「ジョブ型」や「キャリア自律」で異動配置はどう変わるのか

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ジョブ型人事制度やキャリア自律への関心が高まる中、人事異動・配置はどのように変わっていくのだろうか。今後は社内公募などの「手挙げ」異動を増やしていけばよいのではという企業の声が聞かれるが、それだけでは十分ではない。近年、パーソル総合研究所では異動配置に関する3つの調査※1~3とジョブ型導入企業に対するヒアリング調査※4を実施している。本コラムでは、それらの調査結果をもとに考察したジョブ型人事制度やキャリア自律に対応する人事異動・配置の見直しの方向性を紹介する。

※1. パーソル総合研究所「非管理職層の異動配置に関する実態調査(2021)」
※2. パーソル総合研究所「管理職の異動配置に関する実態調査(2022)」
※3. パーソル総合研究所「一般社員層(非管理職層)における異動配置に関する定量調査」
※4. パーソル総合研究所「職務給に関するヒアリング調査」

  1. 人事異動・配置の見直しの3つの視点
  2. 人事異動・配置の現状
  3. 人事部は人材起点(適材適所)の異動を主導せよ
  4. 異動配置は「手挙げ」中心に移行せよ。その上で2つのニーズに対しては社命異動を
  5. 人事部は随時異動への対応を強化せよ。計画的育成は定期異動の活用を
  6. まとめ

人事異動・配置の見直しの3つの視点

ジョブ型人事制度やキャリア自律に対応する人事異動・配置の在り方を検討する場合、少なくとも3つの軸を念頭に置く必要がある。人事異動・配置施策は「人材起点かポジション起点か」「社命異動か手挙げ異動か」「定期異動か随時異動か」の3つの軸によって、大まかに特徴づけられる。

① 人材起点かポジション起点か
人材起点の異動は「適材適所」の異動と言い換えることができる。同じく、ポジション起点の異動は「適所適材」の異動だ。「適材適所」と「適所適材」は単なる言葉の遊びではなく、異動配置手法としてまったく異なるものだ。「適材適所」は異動先を想定する前に異動候補者リストを作るアプローチであり、「適所適材」は空きポストに対して異動候補者リストを作るアプローチである。人材起点(適材適所)の異動は人事部主導で行われるケースが多く、各部門主導の異動はポジション起点(適所適材)のものが大半だ。

② 社命異動か手挙げ異動か
「社命異動」は異動対象者と異動先を会社が決める。「手挙げ異動」は社内公募制度やフリーエージェント制度などで、従業員本人の意思を異動の契機としたり、異動先を本人が選択したりするものをいう。自己申告制度による異動も「手挙げ異動」の一種とみてよいだろう。

③ 定期異動か随時異動か
「定期異動」は4月と10月など毎年決まった時期に行われるもの、「随時異動」は必要に応じて適宜行われるものをいう。各部門の人事権が強い場合は、随時異動が増える傾向がある。

人事異動・配置の現状

人事異動・配置施策の3つの軸を見ると、現状は[図1]の左端に近いほうにあり、ジョブ型やキャリア自律が広がるにつれて、だんだんと右側にシフトしていくと考える人が多いのではないだろうか。

図1:人事異動・配置の見直しの3つの視点と日本企業の現在地

図1:人事異動・配置の見直しの3つの視点と日本企業の現在地

出所:筆者作成


しかし、定量調査※3から人事異動・配置の実態を見ると、「①人材起点かポジション起点か」については、「異動者の大半について、ポジションを想定する前にリストを作成する」人材起点の異動を中心とする企業が49.8%、「異動者の大半についてポジションが決まってからリストを作成するポジション起点中心の企業が41.0%とほぼ半々だ。

「②社命異動か手挙げ異動か」は、社内公募制度がある企業は55.7%だが、「活用されている」企業は33.1%にとどまっている。フリーエージェント制度、キャリア自己申告制度も含めた「手挙げ」による異動の割合は、平均で異動全体の1.1割だった。

そして、「③定期異動か随時異動か」は、定期異動がある企業は70.1%で、定期異動がある企業では1年間の異動のうち平均2.5割が定期異動によって行われている。裏返すと、定期異動がある企業でも7.5割は随時異動で異動している。

このように、人事異動・配置の現状は[図1]に青色のバーで示したあたりに位置し、さほど左側寄りというわけではない。今後は、さらにポジション起点の異動や手挙げ異動、随時異動が増えると予想されるが、日本の雇用慣行下においては、単に右方向へのシフトを推進するだけでは課題が残る。

そこで、人事異動・配置の見直しの3つの視点のそれぞれについて、留意すべきポイントを以下に述べる。

人事部は人材起点(適材適所)の異動を主導せよ

図2:人材起点(適材適所)とポジション起点(適所適材)

