公開日 2022/09/27
「最近よく耳にするアンラーニングとはどういうものなのか」「変化が激しい時代、従来の仕事の方法だけでは通用しないことは分かるが、アンラーニングにはどのような効果があるのか」「アンラーニングを推進したいが、どこから始めればよいのか」など、人により、立場によりアンラーニングに関する疑問はさまざまだろう。
そこで、『仕事のアンラーニング 働き方を学びほぐす』の著者で、「人・組織・経営」研究の第一人者である松尾睦(まつお・まこと)氏に、「アンラーニングとは何か」というそもそもの話から、実践にあたっての注意点まで、お話を伺った。
北海道大学大学院経済学研究院 教授 松尾 睦 氏
塩野義製薬、東急総合研究所、岡山商科大学助教授、小樽商科大学大学院商学研究科教授、神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て2013年より現職。「学習(learning)」をキーワードに、組織論と心理学の境界領域を研究。近著、『仕事のアンラーニング 働き方を学びほぐす』(同文舘出版)が注目を集めている。
――「learning」に否定の「un」が付いて、アンラーニング。素直に読めば「学ぶこと」の反対の意味ともとらえられますが、アンラーニングとはそもそもどういうことなのでしょうか。
時代や環境の変化で使えなくなった知識やスキルを捨てて新しいものと入れ替えることをいいます。「学習棄却」という一般的な訳もありますが、評論家の鶴見俊輔さんは「学びほぐし」と訳しています。硬直した知識・スキルを「ほぐし」て、要らないパーツは捨てて、新たなパーツを仕入れる。そうやって組み替えていくことがアンラーニングです。立命館大学の高橋潔先生は「知の断捨離」と呼んでいます。人間ずっとフレッシュでい続けるには洋服も知識も断捨離したほうがよいわけで、うまい表現だと思います。
「捨てる」という言葉に抵抗を感じる人がいるかもしれません。《捨てる》というより、《使うのをやめる》ということです。それまで使っていたスキルやノウハウの一部が使えなくなったり、有効性が低下してしまったりしたので、もっと有効なものを取り入れて、入れ替える、アップデートする、それがアンラーニングです。
アンラーニングには2つのレベルがあります。1つは周辺的なスキルやテクニックのみを入れ替える表層的アンラーニング。もう1つは基盤となる仕事の型やアプローチを変える中核的アンラーニングです。テクニックだけをどんどん入れ替える人もいて、これはこれでもちろん意味がありますが、基盤となる仕事の型やアプローチを変える後者は、より高次のアンラーニングといえるでしょう。
図1:アンラーニングのレベル
――通用しなくなった知識や方法を新しく入れ替えることは、これまでも当たり前に行われてきたようにも思えるのですが……。
はい。アンラーニングは今に始まったことではなく、それこそ人類が誕生してから何千年もの間、続けてきたことだと思います。それを経営論の文脈で語り始めたのが、現代経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーで、1964年に出版された『経営者の条件』の中で「あらゆる計画や活動を定期的に審査し、有用性が証明されないものを廃棄するようにするならば、創造性は驚くほど刺激されていく」といったことを述べています。それがまさにアンラーニングの肝です。同時にドラッカーは、成功体験を捨てることの難しさも指摘しています。ホンダの創業者、本田宗一郎さんも成功した時こそ反省が必要だと語っています。「その反省を忘れると、せっかくの成功もそこで行き止まりとなってしまう」と。つまり、「なぜ成功したのか」という振り返りを忘れると、表面的な成功体験にしがみついてしまい、時代に取り残されてしまうのです。
そして、ドラッカーの著作から18年後の1982年、ボー・ヘドバーグという学者が組織学習の観点からアンラーニングを論じます。変化する環境に適応する上で、時代に合わなくなった経営手法を捨てるアンラーニングの重要性を、学術研究において初めて指摘したのです。顧客の変化、競争相手の変化、社会の変化に応じて、有効性が失われた知識・スキルを棄却し、新たな知識・スキルに入れ替えるアンラーニングが、組織学習に欠かせないと彼は考えました。
