《人的資本経営》対話が社員の心に火をつける
時間という経営資本を対話に割こう

公開日 2022/06/10

 

オンラインの1on1サービスを提供するエールで取締役を務める篠田 真貴子氏は、人的資本経営の実現に向けた検討会の委員でもある。人的資本経営の専門家としての意見を聞いた。

篠田 真貴子氏

エール株式会社 取締役篠田 真貴子氏

慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、 ネスレを経て、2008年からほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)取締役CFO。2020年3月より現職。社外人材によるオンライン1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。(株)メルカリ社外取締役。経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会 委員。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。『LISTEN――知性豊かで 創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。

  1. 篠田さんは、人的資本経営をどのような位置づけとして捉えていらっしゃいますか。
  2. 「人材版伊藤レポート1.0」の発表から「2.0」の発表までわずか1年半でした。これほど早いタイミングで第2弾を公表したのはなぜですか。
  3. 人的資本経営の概念はいわば海外から入ってきたものですが、日本企業はどのように推進すべきですか。
  4. 経営戦略と人材戦略を紐づけるために、必要なことは何でしょうか。
  5. 人的資本経営を導入し、組織に根付かせるために、誰がどう指揮をとるのがいいですか。

篠田さんは、人的資本経営をどのような位置づけとして捉えていらっしゃいますか。

参画した検討会では、人的資本経営は「企業価値の向上」のために欠かせない要素と捉えています。おそらく20年前は、資本市場に存在する「短期志向の投資家」にとって「人はコスト」であり、短期的な利益の創出には不要な要素と捉えられていたでしょう。しかしこの20年で、投資家の姿勢が「より長期的な観点で企業に投資をし、企業価値を高めること」に変わりました。投資家だけでなく、経営者、従業員すべての視点が揃った状態といえます。

とはいえ、一部の大企業を除いた日本企業における人的資本経営とその情報開示の取り組みは出発点に立ったばかり。そこで「今から何をすべきか?」ということを論じ、提言したのが「人材版伊藤レポート2.0」です。

「人材版伊藤レポート1.0」の発表から「2.0」の発表までわずか1年半でした。これほど早いタイミングで第2弾を公表したのはなぜですか。

「1.0」と「2.0」は、2つでワンパッケージと見ていただくのが良いと思います。企業への調査結果では、「総論はわかるが、具体的に取り組めていない。やり方が分からない」、「経営戦略と人材戦略の連携ができていない」といった声が上がりました。そこで、具体的な取り組みをサポートできるよう、事例の追加が必要だと考えたのです。何よりも「実践できている日本企業が既にある」ということを知っていただきたかった。「日本の法律のせいでできない」、「日本の文化に合わない」といったことではない、と。事例を見ていただくことで、「マインドチェンジ」していただきたいですね。

人的資本経営の概念はいわば海外から入ってきたものですが、日本企業はどのように推進すべきですか。

今、欧米で推進されている方法をそのまま日本に導入したらいいか? と聞かれたら、答えはノーです。さらに言うと、「日本と海外」「大企業と中小企業」「都市と地方」といった比較に意味はありません。人的資本経営への取り組みは、個々の企業が自社の事業戦略を成功させ、企業価値を向上させるために、「最適な打ち手は何か?」と問いかけています。個社で工夫することが必要です。

経営戦略と人材戦略を紐づけるために、必要なことは何でしょうか。

「2.0」ではまず「CHROを設置し、全社の経営課題の抽出をしよう」としています。これまでの人事部長は、新卒一括採用、年功序列、終身雇用の仕組みのみを経験した人が多い。そういった人にとって、CHROの仕事は異質なものです。そこで、事業部に属してマーケット(市場)の中で、企業価値をどう高めるべきかを考えて、商売をしてきた人がCHROを務めると、初めの一歩がつくりやすいかもしれません。労働市場もマーケットですから。

人的資本経営を導入し、組織に根付かせるために、誰がどう指揮をとるのがいいですか。

これは組織の体質変革の話です。組織全体に影響を及ぼすためには、一つには経営陣がキーになります。重要なのは対話です。企業のトップが時間という経営資源を、ミドルマネジメントや社員との対話に割くべきです。実際に変革に成功された企業や事業部では、トップが社員との対話を1回2回ではなく、年に30回や多いところでは100回行ったと話されています。その内容も、取り組みの背景に始まり、「正解はわからないけれど一緒にやろう」といった本音や弱みを表したものまであります。対話が起爆剤となって、現場やチームでのディスカッションに繋がり、社員の心に火をつけるのです。

もう一つのキーは人事部門です。制度を作るだけ作って現場へ丸投げするのはやめましょう。「2.0」では、「社員のやる気・エンゲージメント・向上心・パーパスとの共感」といった「社員一人ひとりの主観」を扱うこと、そして「社員の仕事上の動機や意向に耳を傾ける」ことを求めています。これらを引き出し現場へ浸透を促す際、中間管理職層が変革の足かせになるリスクもあります。アメリカでは「フローズンミドル」という表現があるくらいです。しかし、中間管理職の人々はそもそも優秀人材です。ロイヤリティも高いため、会社の方針が理解できれば一番感度高く動いて変わろうとします。だからこそ、対話を一番厚くするべきなのは中間管理職層でしょう。

繰り返しになりますが、重要なのは「対話(聴き合うこと)」です。検討会では「社員の心に火をつけるには?」といった議論に多くの時間を費やしました。その答えの一つが対話なのです。フラットな対話を通して理解を深めることが、人的資本経営を踏み出す一歩になるでしょう。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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