公開日 2021/06/14
「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」をパーパスと定め、「IT企業からDX企業」への変革に取り組んでいる富士通では、2020年4月から国内グループの管理職を対象にジョブ型人事制度を導入した。一人ひとりが果たすべき職責を明確に定義し、その職責に応じた報酬設定と柔軟な人材配置を実現するための新たな人事制度について、森川学CHRO室長にお話を伺った。
――富士通では国内グループの幹部社員約1万5000人を対象に、2020年4月からジョブ型人事制度を導入。その経緯について教えてください。
森川氏:2019年に現任の時田隆仁が社長に就任して以来、社内外に強く発信し続けている「IT企業からDX企業へ」という、富士通の目指す姿が背景にあります。パーパスも「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」とグローバルに定義されました。要するに、私たちは富士通というフィールドを使ってイノベーションを起こしていきたい。このパーパスを実現するには優秀な人材がモチベーション高く、誇りを持って働き、化学反応が起きるプラットフォームを提供して、グローバルに戦っていく必要があります。
ジョブ型人事制度導入には最適な人材が最適なポジションにアサインされ、活躍できる会社にしたいとの狙いがあります。ドイツに駐在していたことがありましたが、一つのプロジェクトを立ち上げるときに社内にどういうスキルと経験を持った人が働いているかが明確ではなく、素早くプロジェクトを立ち上げたくても誰をアサインしたらよいのかわからないという問題に直面しました。
当時、すでに海外ではジョブ型人事制度を導入していましたが、人材の見える化がなされていませんでした。ヨーロッパは一つの地域としてまとめられていたものの、もともとの成り立ちがイギリスと中央ヨーロッパ、西ヨーロッパ、中東というくくりで、それぞれが別の人事制度だったのです。
プロジェクトを立ち上げるには各所から人材を集めてアサインする必要があり、それには人事制度を統一しておかねばなりません。とはいえ統一していないなりにやってはいたのですが、どうしてもスピードダウンしてしまいます。ましてや日本はジョブ型にさえなっていないので、同じ土俵にすら乗っていなかった。海外の人と働くと「日本本社における私のカウンターパートは誰ですか?」、「私はどの役職階層にあたるのですか?」といったレベルで説明をしなければなりません。こうした点をもう少し、当たり前にする必要がありました。
――今回導入したジョブ型人事制度はどのようなものですか。
森川氏:課題意識そのものは以前からあり、上級幹部社員に関しては2014年にグローバルレベリングを導入し格付けを行っていましたが、報酬や評価の仕方が異なっていました。報酬に関しては各国のマーケット事情に合わせ、評価の仕方を改めて整理するとともに、日本の幹部社員全層1万5000人にジョブ型の適用を拡大しました。
具体的にはまず職責ベースの報酬体系を導入し、グローバル共通の基準で格付けした職責(「FUJITSU Level」)に基づいて報酬を支払い、より大きな職責へのチャレンジ意欲を喚起するようにしました。ジョブ型で処遇しきれない高度な技術やスキルを持った人は、別枠で処遇するようにしました。これに合わせて評価制度の見直しも行っており、その内容は近日中にリリースする予定です。
一方で、従来の現有人材に基づく組織設計から事業戦略に基づいて組織をデザインし適材を適所にアサインする組織設計へ、そして年功的人事からグローバル標準のジョブ型人材マネジメントへの転換を行いました。パーパスに立脚した経営戦略を策定し、その下部に位置する事業戦略を実現するには、どのような組織が必要で、どのポジションにどんな人材を配置しなければならないか、という観点から組織を設計しなければ、経営戦略や事業戦略の実現は困難だからです。これに合わせて責任権限や人材要件の明確化も行っています。
――そうなると、人材の確保や配置も見直しが必要になります。
森川氏:人員計画を本社が考え、各本部に人材を配分する従来の形から、採用を含む人材リソースマネジメントを各本部に権限移譲し、本部単位で必要人員を決め、それぞれで人材を獲得する形に見直しました。自組織のニーズに基づいたタイムリーな採用と登用、育成と人材流動化によるダイバーシティの向上が目的です。社内では「プロジェクトマネジャーがプロジェクトを立ち上げる時、各所から必要な人材を集めてきますよね。それと一緒です」と説明しています。
加えてポストオフやダウングレードの実施と、ポスティングを大幅に拡大しました。ポストオフとは役職を離れてもらう仕組みで、多くの日本企業では役職定年の形で導入されています。しかし我々は年齢が関係ない世界に舵を切ったので、それぞれの役職のジョブディスクリプション(職務記述書)に満たない人に関しては役職を離れていただきます。それも人材リソースマネジメントの一部ですので、人事から該当者に伝えるのではなく、各事業部の責任で行ってもらうことにしました。
ポスティングの拡大は、一般社員も含め各部門が人材リソースを確保する手段として行っています。これまでは会社側が業務都合や本人の成長を考えて配置転換やローテーション、昇格を計画し実行していましたが、それを各人が実現したいキャリアプランを自律的に考え、自ら手を挙げて異動や幹部社員への昇格を目指すようにしたのです。現在は平時でも300から400のポストがイントラネット上で募集されており、気に入ったポストがあれば随時、自分から手を挙げて応募ができます。
こうなると人気のない事業や部門は次々に人材が抜けていくため「この事業にはこんな魅力がある」と、本部長はいわゆるエンゲージメントの向上に努めなければならず、その責任はかなり重くなりました。社員側も、「待っていれば順番で次は課長になれる」といった年功序列は一切なくなったので、自分を磨き「私はこの仕事をやりたいです」と自発的、自律的にキャリアを構築していくことになりました。