図2:人材起点(適材適所)とポジション起点(適所適材)

出所:筆者作成


事業戦略と人事戦略との連動が強調される中、各部門主導によるポジション起点の人事が増えていくことが想定される。ジョブ型という観点ではポジション起点の適所適材異動は合理的であり、当然の方向性だ。ただ、現在すでに人材起点の異動とポジション起点の異動は半々であり、この流れのまま進むとほとんどすべての異動がポジション起点のものになるかもしれない。問題は、ポジション起点の異動ばかりでよいのかという点だ。

[図3]に、人事異動・配置の実務上の優先順位を挙げた。たいていは組織制改廃への対応など「①要員確保・要員適正化」の優先順位が最も高い。ローパフォーマーは放置できないので「②ミスマッチ解消」や、ポジションによっては「③不正防止」のための異動も行う必要がある。昨今では介護などの「④個人事情対応」も欠かせない。ここまでは、必要最低限の人事異動ともいえる。さらに、業績向上のために「⑤マンネリ防止・組織活性化」の異動も行いたいとの各部門ニーズもある。従業員が期待する計画的な「⑥キャリア開発・能力開発」のための異動については、その重要性は重々承知していても、実態としてはなかなかそこまで手が回らないという企業も多いことだろう。

図3:人事異動・配置の実務的優先順位

図3:人事異動・配置の実務的優先順位

出所:筆者作成


至極当然ながら、各部門主導の人事異動では、計画的な「キャリア開発・能力開発」のための異動よりも、短期的な業績向上のための異動が優先する。人材起点の異動は「個人事情対応」に限らない。計画的な「キャリア開発・能力開発」のための異動は人事部が主導する必要がある。

企業へのヒアリング調査※1※2では、各部門主導の場合、戦力として機能しているミドルパフォーマーは異動配置の目配り対象になりづらいことが分かっている。ポジション起点の異動が大半を占めることはよしとして、人事部は人材起点(適材適所)の異動、特に「中長期視点のキャリア開発・能力開発を目的としたミドルパフォーマーの異動配置(特に部門間異動)」を積極的に主導すべきだ。

異動配置は「手挙げ」中心に移行せよ。その上で2つのニーズに対しては社命異動を

図4:社命異動と手挙げ異動

図4:社命異動と手挙げ異動

出所:筆者作成


手挙げ異動は今後増えていくだろうが、企業によってかなり濃淡がありそうだ。社内公募制度があっても、新規事業などの「ごく限られたポジション」を対象とする企業が48.2%と約半数を占めており※3、既存事業の営業職などの一般的ポジションの公募については消極的だ。「転出元の欠員補充が難しい」「戦略配置がやりにくい」など、大規模な社内公募に慎重な声も目立つ※1。ジョブ型導入企業でも、手挙げ異動を基本とするのはグローバル環境への適合を強く意識する「グローバル志向型」の企業だけで、管理職層を主対象として職能資格的処遇観からの脱却を目指す「組織長厚遇型」企業、役割等級やハイブリッド型を採用し、柔軟に職務給的要素を取り入れようとする「フレキシブル型」企業は社命異動重視のスタンスだ※4

人事異動・配置をほぼ全面的に手挙げに切り替える企業よりも、従前どおり、限られたポジションだけ社内公募するという企業のほうが多数派だろうと予測するが、それでは「企業が70歳までの雇用を求められる時代」に対応できない。企業に雇用責任や努力義務があるように、従業員にも「自分で考え、何とかしよう」というスタンスが求められるし、おそらく、そうあろうとする人が多いはずだ。それがキャリア自律というものだ。採用の前に社内の人材を生かすことを考えたり、転職の前に社内で活躍できる場所を探したり、それが基本的な手順というものだ。そのためには、一般的ポジションを含む大規模な社内公募が欠かせない。人事異動・配置は基本的に社内公募で行う方向を目指すべきだ。

その上で、社命異動でしか対応できない異動ニーズに対して社命異動で補完することをお勧めしたい。そのニーズとは、次の2つだ。

まずは、「次世代経営人材のタレントマネジメント」対応である。次世代経営人材として、これまで以上に本物のゼネラリストが求められている。次世代経営人材のタレントプールは、コーポレート系、事業系をまたいだ広域ローテーションの対象にすることが定番だ。異動先は広域というだけでなく、厳しいミッションを背負うタフアサインメントだ。タレントプールにエントリーされていることを本人に通知しない企業が散見されるが、プール人材に次世代経営人材としての期待と育成方針を説明し、本人のコミットメントを確認したうえでの運用が必要である。

