公開日 2024/04/04
昨今、リスキリング・ブームと人材開発の活性化により、各企業で「学び合う組織づくり」への関心が高まっている。しかし、パーソル総合研究所が実施した「学び合う組織に関する定量調査」 では、日本は学ぶ個人が少ないと同時に、学んでもそれを周囲に共有しないという、学びの「秘匿化」の傾向が明らかになった。本コラムでは、組織としての人材開発を阻害してしまうこの秘匿化のプロセスについて詳しく紹介したい。
昨今、「人的資本経営」や「リスキリング」のブームにより、人材開発・人材育成への経営的関心が高まっている。人材開発費が長期に抑制されてきた日本では、数十年ぶりのトレンドといっていい状況だ。その一方で、e-Learningや手挙げ式の研修を拡充した企業からは、「参加する従業員がごく一部しかいない」「いつも同じ人しか受講してくれない」「学んでほしい人ほど学ばない」という悩みが多く寄せられる。今、持続的に学び合う組織をいかにしてつくることができるのか、その重要性が改めて問われている。
それもそのはず、日本の就業者は、国際比較の観点から見ても圧倒的に学びの習慣を持たない。性別・年代を一定にして比較したパーソル総合研究所の「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」 では、読書を含む社外学習を「何も行っていない」人の割合は、世界平均で18.0%だが、日本は52.6%。圧倒的な学び習慣の無さが示されている。
図1:社外学習・自己啓発活動において「何も行っていない」人の割合[%]
出所:パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」
さらに筆者らの最新調査で発見されたのは、日本のビジネスパーソンは自主的に学ばないだけではなく、学びを「秘匿」する習慣も広く存在するということだ。2023年というリスキリングが話題になっている時期の調査でも、56.2%の学習者が、自身の学びやその内容を同僚に共有していなかった(パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」 )(図2)。学んでいる管理職ですら、47.8%が学びを同僚に言わない。また、具体的な専門知識や学び方など、自分の学びについての相談も約6割が周囲にしたことがない。こうした周りに見られないようコソコソ勉強する、「学びの秘匿化」もまた、日本の課題の奥深さを示している。
図2:自身の学習行動を同僚や上司に共有する割合
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
この「学びの秘匿」の習慣は、過去の研究でも指摘されてこなかったが、学び合う組織づくりにおいては極めてクリティカルな問題だ。図3のように、ただでさえ少ない主体的な学習が職場で秘匿化されることで、職場において可視化される(共有される)学びは、全体で2割以下になってしまう。いくら一部の従業員が積極的に学んだとしても、それが伝播しないということは、組織マネジメントの観点から見ると大きなハードルだ。
図3:学習状況と学習共有の割合[%]
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
さて、なぜ従業員はそのように学びを隠し、「コソ勉」に走るのだろうか。共有したときの周囲の反応を予想させることで、そのヒントを探ることができる。従業員は、自分の学びを職場で共有することについて、「反応が薄そうだ」「興味を全く持たれなそうだ」「仕事が暇だと思われそうだ」といった意識を持つことが分かっている。
図4:学習行動を共有した時の周囲の反応予想[あてはまる計、%]
出所:パーソル総合研究所「学び合う組織に関する定量調査」
「コソ勉」の促進要因をさらに詳しく分析すれば、周囲が関心を示さなそうだという「無関心予期」の他にも、「学びは一人で行うもの」という「独学バイアス」や、転職や異動を考えている/出し抜こうと考えていると思われるという「裏切り者予期」などの要因が影響していることが分かっている。
これは日本の学び方を考える上で、実に興味深いファインディングスだ。賃金・技術・訓練の水準が外部労働市場ではなく「内部」に進化した日本では、異動配置の権限もまた企業内のロジックで決まる傾向が強い。ジョブ・ローテーションなどの配置転換を会社主導で行うことによって、個人が計画的かつ主体的に特定ジョブの知識を学ぶ意欲は失われていく。
こうした状況では、配属されてから「その職場の仕事のやり方やスキルをキャッチアップする」までが学び直しになりがちだ。筆者の言い方では、過去の職場のノウハウの蓄積から、「復習型」の学びをすることの比重が大きくなるということである。
その上で、秘匿化の要因から見えるのは、現場で目の前の業務遂行に必要なこと以上のスキルや知識を学ばなくなると同時に、そうした学びを共有することがその職場に対する「裏切り行為」になると感じられているということだ。「目の前の仕事以上」の学びの共有が、その職場からの離反的な態度の表明になりかねないというのは、極めて日本独特の現象といえよう。
さらに、日本の働き方は業務の相互依存性が高く、「空白の石版」といわれるような職務内容の柔軟性が特徴だ。学びを報告すると「暇だと思われてしまい」、余計な仕事が降ってきそうという意識も見られた。極めて長い水準に設定された労働時間規制も、その構造に加担していよう。
デジタル・トランスフォーメーション(DX)といった事業変革や、業務改善といった生産性の向上に対しても、こうした「復習型」の学びで止まる引力の存在は、障害以外の何物でもない。「リスキリング」といいながら学習プログラムを追加したり刷新したりするだけの施策では、こうした組織的な問題が解決するわけもない。拙著『リスキリングは経営課題』 (光文社)でも詳述したように、他者との協働的な学び「コミュニティ・ラーニング」の仕掛けや目標管理の見直し、学びの相談機会・ワークショップ設定など、学び合う組織のための施策は複合的かつ総合的に行われる必要がある。
本コラムは、パーソル総合研究所の調査から見えた学びの「秘匿化」=「コソ勉」というプロセスについて紹介した。まず、自分の学び行動に周囲が関心を示さなそうだという「無関心予期」や、転職や異動、出し抜こうと考えていると思われるという「裏切り者予期」などの要因が影響していることが分かった。さらに、配置転換を会社主導で行う企業が多い日本では、配属後にその職場の仕事のやり方をキャッチアップする「復習型」の学びの比重が大きく、目の前の業務遂行に必要ないスキルや知識を学ばなくなると同時に、そうした学びを共有することがその職場に対する「裏切り行為」になると感じられていた。さらに、学びを報告すると「暇だと思われてしまい」、余計な仕事が降ってきそうという意識も見られた。
これは、リスキリング促進に伴う学習プログラムの刷新を超え、より本質的に組織マネジメントとしての学び合う組織づくりを考える上で見過ごせない大きな障害だ。組織全体で学び合う文化をつくるためには、コミュニティ・ラーニングのように、個人レベルを超えた組織レベルの取り組みが必ず求められる。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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