このように学問の世界では組織レベルのアンラーニング研究から始まり、個人単位のアンラーニングが研究され始めたのは2000年代に入ってからです。よく考えれば、組織の中の個人、特にトップ層がアンラーニングしなければ、組織はアンラーニングできません。組織アンラーニングは個人のアンラーニングがきっかけとなることが多く、また環境に適応しなければならないのは個人も組織も同じです。近年はさらに、新型コロナ感染拡大による環境変化がきっかけとなって、リスキリングなどとともに個人のアンラーニングに注目が集まるようになりました。
――松尾先生ご自身がアンラーニング研究を始められたきっかけは何でしょうか。
私は経験学習について研究してきました。「人がいかに経験から学んでいるか」という研究です。この経験学習には光と影の部分があります。
人間は《経験する→振り返る(内省する)→教訓を引き出す→応用する》というサイクルを経ることで経験から学んでいます。経験して成長できることは経験学習の光の部分なのですが、一方で強烈な成功体験をすると、そこで成長が止まってしまうことがあります。これが影の部分です。特にプロフェッショナルほど自分の成功した「型」に固執しがちになることが分かっています。そこで課題となるのが、通用しなくなった知識やスキルを棄却する学習、すなわちアンラーニングです。
もう1つのきっかけは、私自身が長年の間に研究方法に型ができて、それにしがみついているのではと感じるようになっていたからです。スポーツ選手や営業マンなどは通用しなくなるとガクンとパフォーマンスが落ちるので分かりやすいですが、それ以外の多くの職種は、古いやり方でも何となく仕事がこなせてしまう。そこが恐いなと感じたのです。
私は若い頃に2年ほど営業マンとして働いた経験があり、当時の職場に、かつて凄腕の営業マンだったのに今はそうでもないという人がいました。理由を中堅の先輩に聞くと、「昔の売り方をしているからだよ」という答えでした。昔の手法が通用しなくなったことに本人は気付いていなかった。自分がそうなっているとしたら、それは恐いですよね。
図2:成功体験後の3パターン
――松尾先生は営業経験のある研究者なのですね。
ダメ営業マンだったので2年で辞めました(笑)。自分が売れなかったからこそ、「売れる人はなぜ売れるのか」を知りたいと考え、営業研究を始め、トップセールスを何人もインタビューしました。すると彼らは、自分の売り方を少しずつ入れ替えていることが分かりました。好調に売れている時ほど自分の売り方が通用しなくなってきたという微妙な違和感を抱き、「なぜ買ってくださったんですか」などとお客さんに訊ねながら、自分の売り方が固定化しないようにしていたのです。
――まさにアンラーニングしていたのですね。ベテラン営業マンだからこそでしょうか。
とは限りません。若い人でもこんな例があります。彼は入社3年目までは「担当業務を8割程度まで完成させてから上司に相談する」という進め方をしていました。しかし、それでは上司からの手戻りがあり、時間がかかってしまうことに気付き、4年目からは、できる先輩を見習って「アウトプットが2~3割の段階で上司に相談・確認をして仕事を進めるスタイル」に変更しました。その結果、上司が求めるアウトプット・イメージから大きく外れることがなくなり、手戻りや修正も減り、成果を出すまでの時間が大幅に短縮されました。このように、自分のスタイルを作っている途中の若手社員であっても、アンラーニングしながら成長しています。
――従来の型が通用しないと気付いた時、どのように新しい型を見出していけばよいのでしょうか。
やはりロールモデルから学ぶのがスタンダードなやり方です。企業でもベンチマーキングという手法を実践していますよね。ベンチマーキングの際、大切なことは、方法をそのまま真似るのではなく、自社に合わせてカスタマイズすることです。個人のアンラーニングでも同様に、自分と個性も強みもまったく違う、スーパーマンのような先輩を真似しようとすると成果が上がりません。「この人のやっていることなら真似ができそう」と思えるメンターのようなロールモデルを探すことが大事です。もしそういう人が同じ職場にいなければ別の部署でもいいし、取引先でもいい。または、歴史上の人物や本の著者などを《インビジブル・メンター》として、「あの人ならどうするか」と考えながら自分で試してみることを提唱している人もいます。それもお勧めです。
――新しい型に切り替える時に注意することはありますか。
