争優位をつくる時代がきています。ただ、本来は現場で語られるべきテーマですが、今のところ経営周辺の人が中心で、残念ながら人事の現場の人が関心を持って話している場面に遭遇したことはありません。


――なぜ、現場の人事担当者が関心を持つことが必要なのでしょうか。


中原氏:ある意味、自己投資をして学びというものを通じて自分を変えていくことも含めての人的資本投資なので、本来は現場の人事担当者が主体的になることが必要なのではないでしょうか。


小林:人的投資は「個人の能力・資質」をいかに投資して上げていくかということであるため、「個」が対象となる概念です。そんな人的資本の論に引きずられる形で、リスキリングも「《個人主体》の学び直しとジョブチェンジ」の話へと先祖返り的に矮小化しているように思います。「個人のスキル・能力を上げること」を人的資本の指標にしても、スキルが現場で発揮されなければ意味がない。個人がスキルを持っていることと、職場でスキルを生かすことはかけ離れています。


中原氏:人的資本への投資が、企業へのパフォーマンスに直接影響するかというと、そうではありません。間に「行動変容」が挟まり、媒介することで、影響します。「行動変容」とは、職場や現場で人々が学んだ知識を実践する(行動が変わる)こと。実践に尽きるのです。人への投資という面では、日本は猛省すべきでしょう。企業は、この20年間でOJTや人的資本、人材開発への予算を絞っています。国も高等教育に対する運営交付金を減らしており、日本はOECD加盟国で国内総生産(GDP)に占める公財政教育支出が最低レベルです。

人事トレンドは、真の人事課題の解決に戦略的に利用すべき

――小林さんは、「人事における流行語について、《人事が経営に出す資料の1ページ目を世間がつくっている》感がある」と話していましたが、具体的にどういうことでしょう。


小林:例えば、「DXを推進するにはDX人材が重要なので、人事制度を変えましょう」という人事の提案に対し、経営層から一定のコンセンサスを得る場合、今のようなブームがまったくないところでイチから経営層を説得するのは非常に難しいことだと思います。しかし、DXのように世の中で流行っている言葉は経営層も一定程度理解しているので、経営会議で提案する書類の1ページ目にあたるイントロの素地ができているということになります。


中原氏:流行語をうまく使うことには私も同感で、使い方は二通りあると思っています。ひとつは、流行り言葉を《錦の御旗》としてうまく利用しながら、人事が本当にやりたい施策や、やらなければならない施策を実践すること。もうひとつは、流行語のテーマについて正しいやり方を探すことです。


小林:その意味では、今の人的資本投資やDX人材育成の流れを、人事が利用しない手はないと思います。これを機に育成の予算をしっかり取りに行き、成果を測定して示し、次につなげていかなければ、本当にただのブームで終わってしまいます。


中原氏:おそらくこれが最後のチャンスではないでしょうか。


小林:確かに。30年以上ぶりにきた、バブル崩壊後初のチャンスですね。


中原氏:人に期待をするなら、人に投資を。最後かもしれないこのチャンスを逃してはいけません。

流行語で終わらせず、中長期で取り組むべき人事テーマとは

中原氏 小林

――選考会では、人事領域で毎年のように流行語が出る状態が異常だという議論もありました。


中原氏:流行語が生まれること自体は構わないし、一年を振り返りキーワードで総括するのもいいと思います。ただ、私が一番危惧しているのは、「流行しているから、同業他社がやっているから、とりあえずやっておかねば」という思考や、流行語に飛びついておけば、後れをとらないという発想に陥ることです。本当に経営にインパクトを与えるのであれば、他社とは違う競争優位をつくることが一番大事。それには、事例を真似るのではなく、流行語をどう解釈して自社にフィットした形で実践するかが重要なのです。


小林:流行語の後追いで情報や事例を求める傾向は、構造的になかなか変わらないかもしれません。ただ、第1回として2022~2023年で押さえるべきテーマを選べたと思うと同時に、流行語として取り上げるべきではないテーマも明らかになりました。

