公開日 2023/10/23
政府は2003年以降、指導的地位の女性を少なくとも30%にするという目標を掲げてきた。その間、「女性活躍」を掲げ、さまざまな取り組みが見られた。しかし、各社の取り組み状況や実績は自主的な公表にとどまってきた。そのため、企業間の比較は簡単ではなかった。そのような中で、人的資本情報開示が義務化された。これにともない、2023年3月期決算以降、女性活躍推進法に基づいて女性管理職比率を公表する企業は、有価証券報告書への記載が必要となった。
本コラムでは、2023年3月期決算の企業の有価証券報告書の記載状況を確認することを通して、女性管理職比率に関連する課題について考えていきたい。
ここではまず、女性管理職比率を30%にするという目標に対する現在地を確認することからはじめよう。具体的に現況を理解するために、TOPIX500構成銘柄の女性管理職比率を確認したい。これによって、日本大手企業の今日までの進捗状況が理解できるはずである。
TOPIX500構成銘柄のうち、3月期決算の企業は380社ある。有価証券報告書では子会社の女性管理職比率が記載されている場合もあるが、提出会社の女性管理職比率に絞って確認したところ、332社(87.4%)が女性管理職比率を有価証券報告書に記載していた。この332社の女性管理職比率の分布状況を整理したものが図1である。
図1:女性管理職比率の分布状況
出所:パーソル総合研究所作成
図から分かるように、332社のうち既に女性管理職比率が30%以上だったのは、10社にとどまった。30%という政府目標を現時点で達成しているのは、日本の大手企業の中でもおよそ3%に過ぎない。
達成していない企業群に目を移すと、TOPIX500という大手の企業群を対象とした結果にもかかわらず、「5%未満」の企業が最も多く137社、次に多かったのは「5%以上10%未満」で99社であった。つまり、332社のうち236社は女性管理職比率が10%未満であり、71.1%を占めている。この332社の女性管理職比率の平均値は8.6%、中央値は6.0%であった。
女性管理職比率について、JPXプライム150指数構成銘柄の97社に絞って算出すると、その平均値は10.7%、中央値は8.5%であった。他方、JPXプライム150指数構成銘柄ではない283社では、平均値が7.9%、中央値が5.3%であった。価値創造企業から構成されているJPXプライム150の97社は、それ以外の企業群に比べると若干高い数値を示しているが、それでもなお30%目標には遠いのが現状である。
こうして女性管理職比率の現状を見てみると、ほとんどの企業にとっての現在地と30%目標の間には大きな隔たりがある。それでは、企業はどのような目標を掲げているのだろうか。
上記と同様にTOPIX500構成銘柄で3月期決算の企業380社について確認してみると、単体またはグループとしての女性管理職比率の目標が記載されていたのは、267社、70.3%であった。そのうち人数の記載などを除き、明確に比率の目標値が記載してある企業に限定すると、その数は234社となった。女性管理職比率の目標値を5%ごとに分布状況を整理すると、以下のようになる(図2)。
図2:女性管理職比率の目標値の分布状況
出所:パーソル総合研究所作成
図2からも理解できるように、30%以上の目標値を掲げる企業は限定的で、234社のうち47社、20.1%にとどまっていた。目標値として最多となったのは「10%以上15%未満」で、これに「5%以上10%未満」が続いていた。この図から目標値として10%前後を掲げる企業が多いことが分かる。政府目標と整合的な目標値よりも、現状から積み上げた現実的な目標値が設定されていることが理解されるだろう。
それでは、この女性管理職比率の目標をいつまでに達成しようとしているのだろうか。こちらも同様に、TOPIX500構成銘柄で3月期決算の380社を確認したところ、251社が具体的に目標達成設定年・年度を記載していた。その分布状況を示したのが、図3である。なお、達成設定年・年度の表記方法は企業ごとに異なっており、ここでは年と年度をひとまとめにしている。例えば、2025年と2025年度は、図3中ではいずれも「2025」としてカウントされている。年の範囲は1月から12月まで、年度の範囲は4月から3月までのため若干ズレが生じるが、傾向を理解するには許容範囲と考え、このように整理した。
図3:女性管理職比率の目標達成設定年・年度の分布状況
出所:パーソル総合研究所作成
図3からは、2つのピークが確認できる。この2025と2030の2つのピークを合わせた値は約60%で、ここには一定の傾向性があることが読み取れる。具体的に見てみると、目標設定として最も用いられていたのは「2025年・年度」で、251社のうち80社、31.9%が選択していた。次に多かったのは「2030年・年度」の73社で、29.1%であった。
また、「2031年・年度以降」も14社あり、比較的長期的な視点で女性管理職比率の目標を置いている企業も少なくないことが分かる。たとえ女性管理職候補が十分に育っていたとしても、管理職の現職者の定年や役職定年までの期間を考慮すると、ある程度長期的な観点で取り組み続ける必要がある。2030年・年度やそれ以降の目標が掲げられていることは、こうした長期的な観点が反映されたものと理解できるだろう。
さて、コラム「女性役員比率30%目標から人的資本経営を見直そう」では、採用、育成、登用までをパイプラインのように捉えることの重要性を指摘した。そこで以下では、パイプラインのスタートとして新卒採用、ゴールとして役員選任に着目して、有価証券報告書の記載状況を確認してみよう。
まず、新卒採用から見ていこう。女性の新卒採用の目標について記載している企業はどの程度あるのだろうか。こちらも女性管理職比率と同様に、TOPIX500構成銘柄で3月期決算の企業は380社を対象に確認したところ、女性の新卒採用に関する目標値を記載している企業は52社、13.7%にとどまっていた。
