公開日 2020/12/25
パーソル総合研究所は「日本的ジョブ型雇用」を新たに定義し、転換へのステップ及びそれを支える政策基盤を示す必要があると考え『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトを立ち上げた。本プロジェクトにおいて、日本型雇用の現状や課題、日本的ジョブ型雇用転換のためのロードマップに関して、有識者の方々と全6回の議論を実施する。
第4回目議論は、マクロ経済分析、経済政策、労働経済を専門とする山田久 日本総合研究所副理事長と、企業・組織における人材開発・組織開発が専門の中原淳 立教大学教授をお招きし、雇用の在り方の変化に伴う人材教育、育成の現状と変化の方向性についてお話を伺った。
――ジョブ型雇用への転換をはじめ雇用の在り方の変化に伴い、入職前の学校教育はどのように変化していくべきでしょうか。
中原氏:現在、高等教育から職業領域への安定的な移行(教育機関を卒業して、安定的なポジションにつくこと)が難しくなっており、そのせいもあり、教育機関の職業的レリバンス(職業と学ぶ内容の関連性)をより深める必要があります。そのためにやるべきことは膨大にあり、あの手この手を使って取り組まなければ進まないと思います。
まず、現在の大学のカリキュラムは人に紐付いています。例えば、私は人材開発の研究者なので担当する授業は人材開発だけ、というように、多くの大学ではその教員の研究内容しか学べません。こうした研究中心主義的な大学教育のあり方をフンボルト理念といいますが、教育が研究に隷属するやり方を変えなければ職業的レリバンスは高まりません。一方、新たな社会や技術を「構想」するような研究も極めて重要です。よって、各大学ごとに、どのような人材を育て、どのような機関でありたいのかを自己定義する必要があります。
しかし、どういう人材を育成したいのかについてきちんと議論し、それに基づき一つひとつカリキュラムを積み上げて達成度を評価している大学は本当に少ないと思います。教員に関しても伝統的に「教員は研究をするべき」と育成されるため、研究中心の人が多いですが、職業的レリバンスを高めるという意味では教員も複数の種類があってよいと思います。トップジャーナルの掲載論文数で勝負する人もいれば教育で勝負する人、あるいは社会貢献で勝負する人がいてもよいでしょう。大学の中には、ある種の平等主義があり、すべてのことを一人の教員がやらなければならず、それが大学の硬直性を招いています。
山田氏:教育の在り方は「make」か「buy」かという雇用システムと深い関係があります。日本では白紙の人を採用して企業内で育成し、自社の色に染めていく。だから学校教育にはジェネリックスキルを期待します。一方で欧米、中でも典型的なドイツでは、12歳の段階で現場系ワーカーになるかホワイトカラーになるかをとりあえず決め、現場系は学校で基礎的なことを教えると同時に企業と契約し、徒弟制度を組んで実習を行うデュアルシステムで実務能力を身に付けます。つまりmakeとbuyのいずれの雇用システムかで、企業の入り口のところで教育システムに期待されるものは変わるのです。
日本企業はmakeの仕組みで人材の育成に時間がかかりますから、IT人材が典型なように外部から即戦力を連れてこなければ足りません。しかし即戦力を採りたくても誰かが育成しなければ採用できないので、学校教育にそういう役割が求められるようになってきました。20年ほど前の成果主義は人件費削減が最大の目的でしたが、今回はそれもありつつ、即戦力の確保という狙いが強くなっています。しかし大学の教育は理論的な面が中心なので、そこには限界があります。実務的な要素を入れるには企業と教育機関の連携をどれだけ進めていくかが本質的な問題になってきます。ドイツでは半年くらいのインターンシップがざらにあると聞きますが、学校教育段階でそうした仕組みを構築することが重要です。
中原氏:学生が早い段階で仕事領域の人に出会うことは非常に大切です。ほんの一握りの学生は仕事やお金についてよく考えていますが、大半はあまり考えないまま大学に入って来るからです。それは学ぶ内容を適切に選べていないことと同じですから、そのままにしていたのでは職業的レリバンスが高まるわけがありません。企業とはこういうところで、会社で働くとはこういうことだと知る機会になるべく早く出会ったほうがよいでしょう。インターンシップは1年生で3割、3年生で8割が経験していますが、実は内容の質に大きな格差があり、一日説明会のものから長期インターンシップまでさまざまです。この格差を埋めていかなければ厳しいでしょう。
一方、学生が職業的レリバンスを高めると「私はこれで食べていきたい」という人が増えるので「配属ガチャ問題」が深刻になります。要は「私はマーケティングで食べていきたい」と考え入社した人が別の部署に配属されたら離職するということです。それを回避するためには「この人には1年間マーケティングの仕事をしてもらい、適合しなければほかの部署に配属する」(図)というように、もう少し柔軟な仕組みを作って欲しいと企業の方にお願いしたい。
