公開日 2022/12/05
転職が当たり前になってきている昨今、従業員をいかに定着させるかは企業にとって大きな課題といえよう。そこで、組織社会化について20年以上研究を続けてこられている甲南大学教授の尾形真実哉氏に取材した。現在、研究のメインテーマとされている新卒者・中途採用者のオンボーディング施策で大事なことや、コロナ禍によって普及が加速したテレワーク下でのアプローチのほか、今後に向けて関心を寄せているテーマについてもお話を伺った。
甲南大学 経営学部 教授 尾形 真実哉 氏
明治大学商学部卒業。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程終了後、甲南大学経営学部経営学科専任講師、准教授を経て現在に至る。専門は組織行動論、経営組織論、経営管理論。近年は若年人材の組織適応を中心に研究を重ね、2011年には若年看護師の組織適応分析に関する論文で人材育成学会論文賞を受賞。近著に『組織になじませる力~オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』『中途採用人材を活かすマネジメント(転職者の組織再適応を促進するために)』など。
――組織社会化について研究を始められたきっかけについて教えてください。
若い人たちが会社になじんで、元気に働ける環境を———。私が「組織社会化」について研究しているのはそんな思いからです。どうすれば新入社員がスムーズに企業に適応できるのかを探っています。
この研究テーマを選んだきっかけは、大学時代の友人でした。卒業後、社会に出た彼らは疲弊していて幸せそうには見えず、大学院に進んだ私は衝撃を受けました。なぜ楽しく働けないのか……。素朴な疑問から、同世代を元気にできるような研究テーマを探す中で出会ったのが、組織社会化だったのです。
博士論文を書いた時点ではまだ自分の主張に確信が持てなかったのですが、研究を続け、最近になってある程度考えがまとまってきました。若い人たちが会社にうまく適応できるよう、企業をサポートしたいという思いで2020年から数冊、本を出版しています。
――20年以上に及ぶ調査・研究で分かってきたことは何でしょうか。
組織社会化について研究を続ける中で、たどり着いたひとつの結論が「上司が持つ役割の重要性」です。人材育成ではどうしても若手への働きかけに目が向きがちです。しかし、重要なのはむしろ「指導者に対する教育」です。適切に若手を育てられる「育成上手」を増やすことこそが円滑なオンボーディングのカギであり、人事の重要なテーマだと考えています。
例えば、育成上手になってもらうための方法のひとつに、早い時期から育成に関わらせることが挙げられます。育成上手になりそうな人材、育成上手になってほしい人材に若手社員の育成やメンター役を任せ、育成の大変さや難しさ、やりがいを覚えてもらうのです。
また、組織のトップの意識も重要です。いかに人事担当が「育成上手」を増やすための施策について必要性を説いたところで、人材の育成や定着に課題感を持ち、理解を示してくれるトップがいなくては、施策はなかなか成功しません。
さらに、トップだけではなく社員一人ひとりの意識も欠かせません。教育担当のほか、全社員、会社全体を巻き込んで社内に「若手を育てる文化」を根付かせることがオンボーディング成功の秘訣となります。カルチャーを浸透させようと企業側が明示しても、一朝一夕でできることではありません。じっくりと時間をかけながら、社員一人ひとりの意識を内側から変革することが必要です(図1)。
図1:効果的なオンボーディングを実施するための環境整備
出所:尾形 真実哉『組織になじませる力~オンボーディングが新卒・中途の離職を防ぐ』(アルク)
――近年は中途採用者のオンボーディングに関する本も出されていますね。
「育成上手」の研究と並行して、2014年頃から進めているのが、中途採用者に関する研究です。バブル崩壊後、これまでの終身雇用制度は徐々に崩れ、働き方は大きく変容し、転職も当たり前になりました。そこで急増しているのが企業における「中途採用者のオンボーディング」に関する悩みです。
――なぜ中途採用者のオンボーディングは困難なのでしょうか。
