オンラインの進展、人手不足……人事はより戦略的に攻めの時代へ。
注目すべきは、《全国採用》《タレントアクイジション》《創造性》

公開日 2022/12/05

深刻化する人材不足に対して、人事にはよりドラスティックなアクションが求められている。組織・人事と「心理学」をクロスさせた独自の手法で、採用コンサルティングを行う曽和利光氏に、少子化とコロナ禍のオンライン進展で注目している人事テーマを伺うと、《全国採用》《タレントアクイジション》《創造性》の3つを挙げられた。いずれも人事が気づかなければ、表面化しないまま組織に影を落とす課題だ。それぞれのテーマについて、今、何が起こっているのか、どのような対策が考えられるのかを、事例を交えてお話しいただいた。

曽和 利光 氏

株式会社人材研究所 代表取締役社長 曽和 利光 氏

京都大学教育学部教育心理学科卒業。株式会社リクルートで人事採用部門を担当、ゼネラルマネージャーとして活動したのち、多種の業界で人事を担当。2011年に株式会社人材研究所を設立し、人事・採用コンサルティングや教育研修などを行う。

  1. オンラインを生かした《全国採用》で、地方にも人材を呼び込むチャンス
  2. 潜在層にアプローチする《タレントアクイジション》とは
  3. 組織の「創造性」の維持は、人事の意識がカギとなる

オンラインを生かした《全国採用》で、地方にも人材を呼び込むチャンス

――1つめのテーマ《全国採用》ですが、採用の現場で何が起こっているのでしょうか。

コロナ禍で面接や会社説明会など、採用活動にもオンラインが浸透しました。当初は、「コロナ禍で採用活動を継続していくために、どのように面接や会社説明会をオンラインに移し替えるか」というBCP(事業継続計画)的な観点で、各企業がオンライン採用を模索していたと思います。しかし、今後はオンラインにも慣れ、いくつかのメリットも分かってくる中で、《全国採用》がトレンドになってくると私は予測しています。


以前から、どの地域からでも就職情報サイトなどを使って求職者が求人に応募できる状況はありましたが、企業側から全国各地津々浦々まで採用の目を向けることは、それほど行われていませんでした。近年、地方移住やUIターン転職の需要が高まってはいますが、人材の東京一局集中はなくなるどころか、むしろ増加しています。現状、全国をターゲットに採用の手を伸ばしている企業は限定的で、全国展開する企業でも採用拠点は東京・大阪に絞っているケースがほとんどです。


しかし、東京の有効求人倍率は全国でも中位よりやや高く、決して採用しやすいマーケットではありません。加えて、転勤が退職の動機になることが多いため、せっかく東京・大阪で採用した人材が地方配属を理由に辞めてしまいかねません。つまり、東京は採用しやすいマーケットではないのです。


一方で、コロナ禍前から全国採用のポテンシャルに気づいて、オンライン採用を導入している東京の企業も存在します。あるIT企業では、年間約100回のリアル説明会をすべて動画や記事などのコンテンツ配信に切り替え、面接もオンラインで行っています。オンライン化による全国採用を行った結果、以前は2割程度だった地方採用が現在では半数以上に伸びていたりします。また、IT企業を中心に、企業数の割に学生数の多い関西に事業拠点を設けて採用・配属する例もあります。


――ウィズコロナ時代に、企業の採用活動は変わってきたのでしょうか。

オンラインのメリットを生かした採用活動を展開する企業もあれば、ここへ来てオフライン採用を復活させる企業もあります。そういう企業では「オンライン面接は(マッチングの)精度が下がる」と考えていることが多いのですが、数値化して分析するとジャッジの精度が上がっているケースが多くあります。非言語のバイアスをかけずに発言に集中できるためです。


東京の企業の中には、さらに進化しようとしている企業もあります。オウンドメディアを採用のプラットフォームにして、まるでテレビ番組のような説明会を配信し、社員のドキュメンタリー映像を制作するなど、スキルを向上させています。また、候補者に動画を録画してもらう動画面接を取り入れる企業も増えています。スケジュール管理なども含めて、オンライン面接よりさらに運用しやすく、AIツールを活用することもできます。オンラインの便利さやメリットを知った企業と候補者は、もうオフラインに戻ってこないかもしれません。もちろん、オンライン・オフラインそれぞれの良いところを取り入れたハイブリッド型の採用もありますので、企業側が戦略的に活用していくのがよいと思います。