まずひとつの群として、長期的に達成していくしかないもの。中原先生も挙げておられた《DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン=多様性、公平性、包括性)》《ワーク・エンゲイジメント》《ウェルビーイング》などはまさにそうだと思います。


中原氏:《キャリア自律》もそのひとつです。私がこの業界に入った20年前からいわれ続けていますが、2021年頃からシニアと結びついて再燃しています。《キャリア自律》《ダイバーシティ&インクルージョン》《ワーク・エンゲイジメント》《ウェルビーイング》などは、決して「ランキング語」にしてはダメなのだと思います。実現には「年単位の努力」が必要です。超継続して取り組む「非ランキング語」として登録しましょう。


小林:もうひとつの群は、現場では大きな問題になっていても、経営や人事のムーブメントにならないもの。例えば《目標管理制度》は成果主義のレガシーになってしまっていますが、見て見ぬ振りをされ、ジョブ型が注目されたりしています。《女性活躍推進》は進展がないにもかかわらず、もう飽きられてしまった感があります。《ハラスメント》や《メンタルヘルス》の問題も、絶対にブームにして終わらせてはいけないものとして言い続けたいです。


中原氏:それでいえば、働く人々の悩みはすごくシンプルなものが多いですよね。リモートでチームがまとまらないとか、「学び直し」を進めるにも何をすればいいか分からないとか、最近だと物価は上がっているのに給料が上がらないとか。

例えば、「学び直し」に関して、「学び直せ」と言われたものの、「学び直し」とはそもそも何なのか?学校いくことなのか?資格とることなのか?そういうところから悩んでいる個人はとても多くいます。学び直しでやるべきことは、《何かに挑戦して、振り返る》《他人からフィードバックをもらう》など、実はとてもシンプルです。また、学んだことを仕事に生かさなければ学んだことにはならない。そういう生々しい、地に足のついたことは誰も教えてくれないので皆、戸惑ってしまうのです。


小林:現場の運営に近づけば近づくほど話題に挙がりづらい。しかし、本当の人事課題はそういうところにあるように思います。


――貴重なご意見をありがとうございました。最後に一言、読者にメッセージをお願いします。


中原氏:流行語を横目で見て、現場を見る。過ぎた2022年はもう納めつつ(笑)、来る2023年もトレンドを見ながら現場にとって一番大事なこと、フィットすることを実現していきましょう。


小林:本企画は、5年後、10年後に、あの時こういう議論があったと振り返りつつ、今後に生かしていただくことを目指して続けていきたいと思います。ぜひご期待ください。

※選考会の概要と事前調査の結果

2022年10月21日、都内にて開催。人事トレンドワード選考の最終責任者は、小林祐児(パーソル総合研究所 上席主任研究員)。以下4名の方にアドバイザーとして参加いただいた。中原淳氏(立教大学経営学部教授)/矢野三保子氏(住友金属鉱山株式会社)/蛯谷敏氏(ビジネスノンフィクションライター・編集者)/大場竜佳(パーソルホールディングス)。ファシリテーターは本間浩輔(パーソル総合研究所 取締役会長)。

なお、選考会では「注目している人事ワード」を聞いた以下①~④の事前調査などの結果を参照した(上位5つの抜粋)。

「注目している人事ワード」事前調査結果

①人事担当者1,000人を対象にしたインターネットアンケート調査②パーソル総合研究所主催人事リーダー育成プログラム「HRリーダーズフォーラム」受講者アンケート
①人事担当者1,000人を対象にしたインターネットアンケート調査②パーソル総合研究所主催人事リーダー育成プログラム「HRリーダーズフォーラム」受講者アンケート
➂パーソル総合研究所シンクタンク研究員アンケート④パーソル総合研究所ウェブサイト内検索ランキング
➂パーソル総合研究所シンクタンク研究員アンケート④パーソル総合研究所ウェブサイト内検索ランキング


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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