株主総会の招集通知から見えた、人材に関する専門性不足

公開日 2023/07/14

執筆者:サービス開発部 古井 伸弥

招集通知コラムイメージ画像

上場企業の約7割を占める3月期決算企業の定時株主総会が6月に終了した。人的資本情報の開示元年とも呼ばれる2023年、企業は株主に対し、人的資本に関してどのような発信をしたのだろうか。株主総会を覗き見ることはできないが、株主に送付される株主総会の招集通知に、その一端を垣間見ることができた。本コラムでは、招集通知を4つの観点で読み解いた中から見えた、人的資本開示の現在地を紹介する。

  1. なぜ株主総会の招集通知に注目したのか
  2. 株主総会の招集通知を読み解く4つの観点  
        
    1. 人材(人的資本)に関する考え方や方針、戦略に関する言及
    2.   
    3. 従業員のリスキリングや能力開発のために行っている施策についての言及
    4.   
    5. サクセッション(将来の経営人材の選抜・育成)のプロセスや施策についての言及
    6.   
    7. 取締役のスキル・マトリックスにおける人材関連項目の有無
    8.  
  3. まとめ

なぜ株主総会の招集通知に注目したのか

株主総会の招集通知は、株主に総会の日時や目的を伝えるもので、会社法によって規定されている。狭義には通知そのものを指すが、広義には事業報告や計算書類など総会資料一式を指す。招集通知は多くの企業にとって、年度最初の、公式かつ対外的な発信媒体だったことになる。(本コラムでは広義の招集通知を扱う)

また招集通知は明確に株主を宛先としている。人的資本開示の目的は投資を呼び込むことにあるため、投資家や株主に対し、人的資本に関してどのようなメッセージを送っているかを知ることは重要だ。招集通知はそのための格好の材料といえる。なお、招集通知は広く投資家を対象としているわけではないが、株主総会資料の電子提供制度が2023年3月に開始され、企業のウェブサイトなどに掲載されるようになったため、現在は投資家が招集通知を閲覧できるようになっている。

そして招集通知には、人的資本情報に関して、有価証券報告書に適用された開示義務や開示方法の縛りがない、ということが挙げられる。自由に記述できる分、各企業の人的資本経営に対する考え方や情報開示への姿勢が出やすいのではないかと考えた。

株主総会の招集通知を読み解く4つの観点

今回の対象はTOPIX100企業のうち3月期決算の81社とし、主に以下の4つの観点で読み解くことにした。

① 人材(人的資本)に関する考え方や方針、戦略に関する言及。
人材に関する取り組みを説明するにあたり、その大前提といえる人材への考え方や戦略を記述しているか否かを確認した。

② 従業員のリスキリングや能力開発のために行っている施策についての言及。
持続的な企業価値向上のために特に人材育成に注目が集まっているが、この点に関して記述があるかを確認した。

③ サクセッション(将来の経営人材の選抜・育成)のプロセスや施策についての言及。
従業員だけでなく経営層の人材育成はどのようになっているのか。この点についての記述の有無を確認した。

④ 取締役のスキル・マトリックスにおける人材関連項目の有無。
人的資本の重要性が訴えられる中、経営のかじ取り役である取締役会が、人材に関する専門性を有しているか否かを確認した。

① 人材(人的資本)に関する考え方や方針、戦略に関する言及

企業の価値創出と持続的な価値向上を図るための人的資本経営。それを推進するためには、人材に関する戦略が経営戦略としっかり連動していることが重要とされる。では企業はどの程度、招集通知の中で人材について言及しているのだろうか。自社の人材についての考え方や方針、戦略について言及している企業の数を見たところ、81社中33社(41%)であった。「人材は価値創造の源泉」「人材は最も重要な経営資源」などの記載をカウントしており、決して独自性があるものだけを選んだわけではないが、それでも半数に満たないという結果だった。なお同じ81社について昨年(2022年)の招集通知を確認したところ、記述があったのは38社と昨年のほうが今年に比べて多かった。

招集通知は人的資本について記述する媒体ではないなど、いくつか理由は考えられる。それでも自社の人材を経営上どう位置付けているかに言及している企業が半数に届かず、またその数が昨年よりも減っているという事実は、人的資本情報の開示元年ともいわれる今年の状況としては、意外といってよいのではないだろうか。

② 従業員のリスキリングや能力開発のために行っている施策についての言及

岸田政権がリスキリング支援を打ち出して以来、企業はその責任において従業員への教育投資を増加すべきだ、という考え方が広がってきたように見える。デジタル・トランスフォーメンション(DX)を推し進める必要性、また慢性的な労働力不足という背景から、デジタル・AI人材を社内で育成する企業が増えている。そこで2点目として、こうしたリスキリングについて、または既存スキルの向上まで含めた能力開発について言及している企業を見た。「人材育成」とだけ書かれていてその中身の記述がないものや、コンプライアンス研修、ダイバーシティ研修など業務スキルからは少し遠いと判断されるものを除外し、その上で目的や内容、規模など何らか具体性があるものを抽出した。結果、リスキリングや能力開発について言及があったのは81社中21社であった(2022年は23社)。

「人材育成」というワードを使用している企業は多いため、具体的に記述していないだけという見方はできる。実際、日本を代表するTOPIX100企業が、従業員のスキル向上のための施策を行っていないとは考えにくい。しかし、企業による従業員のリスキリングが、時の政権が目玉政策に掲げるほど社会課題になっている今日、それを積極的に訴えようとする企業が少ないのには、少し違和感を覚える。