中途採用者のオンボーディングの状況を調べてみると、中途採用者が新しい環境に入ってなじんでいく過程は若手とほぼ同じにもかかわらず、別の問題が生じていることが分かります。それは、働き方の変化に対して企業の対応が追いついていない中で、中途採用者は新卒者に比べ、教育や受け入れの体制が十分に整備されていないということです。
多くの企業では、新卒者に対する教育は手厚く、充実し過ぎているほどです。そのため、新卒者は周りからのサポートを受けながらOJTで学んでいけますが、中途採用者はどうでしょうか。「即戦力として採用しているから」「すでに社会人経験があるから」と、教育が手薄になってはいないでしょうか。
経験がある中途採用者だからといってサポートが不要なわけではありません。むしろミスが許されにくい雰囲気の中、入社後すぐに成果を求められがちな中途採用者にこそ、丁寧なフォローや、パフォーマンスを発揮しやすくなるような環境の整備が必要です。
――中途採用者のオンボーディングについて、現場ではどのような悩みが増えていると感じていますか。
企業の人事の方に話を聞くと、中途採用者のオンボーディングに対して抱えている課題は、新卒者よりも圧倒的に深刻です。新卒者のオンボーディングに関しては企業側が問題点を把握できているのに対し、中途採用者に対しては、そもそも何が問題で、何をしてよいかが分からない状況であることが多いのです。
今までは、終身雇用が一般的であり、中途採用者自体が少なかったので、企業側としても中途採用者のオンボーディングに対する課題感や対応の優先順位が低かったかもしれません。しかし、いよいよ転職が広がり、中途採用者が増えている中で、今後避けては通れない重要なテーマになるでしょう。転職が当たり前になった現代だからこそ、「どうせ転職して辞めてしまうかもしれないから……」といった諦めの姿勢をとるのではなく、《なじませる力》を身につけようと努めることが重要です。転職する個人側に《なじむ力》が備わり、受け入れる企業側にも《なじませる環境》が整っている。これこそが健全な転職社会ではないでしょうか。
そうなれば、必然的に上司の負担はますます増えていきます。近年の中間管理職は疲弊し、若者にとって必ずしも憧れのロールモデルではないようです。このままでは日本の将来は安心できません。いかに上に立つ社員のポジションが《夢のあるもの》だと見せられるかも、重要な課題だと感じています。中途採用者のサポート体制に加えて、管理職に対するサポートや教育の充実は欠かせないでしょう。
――働き方が多様化していますが、オンボーディングにおいて考えられる影響はいかがでしょうか。
確かにテレワークの普及など、働き方は変わり続けています。選択肢が増えるのは素晴らしいことですが、どのような影響が生じるかについては今後しっかりと見ていかなくてはなりません。
特に、テレワークは、残念ながらオンボーディングに難しい状況を強いるものであり、これまでの対面でのオンボーディングとは違った角度からのアプローチが求められてくると思います。例えば、オンラインでのコミュニケーションでは、些細な質問がしづらいものです。入社したばかりの新卒者や中途採用者としては「上司や同僚に時間を割いてもらってまで聞くべきか……」と躊躇されるような質問でも、案外、業務に関わる重要度の高い質問や、業務を妨げている要因を取り除けるような質問であることがあります。しかし、質問しづらい環境のせいで、ちょっとした質問を控えることが積み重なると、やがて大きな問題となって現れ、結果的に新入社員が会社になじみにくくなってしまうのです。
――オンボーディングの観点から、ほかにテレワーク化によって懸念される点はありますか。
心理面では、新卒者や中途採用者が会社の一員になった実感を得づらくなるということもあるでしょう。解決の一手として私が考えるのは、「対面の日のデザイン」です。全社的に在宅勤務が基本の勤務体制であっても、あえて定期的に対面で話す機会を設けるのです。
対面の機会を設ける上で重要なのは、出社をする人を「上司」あるいは「教育担当者」と、「新入社員」だけに限るのではなく、できる限り「職場の全員」が集まる日を設定することです。そして、その際の上司の大事な役割は、社員を職場になじませるための重要な日として、その日の皆での過ごし方を「しっかりデザインする」ことです。皆で話し、笑い合ってこそ、一体感や愛社精神が生まれます。