一方で、地方の中小企業ではオフライン採用に戻っている傾向があります。これは非常にもったいないと思います。地方の企業こそ、オンライン利用を止めてはいけません。各種調査では、新卒で地方に住みたい学生や、都市部から地方に転出したいキャリア人材が多く存在します。UIターンの希望者が増えている今が地方企業にとってチャンスなのです。

潜在層にアプローチする《タレントアクイジション》とは

曽和氏

――2つめのテーマ《タレントアクイジション》は、まだ聞きなれない言葉ですが、どのような意味なのでしょう。

《タレントアクイジション》は近年、人事界隈で注目されているワードです。「優秀な人材の獲得」という意味の言葉で、リクルーティング(採用)と対比して使われます。リクルーティングは、顕在層に対して広告やスカウトを打つなどして働きかけ、応募してきた人に対して選考をし、内定を出して入社してもらうところまでを指します。対して、タレントアクイジションでは、採用の「前」と「後」も含めた広範な活動を指します。


少子化を背景とした構造的な人手不足は、この先も長期的に続くでしょうから、狭義の採用活動だけでは人を採ることができなくなります。そこで、採用前後の施策まで含めた一連の活動を総称して《タレントアクイジション》と呼ぶ概念が出てきています。


――採用前後の活動には、どのようなものがありますか。

まず、「採用前」ではブランディングが重要になります。人手不足の現代においては、10年~20年先を見据えて日々潜在層に働きかける必要があるからです。今までの「採用広報」や「採用広告」は、応募者や転職を考えている人のみをターゲットにしており、一般の人に向けて発信する「企業広報」とは切り離して考えられていました。企業ブランディングは購買層に向けたイメージ戦略ですが、購買層と採りたい層は得てして異なり、訴えたいことも違います。採用ブランディグは企業ブランディングと近しいものですが目的が違うため、どうすみわけていくかが、利用するメディアの選択も含めてテーマになります。


――「採用前」の採用ブランディングには、どのような例がありますか。

例えば、IT企業では、ハッカソンの開催やエンジニア向けイベントへの協賛を行っています。こうした活動をするエンジニアから人気が高い企業の中に、IT大手と並んで従業員数十人規模のベンチャー企業が名を連ねています。こうした企業ではエンジニアがテクノロジーに関するテックブログを書くなどしてブランディングの一端を担っています。


採用ブランディングは、すぐに応募や選考に結びつくものではありませんが、オウンドメディアを使って採用ブランディングをする「オウンドメディアリクルーティング」によって、新卒者はもちろん転職の潜在層にも働きかけられるなど多くのメリットがあります。


――「採用後」の活動には、どのようなものがありますか。

「採用後」については、選考活動で採用に至らなかった人や一度入社して辞めた人(アルムナイ)をプールしようという動きがあります。以前であれば、企業と個人は「退職したらそれっきり」の関係でしたが、最近は「少しでも自社と縁のあった人は、とことん追いかけて確保し続けていく」時代になっているようです。


例えば、オウンドメディアに登録してもらってプッシュ通知をしたり、自社のスカウトメディアにキャリアを登録してもらったり、プールする方法はさまざまです。重要なのは、このタレントプールをいかにしてつくるかということ。社員の友人や知人を紹介してもらうリファラルリクルーティングにも絡んできます。求人倍率が高いIT企業が先行していますが、ほかの業種でも広まりつつあります。


――採用担当者の役割が多角化しているということですね。

最近は、転職市場として社内に目を向けている企業も少なくありません。今のポジションや職務で持てる力を発揮できていない人を探し出し、タレントが埋もれてしまうことがないように社内ヘッドハンターが目を光らせている企業もあります。


