パーソル総合研究所は、2022~2023年の人事トレンドワードとして《テレワーク》《DX人材》《人的資本経営》を選出しました。これら3つのワードについて、言葉の定義や人事領域でどのように扱われているかなどを解説します。
「テレワーク」の定義を、日本では総務省が次のように明示している。「ICT(情報通信技術)を利用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」。新型コロナウイルスの感染症対策により急速に身近なものとなったが、まだ定着している段階とはいえない。
テレワークの普及は、過去約40年の過程で景気変動に影響を受けながら前進と後退を繰り返し、今日に至る。なぜなら、景気の浮沈による労働の需給関係が反映されてきたからである。
日本企業でテレワークが導入されたのは、日本電気(NEC)が、1984年に吉祥寺エリアにサテライトオフィスを設置したのが始まりとされる。その後は、バブル経済による売り手市場を背景に、高騰する都心の土地を避けて、郊外で従業員が働きながら育児や介護をできる環境を設けることで、人材を確保するために導入されていった。
しかし、バブル崩壊とともにテレワークブームも後退。1990年代後半には、当時の通産省や労働省による政府主導でテレワーク改革が実施されていった。2000年代からは、特別融資やテレワーク推進フォーラムの設立によって、全国規模で普及していくかと思われたが、2008年のリーマンショックによって、再び後退する。
その後は厚生労働省の「働き方改革」を皮切りに、テレワーク実施企業が増加。2020年は新型コロナウイルス感染症対策のため、一気に導入が進んだ。ウェブ会議ツールが普及を後押しし、テレワークが身近なものとなった。
2020年3月からパーソル総合研究所が継続的に実施している調査(※1)によると、正社員のテレワーク実施率は2022年7月時点で25.6%であり、新型コロナ「第1波」以降、30%は超えていない。また、企業側がテレワークを推奨・命令する割合は2022年7月で33.3% と、2020年4月以降で最低の数値となった。一方、従業員側のテレワーク実施者による継続意向は、80.9%と過去最高となり、両者の姿勢にギャップが見られる。企業が強く推進しない限り、周囲の出社など同調圧力に影響され、さらなる普及は見込まれない可能性がある。
企業がテレワークを実施していない理由の1位は、「テレワークで行える業務ではない」で44.3%だった。また、出社時の生産性を「100」とした場合の、テレワーク時の主観的生産性を聞くと、平均で89.6%にとどまる。働く環境の柔軟性と仕事の生産性のトレードオフが解消しない限り、未曾有の感染症による影響を受けても、過去の歴史を繰り返すことになるだろう。
今後、企業としては、自社における「働き方」のポリシーを明確に定めた上で、テレワークによる自社のメリットとデメリットを、柔軟性と生産性を考慮して検討していくことが望まれる。
※1 パーソル総合研究所「第七回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する調査」
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/telework-survey7.html
《テレワーク》の注目ポイント
そんな現状に各社が、本格的なDX人材の育成に走り出したのが2022年である。例えば、三菱商事は経営陣や海外出向者を含む全社員の約5,600人に対して、研修制度を7月に導入。計約70時間分の16講座を用意した。需給予測による食品の生産・加工・販売の最適化や、自動運転トラックなどによる鉱山操業の最適化を想定するなど、幅広い事業の生産性向上につなげることが狙いだ。一人ひとりにDXの基礎知識がなければ競争に勝ち抜けないと判断し、これまで外部に委託していたDX業務を社内人材で内製化し、デジタル事業の提案力を底上げする考えだ。また、住友化学はDX人材を2倍に増やし、開発競争の激化に対応するなど、業種や職種の違いに関係なく各社が育成に力を込める。
企業だけではなく、地方自治体も動き出している。石川県加賀市は金沢工業大学が提供する社会人向けプログラムを利用して、職員にITリテラシーの向上や人工知能など先端技術の利活用の方法をリスキリング(学び直し)させて、デジタル人材を育成すると2022年8月に発表した。
岸田総理大臣は、リスキリングの支援に5年間で1兆円を投じると2022年10月に表明。しかし、「学び直しをしたことはなく、今後も学び直しをしたいとは思わない」人が、約半数に上ることも内閣府の世論調査(※3)で分かっている。DX人材の創出は、企業による人材投資と、個人によるリスキリングが噛み合ってこそ実現する。リスキリング元年ともいえる2022年。先の道のりは、まだ遠い。