図.ジョブ型雇用時代の人材配置構想
山田氏:一部の優秀な学生は学生時代からビジネス経験を積んでいたり、キャリアプランを持っていたりして、人事部主導で自分の希望と異なる仕事をさせられるのは嫌だと感じる人が増えています。そうした優秀な学生は従来の仕組みのままだと皆、外資系のコンサル会社に行ってしまいますから、職種を限定するいわゆるジョブ型の採用ルートを作る必要があると思います。ただしそれは一部の話で、大多数はきちんと考えているわけではありません。当面、原則論として大半の若い人は就社型が現実的で、逆説的ですが、世の中の変化に対応して職業を変えることのできる「こだわらない強み」を作っていけるとも思います。ですから、両者をうまく組み合わせた複線型、ハイブリッドの就職・採用システムを作っていくべきだと私は考えています。
問題は、完全に二つに分けてしまうと経営がうまくいかなくなることです。企業経営ではフォロワーシップが重要であり、特に日本企業では一部の優秀な人がグイグイ引っ張るだけではうまくいかないのです。そこで、例えば職種別採用でも人事部主導で複数の仕事を経験させた後、希望外の職種で働く形にして広い視野と複数スキルを身に付けさせたり、入社数年後には既存採用コースの人材と区別せず幹部登用も公平に扱ったりといった運用が大事になると思います。
――職場や企業内の人材育成と、従業員の学びはどのように変わるべきでしょうか。
中原氏:まず日本の新人研修の特徴は、4月から6月に一極集中し、そこで業務で使うすべての武器を一気に渡してすぐ現場に配属するモデルです。しかし新型コロナ禍を契機にこのモデルは変わるでしょう。オンライン化すれば低いコストで何度も研修を実施できますから、新人研修は季節のイベントから実際の仕事のプロセスに合わせて行うものになっていくと思います。私はこの動きを支援していきたい。
また、日本の人材開発にかかる費用の相当部分は新人研修に使われるのに対し、マネジャーに対する投資は非常に低い。マネジャーへの投資を増やさなければ今後、厳しくなっていくでしょう。もっといえばマネジャーの業務はますます増えているのが現実なので、人事部がマネジャーを支援するHRビジネスパートナーを整備していく必要があります。
また、人材育成は社内だけでは済まず「越境」が必要な時代になってきました。先般、トヨタ自動車が技術職の新卒採用で指定校推薦の廃止を決定しました。これは、今トヨタに必要な専門性がこれまで注力してきた機械工学だけではなく、ITやデータサイエンスなどに広がっていることを示しています。昨今のビジネス環境下では、いろいろな分野の人材が異種混交に出会い、学ぶ場を積極的に作ることが大事です。
山田氏:今、私は社会人大学院の教員も担っていますが、日本でも、結果的に職種転換につながる、いわゆるリカレント教育が一部で始まっています。日本企業の人材教育は社内で行いますが、企業外での人材育成の仕組みを設計し、企業と教育機関とのインタラクションをもっと増やしていく必要があるでしょう。
しかし大学だけでは限界があり、国家のサポートも必要です。海外で比較的うまくいっている事例として、スウェーデンの高度職業教育制度があります。これは企業に対し不足する職種について即戦力となる人材を提供する制度で、主に1年目は座学、2年目は企業でインターンシップを行います。仕組みとしては企業が要望を出し、国がお金を出してプログラムを運営し、理論的な教育は教育機関が担います。企業はインターンシップを受け入れる手間はかかりますがその後、公費で育成された、不足している人材を採用できるメリットがあります。日本の職業教育の問題は企業の体系的な協力が極めて少ないことですが、公費で行う仕組みがインセンティブとなり機能しているわけです。
――大学の教育改革を行っていく上で、ネックになっているのはどんな点でしょうか。
中原氏:それはカリキュラムを「組織ぐるみ」で革新していくことの困難さでしょう。私の勤める立教大学経営学部では、これに取り組んでいます。アカデミックな経営学を学びつつ、一方でこのような職業的レリバンスを高める授業を増やしていくのがよいと思いますが、これは典型的な「言うは易く行うは難し」なのです。これに学部が組織ぐるみで取り組むことが重要です。
本学では、まず、1年生には、企業から課題をいただき、それに向けて、チームで課題解決を行いながら、自分のリーダーシップ行動を高める授業を展開しています。1チーム4人程度とすると、一学年、90チームできます。そこに実際に教える教員を18人調達し、さらに教員をサポートするSA・TA(スチューデントアシスタント、ティーチングアシスタント)を各2人つける......、という形で授業を行っています。専任教員の舘野泰一先生、田中聡先生らが、事務スタッフと共同し、この授業群を率いています。
