戦略コンサルタントとして数多くの上場企業に対し、経営戦略と人事戦略のアドバイスを行ってきたボストン コンサルティング グループ(以下BCG)の竹内氏は、「人材版伊藤レポート1.0」の検討会メンバーでもある。日本企業は、人的資本経営とその情報開示をどのように捉え取り組むべきか、意見を伺った。
ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&パートナー
竹内 達也 氏
BCG組織・人材グループの日本リーダー、および金融・保険グループのコアメンバー。ドイツ銀行を経て、2004年にBCGに入社。
幅広い業界の企業に対し、人材戦略、カルチャー改革、パーパス(企業の存在意義)などに関わる支援経験が豊富。経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の委員、内閣人事局などの人材育成関連のアドバイザーを務める。また、銀行、証券、保険、ノンバンクなど幅広い分野の金融機関に対し、経営・事業戦略、デジタル戦略、気候変動対応などのプロジェクトを手掛けている。
ボストン コンサルティング グループ
グローバル経営コンサルティングファーム。
1963年創設。1966年東京オフィス設立。従業員数
25,000名(2022年10月6日現在)。
――経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」のメンバーでいらっしゃいましたが、どんなことを期待されていたのでしょうか。
具体的に明示されていたわけではありませんが、「経営戦略と人事戦略の連動」に対する知見を求められていたと推察しています。また、BCGはすべての産業をカバーしていますから業界横断的な視点で、海外の動向についてもお伝えできたらと考えていました。
手前味噌ではありますが、研究会では極めて意味のある議論ができたと感じました。いわゆる人事のみの経験者だけでなく事業の経験者と、経営戦略と人事戦略の連動について議論することができたからです。参加者は、プレイヤーとしてのCHROや投資家、シンクタンク、ジャーナリスト、そして私のようなコンサルタントで、多面的な視点を持ったメンバーと議論できたこともポジティブに捉えています。
――「人材版伊藤レポート2.0」では、「経営戦略と人事戦略の連動」が重要な柱として提示されています。ただ、どのように連動させるべきか戸惑う人事担当者も多いようです。手ほどきを教えていただけますか。
日々のコンサルティング経験から申し上げますと、分かりやすいのは「担い手」を整理することです。なぜなら、もはや人事だけでは解けないテーマになっているからです。私は「四位一体の検討」と申し上げているのですが、「人事」、「経営企画」、「財務」、各事業の経営・管理機能である「○○企画」、この四つで体制を作らなければ経営戦略と人事戦略の連動は実現できないと考えています。
海外の先進企業では、この四つがHRBPとともに密接に連動しながら、人材ポートフォリオやリスキリングを含めた包括的な施策を担っています。数年前まで、日本企業はそこまで至っていませんでしたが、ここ数年は経営企画の人から「人材戦略や人材ポートフォリオに課題があるからサポートしてほしい」というニーズが激増しています。
――「人材版伊藤レポート2.0」では、「CHROの設置」という具体策も提示されました。しかし、単にCHROを設置したところでうまくいかない現実もあります。経営企画との組み合わせは一つの解決策になりますか。
なるかもしれません。一部の企業は、経営企画室の中に「人材戦略室」を設けているところがあり、そういった組織のほうが人的資本経営の検討が早い印象を受けます。
それは今、企業がイノベーションやM&A、グローバル化、デジタル化、カーボンニュートラルなど、さまざまな変化の岐路に立たされているからです。さらに、「均一な人材を大量に採用する」のではなく、個々の能力やキャリア、エンゲージメントを見極め採用する必要も出てきました。
これは決して人事が悪いということではありません。人事はもともと採用から、配置、評価までのオペレーションを担っていましたが、機能が時代と合わなくなってしまったのです。そもそも「人事」という言葉自体が古くなっています。「人材戦略を担う組織」だと捉え直すときではないでしょうか。人事も「変化への対応力」が求められているのです。