※2 総務省「情報通信白書 令和4年版」
※3 内閣府「生涯学習に関する世論調査(令和4年)」
《DX人材》の注目ポイント
2022年は「人的資本経営元年」といわれた。しかし正確には「人的資本情報《開示》元年」が、その実態を示している。なぜなら人的資本経営そのものは、海外では1990年代頃から知的資本の重要性が唱えられ、その中に人的資本が位置付けられていたからである。アメリカをはじめスウェーデン、デンマーク、イギリス、ドイツなどヨーロッパでも国レベルで実践的に取り入れられていった。バランス・スコアカードは知的資本マネジメントの議論の中から生まれたものだ。
日本においても、人的資本経営の源流は1987年に一橋大学の伊丹敬之教授(当時)が著した『人本主義企業』に見られる。人本主義は、欧米における株主を主権者とする「資本主義企業」との対立概念として位置付けられ、従業員を主権者とする人本主義企業が、日本の高度経済成長を支えた主役であり、世界に誇る競争力の源泉であるという言説は、当時すでに海外から注目されていた。
しかしバブル経済の崩壊後、経済成長の停滞が続いた「失われた30年」の間に人本主義企業は鳴りを潜め、経営者は設備など短期的な投資や内部留保に走り、人的資本への投資を怠ってきた。GDPにおける能力開発費の比率は、厚生労働省の「平成30年版 労働経済の分析」(※4)によればアメリカの2.08%に対して日本は0.10%(2010~2014年)で、ヨーロッパ各国と比較しても低く、経年的にも低下している。
ようやく政官が動きはじめたのが、2014年に経済産業省内に設置された「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトである。プロジェクトの最終報告書として、いわゆる「伊藤レポート」が公表された。さらにその後、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会(2020年)」と「人的資本経営の実現に向けた検討会(2022年)」にて、「人材版伊藤レポート」が公表された。経済産業省が人的資本経営を推進していく目的は、人的資本経営が「《人》という無形資産への投資とその情報開示を前向きに行っている企業に資金が集まる仕組みをつくり、企業競争力の底上げにつなげる」とある。
さらに、2021年に発足した岸田内閣の看板政策である「新しい資本主義」によって、「人への投資」が示され、人的資本経営に対する具体的な施策へと展開されていった。人的資本を含む非財務情報の開示に投資家の関心が高まる中、2022年8月に内閣官房から「人的資本可視化指針」が公表された。開示項目や方法について、海外ではすでにISO(※5)30414、SEC(※6)などのさまざまな基準や指針が乱立している。政府の指針はこれらを整理して、人的資本に関して日本企業として開示が望ましい項目を具体例で挙げながら提示した。企業は必ずしもすべてを開示する必要はない。
人的資本情報の開示に関して企業側も、項目の選定や表示方法など模索の段階にある。2022年は開示元年であっても人的資本経営そのものは元年ではない。温故知新に倣って、日本企業が蓄積してきた、他国にはない人的資本を生かした経営の実践が望まれる。
※4 厚生労働省「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-」
※5 ISO(国際標準化機構)
※6 SEC(米国証券取引委員会)
《人的資本経営》の注目ポイント
パーソル総合研究所が、2022‒2023年において注目される人事の3大ワードとして選出した《テレワーク》《人的資本経営》《DX人材》。 数あるワードからこの3つを選んだ理由やその解釈、さらにトレンドワードとして取り上げることの意義について、 ワード選考に参加いただいた立教大学 中原淳先生と、最終的なワード決定の責任者を務めたパーソル総合研究所 研究員の小林祐児が、選考会を振り返ります。
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ組織・人材コンサルティングを行う専門家や、企業の人事担当者の方々に、2022年を振り返り、また2023年を見通す中で注目しているHRキーワードを伺いました。
自律性、主体性が求められる時代、人事施策成功のカギは《個の覚醒》にあり株式会社CORESCO 代表取締役 古森 剛氏
オンラインの進展、人手不足……人事はより戦略的に攻めの時代へ。注目すべきは、《全国採用》《タレントアクイジション》《創造性》株式会社人材研究所 代表取締役社長 曽和 利光氏