《タレントアクイジション》は、社内外に対するタレントマネジメントで、インターナルモビリティ(内部流動性)を高めることも含みます。以前は、内部申告制や社内転職といわれていましたが、最近はピープルアナリティクスの文脈で、上司・部下の関係などをはじめ、パーソナリティの組み合わせを最適化することをいいます。「自社と一度でも接点のあった社外の人に対して、いかにポテンシャルを活性化させるか」「社内の人材をいかに最大活用していくか」という姿勢が、アクイジション(獲得)という能動的な言葉に表れています。

組織の「創造性」の維持は、人事の意識がカギとなる

曽和氏

――3つめのテーマとして、「創造性」という言葉を挙げていらっしゃいますね。

新しい言葉ではありませんが、ウィズコロナ時代に人事が再認識すべきものとしてあえて《創造性》を挙げたいと思います。オンライン化によって、良い面では働き方改革が進みましたが、その反面でコロナ鬱のようなメンタルの問題、コミットメントやロイヤリティの低下、転職の増加などの課題が生じています。また、リモートワークを継続しながら、育成やオンボーディングの方法を模索している企業も多いと思います。


コロナ禍でオンライン化が進んできた中で、人事や経営者側にとっての問題の変遷を見ると、最初に直面したのはビジネスの継続でした。顔を突き合わせて行っていたビジネスがオンラインでどこまで可能で、継続性があるのか。これは、前述の採用のオンライン化と同じで、移し替えが可能であることが分かりました。


その後、社会環境の変化を背景とするメンタル面での問題が出てきたり、テレワークによって一体感がなくなり、コロナ転職が増える、育成がしにくく効果が見えにくいなど、組織の問題が表面化してきました。オンラインとテレワークを継続しながら、これら組織の問題にどのように対処するかを模索しているのが企業の現在地だと思います。


一方であまり話題になっていませんが、創造性の問題は深刻です。野中郁次郎先生のSECI(セキ)モデルによると、個人が持つ知識(暗黙知)を形式化して組織全体で共有し、それらを組み合わせることでまた新たな知識が生み出されます。オンラインの職場では、知識の共有のために暗黙知を言語化する必要がありますが、誰もが言語化を十分にできるわけではありません。暗黙知と暗黙知のリンクの欠如は、オペレーション型の組織はともかく、創造性の高さが求められる組織には気づかれざる死活問題です。


――どのような解決策があると思われますか。

インフォーマルネットワークによって情報が流通し、知識と知識が結合して新しいものが生まれることはよくあります。オンボーディングにおいても、組織に対して自己有用感を得るまでには、自己受容感がなければならないといわれますが、インフォーマルネットワークに接続されることで、組織に受け入れられたと感じて(自己受容感)コミットメントが高まり、企業へのロイヤリティや貢献欲求が生まれるものです。育成と創造性も地続きだと思います。


創造性を創出・維持していくためには、対面のオフラインミーティングがより重要になってきます。オンライン上で疑似的にオフィスをつくるツールも出ているので、バーチャル出勤なども有効かもしれません。実際、出社を「エンターテイメント」にするためにオフィスを改装したり、オフサイトミーティングを重視する企業も増えています。こうした「場づくり」には、人事の働きかけや意識変革が不可欠です。社員一人ひとりの創造性をどうすれば高めていけるのか、人事の皆様が改めて考えてみる必要がありそうです。


しかし、全社横並び的に施策を打てばいいわけではありません。創造型の企業(組織)なのか、実行型の企業(組織)なのかによっても異なり、オペレーション型のチームであれば必ずしもインフォーマルネットワークは必要ないと思います。ただ、今までのような自然発生的なコミュニケーションは生まれにくいので、単に会話の仕方を構造化するだけでなく、会話が生まれやすいようなオフィスを物理的に設計してもいいと思います。


《全国採用》《タレントアクイジション》《創造性》という3つのワードを挙げましたが、どれも「オンラインの進展」と「人手不足」という側面で共通しています。根源的な問題は、シンプルに人が不足しているので取り合いになっているということです。コロナ禍を経て、人事や採用にDXが浸透し、使う/使わないは別として、誰もがオンラインを活用でき、企業総出で人を採りにいく総力戦の時代になっています。少子化を言い訳にせず、今まで以上に戦略的に攻める人事が求められるのではないでしょうか。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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