CFO/FP&Aの観点から考える
CHROとCFOがCEOを支える経営体制の確立と人材育成の方向性

公開日 2022/09/21

人的資本経営を考える上で、CHROやCFOの重要性は増している。特に、「人材版伊藤レポート」においてCHRO設置の重要性が謳われたことにより、CHROへの関心が高まっている。日本企業において、まだまだ馴染みの薄いCHROだが、今後、CHROとCFOが両輪となってCEOを支える体制を構築する上で、CHROの専門性や育成の検討を進める必要があるだろう。CFOはCHROに先行して日本企業に設置が進むが、そのCFOに求められる役割やスキル、日本企業における課題や導入方法などは、CHROにも共通するものが多く、導入検討の参考になりそうだ。

そこで、米国上場企業の日本子会社でCFO/FP&A (Financial Planning &Analysis)として勤務し、現在は日本企業の支援をされている池側千絵氏に、米国上場企業の経営管理体制やCFOに求められる役割・スキル、また日本企業の稼ぐ力を高める方策のひとつである、経営管理組織・人材育成の必要性とその手法などについて寄稿いただいた。CFO/FP&Aに関する視点や人材育成の展望を知るとともに、ぜひ本稿のエッセンスをCHRO導入・育成の参考にしていただきたい。

  1. CFOとCHROがCEOを支える米国上場企業の経営管理体制
  2. 米国企業のCFO/FP&Aの役割・知識・スキル
  3. 日本企業の経営管理業務は専門職の仕事であるとみなされていない
  4. 日本企業の経営管理組織改革が始まっている
  5. 経営管理・管理会計担当者の専門性を高めてどこでも働ける人にする

CFOとCHROがCEOを支える米国上場企業の経営管理体制

2014年の伊藤レポートでは、日本企業の企業価値を高めるためのひとつの方策として、「経営者としてのCFO」の育成が提案された。その後2022年に発表された人材版伊藤レポート2.0では、CHROの設置が推奨されている。筆者が長年勤務したいくつかの米国上場企業ではCFOやCHROなどのCxOがCEOを支えるコーポレート機能が充実し、強い本社が全社のヒト・モノ・カネを掌握し、経営管理を行っていた。CFOは経理財務部門だけではなく、日本企業で言うところの経営企画・事業管理部門も配下につけ、全社の経営管理を担当する。CFO組織の中で経営管理を担当するのはFP&A(Financial Planning &Analysis)と呼ばれるプロフェッショナル人材である。CHROも同様に、HRBP(HR Business Partner)と呼ばれるHRのプロフェッショナル人材を事業部門・子会社に配置して全社の人事戦略を主導する。

本稿では、米国上場企業のCFO/FP&Aの機能を参考にして、日本企業において始まっている経営管理組織・人材育成の変革を紹介する。

米国企業のCFO/FP&Aの役割・知識・スキル

米国上場企業では、CFOが本社・子会社・事業部門を含め、全社にその部下を配置して経営管理全般を担当する。

米国企業のCFO/FP&A組織例

米国企業のCFO/FP&A組織例

FP&Aは日本企業では経営企画・事業企画・事業管理にあたる人たちで、大学や大学院で経営・会計を学び、MBA/CPAを取得した専門職人材であることが一般的である。FP&Aは事業部門に寄り添い、日々の会議に参加し、中長期事業計画策定、業績目標の達成、日々の意思決定の支援をする。事業をよく理解し、コミュニケーションスキルに長けていることが求められ、本社CFOと連絡を取りながら、全社視点を持って事業部門が正しい方向に進めるように導く。

欧米には、管理会計・FP&Aの資格試験や継続教育、その業務で成果を出すためのガイドラインなどが多数用意されており、社会的地位の高い専門職となっている。例えば、IMA(Institutes of Management Accountants)は100年を超える歴史を持つ管理会計士を支援する団体である。AFP(Association for Financial Professionals)はFP&Aのための資格検定と教育を提供する米国の団体で、提携する一般社団法人日本CFO協会が日本語版を提供している。

FP&Aがビジネスパートナーとして事業に貢献するために求められる知識・スキルとしては、経営や会計の知識だけではなく、事業を理解し、事業部門の人たちに行動を起こして成果を出してもらうためのソフトスキルが重視されている。事業の重要な意思決定の場に参画し、分析・提案をし、どのように貢献していったらよいのか、豊富な事例が紹介されている。

日本企業の経営管理業務は専門職の仕事であるとみなされていない

一方、日本企業においては、経営管理・管理会計(FP&A)業務は経理部門、経営企画部門、事業管理部門などの一部でばらばらに担当されており、一人の役員の組織にまとめられていない。そのため、企業内にどのような人材が何人いるのかがわからず、役割・必要なスキル、キャリアパスなどが明らかにされていないことが多い。経営企画などは社内の優秀な人材の出世コースになっている場合もあるが、事業部門の計数管理には、社内で第一線から外れた人材が行きつく場所になっている場合もある。そこに優秀な若者を投入しても、周りを見て将来性が感じられずにやめてしまうということも多々ある。

