公開日 2021/05/28
職業生活における「幸福」を扱った研究は、日本ではまだ少ない。パーソル総合研究所ではそのような幸福学研究に取り組み、2020年には「はたらくことを通じた幸せと不幸せの要因」を導出。また、はたらくことを通じて幸せを感じることが、個人や所属組織のパフォーマンス、企業業績を高めるという結果を発表した。今回、この因果関係をさらに明らかにすべく実証研究を実施した。本コラムでは、その結果をご紹介したい。
「人が幸福に生きるにはどうすればよいのか?」「幸福に生きることでどのような良い効果があるのか?」といった問いを探求する「幸福学」が、近年注目を集めている。人が感じる「主観的幸福感」は、古代ギリシャ・ローマの時代から探求されてきたが、本格的に科学的な研究が始まったのは1980年代からである。その後2000年代から、先進国の経済成長の鈍化に伴う人間的な満足感を重視する価値観へのシフトや、ポジティブ心理学の台頭が相まって、研究が盛んに行われるようになった。ただ、幸福学研究は欧米を中心に行われ、日本で職業生活における幸福を扱った学術研究はまだそう多くはない。
そこで、パーソル総合研究所では、はたらく人の幸福学研究を実施し、2020年7月に1回目の研究結果をリリースした(https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/research/activity/spe/well-being/)。この研究では、はたらくことを通じた幸せと不幸せの要因を導出し、「はたらく幸せの7因子/はたらく不幸せの7因子」として定義している(図1)。また、研究結果から、はたらくことを通じて幸せを感じることが、個人や所属組織のパフォーマンス、ひいては企業業績を高めることが示唆された。ただ、これは1回限りの横断調査の結果のため、幸せがパフォーマンスを高めるのか、それともパフォーマンスが幸せを高めるのか、といった因果の方向については不明確だった。そこで次に、企業を対象にした実証研究として、同一人物に対して2回の縦断調査(※)を実施し、因果関係を明らかにした(2021年5月リリース:https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/research/activity/spe/well-being/img/Well-Being_empirical_research.pdf)。
図1.はたらく幸せの7因子/はたらく不幸せの7因子
※縦断調査:いくつかの社会的因子の間の因果関係を調べるために、同一の調査対象者に対して一定の間隔をおいて同じ質問を繰り返し行う調査。
調査の結果、まず、はたらくことを通じた幸せ実感や、はたらく幸せ因子が先行要因となって、個人のパフォーマンスや生産性、所属組織のパフォーマンスを高めている、という因果関係が明らかになった(図2)。また、組織市民行動(職場メンバーへの利他・配慮行動)やジョブ・クラフティング(自身で仕事を魅力づける行動)、挑戦志向(新たなことにチャレンジする行動)といった、組織や仕事に対するポジティブな行動も、はたらく幸せ実感やはたらく幸せ因子によって促進されることが明らかになった。
すなわち、従業員のはたらくことを通じた幸福を追求することが、福利厚生としての意味合いだけでなく、パフォーマンスの向上といった経営上の利益をももたらすことが定量的に確認できた意義深い結果といえる。
図2.「はたらく幸せ実感」「はたらく幸せの7因子」と「パフォーマンス」「行動」との因果関係
また、はたらくことを通じた幸せ実感は、ワーク・エンゲイジメント(仕事へののめり込み度)や組織コミットメント(所属組織への愛着や帰属意識)の先行要因となっていることも分かった(図3)。ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントから幸せ実感への逆の効果は、先の効果と比較して弱いか、効果がみられなかった。
さらに、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントが、パフォーマンスやポジティブな行動傾向を高めていたことから、はたらく幸せ実感の増大が、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントの増大を介して、パフォーマンスやポジティブな行動を促していることが示唆された。
近年、サーベイによってワーク・エンゲイジメントや、組織コミットメントを測定し、マネジメントする施策が注目されているが、はたらくことを通じた幸せ実感は、両者に先行するベースとなる心的状態であり、両者を高めるためにも改善が必要だと考えられる。
図3.「はたらく幸せ実感」と「ワーク・エンゲイジメント」「組織コミットメント」との因果関係
次いで、「幸せにはたらくことは重要」という価値観の変化について、分析を行った。すでに、1回目の研究結果から、「幸せにはたらくことは重要」と考えている人ほど、はたらくことを通じて幸せを感じている、という関係(相関係数:.49)が確認されていた。この結果を見て、我々は当初、「幸せにはたらくことは重要だ」と考えている人は、その信念から幸せにはたらこうと努力するため、結果として幸せにはたらけているのではないか、と考えた。