また、就職活動時期が早まる前から、本学では2年生の秋口になると自分の強みを発見したりキャリアを考えたりするセルフアウェアネス(Self-awareness : 自己認識)を高める授業を兼任講師の折口みゆき先生が行ってくれています。
このように職業的レリバンスを高める教育は、しっかりと取り組むと非常に労力がかかります。本学は新設12年なのでチームティーチングをできますが、旧来の大学組織ではなかなか難しい。また、日本の公財政教育支出は本当に低く、安定的な資金は減っており、現在の文部科学省の競争的資金の仕組みで教育を良くするのは無理があると思います。
――今後は職業教育が重要とのお話でしたが、予測が困難なVUCAの時代は考える力が重要です。採用する側からするとジョブ型雇用の広まりが大学の専門学校化とリベラルアーツの軽視につながるのでは、との懸念もあります。
山田氏:実はジョブ型雇用の議論には欧米と日本でねじれがあります。ドイツのデュアルシステムはジョブ型の典型である現場ワーカーを育成する仕組みで、将来マネジメント職を希望する人はユニバーシティに進学します。アメリカでもファーストトラックの人はいろいろな部門へぐるぐる配属される超ジェネラリストの面があり、リベラルアーツの素養がないとできません。一方、日本ではジョブ型という言葉が「自分の職業を自分で選ぶ」というキャリア自律の文脈で出てきており、欧米での現場労働者の典型的な働き方を意味しているわけではありません。教育の問題を考えるときはこのねじれを踏まえないとうまくいかないでしょう。
また欧米では、文字通りのプロフェッショナルとして「キャリア自律」ができている人の割合は2~3割くらいではないでしょうか。ヨーロッパではキャリア自律が難しい多くの現場労働者は集団で組合に守られていますが、アメリカでは組合が弱体化し、そこから漏れた人がたくさん生まれて社会問題を引き起こしています。今回の私たちの議論の対象は大卒ホワイトカラーが中心であり、それとは別に現場で働く人たちの雇用のセキュリティをどう作るかも重要なテーマだと思います。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長 湯元 健治
ジョブ型雇用への転換には、企業だけでなく、大学などの教育機関も含めて人材育成の在り方を変革していく必要がある。大学の職業教育機能を高めることが最重要で、そのためには、実践的カリキュラムの構築、教員の多様性確保に向けて、大学自体が自己改革に取り組み、企業との連携を強めていく必要がある。スウェーデンのように国家が強力に人材育成をサーポトすることも不可決の課題だ。
他方で、日本企業も人材育成に時間のかかる「make のシステム」を前提としたうえで、長期インターンシップの導入や配属の仕組みの見直し、ジョブ型採用ルートの確保など、就社型と就職型の複線型の仕組みを構築すべきとの指摘は正しい。雇用システムの変革には、教育システムの変革も含めた壮大な制度設計が必要だろう。
立教大学 経営学部 教授
中原 淳 氏
1998年東京大学教育学部卒業後、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授、立教大学経営学部ビジネスリーダーシッププログラム主査を経て2018年より現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。『職場学習論』(東京大学出版会)、『経営学習論』(東京大学出版会)など著書多数。
株式会社日本総合研究所 副理事長
山田 久 氏
1987年京都大学経済学部卒業後、1987年住友銀行(現三井住友銀行)入行。93年より日本総合研究所調査部。調査部長兼チーフエコノミストなどを経て2019年より現職。京都大学大学院博士後期課程修了、博士号取得。労働政策審議会・同一労働同一賃金部会委員などの公職を歴任。『賃上げ立国論』(日本経済新聞出版社)、『同一労働同一賃金の衝撃』(日本経済新聞出版社)など著書多数。法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科兼任講師。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長/前・日本総合研究所 副理事長
湯元 健治 氏
1957年福井県生まれ。京都大学卒業後、住友銀行へ入行。94年日本総合研究所調査部次長兼主任研究員に就任。2007年経済財政諮問会議の事務局として規制改革、労働市場改革、成長戦略などを担当。14年人民大学主催セミナーなどにパネリストとして招聘され、中国研究にも注力。日本総合研究所退職後、20年「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長に就任。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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