公開日 2024/04/08
今、社員のリスキリングについて取り組む企業の中で、学び合い続ける組織をいかにつくれるか、が重要課題として改めて議論の俎上に載っている。それぞれのキャリアに合わせて選択的・自律的な学習をいかに促進しても、多くの企業で「笛吹けども踊らず」状態が続いている。いくら研修プログラムの改定を続けても、学び続ける組織を開発できなくては、いつまでたっても一部の従業員のための施策にしかならない。
本コラムでは、「学び合わない組織」のつくられ方を探るとともに、いかにして「学び合う組織」を構築するかについてエビデンスを含めて紹介する。
すでにコラム「コソコソ学ぶ日本人――『学びの秘匿化』とは何か」 で議論してきたように、就業者には「学びは新人のもの」「現場での経験だけが重要」といった学びを遠ざける「ラーニング・バイアス」が広く内面化されていることに加え、過半数以上の従業員が、学んだとしてもそれを周りに「秘匿」する習慣も広く存在する。これはつまり、e-learningや任意研修などをいかに拡充したところで、個人の学習意欲を向上させることも、組織内で水平的に「学習伝播」することも少ないということだ。
この、組織内の同僚という「ヨコの関係」に加えて、上司と部下という「タテの関係」も学びに関わってくる。部下(メンバー)の学びと上司のマネジメント行動を見ると、上司自身の学び行動が、部下の学習意欲・学習時間・学習共有にプラスの関連が見られている。例えば、上司が「仕事に関わる本をよく読んでいる」「いつも新しい知識やスキルを学んでいる」ということが部下に観察されている場合、部下もまた学んでいる可能性が増している。
図1:上司のマネジメント行動と部下の学び
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
その他にも、上司が成果ばかり追いかけるのではなく、仕事のプロセスや新たな提案などを重視する傾向もまた部下の学び意欲にプラスの関連が見られたが、最も総合的に影響を強く及ぼしているのは上述した上司自身の学び行動であった。
さらに、上司自身の学び行動は部下の「学習共有」に関してもプラスの関係が見られ、学習行動を組織内に伝播させていくためにも上司の役割は大きいことが分かる。こうした結果を逆にいえば、上司が「学ばない姿」を見せている場合は、やはり部下も学ばず、学ばない上司に学びについて共有したり相談したりもしないという事である。
図2:上司のマネジメント行動と部下の学びの関係
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
すでに紹介してきたものも含め、調査からのファインディングをまとめれば、日本企業の多くで「学び合わない組織」が定着しているゆえんは、そもそもの研修訓練の欠落、学習への自主性の欠落、学習の共有の欠落、上司による率先垂範の欠落、他者との協働的な学び「コミュニティ・ラーニング」の欠落、学習相談の欠落、学び方・スキル・キャリアの自己認識の欠落だ。こうしたさまざまな機能不全によって、日本中で「学ばない組織」が当たり前のものになり、維持されてしまっている。
図3:学び合わない組織が定着するプロセス
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
図4:学び合う組織の全体モデル
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
そうした状況を打破するために調査で示されているのは、集合的・共同的な学びの経験「コミュニティ・ラーニング」である。グループワークや事例共有会、課題解決型のプログラムやキャリアイベントなど、多様な「他者」と行う学びこそが、学ばない状況に対して変革の可能性を有している。エビデンスをいくつか紹介しよう。
まず、さきほど挙げたようなコミュニティ・ラーニングを一つでも経験している従業員は、本人の学習意欲が低い場合でも高い場合でも、月の学習時間が2倍以上になっている。一人ではなく人と学ぶことによって学ぶ時間をより多く捻出していることが分かる。
図5:コミュニティ・ラーニングの有無と学習時間[月]
出所:筆者作成