古い考え方と思われるかもしれませんが、愛社精神は「この会社のために頑張ろう」と個々のモチベーションにもなり得る大切な要素です。終身雇用時代にはさほど気を遣う必要はなかったかもしれませんが、現代だからこそ心理的な働きかけを大事にして取り組むべきだと思います。つながりを感じにくいテレワーク環境下で、同じ目標に向けて皆で取り組み成し遂げていく一体感や、組織に対する思いをいかに育み、醸成していくかは今後も課題として残るでしょう。
――先生の研究心を突き動かすものは何でしょうか。
私が研究を続ける根底には「皆が幸せに働いてほしい」という願いがあります。社員一人ひとりが楽しく働くことが、会社にとってのパフォーマンス向上にもつながると信じています。
昨今、会社や仕事にストレスを抱えていない人は稀かもしれません。私には子どもがいますが、今の社会に安心して送り出せるだろうかと疑問を抱いています。子どもたちが将来、楽しそうに働き、幸せな人生を送れる社会にするために、今の私にできることは研究しかありません。だからこそ真剣に取り組めるのです。
新卒者や中途入社者といった新入社員にとって、会社のイメージは社員の魅力に左右されます。そこで働いている人たちがイキイキとしていれば「あんなふうになりたい」という希望につながるでしょう。新入社員のパフォーマンスが上がっていないことに気づいたとき、新入社員個人への働きかけだけではなく、既存の社員や組織の状態も振り返ってみてください。そこに本質的な解決の糸口があるかもしれません。
――少子化が加速する中で、若い世代が幸せに働ける社会がますます望まれますね。
これからは企業や教育機関だけでなく、政府も含めた産官学での《協育》が必要だと感じています。3者が協力してしっかりと若い人々を育てていく体制がなければ、日本の将来は安心できません。
現在、教育と社会の間には大きな断絶があります。また、少子化の影響もあり、教育機関側は厳しい教育を避けがちです。温室で育った子どもたちが社会に出て、急に自己判断を求められても簡単に対処できるとは思えません。理系では産官学連携の研究も進んでいますが、文系ではほとんど行われていないのが現状です。そうした点でも、産官学の橋渡しとなるサポートが必要なのではないかと考えています。
例えば、最近注目を集めている「ギフテッド」に対する教育のように、才能ある子どもたちをどう育てていくかを考えることも大事でしょう。個性に応じた教育、育成教育も同じです。これまでは集団として平等に才能を伸ばす「マスとしての教育」が主流でしたが、個々に合わせたオーダーメードの育成・教育が必要になってくると思います。
また、大学のみならず、中学・高校でも仕事や社会の現状を正しく教え、社会に出たときにスムーズになじめる人間力を習得させるべきです。そのためには産官学が連携し、オールジャパンで若い世代を育てる体制構築が不可欠と感じています。
――企業内での人材育成だけでなく、社会全体における人材の育成にもご関心があるのですね。
この文脈で、もうひとつ気になっているテーマが、「幸せな人生を歩むために必要なスキル」についてです。
人が幸せな人生を歩むためには、どのようなスキルの習得が必要だろうかと考えると、次の4つのスキルが大事なのではないかと思うのです。1つは「交わる力」、いわゆるコミュニケーション能力のことです。最近よくいわれる越境なども含みます。2つめが「やり抜く力」、3つめが「乗り越える力」、そして「学ぶ力」です(図2)。
図2:幸せな人生を歩むために必要な4つのスキル
この4つの力は、現代の競争を避けるような教育体制で容易に手に入るスキルではありません。特に「やり抜く力」や「乗り越える力」は、挫折や厳しい経験をしてこそ得られるもの。困難な過程を通じてこそ「学ぶ力」が身につくのです。
しかし、近年の教育は軟化し、負けを経験させないようになっています。こうした教育の影響について、自分の子どもへの教育をはじめ、長期的な視点で検証していきたいと思っています。そのためには専門の経営学の枠にとらわれず、より広い視点から長期的に見ていきたいですね。さまざまな関心事についてお話をしてきましたが、今後も《人を育てることが、皆の幸せにつながる》という軸を大事にしながら、研究に打ち込んでいきたいと考えています。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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