公開日 2015/07/28
新卒で一括採用され、複数の職務を経験する中で一人前に成長していく。日本の大企業では当たり前とされている「正社員」の働き方も、海外で類似事例を探すのは難しく、日本独特のものとして知られている。しかし、市場が成熟し高付加価値の創出がより求められる中、正社員に求められるものも変化している。労働政策研究・研修機構が企業を対象に行った調査(※1)によると、企業が今後重視する人材として、「チームワークを尊重できる人材」や「担当職務の基礎技能・知識を身につけた人材」などが依然重視度は高いものの、その割合には低下が見られる。
図 企業がこれまで重視してきた人材と今後重視する人材
(※1)労働政策研究・研修機構「入職初期のキャリア形成と世代間コミュニケーションに関する調査」2011年
一方、最も重視度が上昇している項目は「事業戦略、事業展開を考えられる人材」や「自社にない新しい発想を持った人材」である。これまで日本企業の強みとされてきたチームワークや担当職務の基本的な遂行能力に長ける『価値実現型人材』(★)は依然重要ではありながらも、同時に戦略構想や創造性などに長ける『価値創造型人材』(★)の重要度が高まっている様子が伺える。価値実現型人材と価値創造型人材との共存をいかに実現するか。企業は大きな課題に直面している。
(★)「価値創造型人材」「価値実現型人材」は、法政大学大学院政策創造研究科教授の石山恒貴氏を座長に、各社の人事責任者などをメンバーに迎え、HITO総研が開催した「これからの正社員の在り方を考える研究会」における「これからの正社員」の再定義。「価値創造型人材」=企業に抜本的な変革をもたらす人材、「価値実現型人材」=既存の事業領域および変革を実現する施策を確実に実行し、会社に価値をもたらす人材を指す。
※詳細は、機関誌HITO vol.08 正社員マネジメントの未来を参照
しかし、共存の実現には課題が山積みだ。上記の「これからの正社員の在り方を考える研究会」の議論では「そもそも自社にとっての価値を定義するところから必要なのではないか」といった意見のほか、「価値創造型人材には別の仕組みで育成する必要があるのではないか」、「価値創造型人材に即したマネジメントは、価値実現型人材のモチベーション低下に繋がるのではないか」といった意見が噴出した。こうした意見は、日本の雇用システムの特徴である「トーナメント方式(※2)」かつ「遅い昇進(※3)」に起因している。そうした特徴が招く課題を次の3点に整理する。
(※2)トーナメント方式とは、同階層の間で競争が行われ、そこで勝ち抜いた者が昇進し次の階層でまた競争が行われる...といったように、トーナメント戦のように内部昇進していくシステムを指す。各ステージで成果を出した人材が昇進できるため、働く社員のモチベーションを高められる上、複数の上長評価のフィルターを通せるというメリットがある。
(※3)慶應義塾大学 八代充史教授の『管理職への選抜・育成から見た日本的雇用制度』によると、企業内で第一選抜が行われる時期は、アメリカ企業が入社後3.4年、ドイツ企業が入社後3.7年に対して日本は入社7.9年。同一年次の中で上位役職への昇進機会がなくなる者が過半数に達する時期は、アメリカ9.1年、ドイツ11.5年に対し、日本は実に22.3年に至る。
上述した日本企業の評価・昇進システムは、職務や勤務地、労働時間などに無限定な「正社員」の働き方と結びつくことで大きなデメリットを生み出している。それは、個々の社員による価値創出の度合いが見えないという点だ。職務や期待される成果も明確な環境下では、「求められる基準に対し、どれほど付加価値を出したか」という点で価値創造型人材の見極めが可能だ。しかし、職務や期待成果が曖昧な環境下においては、量で成果を評価する傾向にある。そのため、質(前提にない価値創造など)を高めることができる価値創造型人材は埋没する。
トーナメント方式の最大の欠点は社内のみの相対評価である点だ。「名選手名監督にあらず」という言葉の通り、社内で成果を出し続けた人材が必ずしも経営陣としての素養や能力があるとは限らない。その上、社内の相対評価のみであれば、その"部長職で成果を発揮した人材"が競合の同ポストの人材と比べてどうかという視点も欠ける。野村克也氏の「組織はリーダーの器以上に大きくならない」という言葉通り、いくら社内で優秀だったとしても、それが競合に劣っているとすれば、競合の後塵を拝する可能性は高い。
トーナメント方式が機能し続ける大前提は、社員皆のモチベーションの源泉が昇進にある点である。もちろん昇進はモチベーションを高める重要な要素ではあるが、昇進によるインセンティブに依存すると、その反動に悩まされることになる。例えば、昇進の見込みがないと知った中高年層がモチベーション低下に陥り停滞してしまうのが顕著な例であろう。モチベーションの対象を昇進に過度に向けるのではなく、仕事のやりがいや個々の社員のキャリア自律を促すような対応が必要になろう。
※本記事は、機関誌「HITO」vol.08 『正社員マネジメントの未来』からの抜粋記事です。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のもの。
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