そのメカニズムをさらにひもとけば、他者との協働的な学びであるコミュニティ・ラーニングの経験は、学習スタイルなどについて認識する「学び方の自己認識」、自身のキャリアやキャリアパスなどについて認識する「キャリアの自己認識」、興味・関心やスキルなどを自己理解・評価する「スキルの自己認識」などの「学びの自己認識」の高まりにつながっていることが分かった。さらに、学びについて他者と相談する経験も同様に、自己認識を促進していた。
つまり、ビジネスパーソンは、学びについての「他者との触れ合い」を経由して、自らの学びに関する「学び方」「キャリア」「スキル」の自己理解を進めているということだ。他者との学びや学びの相談経験は、リーダーシップ経験や組織俯瞰経験、新規提案経験と比較しても、学びの自己認識に対して最も強くプラスの影響が見られている。
図6:学びの自己認識とコミュニティ・ラーニング経験の関係
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
筆者は、これまでも著作『リスキリングは経営課題』 (光文社)やその他メディア・講演などを通じて、「他者」を通じて学ぶことの重要性を示してきたが、こうした結果は、他者との触れ合いが学びにもたらすメカニズムをより詳細なレベルで示唆するものである。他者を巻き込む学びの重要性は、強調されてもされすぎることが無い。
こうしたコミュニティ・ラーニングの重要性にもかかわらず、現在の企業が実施しているコミュニティ・ラーニング施策は、一言でいえば研修の「おまけ」に過ぎない。6割以上の従業員がコミュニティ・ラーニングを何も経験したことがなく、最も一般的な研修でのグループ・ディスカッションやグループ・ワークなども18%程度しかない。コミュニティ・ラーニング施策を実施している企業でも、研修プログラムの期間だけのコミュニティに閉じているか、付随的なものでしかないパターンがほとんどである。e-learningやカスタムされた個別学習が普及していく中で、多くの人も企業も個を単位とした「独学」に引きつけられてしまっている状態だ。
図7:コミュニティ・ラーニングの経験割合[%]
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
しかし、「個」のままただ独学させていても、自己理解も進まず、学びも持続的にならず、さらに「組織」レベルで学び合うことも無い。いかにこの「他者」を経由した動機付けの仕掛けを積み重ねられるかが、これからの日本企業の人材開発の肝どころである。トレンドに追従するように研修メソッドや学習プログラムの改定を続けても、上記のような「他者」とのつながりを実現できなければ、日本企業が組織レベルで学び続けるようには、なかなかならないだろうと筆者は考えている。
さて、コミュニティ・ラーニングの具体的実践については、いくつかの先進的企業から見えてきた実践的なポイントがいくつかあるので最後に紹介しよう。
中規模以上の企業の場合、同じ会社に属しているという事実だけでは、ほとんどが「他人」として認識し合っていることが多い。そこでは、コミュニティ・ラーニングを行うにあたっても、「社員」以上の何らかの共通点を見いだせるようなサブカテゴリを見つけ、設定し、それに基づいた出会いを仕掛けることが重要である。
例えば、管理職や従業員という共通点だけでは、コミュニティとしての凝集性や盛り上がりは欠けがちだが、例えば、「女性の管理職の悩み相談会」「●年度の新入社員の学習アドバイス会」「●●地域の課題共有会」といったサブカテゴリと同時に集まりを設定すれば、集まった者同士のコミュニケーションは円滑になる。ただ広く「集まってください」と呼びかけるのではなく、「共通点探し」そのものを肩代わりすることが重要である。
使いやすいのは、やはり学びそのものへの興味関心を共通点として発掘することであろう。「日本酒造りに興味がある者」「生成AIに興味がある者」といったカテゴリで、勉強会や事例共有会、もっとカジュアルな懇親会などを実施すれば、少人数でも活発な会話は繰り広げられる。それらのカジュアルな集まりが自発的につくられ始めれば、会社側はそのサポートに回ることができる。
また、研修経験そのものも、人が集まるサブカテゴリとして機能する。例えば、広範な動画型研修サービスを導入している企業であれば、「1年間の間にe-learningを100時間以上受講した者」という共通点で人を集めれば、そこではおすすめの動画やテキストなどを勧め合う話題が自然に発生するだろう。共通点が参加者同士に見えやすいからだ。