女性管理職比率が低いことの説明として、しばしば聞かれるのは「管理職候補となるような女性従業員がいない、または少ない」や、「管理職候補の女性に意欲がない」などである。しかし、そもそも新卒採用時点で、女性比率がかなり低いことも珍しくない。新卒採用が少なければ、自ずと管理職候補となる女性の数も少なくなる。同性の同期が少ないことから疎外感を感じれば、退職率が上がるかもしれず、そのようになった場合、管理職候補はさらに少なくなる。こうした環境での育成・登用は難しい。これらの弊害を避けるためには、新卒採用の時点で一定数・率の女性採用を念頭に置く必要がある。
次に役員比率についても見てみよう。2023年6月に公表された「女性版骨太の方針」には、2030年までに女性役員比率30%以上という目標が掲げられた[注1]。女性管理職は将来の役員候補でもある。女性管理職比率が低く、男性が多数を占めている状態であれば、将来の役員候補もまた男性が多数を占めることになる。
こうした問題意識に基づいて、TOPIX500構成銘柄で3月期決算の380社を対象に、女性役員に関する目標値を記載しているか確認したところ、その結果は21社(5.5%)に限られた。なお、「女性版骨太の方針」は6月に公表されたが、この時点で3月期決算の各社の有価証券報告書は承認済みや最終承認を待つような段階であったと考えられる。そのため、今回提出された有価証券報告書が「女性版骨太の方針」を反映したものとは考えにくい。今後、「女性版骨太の方針」を意識する企業が増えれば、この5.5%という値も高まっていくものと考えられる。
ここまでの情報を整理してみよう。女性管理職比率の実績値をベースとし、パイプラインのスタートに新卒採用、ゴールに役員登用、その間に管理職登用、それぞれの目標の記載状況をまとめた(図4)。なお、新卒女性採用に関する目標、女性管理職比率の目標、女性役員に関する目標の3つをいずれも記載していたのは、380社中2社だった。
図4:新卒女性採用、女性管理職比率、女性役員登用の目標記載状況
出所:パーソル総合研究所作成
各社の女性管理職比率や関連情報を見てきた中で、気になった点がある。それは、管理職の類似表現である。
金融庁は2023年4月、地方銀行の女性管理職比率にバラツキがあることから、管理職の定義が各行で異なっているのではないか、またその背後に女性登用の進捗を過度によく見せる「ジェンダーウォッシュ」があるのではないかと疑念を呈していた[注2]。今回提出された有価証券報告書においても、管理職の類似表現として「幹部」や「マネージャー」などが用いられている場合があった。これらの実績値や目標値は女性管理職比率と比べて高いことが多く、一見すると女性管理職登用が順調に進んでいるように映った。しかし、「幹部」や「マネージャー」などの定義や位置づけが示されることはほとんどなく、金融庁が指摘していたように、ジェンダーウォッシュと受け取られかねない記載も見られた。
「幹部」や「マネージャー」などの語を使うべきではない、と言いたいわけではない。例えば、「マネージャー」が管理職の手前のポストであれば、その女性比率の向上は、将来的な女性管理職比率の改善を感じさせる重要な指標である。しかし、そうした情報がなければ、記載情報が有益なものか、ジェンダーウォッシュにあたるか、読み手に委ねられてしまう。類似表現がすべてジェンダーウォッシュにあたるとは考えにくいが、そうした解釈に繋がりかねないことは、開示実務の上で念頭に置く必要があるのではないだろうか。
本コラムでは、2023年3月期決算から有価証券報告書への記載が義務となった女性管理職比率を起点に、女性の採用や登用について考えてきた。最後に、日本の大手企業が提出した有価証券報告書を通して確認できたことを整理したい。
① 政府が掲げる女性管理職比率30%を現時点で達成している企業は極めて少ない約3%で、30%以上を目標として掲げる企業も約20%と多くない。
② 女性の新卒採用や役員登用の目標が記載される企業は限られており、採用、育成、登用までのパイプラインの観点から女性管理職比率を捉えた開示は少ない。
③ 管理職の類似表現を用いた記載が見られるが、その説明が不十分なため、ジェンダーウォッシュと受け取られかねない場合がある。
このように、政府が掲げてきた女性管理職比率30%と現在地の間には、依然大きな隔たりがある。数値自体は直ちに改善するものではないが、それだからこそ採用、育成、登用までのパイプラインの考え方をもとに施策や開示を見直し、この問題に対する姿勢や道筋を社内外に対して丁寧に説明し続けることが重要ではないだろうか。
[注1]内閣府男女共同参画局「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023(女性版骨太の方針2023)」(https://www.gender.go.jp/policy/sokushin/pdf/sokushin/jyuten2023_honbun.pdf )(2023年10月17日アクセス)
[注2]Bloomberg「地銀の女性登用、「ジェンダーウォッシュ」がないか確認を-金融庁」(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-04-18/RSXY5VT1UM1001 )(2023年10月17日アクセス)
シンクタンク本部
研究員
今井 昭仁
Akihito Imai
London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。
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