切り替えた当初は一時的にパフォーマンスが落ちることがあります。そこを我慢できるかどうか、です。例えば、それまで部下にすべて指示していた上司が、部下にすべて任せる形にマネジメント・スタイルを切り替えた事例があります。新しい型が軌道に乗るまで半年かかったそうです。ほかの事例を見ても、新しい型を導入して成果が出るまで数カ月から半年。その間は我慢なのです。
上手に切り替えている人は「実験」をしています。基本業務については既存の型を残しつつ、パフォーマンスが落ちても大勢に影響が出ない業務に関しては新しい型を採り入れる。それがうまく回り始めたら基本業務も新しい型に切り替えていくというやり方です。
一例を挙げると、ある広告会社のマネジャーは、顧客との関係構築に宴席での接待が不可欠という信念を持っていました。ところが、2011年の東日本大震災で接待営業ができなくなったにもかかわらず、業績は落ちませんでした。「接待はマストだと思っていたけれど、そうでないのでは?」という気付きを得て、自粛期間が終わってからも接待を徐々に減らしていきました。一挙に廃止はせず、ケース・バイ・ケースで接待を残しつつ、なくてよいものはやめる方向で。そうして、自分たちの中で当たり前となっていた接待営業を減らした代わりに仕事の中身を議論する時間を増やしたことで、効率性や業績が向上したといいます。
――通用しなくなったやり方に固執している社員にアンラーニングを促すにはどうすればよいのでしょう。
「あなたのやり方はもう通用しないからアンラーニングしましょう」などと人事や上司から言われたら嫌ですよね。企業で取り組むとしたら、個人のアンラーニングより職場のアンラーニングから始めることをお勧めします。
例えば、職場にある「謎習慣潰し」。どの会社でも、必要がないのにずっと続けている謎(ナゾ)習慣があるものです。誰も読まない日報とか、皆が嫌がっている朝礼とか。「そこから変えていきませんか。これがアンラーニングです」と社員に呼び掛けるのです。 過去のアンラーニング事例を掘り起こし発表し合う会を行うことも有効です。「自分もアンラーニングしながら成長してきたんだな」という気付きになります。その上で、現状のままで良いことと、変えたほうが良いことも全員で出し合えば、アンラーニングのきっかけを掴める可能性が高まります。
もう1つは中途採用の社員を活用する方法です。入社したての時期なら、彼らは既存社員が気づいていない会社の変なところに気付いているはずです。「この会社、なぜこんなことをやっているのだろう」と。しかし、新入りなので自分からは言えません。そうこうしているうちに慣れてしまうのです。そうなる前にぜひ意見を聴きましょう。
ある革新的企業が成長段階にあったときのケースを紹介します。その企業は、今ほど知名度がなかったので新卒が採れず、大量に中途採用をしていました。その際、中途入社者が入社してきたら必ず聞いたそうです。「うちの会社の変なところは?」「違和感のあるところは?」「やめたほうがいいと思うところは?」と。すると、「こんなことは必要ないのでは」「前の会社ではこうしていました」などと答えが返ってきます。そうして指摘されたところを改善し、小さなイノベーションを繰り返したといいます。これはすごいことですよね。
一方、中途入社者自身もアンラーニングが必要です。前職の習慣を引きずって、「前の会社では」と言い続ける人は新しい会社に馴染めません。この場合も、一方的に「アンラーニングしてください」ではなく、「うちの会社はアンラーニングしなければいけないから、あなたの新鮮な目でアンラーニングすべきところを教えてください」と、まずは組織アンラーニングから入っていく。それが一段落したら次に、「では、あなた自身がアンラーニングしなければならないことは何でしょうね」と問い掛けるのです。
中途社員と同様、新卒採用の社員も新鮮な感覚で社内の違和感を指摘してくれる存在なので、同じように呼びかけるという手もあります。
会社がまずアンラーニングする姿勢を見せれば、社員にも本気度が伝わりますし、それらの取り組みを通じて社員に《アンラーニング癖》をつけることもできます。これらは組織的に人事がやるべきことだと思います。
――アンラーニングを意識する、《癖》をつけることが大切なのですね。
そうですね。アンラーニングを促すには、アンラーニングしないと成長が続けられないことをまず理解してもらう必要があります。
自分の型は変える必要がないと思い込んでいる人も、「環境が変わったことで自分のやり方を変えた経験はないですか」と問い掛けると、「そういえば、こういうことをやりました」など、実際は無意識にアンラーニングしていることがあります。それが引き出せれば、「今、変えてみる必要がありそうなことは何でしょう」と意識を向けていきやすくなります。