もちろん会社としては「自分で勝手にやって下さい」ではなく、これを支援するために自律的な学びのプラットフォームを構築しています。現在は世界最大級のオンライン学習サイトである「Udemy」とコラボレーションし、1万以上の教育動画コンテンツを無料で受講できるようにしたほか、経済メディアの「NewsPicks」を無料で見られるようにしました。
――ジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジを実施するにあたり、さまざまな問題が生じると思います。どのような点に課題がありますか。
森川氏:例えば、人材リソースマネジメントの権限を移譲した各本部長に対して、いきなり「明日からあなたが全部決めて下さい」と要求するのはかなり無理があります。ここに大きな課題があり、一定のトランジション期間が必要であると考えています。もはや「待っていれば人事が新卒を採用して割り振ってくれる」世界ではないことを理解してもらい、マインドチェンジしてもらう。それは一朝一夕ではできないことですから、ジョブ型を導入してからのこの1年、時間をかけてさまざまな取り組みを行ってきました。
中でも大きいのは、社長の時田と本部長のセッションです。「今、こういう理由でジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジを行っている」と時田自身の思いを直接伝える機会をこれまでに4回作りました。現状ではどうしてもオンライン開催になるので熱量が多少伝わりにくいのが残念ではありますが、本部長が日々業務を遂行する中でいろいろと問題にぶつかることがありますから、トップから直接ストーリーテリングを行うのは非常に大切だと思います。
――本部長の立場からみると、権限移譲されてやりやすくなった部分はあるものの、慣れない部分が多くありそうです。
森川氏:本部長は人事の専門家ではありませんから、やり方がよくわからないことが多々生じます。そこで非常に重要になっているのがHRビジネスパートナー(HRBP)の存在です。ジョブ型人事制度の導入に合わせて、現在は50名まで増員しています。海外からみると多いのですが、オペレーショナルな業務が日本ではかなり残っていることもあり、増強しました。
今のところHRBPは基本的に人事から登用していますが、今後はよりビジネスに精通している人を多く登用していく必要があると考えています。ビジネスマネジメントの経験がある人たちをポスティングや戦略的アサインメントで集め、最終的には事業部出身者と人事出身者のミックスになっていくでしょう。
――ジョブディスクリプションをグローバルに合わせるのは難しいと思いますが、どのように設定されていますか。
森川氏:グローバルベースで合わせるという意味では、ジョブディスクリプションベースでは合わせておらず、セールスやマーケティング、HRといった領域ごとにもう一段上の概念であるロールプロファイルを策定し、合わせています。ロールプロファイルの中でコンピテンシーを定義し、それぞれのミッションはジョブディスクリプションの中に書かれているという構成です。
そのジョブディスクリプションは組織長が作成しています。直属の部下がどのような職責を負っているかをきちんと把握して欲しいとの思いが強かったことから、組織長が自ら作成するようにしました。
――ポスティングの拡大は事業の成長時はポストが増加するのでうまくいきますが、そうでない時はどのような対処を考えていますか。
森川氏:ポストが空かないと募集はできないため、基本的にポスティングの拡大はポストオフとセットになります。もちろんコンフリクトは発生しますが、HRBPがどれだけ上手に対応し、組織に健全な人の循環を起こせるかが重要です。ポストオフに伴い、処遇が下がる人も出ていますが、しばらくは激変緩和措置を設けています。前述したように「DX企業に変わる」というメッセージを強く出し続けた結果、「会社は本気で変わろうとしている」と皆が思い始めています。
――ジョブ型では異動や職種変更が難しいため、将来の幹部人材の発掘、育成を従来と同じようにはできなくなります。この点はどのように対処されていますか。
森川氏:当社の経営幹部育成に関しては「GKI」(Global Knowledge Institute)という教育プログラムがあり、社長の時田もこのプログラムの初代出身者です。2000年の創設以来、国内外で400名を超える卒業生がおり、GKIを登竜門とした経営幹部の育成はすでにフローとして確立されています。
また、タレントマネジメントにおいて、時田も参加する「TOP TALENT REVIEW」というグローバル会議を開催し、その中で戦略的なアサインについて議論しています。とはいえ、埋もれている人材が存在する懸念もあるため、今年実施しようと考えているのがグローバルポスティングです。現在、ポスティングを行っているのは日本国内だけですが、キーポジションについてはグローバルに手を挙げてもらえるようにしたいと考えています。実はこの4月からの組織をつくる際にも本部長クラスの70ポジションでポスティングを実施しましたが、そのうち15ポジションはグローバル組織なのでグローバルに募集し、実際に就任した人がいました。それをもう少し拡大するイメージで人材の発掘を行う予定です。
富士通株式会社 CHRO室長
森川 学 氏
2006年、富士通株式会社に入社。14年よりドイツミュンヘンに約4年間駐在。18年労政部シニアディレクターとして、一般社員人事制度の企画および労働組合のカウンター担当を経て、20年4月以降ジョブ型人事制度、および新しい働き方“Work Life Shift”の企画を担当。21年4月より現職。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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