――人的資本経営の情報開示において、投資家が注目しているポイントはどんなところにあるでしょうか。
研究会での議論と個人として考えていることをお話ししますと、ISO(国際標準化機構)などの指標に準拠しているかどうかのチェックではないと思っています。大事なのは「ストーリー」です。短期ではなく、中長期目線の「持続可能な企業の成長ストーリー」を人材の面から語れるかどうかが極めて重要です。
さまざまな企業のCHROとお話しをすると「当社にも投資家が来た」とおっしゃる人が増えています。投資家に対してストーリーを語れるCHROのお顔を頭に浮かべてみると、みなさんに共通しているのは、「事業、経営企画、人事」のすべてを経験していることです。
――投資家と対話する上でCHROに対して何かアドバイスはありますか。
直接の解答にはなりませんが、そもそも構想を練る役割、投資家と対話する対象がCHROだけなのかというと、そうではないと考えます。「人材版伊藤レポート1.0」では、「経営陣がコミットすること、取締役会が経営陣の取り組みを監督・モニタリングすること」と明確に提示していますが、まさにそこが本質だと思います。現場だけでは解けない方程式は、トップ(経営陣)のレイヤーで議論しなければなりません。CHRO以下に任せるのはナンセンスです。
別の軸でお話しすると、時間はかかりますが、ローテーションやタレントマネジメントで意図的に「投資家と対話できる人材戦略のリーダー」を育てることはやらざるを得ません。
――人的資本経営は、「ESG」の「S=ソーシャル」に該当するといわれています。ESG投資・ESG経営をどのように捉え、人的資本経営と絡めていくべきでしょうか。
「ESGを目的化すること」には違和感があります。世の中の潮流を踏まえて、経営戦略と連動させて、自社の成長と社会的なニーズの適合を考えることが、ビジネスのベースだからです。
人的資本と絡めたお話しをすると、お付き合いしている大手企業では、「ESGを実現するために人的資本に注力する企業」はほとんどありません。ではどういう状態かというと、人材を質と量ともに高めないとイノベーションが起こらない、組織が活性化しない、業務が回らないから、とお尻に火がついているのです。ただし、小売、工場、医療従事者などの「現場人材」=「デスクレスワーカー」の方々に関しては、低賃金の問題や、キャリアの先行きが見えないといった不安があるでしょうから、今後は「S=ソーシャル」の観点が大きくなると思います。米国企業の人的資本のレポートでは「ダイバーシティの観点」や「カルチャーの重要性」を意図的に絡めている地域や国も見受けられます。
――人的資本経営のサイクルを上手に回すことができている企業をご存知であれば教えてください。
構造的にはトップ企業は自らマーケットをつくり、ビジネスモデルをつくってきたために、結果的にイノベーションを起こす人材を育てることができたといえるのではないでしょうか。ただ今は、あらゆる企業が業界入り乱れで異種格闘技を行なっているような状況ですので、お尻に火がついて、人的資本経営をやらざるを得ないのだと思います。
良い人材が採用できて、事業が成功して、余裕ができて、環境づくりがうまくいって、さらに良い人材が採用できるという良いサイクルが生まれている企業と、そうではない企業と二極化している印象を受けます。
――日本企業らしさを生かすことで、良いサイクルは生まれるでしょうか?
これまで日本企業では、ローテーションでジェネラリストを育ててきたわけですが、一周回って、このローテーション制度が内製化という観点で良いのではないかと考えています。人材不足の今、社内の労働環境の中で人材を発掘し、リスキリングをしながら育てていくという方法は理にかなっていると思います。ただし、戦略的に人材ポートフォリオを考え、必要な専門性や経験を確保することが大事になります。
――最後に人事領域に従事するみなさんにメッセージをお願いします。
人事の機能は時代と合わなくなってしまったというお話をしましたが、人事のみなさんには極めて優秀な方が多く、ポテンシャルにあふれています。 自らの可能性に蓋をせず、「どうしたら人的資本経営を実現できるか」を一緒に考えていきましょう。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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