公開日 2024/04/12
男性の育休取得状況についての関心が高まる中、企業には男性育休の取得促進が求められている。
パーソル総合研究所の「男性育休に関する定量調査」で男性が育休をとりたいと思っているかを確認すると、男性本人の取得意向は高い。20代から40代で子どもがいない男性の7割前後が育休を取得したいと思っており、1カ月以上の取得を望んでいる人も半数以上いる。特に20代男性の意向が高いものの、年代や部下の有無にかかわらず、ニーズは高い。しかし、男性の育休は取得率が低く、取得期間も短いのが現状だ。
では、なぜ男性は、育休をとりたいと思っているのにとらないのだろうか。一般的に、職場の雰囲気や収入・キャリアへの不安が男性の育休がとりにくい理由として挙げられる。しかし、職場の雰囲気というだけでは漠然としており、取得を促進するために何をどうしたらよいかが分かりづらい。また、収入やキャリアへの不安は女性も感じるものであり、男性の育休取得が難しい理由としては不十分な面もある。男性の育休取得を促進するには、男性独自の懸念事項を明確にする必要がある。
そこで、今回はパーソル総合研究所の調査をもとに、男性の育休取得を妨げる要因について、男女の違いを比較しながら明らかにしていきたいと思う。
男性が育休を取得する際には、収入やキャリアのことだけでなく、職場や顧客のこと、そして自社の制度の有無を気にしている。これらの懸念を男女で比較すると、収入やキャリアに対して不安を感じている人の割合は、実は女性の方が高い(図1)。「復職後に今のポジション・業務に戻れないかもしれない」「自分の仕事能力が低下してしまう」「産休・育休中の収入が減少してしまう」といった不安は男性も抱えているが、女性のほうが多く抱えている。女性のほうが産休・育休を長く取得することが多い中、収入の減少やキャリアへの影響を懸念するのは当然だろう。
一方で、男性の特徴を見ると、自社の男性育休制度の有無や、上司や顧客に迷惑がかかることを気にしている割合が高く、特に気にしているのは、上司の顔色である。
図1:男性が育休取得にあたって懸念していること[男性で懸念が大きい10項目の男女差絶対値]
出所:パーソル総合研究所「男性育休に関する定量調査」
ここからいえることは、男性の育休取得の促進は、まずは従業員に制度を周知することからのスタートであること、その上で、男性が上司に対して感じる気兼ねを軽減させる必要があるということだ。
では、上司は部下の男性が育休を取得することにどのような感情を抱いているのだろうか。上司に聞くと、男性部下が育休を取得する際に気になることは、「取得事例の少なさ」「メンバーの理解不足や負荷増大」「仕事をカバーしたメンバーの評価・処遇」「代替要員の確保や扱い」「本人の昇進・昇格への影響」などである。
女性部下の育休と比較すると、男性部下の育休取得において上司が特に懸念しているのは、「取得事例の少なさ」や「他のメンバーの負荷」「仕事の分担の仕方」といった不在時のマネジメントである(図2)。つまり、上司にとっての気がかりは、男性部下が育休を取得する場合は仕事の分担が難しく、チームメンバーの負担が増大し、メンバーの理解を得るのが難しいということだ。
図2:上司が男性部下の育休取得にあたって懸念していること[男女の育休の差(男性の育休で懸念が大きい10項目)]
出所:パーソル総合研究所「男性育休に関する定量調査」
では、上司が懸念しているメンバー層、すなわち、育休取得者の同僚はどのように感じているのだろうか。同僚も、自身を含む「メンバーの負荷増大」「仕事の分担の仕方」「代替要員の確保」「評価や処遇への不満」といった職場の負荷増大を気にしている。これらの懸念を男女の育休で比較して見ると、男性の育休取得に関しては、自身を含む職場の負荷増大や仕事の分担の仕方への懸念が特に大きい(図3)。つまり、同僚たちも上司と同様に、男性の育休取得に対しては、職場の負荷や仕事の分担の仕方といった不在時のマネジメントの在り方が不安要素なのである。
図3:メンバーが男性同僚の育休取得にあたって懸念していること[男女の育休の差(男性の育休で懸念が大きい10項目)]
出所:パーソル総合研究所「男性育休に関する定量調査」
このように、本人や上司、同僚の懸念をたどっていくと、男性が育休を取得する上では、職場における不在時のマネジメントが大きな課題であることが分かる。男性育休が普及するかのポイントは、「不在時のマネジメント」にあるといえる。
ここまで本人や上司、同僚が自覚している懸念について見てきた。しかし、男性の育休が取りづらい背景には、本人たちが気づいていない隠れた要因もあるかもしれない。例えば、本人たちにとっては「当たり前」である人事管理や上司のマネジメントが、男性の育休取得に影響を与えている可能性がある。そのため、人事管理や上司のマネジメントに関しては、客観的に男性育休のとりやすさとの関連性を見ていく必要がある。
そこで、男性の育休取得のしやすさに影響を与える要素を統計的な分析で調べたところ、男性の中長期の育休取得を最も難しくしているのは、「男性優遇の職場マネジメント」であった(図4)。重要な仕事には男性が選ばれることが多かったり、男性のほうが昇進や昇格への道がより開けていたりといった男性優遇の職場マネジメントが大きく男性の育休取得を妨げている。
男性に対して特別なプレッシャーがかかる組織では、上司や同僚は職場の男性が1人欠けることで大きな負担を感じやすくなり、本人は上司の反応を気にして仕事を手放せない。よって、男性が育休を取得するハードルが高まる。このように、男性の育休取得を妨げる要因を突き詰めていくと、男性を中心とした仕事のアサインやキャリア形成を行ってきた従来の職場マネジメントの在り方にたどりつく。男性中心の組織は、女性だけでなく、男性の就業視点からも限界に達しているといえる。
図4:男性育休のとりやすさに影響する組織要因
出所:パーソル総合研究所「男性育休に関する定量調査」
男性の育休のとりにくさには、男性に偏った仕事のアサインやキャリア形成という職場マネジメントの在り方が大きく影響している。現状では、上司からの期待や業務経験に男女で大きな差が見られる。男性は、将来の幹部候補として、部門横断的なプロジェクトへの参加や新規プロジェクトの起案・提案などさまざまな業務をアサインされている[注1 ]。そのため、男性が育休を取得しようとすると職場の負荷増大や仕事の割り当ての仕方の問題が浮き彫りになり、その問題に対応しなくてはいけない上司を気兼ねして男性は育休取得を躊躇することになる。
したがって、男性の育休取得を促進するには、育休中の給与補填やポジション保障によって収入やキャリアへの表面的な不安を軽減させることも重要であるが、根本的には男性に偏った仕事の在り方の是正に目を向ける必要がある。男女の仕事のアサイン方法の格差を是正することで男性が1人欠けても職場で仕事をカバーしやすくすることや、男性であっても仕事と家庭を両立しながらキャリア形成できるようにすることで男性の育休はとりやすくなっていくだろう。
[注1] パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」参照
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。
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