人的資本と同時に《組織文化資本》が重要に。挑戦と失敗を受け入れる組織文化が自律型人財を育てる積水ハウス株式会社 執行役員 人財開発部長 藤間 美樹氏
人生100年時代に必要なのは、自分の軸を持ちキャリアを構築する「キャリアオーナーシップ」アサヒグループジャパン株式会社 キャリアオーナーシップ支援室 室長 林 雅子氏
「社員の幸せ」と「会社の大義」、矛盾を受け入れながら共生を目指す株式会社デンソー 総務人事本部 執行幹部 人事企画部・人事部担当 原 雄介氏
多様性の推進と成長の加速に必要なのは、自己認識と自律的なキャリアの歩み株式会社商船三井 常務執行役員/チーフヒューマンリソースオフィサー/人事部、秘書総務部(秘書)担当 毛呂 准子氏
組織・人事領域で活躍する研究者に、「今注目する」そして「これから探求したい」研究テーマについて語っていただきました。
新卒者・中途採用者のオンボーディングから、子どもたちの《協育》まで。 誰もが幸せに働ける社会の実現を目指し、研究に挑み続けたい甲南大学 経営学部 教授 尾形 真実哉氏
ガラパゴス化した日本の人事制度を「補完性」の観点から国際比較分析青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 教授 須田 敏子氏
重要度が増すウェルビーイング。HRMができることを探求し続ける大手前大学 学長 平野 光俊氏
人事トレンドワード2022-2023へ第九回・テレワークに関する定量調査
人と組織の可能性を広げるテレワーク
海外のHRトレンドワード解説2024 - BANI/Voice of Employee/Trust
チームにとって最適なスタイルを探り、フレキシブルなハイブリッドワークを
高齢化社会で求められる仕事と介護の両立支援
男性育休の推進には、前向きに仕事をカバーできる「不在時マネジメント」が鍵
男性が育休をとりにくいのはなぜか
男性の育休取得をなぜ企業が推進すべきなのか――男性育休推進にあたって押さえておきたいポイント
調査研究要覧2023年度版
人的資本経営を考える
人的資本情報開示のこれまで、そしてこれから
なぜ、日本企業において男性育休取得が難しいのか? ~調査データから紐解く現状、課題、解決に向けた提言~
《インテグリティ&エンパシー》いつの時代も正しいことを誠実に 信頼されることが企業価値の根源
《“X(トランスフォーメーション)”リーダー》変革をリードする人材をどう育成していくか
育児期テレワークのニーズはどのくらいか
人的資本情報開示にマーケティングの視点を――「USP」としての人材育成
男女の賃金の差異をめぐる課題
内部通報を利用して人的資本のリスク管理の開示充実を
有価証券報告書を通した人的資本のリスクの開示状況と課題
エンゲージメントとは何か――人的資本におけるエンゲージメントの開示実態と今後に向けて
女性管理職比率の現在地と依然遠い30%目標
企業と役員の人的資本に対するコミットメントに整合性を
有価証券報告書を通した人的資本のガバナンスの開示状況とその内容
つながらない権利の確保に向けて
有価証券報告書、ISSB、TISFDから考える人的資本情報開示のこれから
第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査
女性役員比率30%目標から人的資本経営を見直そう
役員報酬設計を通して示す人的資本経営へのコミットメント
株主総会の招集通知から見えた、人材に関する専門性不足
男性育休に関する定量調査
先行対応企業の開示から考える人的資本に関する指標の注目ポイント
内部通報制度は従業員に認知されているか
有価証券報告書による人的資本情報開示 企業の先行対応を調べる過程で得た3つの気づき
人的資本情報開示に先行対応した企業の有価証券報告書から何が学べるか
メタバースは私たちのはたらき方をどう変えるか
メタバースは現実の生きづらさを解消し、仕事のやり方や生き方を変える
真に価値のある「人的資本経営」を実現するため、いま人事部に求められていることは何か
企業の競争力を高めるために ~多様性とキャリア自律の時代に求められる人事の発想~
メタバースを使った新しい働き方はすでに始まっている 多様な働き方の実現に向け積極的な活用に期待
メタバースでの「余白」の創出が職場を変える
メタバースから見えてくるコミュニケーションの「これから」
実験で見えてきた、ビジネスにおける「VR」の可能性
HITO vol.19『人事トレンドワード 2022-2023』
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ
地に足のついた“独自の”人的資本経営の模索を
メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)
人的資本経営は人事によるビジネスへの貢献の場 リーダーの発掘・育成の環境を整え企業成長を
人的資本経営は企業特殊性を最大限に生かす事業戦略と人材戦略を
人事は経営企画、財務、事業企画と共に 「持続的な企業の成長ストーリー」を語ろう
特別号 HITO REPORT vol.13『動き出す、日本の人的資本経営~組織の持続的成長と個人のウェルビーイングの両立に向けて~』
人的資本情報の開示に向けて
人的資本経営と情報開示を巡る来し方と行く末 ―ウェルビーイング時代の経営の根幹「人」へのまなざし―
~サイボウズの人的資本経営~ 企業理念やポリシーをいかに開示できるか 型にはめるより伝わりやすさを重視
~ポーラの人的資本経営~ 企業は人の集合体。ポーラに脈々と伝わる「個を大切にするDNA」でサステナビリティ経営を推進
《人的資本経営》「人への投資」が投資判断に影響する 今こそ企業存続への正しい危機感を
人的資本情報開示に関する調査【第2回】~求職者が関心を寄せる人的資本情報とは~
会社と社員のパーパスを重ね合わせ エンゲージメントの向上を通じた人的資本経営の高度化を目指す
人的資本経営を“看板の掛け替え”で終わらせてはいけない 個人の自由と裁量をどこまで尊重できるかが鍵
CFO/FP&Aの観点から考える CHROとCFOがCEOを支える経営体制の確立と人材育成の方向性
人的資本経営は「収益向上」のため 人事部はダイバーシティ&インクルージョンの推進から
第七回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する調査
~KDDIの人的資本経営~ 投資家との対話は学びの宝庫 人事は投資家と積極的に相対しよう
自社の人材戦略に沿ったストーリーあるデータを開示 人材に惜しみなく投資することで成長するサイバーエージェントの人的資本経営
経営戦略と連動した人材戦略の実現の鍵は人事部の位置付け ~人的資本経営に資する人事部になるには~
人的資本の情報開示の在り方 ~無難な開示項目より独自性のある情報開示を~
人的資本経営の実現に向けた日本企業のあるべき姿 ~人的資本の歴史的変遷から考察する~
人的資本情報の開示で自社の独自性を見直す好機に~市場は人材や組織の成長力を見ている~
人材版伊藤レポートを読み解く
人的資本情報やその開示に非上場企業も高い関心 自社の在り方を問い直す好機に
《人的資本経営》多様な個を尊重し、挑戦を促すことで企業発展につなげたい
人的資本経営の実現に向けて 人材版伊藤レポートを概観する
《人的資本経営》対話が社員の心に火をつける 時間という経営資本を対話に割こう
人的資本情報開示に関する実態調査
第六回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
第五回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
HITO vol.17『ITエンジニアに選ばれる組織の条件 ~賃金と組織シニシズムの観点から考察する~』
はたらく人の幸せに関する調査【続報版】(テレワーカー分析編)
Well-beingな状態で働くためのテレワークのポイントと対策 ~はたらく人の心の状態を2分するテレワーク~
コロナ禍における就業者の休暇実態に関する定量調査
特別号 HITO REPORT vol.10『テレワークは組織成長の原動力になるか?~調査データから見えた成功の秘訣~』
まだらテレワーク職場で発生する評価不安とその解消法
在宅勤務下における新入社員の現場受け入れで気を付けるべき3つのこと ~コミュニケーション施策の実施とマネジメント方法の転換が鍵~
ITエンジニアの人的資源管理に関する定量調査
第四回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
テレワークによる組織の求心力への影響に関する定量調査
第三回・新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
テレワークにおける不安感・孤独感に関する定量調査
新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査
テレワーク導入企業にとってのメリットと課題~テレワーク導入のために、いま企業がすべきこと~
【経営者・人事部向け】
パーソル総合研究所メルマガ
雇用や労働市場、人材マネジメント、キャリアなど 日々取り組んでいる調査・研究内容のレポートに加えて、研究員やコンサルタントのコラム、役立つセミナー・研修情報などをお届けします。