しかし、今回の実証研究の結果から明らかになったのは、はたらくことを通じた幸せ実感が高まると、「幸せにはたらくことは重要だ」と思うようになるという、逆の因果関係であった(図4)。また、はたらくことを通じた不幸せ実感が高まると、「はたらく上で、不幸せを回避することは、それほど重要ではない」と思うようになる(麻痺してしまう)という因果関係があることも分かった。
図4.「はたらく幸せ/不幸せ実感」と「幸せ重視度/不幸せ回避重視度」との因果関係
つまり、価値観によって当人が自身の「はたらく上での幸せ/不幸せ」をコントロールできるわけではなく、置かれた境遇の「幸せ/不幸せ度」に応じて当人の価値観が変化するということだ。従業員の「はたらく幸せ」を重視する経営を行う場合、「実感」が現時点での指標と考えれば、従業員の「はたらくことを通じた幸せ/不幸せ」に対する「価値観」は、遅行指標としてのKPIにもなり得ると考えられる。
幸福学の先行研究では、1マイル以内の距離に住む幸せな友人を持った人は、幸せになる確率が25%アップするなど、幸せが人から人へ「伝染」することが示されている1)。この伝染する現象が、「はたらくことを通じた幸せ」に関して、企業内部で生じていることも示唆された。
同じ部署の自分以外のメンバーのはたらく幸せ実感平均が高いと、その後、自分自身も幸せ実感が高まる、という有意な効果が確認できた(図5)。また、自分の幸せ実感が高いと、周囲のメンバーの幸せ実感平均も高まる、という効果も、数値は下がるものの、確認できた。はたらく不幸せ実感についても、同様の有意な効果が確認された。
図5.「自分のはたらく幸せ/不幸せ実感」と「所属組織の自分以外の幸せ/不幸せ実感」との因果関係
適合度:CFI=1.000, RMSEA=.000
*:5%水準で有意、†:10%水準で有意
※共分散構造分析により分析。第1回から第2回にかけての、同一変数間の影響度合いは省略。
矢印は、変数間の因果関係を表す。
これらの結果は、周囲の「幸せ/不幸せ実感」が高い状態にあると、その数ヵ月後、自分の「幸せ/不幸せ実感」も高まるという時間的な前後関係を示しており、同じ部署のために仕事内容や残業時間といった職場環境が類似していることによる効果ではなく、「幸せ/不幸せ実感」が人から人へと伝染する効果を示していると考えられる。このことを前提とすれば、不幸せな人を幸せな部署に配置することで幸福度を高めるなど、異動配置においても幸福感の指標を参考にすることが有用だと考えられる。
実証研究の結果から、はたらくことを通じた幸せ実感が、ワーク・エンゲイジメントや組織コミットメントを高め、個人の行動やパフォーマンスにポジティブな影響をもたらすことが分かった。また、個人の「幸せにはたらくことは重要」という価値観を強めることや、人から人へ伝染することが明らかになった。「はたらく幸せを追求する」というと、自己中心的な振る舞いをするようになり、勤勉さが低下するのではないかという懸念を耳にすることもあるが、はたらくことを通じて幸せを感じることは、むしろパフォーマンスにポジティブな効果があることが定量的に示された。
以前から、経営戦略として、本来実現されるべき従業員の幸せを実現し、結果として利益につなげていこうとする「幸福経営」という考え方が提唱されているが2)、今回の研究結果からも、はたらくことを通じた幸せ/不幸せは、企業が目指すべき非財務指標(非財務KPI)のひとつとして有効であることが明らかになった。
では、私たち一人ひとりがはたらくことを通じて幸せになるには、どうすればよいのだろうか?第1回目の研究結果から、はたらく幸せ実感を高め、不幸せ実感を低下させるためには、職場の「はたらく人の幸せの7因子/不幸せの7因子」の改善が効果的であることが明らかになっている。また、幸せ/不幸せの各7因子(14因子)を測定するサーベイ「はたらく人の幸せ/不幸せ診断(Well-Being at Work Scale;WaW77)」も無償で提供している(個人向け診断サイトも無償で公開中(https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/research/activity/spe/well-being-survey/)。ぜひ、職場や自分自身の14因子の状態を測定し、はたらくことを通じて幸せになるためには、何が足りないのか、何が充足しているのかを把握し、打ち手につなげてほしい。
1) Fowler et al. (2008) Dynamic spread of happiness in a large social network: longitudinal analysis over 20 years in the Framingham Heart Study, BMJ 2008; 337:a2338
2) 前野隆司、小森谷浩志、天外伺朗(2018)『幸福学×経営学 次世代日本型組織が世界を変える』
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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