また、新規事業への興味関心も優れた「共通点」である。同じような新規事業や技術領域に関心があるにもかかわらず、部署が異なり互いの存在に気づいていない従業員同士を、裏でつないで出会いや学習参加を促すことも実際に先進企業では行われている。このような「共通点探し」は、バラバラに点在する個人を「つなぐ」役割を果たすということである。
「他者とのコミュニケーションが学びにとって重要である」ということを考えたとき、生真面目な人材開発担当者は、直接的にコミュニケーションそのものを目的化した施策を検討する傾向にある。しかし、社内でコミュニケーションを促進したいときのポイントは、コミュニケーションを「弱い目的化」することである。
1.の論点とも関連するが、コミュニケーションには何らかの「テーマ」がある。人は話すこと自体を目的として話すことはなく、「何かについて」話すものだ。その意味で、コミュニケーションや相互理解といったものは、何か別の目的の「副産物」として捉えるほうが正しい。また、コミュニケーション能力には当然ながら大きな個人差がある。コミュニケーションが苦手な従業員は、コミュニケーションそのものが主目的化すると、途端に消極的になるものだ。
だからこそ、コミュニケーションやコミュニティ施策は、「主目的」を別に設け、その裏の「弱い目的」として実施されるべきだと筆者は考えている。それは例えば「研修を受けた後の」懇親会であり、「プログラムの受講者の1年後の集まり(アルムナイ・イベント)」であり、「初回のお悩み相談会」の後のフォローアップであり、「AI学習のための」チャットルームの用意などである。
コミュニティ自体を目的にした、ただのハコとしての「コーポレート・ユニバーシティ化」「みなで集まって話そう」くらいの大雑把な施策では、実際の人の集まりの複数性も生まれなければ、コミュニケーションの共通点も見いだしにくい。
また、「自社ではコミュニティが定着しない」という悩みも多く聞かれる。これまでの同様の施策経験を「失敗」として捉えている研修担当者も多く存在する。しかしこれもまた、「つながり」のイメージが平坦すぎることによる誤解だ。社会学が研究してきた社会関係資本(Social Capital)という概念がただの人のつながりではなく「相互信頼」を問うた概念であるように、そもそも人はつながった人すべてと信頼関係を築くものではない。
人が影響を受け、学びの動機付けになるのは、やはり「信頼できる重要な他者」との触れ合いである。そのためには、コミュニティ全体が維持され続けている必要性はない。むしろ重要なのは、コミュニティの「重層性」と出会いの「数」である。
例えば、ある一人の従業員が、普段働く「職場のコミュニティ」にいるとともに、社内大学を通じて「ピープル・マネジメントを学びたい人のコミュニティ」に定期参加し、年に1回の地域課題解決のグループ・プロジェクトに参加し、グループ横断の読書会にも顔を出す、といったように、学びのコミュニティに複数参加し、それぞれの集まりはテーマや関心とともに消失したり離脱したりしていく関係のほうが、「信頼できる仲間」との出会う蓋然性とネットワーク上のつながりは多くなる。むしろ、人間関係が離脱不可能であまりに安定的である場合、それは伝統的な「ムラ社会」的な固着性を生んでしまいがちだ。新たな学びや刺激も少なくなるだろう。
リスキリングがバズワード化してからというもの、人事は思うようには学んでくれない従業員に対して新たな悩みを抱えるようになった。それとともに、他者との協働的な学び「コミュニティ・ラーニング」の重要性への認知は広がり、ここ数年でも一部の企業では実践知が蓄積されてきた。しかし6割以上の従業員がコミュニティ・ラーニングを何も経験したことがなく、まだまだ一部の企業に限られているといえよう。
「大人が学ばない日本」ではあるが、本コラムで示したような実証的なエビデンスの蓄積とともに、リスキリングのカギであるコミュニティ・ラーニングの具体的・実践的な工夫やアイデアが日本全体で共有されれば、「学ばない国」である日本の大人の学びの光景は変わっていくはずだと筆者は信じている。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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