次に、「手を挙げない人」への対応だ。例えば、現職場にミスマッチのローパフォーマーは手を挙げないからといって異動対象者にしないわけにもいかない。ここで目配りすべきは、むしろ、戦力として機能しているミドルパフォーマーだ。現職場で特に問題ないがゆえに同じ仕事を長期間担当しがちになる。同じ仕事の担当が長いことと専門性が高いこととはイコールではない。専門性を高めるには、同じ職種でもある期間で顧客を変える、製品を変えるなどの「幅出し」の機会が必要だ。ミドルパフォーマーに対しては、本人も周囲もその必要性を見逃しがちである。同一部署長期在籍者は定期的に人材起点の異動候補者リストに載せるべきだ。これは、異動シミュレーションの対象にせよということで、必ずしも実際にローテーションせよということではない。

人事部は随時異動への対応を強化せよ。計画的育成は定期異動の活用を

図5:定期異動と随時移動

図5:定期異動と随時移動

出所:筆者作成


今後も期首には組織制改廃などに伴う大規模な異動が行われるはずだが、事業戦略と人事戦略の連動性が高まり、各部門主導の色合いが濃くなるにつれ、随時異動もさらに増えていくだろう。今でも人事部からは「異動はせめて月1回にしてほしい」というような声が聞かれるほど、随時異動が頻繁にある企業も珍しくはないようだ。人事部からすると人事異動はもう少し計画的・効率的に、各部門からすると必要であればなるべく早く実施したい、ということだろう。

随時異動は期首計画外のニーズに対応するもので「場当たり的」だとみる向きもあろうが、必ずしも随時異動が多いから場当たり的だともいえない。例えば、11月に異動ニーズが発生して12月に随時異動を実施すれば場当たり的に見え、翌年4月の定期異動まで待てば計画的に見える。12月の異動が必須ならばどの企業も随時異動を行うだろうが、そこまで緊急度・重要度が高くない場合に随時異動を行うか、次の定期異動まで待つかは経営スタイルの違いに過ぎない。今後、事業環境の変化への対応スピードを上げようとする企業が増えていくと、随時異動も増えるはずだ。人事部は、随時異動に積極的に対応していく必要がある。

随時異動の難点は、計画的な育成ローテーションに対応しづらいところだ。そもそも随時異動はいつあるか分からないので、「計画的育成」とは相性がよくない。随時異動にいかに育成要素を織り込むかが人事異動案策定者の腕の見せ所だが、そもそも随時異動はほとんどがポジション起点なので職務要件に合致する人しか異動候補者になりえない。

そこで、定期異動の活用だ。定期異動は組織制改廃などに伴って同時に多くのポジションニーズが発生し大勢が異動するので、人とポジションの組み合わせ、人事案策定の選択肢が広い。実施時期が読めない随時異動と違い、定期異動はキャリア開発計画の策定・実施にも使い勝手が良く、自律的キャリア支援に向く。 人事部は、各部門ニーズに基づく随時異動に積極的に対応するとともに、適材適所アプローチで定期異動に計画的育成要素を織り込むことが重要だ。

まとめ

事業ニーズに対応する各部門主導の人事異動、ポジション起点の適所適材配置、随時異動の増加は時代の流れである。人事部は事業ニーズに沿った異動配置のサポートを積極的に行う必要がある。

また、雇用長期化が要請される中、同時にキャリア自律を支援する施策が欠かせない。手挙げ異動の機会を大幅に増やしていく必要がある。一般的ポジションを含め、人事異動は社内公募を基本にすべきだ。そのうえで、人事部はポジション起点の随時異動と手挙げ異動の盲点をカバーしなくてはならない。ポジション起点は職務要件にかなう人材にしかスポットライトが当たらず、手挙げ異動は「手を挙げない人」は対象にならない。

人事部は、「次世代経営人材のタレントマネジメント」と人材起点、適材適所の観点から「手を挙げないミドルパフォーマー」の人事異動・配置を主導すべきだ。同一部署長期在籍のミドルパフォーマーは定期的に適材適所異動候補リストに載せてシミュレーションしてほしい。必ずしも実際に異動させる必要はないが、本人とキャリア形成に関するコミュニケーションをとることが重要だ。それらの異動配置は、人事案の選択肢が広い定期異動を活用すべきだ。

執筆者紹介

藤井 薫

シンクタンク本部
上席主任研究員

藤井 薫

Kaoru Fujii

電機メーカーの人事部・経営企画部を経て、総合コンサルティングファームにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、タレントマネジメントシステム開発ベンダーに転じ、取締役としてタレントマネジメントシステム事業を統括するとともに傘下のコンサルティング会社の代表を務める。人事専門誌などへの寄稿も多数。
2017年8月パーソル総合研究所に入社、タレントマネジメント事業本部を経て2020年4月より現職。


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