――アンラーニングに取り組む上で、世代的な傾向はあるでしょうか。
私は、さまざまなプロフェッショナル人材の成長プロセスを「経験学習」の観点から研究してきましたが、彼・彼女らの成長を追っていくと、30代から成長の軌道が変わっていくことが分かります。そのまま成長を続ける人、成長軌道がなだらかになる人、成長が止まってしまう人。成長が止まる人は、自分の型に固執しているからで、それゆえアンラーニングが必要だといえます。
アンラーニングの実践に当たって世代別の傾向があるかどうかの分析はしていませんが、年齢を重ねて、成功体験を積めば積むほど自信がついてアンラーニングしにくくなるということはいえます。実際、「捨てる必要なんかない」とおっしゃる役員クラスの人もけっこうおられます。その意味でベテラン、シニア世代のアンラーニングが難しいのは事実です。
また、役職を外れてモチベーションが低下した人は、特にアンラーニングしにくいといえます。「働かないおじさん」といわれるような人が、定年まであと数年という時になってアンラーニングしなさいといわれても、「いや、もういいよ」「このまま静かに過ごさせてほしい」という反応になるのも当然でしょう。私も今年58歳なので、その気持ちはよく分かります。
――「働かないおじさん」に、アンラーニングはもう無理なのでしょうか。
結局、アンラーニングするかどうかは、その人の成長意欲に大きく左右されます。しぼんでしまった成長意欲を刺激しないとアンラーニングは起こりません。
ですから成長意欲の薄れた人にアンラーニングしてもらうには、動機付けから入る必要があります。それには生き生きと働いておられた時代を振り返ってもらうとよいでしょう。そこから先ほどお話ししたようなアンラーニング体験についての問いかけをして、「そういえば俺もアンラーニングして成長してきたんだ」という気付きを得てもらいます。その上で、「これからもアンラーニングはあなたを助けます」「再雇用になったとしてもスペシャリストとして期待しています」「退職後も地域での活躍が見込めます」といった前向きになれる声掛けをしていきます。
それでも本人に成長意欲が湧かないようなら、「今の職場でこれはいらないだろうというものを教えてください」という形で意見をもらうことも考えられます。そこから職場のアンラーニングにつながるかもしれません。その人の年齢や職位、状況を踏まえながら、刺激の与え方、介入の仕方は変えていかなければならないと思います。
――若手で、まだ自分の型を持っていない人でも、アンラーニングは必要ですか?
実は型をつくる途中でもアンラーニングをしています。先ほどお話しした入社4年目の若手が仕事の進め方を変えた事例では、自分の型をつくる途中でアンラーニングをしていました。
アンラーニングは、若いうちから癖付けたほうが良いと思います。私は「困った若手をどう育てるか」というテーマで研究をしたことがあります。成長できない若手は、「主体性がなく指示待ちの人」と「逆に主体性がありすぎて、言うことを聞かない人」に分けることができます。後者は自分の型に凝り固まっているということであり、それをほぐしていくアンラーニングが必要です。若手の頃から、自分のスタイルを柔軟に変更できる姿勢を持っておくと、その後の成長も早いといえるでしょう。
――最後に、松尾先生ご自身のアンラーニング経験を教えてください。
スキルやテクニックのみを入れ替える表層的アンラーニングでいうと、例えば統計分析のスキルなど新しい手法はその都度採り入れてきました。基盤となる仕事の型やアプローチを変える中核的アンラーニングでいうと、以前のスピード重視の進め方を改めました。それだと分析にミスが出て、クオリティが少し落ちてしまうからです。そこを反省して、最近は大事な仕事に関しては、あえてじっくり時間をかけて練るようにしています。もう1つは長時間労働。以前は遅く帰ることを美徳と考えていて、朝から晩までやっていたところを、今は集中してやるように改めています。結果、アンラーニングで生産性は上がったと実感しています。
――年齢・経験にかかわらず、それぞれ、そのときの成長に必要なアンラーニングがあるのですね。ありがとうございました。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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