公開日 2022/08/29
事業領域の拡大に伴い、人財を最も大切なリソースと捉え、その育成・強化を経営の根幹に置く「人財ファースト企業」への変革を続けるKDDI。2020年には『KDDI新働き方宣言』を策定し、社員一人ひとりが最大限の能力を発揮することで、社員エンゲージメントと企業競争力の向上を目指すなど、人的資本経営を推進している。経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート2.0」*1の検討委員であり、同時に公開された「実践事例集」*2に取り組みが紹介されているKDDI人事本部長の白岩氏に、人的資本経営や人的資本情報の開示に対する考えについて伺った。
KDDI株式会社 執行役員 コーポレート統括本部 人事本部長 白岩 徹 氏
1991年、第二電電株式会社(DDI, 現 KDDI)に入社。支社、支店での直販営業、代理店営業、本社営業企画部、営業推進部、カスタマーサービス企画部長など営業/CS 部門の経験を経て2013年人事部長、16年総務・人事本部 副本部長、19年4月より 現職。
KDDI株式会社
電気通信事業を展開。
1984年創業。従業員数(連結)48,829名(2022年3月31日現在)。
――「人的資本経営の実現に向けた検討会」に参加された印象について教えてください。
検討会へは非常にポジティブな気持ちで参画しました。それはKDDIが2020年から人事制度のフルモデルチェンジに挑んでおり、変革の過程で他社の取り組みから学ぶ機会を得ることができると考えていたからです。
特に投資家のみなさんとの意見交換やご指摘は目から鱗でした。「企業の持続的な成長を牽引するのは、人である」というご意見を伺い、私自身マインドセットがより強まりました。さらには、「この数年取り組んできたことは間違いではなかった」と背中を押していただきました。
――検討会にはさまざまな企業が参画していましたが、産業や企業規模によって「人的資本経営」への取り組みと情報開示に差異はありましたか。
「人的資本経営とその情報開示に取り組んでいこう」という姿勢は、概ね似ているように感じました。一方で、産業、企業の規模やキャラクターによって、どのように取り組むかは、企業によって異なると考えています。「人材版伊藤レポート2.0」では実践事例を19社取り上げていますが、どこかの企業を真似するのではなく、良いところを参考にしていただけたらと思います。
――「人的資本経営」におけるKDDIの取り組みについて教えてください。
当社の通信事業は想像以上にさまざまな産業に溶け込んでいます。今後その傾向はますます強まり、各部門のパフォーマンスを発揮するために、まずは部門に所属する社員一人ひとりのケーパビリティ(能力)を最大限に生かしてもらうことが急務だと考えています。
「人材版伊藤レポート2.0」では、経営戦略と人材戦略の連動と目指すべき姿(To be)を設定し、現在の姿(As is)とのギャップを把握した上で人材ポートフォリオを設計すべきだという話がありました。KDDIでは、中期経営戦略で掲げる経営基盤強化の一つとして「KDDI版ジョブ型人事制度」を導入し、さまざまな施策を行っているところです。そのすべてが経営戦略と連動しています。そしてまさに今、「As is-To beギャップ」を行いながら、部門ごとの人財ポートフォリオを策定しているところです。
――次に人的資本経営の「情報開示」おいて、KDDIの独自性はどのようなところにありますか。
今後、全社員のポータブルスキルに関する情報開示を実施する予定です。KDDIでは事業変化に対応できる基礎スキルを身につけるため、2022年度は6,000人、2024年度には全社員終了を目標にDX基礎研修を実施しています。
さらに、離職率や採用費なども開示していく方向です。開示にあたり参考にしているうちの一つは、国際標準化機構(ISO)が発表した「ISO30414(人的資本の情報開示に関するガイドライン)」です。提示されている11領域49項目を精査し、必要なものの開示準備を進めています。ダイバーシティに関する情報開示は、2022年度に新たに立ち上げた「サステナビリティ経営推進本部」と議論しながら実施していきます。
他に、まだ議論の最中ではありますが、サクセッションプラン(後継者育成計画)の情報開示を検討しています。「将来の経営者をどう育成していくのか、育成にどれだけの投資を行うのか」といった情報です。
――情報開示に対するネガティブな反応はありますか。
今後の方向性を経営層と議論する中で、「人的資本経営に関する情報開示は避けては通れないもの」という認識で合致しています。例えば今後、離職率が上がったとします。しかし、離職率をネガティブな情報と捉え開示しないといったことはしません。むしろ新たな課題と捉え対策していこうと、ポジティブに取り組むのがKDDIの考え方です。
――情報開示にあたり、人事と投資家との関わり方に変化はありますか。
大きな変化を感じています。ここ数年、当社のIR担当から声がかかり、株主や投資家に対して「人事制度」などの説明を直接する機会が増えてきました。人事に携わって10年近く経ちますが、これまでそのような機会はほとんどありませんでした。
「人的資本経営の実現に向けた検討会」の話に戻りますが、そこでは名だたる投資家のみなさんと対話させていただきました。「20代がいきいきと成長を感じながら働いているかをどう把握するのか」、「若手社員の会社に対するエンゲージメントは高いのか」といった鋭い質問も受けました。20代の人財とはつまり、企業の10年後・20年後を支える人財のことです。投資家のみなさんは事業の成長性はもちろん「人」の成長・育成に関する項目をよく見ていることが分かりました。
これからの人事部は、投資家と積極的に相対していく、意見交換していくことが大切です。そして、私たち人事側からも積極的に情報を発信していくことが重要だと考えます。
――投資家との対話も含め、人事部が人的資本経営を推進していくということですね。
KDDIでは、人的資本経営の推進者は「人事部」だと認識しています。「人材版伊藤レポート2.0」にあるように経営戦略と人事戦略の連動が重要ですから、これからの人事部は「指示されたことをミスなく、そつなくこなす」ような、単なる管理部門であってはなりません。それは人事部の予算の変遷を見ると明らかです。ここ数年は「戦略を設計し実行する予算」の割合が増えています。
経営戦略と人事戦略の連動にあたっては、経営戦略をつかさどる経営企画本部との連携がとても重要です。そのため、経営戦略本部長と人事本部長である私は1on1を常に行っています。他にもファイナンス部門、経営管理部門とも連携をしています。今では、経営戦略に関わる議論の場には必ず人事部が参加するよう、経営層の認識が変わりました。人事の位置付けは劇的に変わっています。人的資本経営を推進する一歩は人事の在り方を見直すことからかもしれません。
*1人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書(人材版伊藤レポート2.0)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf
*2実践事例集
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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