日本企業の経営管理組織例

日本企業の経営管理組織例

日本企業においてこのような状態になっているのは、高度成長期に日本の成長を支えた日本的雇用システムが背景にあるからであろう。専門性を問わない文系新卒一括採用、職種を限定しないメンバーシップ雇用とジェネラリスト育成、長期雇用が前提にある。経理・財務・税務業務については、ある程度の専門能力を育成するようなしくみがある。しかし、経営管理・管理会計・計数管理については、その企業や事業部門のやり方をOJTで学び実践する手法がとられている。企業内で育成された優秀なジェネラリストがいることは、日本企業の成長を支えた“強み”なのであろう。しかし、これからは、日本企業がグローバルで戦っていく上での懸念点となり得る。

例えば、この日本独特の経営管理組織の形態が、次のような日本企業によくみられる課題を生み出している。

① 本社のグループ経営管理機能が弱い。社長直下の経営企画部門が、事業部門がボトムアップで策定した中期経営計画を集計・調整するが、個別の事業をよく理解しているわけではなく、また事業部門に入り込んでいる部下がいるわけでもないため、全社視点でのポートフォリオマネジメントを行うことが難しい。

② 中期経営計画と単年度予算を経営企画と事業企画・管理部門が策定する。単年度予算の期が始まると経理部門が予実管理を行う。経理部門は中計や予算の策定には関与しておらず、事業の詳細にも精通していないので、事業部門からの情報集め・数字の集計に忙殺される。業績改善のためのアドバイスを行うことは難しい。

③ 事業運営に関わる日々の意思決定や投資案件の計画は、会計・ファイナンスのプロフェッショナル人材がいない事業部門内で行われる。金額が大きいものはCFO/本社経理に上がってくるが、その段階ではあらかた計画は決まっていて、修正する余地は少ない。

日本企業の経営管理組織改革が始まっている

筆者は米国上場企業の子会社CFOとして、経営管理・管理会計の専門職であるFP&A組織を長く率いてきた。FP&Aが、米国上場企業の高い利益率の1つの源泉であると考える。この機能を日本企業に投入することが、「失われた30年」を脱する一つの方策になるのではないか。

近年、日本企業の中にも米国企業のCFO/FP&Aについて関心をもち、改革を行うところがある。大きく3つのやり方が見られる。いずれの場合も、日本企業のよいところを残し、米国企業のやり方のうち良いところを取り入れるとよいだろう。たとえば、日本企業の強みである優秀なジェネラリスト集団である経営企画部門を維持し、事業部門とつなげてFP&Aとしてもっと強くするという方法もあるかもしれない。

日本企業でFP&A機能を取り入れる変革を行っている3つのケース:
 1)経営企画部門が子会社・事業管理部門に人を配置して全社をつなげ、FP&Aとなるケース。
 2)経理部門がFP&Aとなり、事業に入り込んで経営管理を行うケース。経営企画部門は戦略・計画の司令塔となる。
 3)CFOが経営企画・事業管理・経理財務をすべて配下に置く米国企業に倣ったケース。

経営管理・管理会計担当者の専門性を高めてどこでも働ける人にする

人材版伊藤レポートにおける「変革の方向性」として、企業内で《人》を囲い込むのではなく、個人の専門性を高め、自律・活性化し、企業と個人が選び選ばれる関係を構築することが提案されている。ここで言う「専門性」の一例として、経営管理・管理会計職を挙げたい。

ここまで述べたように、欧米先進国では、経営管理・管理会計はそのスキルを正しく身に付ければどこでも働ける社会的地位の高い専門職である。日本企業においては残念ながら、「数字の管理ができればよし」的な職務であるとみなされている場合が散見される。日本企業においても、経営管理・管理会計に関わる業務を担当しているみなさんをFP&Aとして組織化し、その果たすべき役割と必要な知識・スキルを明確にし、教育し、正しく評価し、有意義なキャリアパスを描ける体制を構築することを提案する。FP&Aという会計とファイナンスのプロフェッショナルが事業の意思決定を支援することにより、業績向上が期待できる。また、個人もFP&Aというジョブに就いて専門性を磨き、企業・事業に貢献できるようになる。ジョブ型への移行、リスキリングのための研修・教育が急速に進みつつある日本企業において、今がFP&Aビジネスパートナーという専門職と組織を構築・育成するよい機会である。

プロフィール

池側 千絵 氏

FP&Aアドバイザー・経営管理コンサルタント
ストラットコンサルティング株式会社 代表

池側 千絵 氏

新卒でP&Gジャパンのファイナンス部門に入社以来、複数の米国上場企業の日本子会社CFO/FP&A(Financial Planning &Analysis)を務める。2019年より、日本企業の経理・経営企画・事業管理部門を対象に、経営管理・管理会計組織構築・人材育成支援をしている。修士(経営学)、博士(プロフェッショナル会計学)、中小企業診断士。慶應義塾大学大学院経営管理研究科非常勤講師。東証プライム上場企業の社外取締役。 著書:「管理会計担当者の役割・知識・スキル―ビーンカウンターからFP&Aビジネスパートナーへの進化―」中央経済社(2022年7月出版)

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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