このように人材戦略や人材育成に関する言及が少ない理由はいくつか考えられる。例えば、招集通知の作成部署が人的資本開示の管轄部署と異なる、前例を踏襲している、株主もこれらの情報開示に期待していない(と、企業が認識している)などである。

しかし、いずれにしても招集通知を通じて自社がいかに人材に投資をし、それにより持続的な価値向上を図っているかを株主に訴える企業が少ないということは間違いがない。それが招集通知という媒体によるものなのか、企業の状況によるものなのかはこれだけでは判断できないが、この点は後で触れることにしたい。

③ サクセッション(将来の経営人材の選抜・育成)のプロセスや施策についての言及

リスキリングや能力開発というと、従業員層の育成が頭に浮かぶが、経営層や次期経営人材の育成も重要な観点だ。株主総会は取締役の選任が主要な議案となるため、各取締役の経歴やスキルについては招集通知に多く記述されているが、サクセッション、つまり将来取締役となる経営人材をどのように選抜し育成しているかについてはどの程度記述されているのだろうか。

そこで3点目としてサクセッション、後継者育成、次世代経営人材をキーワードに、人材の選抜・育成のプロセスや施策について記述している企業を見た。単に「指名委員会で議論している」といった表現にとどまるケースは除外した。その結果、該当したのは81社中9社(11%)で、2022年と同数だった。

サクセッションについては、機微な情報が含まれることが想像され、開示する企業が少ないのはある程度一般に共通した認識と思われる。しかし、企業の中長期的な成長を考えたときに役員層の人材育成は非常に重要なテーマであり、株主の関心も高い。サクセッションの開示に期待する声は今後高まるのではないだろうか。

④ 取締役のスキル・マトリックスにおける人材関連項目の有無

役員層の人的資本情報として注目されるものにスキル・マトリックスがある。どの取締役がどのスキルを有しているかを表形式で示すことにより、取締役会が全体として必要なスキルを備えているかを一覧するものだ。開示は義務ではないが、コーポレートガバナンスコード(2021年改訂)で作成することが推奨されており、特に上場企業では招集通知での開示が一般的になってきた。どの分野を必要なスキルとして設定するかは自由なため、企業の考え方や方針が出やすいという特徴もある。人的資本経営という観点からは、人材に関するスキルは欠かせない。取締役の中に、人事や人材育成に関する知識、経験を持つ専門家が必要だ。

そこで4点目として、スキル・マトリックスに人材関連の要素を項目立てしているかどうかを確認した。具体的には人材(人財)、人事、HR、人材育成、人材開発、人的資本などを項目立てしている企業をカウントし、SDGs、ESG、人材ビジネスなどは除外した。該当したのは81社中42社(52%)で、2022年の41社から1社増加した。ここまで紹介してきた4つの観点では最も高い比率となったが、この52%という数字をどう捉えるべきだろうか。

まず52%が意味することは、ひとつには、「人材に関わるスキルを取締役会が備えるべき専門性として認識していない企業が約半数」ということだ。人材に関するスキルを有している取締役がいても、それは取締役会の必要スキルではないので開示しないという考え方だ。もうひとつは、「人材に関わるスキルを備える取締役がいない(そのため項目立てできない)企業が半数」ということだ。人材に関するスキルを仮に重要と認識していても適切な人物が確保できていないということになる。

48%の企業がどちらに該当するのかは分からないが、いずれにしても日本を代表する企業の約半数で、人材に関する専門性が経営に十分活かされていない現状がうかがえる。このことを踏まえると、先に述べた、人材戦略や人材育成への言及が乏しかった点に関しても、招集通知という媒体が要因というより、企業に人的資本に関する専門性が不足していることが要因、と考える方が妥当なのではないだろうか。

まとめ

株主総会の招集通知を人材(人的資本)、リスキリングや能力開発、サクセッション、取締役の人材関連スキルの4つの観点からひも解くことで、企業の人的資本開示の現在地を探った。株主に対して、自社の人的資本強化の取り組みを積極的にアピールしようとする企業は少なかったが、その背景には取締役層において人材領域の専門性が不足していることがうかがえた。

3月決算の有価証券決算報告が出揃い、人的資本情報開示についてさまざまな観点で分析が進むだろう。2023年の後半には統合報告書、企業によっては人的資本報告書の提出も予想される。人材育成やエンゲージメント、ダイバーシティなど従業員層の開示内容に関心が集まると思われるが、経営層の状況、特に「人材に関わる専門性」が不足している現状をどのように捉え、どう高めようとしているかにも注目して見て行きたい。

執筆者紹介

古井 伸弥

サービス開発部

古井 伸弥

Nobuya Furui

日系・外資系のマーケティング会社で計16年、市場調査と消費者研究に基づく提言を行い、クライアント企業の意思決定を支援する。CSとESの関係性を扱うなかで、社員のモチベーションやリーダーの役割への関心を高め、人と組織の領域にキャリアを移す。2019年「はたらいて、笑おう。」に共感し、パーソル総合研究所に入社。ピープルアナリティクスラボにてHRデータ活用の研究開発、シンクタンク研究員として人的資本情報開示や賃金に関する調査研究に従事。2023年10月より現職。


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