公開日 2023/11/09
近年、社会状況の変化にあわせて新たな知識やスキルを学ぶ「リスキリング」の重要性が主張されている一方、民間企業の会社員(正社員)が「リスキリング」になかなか取り組めていない状況も指摘されている[注1]。「リスキリング」の方法はさまざまであるが、本コラムでは、読書という視点からこれらの議論に参加したい。読書は会社員にとって身近な学ぶ手段であり、「リスキリング」について検討するうえで重要な活動のはずだが、現時点で会社員の読書について活発に議論がなされているわけではないからである。
本コラムは、パーソル総合研究所が2017年から実施してきた「働く10,000人の就業・成長定点調査」の最新調査データ(2023年調査)から会社員が勤務先外で読書をすることの意味を探り、「リスキリング」にとっての読書の意味について検討する。
はじめに、どういった背景をもつ会社員が読書をしているのかを明らかにする。次に、読書をしているきっかけ・理由を明らかにする。最後に、会社員が読書によって何を得ているのかを示したい。
なお、本のジャンルやデバイス(紙・電子書籍など)、分量までは尋ねていない。特にジャンルは読書の影響を考えるうえで重要と考えているが、本コラムでは扱っていない点に留意されたい。
まず、会社員が勤務先以外でどのような学習や自己啓発活動を行っているのかを確認したい。それを見たのが図1である。第1位が「特に何も行っていない(48.2%)」で、「リスキリング」の重要性が盛んに主張されているが、会社員のおよそ半数は何もしていないことが分かる。第2位が「読書(22.2%)」で、会社員のおよそ5人に1人が読書をしている。会社員にとって最も身近な勤務先以外での学習・自己啓発活動は読書なのだ。
図1:勤務先以外の学習・自己啓発活動
性別、年代、学歴、年収によって読書率は変化するのであろうか。それを見たのが図2である。性別では、「男性(22.5%)」、「女性(21.6%)」で差はほとんどない。年代別に見ると、60代のみ20%台後半となっているが、それ以外の年代はすべて20%台前半となっている。「若者は本を読まない」という主張もしばしば見受けられるが、データを見るかぎり、若者が目立って本を読まないということはない。学歴別では大きな違いがあり、学歴が高くなるほど本を読んでいる。年収別では、年収が高くなるほど読書率が高くなっている。
図2:性別・年代・学歴・年収から見た読書率
年収が高くなるほど読書率も高くなるのはなぜだろうか。図としては示さないが、年収が高い会社員ほど高学歴者が多いことと関係していると考えられる。しかし、それだけではないように思う。そこで、読書をする会社員の特徴を見るために、読書をする会社員としない会社員が、勤務先以外で読書以外にどのような学習・自己啓発活動を行っているかを確認した(図3)。読書をする会社員はしない会社員よりも「資格取得のための学習」、「通信教育」、「研修会やセミナー、勉強会等への参加」、「語学学習」、「副業・兼業」、「勉強会等の主催・運営」、「社会活動」をしている割合が高いことが分かる。読書をする会社員の学習意欲の高さが仕事に良い影響を与えて高い評価に繋がり、年収をあげることに寄与しているのではないだろうか。
図3:読書をする会社員と読書をしない会社員の学習・自己啓発活動
それでは、会社員は何をきっかけ・理由に読書をしているのだろうか。それを見たのが図4である。「仕事で知識不足を感じたため(23.8%)」、「収入のアップにつなげたいため(12.2%)」といった、自身が設定した目標を達成するためもあるが、他の項目を大きく引き離して1位になっているのは「学ぶことが好きだから(40.9%)」である。なにより学ぶことが好きだから読書をする――こうしたシンプルな動機が会社員の読書を支えている。
図4:読書のきっかけ・理由
学ぶことが好きだから読書をする会社員はその読書によって何を得ているのだろうか。読書による変化について、「学ぶことが好きだから」というきっかけ・理由で読書をする会社員とそれ以外のきっかけ・理由で読書をする会社員を比較したのが図5である。「特に変化はない」は「学ぶことが好きだから」と回答した会社員でその割合が10ポイント以上低くなっている。すなわち、「学ぶことが好きだから」というきっかけ・理由で読書をする会社員は読書によって多くのプラスの変化を感じているのだ。注目したいのは、「学ぶことが好きだから」と回答した会社員が感じる変化の1位が「さらに学ぶ意欲が高まった(36.4%)」ということである。2位以降も見ると、読書をすることでプライベートが充実したり、仕事においてさまざまなプラスの変化があったりしていることから、学ぶことが好きという理由で読書をすることには《学びの好循環》とでも呼べるものがある。
図5:読書による変化(読書のきっかけ・理由別)
これまでの議論から浮かびあがってくるのは、仕事やプライベートにまで及ぶ「読書の楽しみ」のもつ広範な影響である。「リスキリング」に関するパーソル総合研究所の調査「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」において、他者を巻き込みながらともに学ぶ「ソーシャル・ラーニング」が「リスキリング」と強く関係していることが示されていた。近年、会社内で読書会を立ち上げる動きがあるが[注2]、読書会は「ソーシャル・ラーニング」と相性が良いと思われる。そう考えると、社員にとってやらされ感のない読書会をどう組織できるか、社員を読書好きにするにはどのような仕掛けが必要か――「リスキリング」、ひいては人材開発においてこうした問いを検討することは決して小さくない意味を持つのではないだろうか。
本コラムでは、民間企業の会社員(正社員)が就業時間以外で読書をすることの意味を「働く10,000人の就業・成長定点調査」の結果(2023年)に基づいて検討した。
本コラムのポイントは、次の通りである。
・会社員のおよそ5人に1人が(勤務先外での学習・自己啓発活動として)読書をしている。性別による読書率の差はほとんどない。年代別に見ると、60代のみやや高く20%台後半だが、20代~50代の読書率はほぼ同じ20%台前半である。高学歴になるほど読書率が高くなり、大学院卒では30%を超えている。年収別では、年収が高くなるほど読書率も上昇する。読書をする会社員は読書をしない会社員よりも資格取得のための勉強や語学学習、副業などもしていた。こうした学習意欲の高さが仕事に良い影響を与えて高い評価に繋がり、年収をあげることに結びついていると考えられた。
・読書のきっかけ・理由としては、仕事に関連する目標を達成するための手段として読書をするようになったという面も見えてきたが、他の項目を大きく引き離して1位だったのは「学ぶことが好きだから」であった。
・「学ぶことが好きだから」というきっかけ・理由で読書をする会社員は読書によって多くのプラスの変化を感じていた。読書をすることでプライベートが充実したり、仕事においてさまざまなプラスの変化があったりするだけではなく、学ぶ意欲をさらに高めていた。こうした読書の効果を考えたとき、社員にとってやらされ感のない読書会を会社としてどう開催するか、社員を読書好きにするにはどのような仕掛けが必要かを検討することが、「リスキリング」や人材開発において小さくない意味を持つと思われた。
本コラムが、読書と「リスキリング」の関係を検討する一助となれば幸いである。
注1:パーソル総合研究所 「リスキリングとアンラーニングについての定量調査」https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/unlearning.html (2023年10月13日アクセス)、パーソル総合研究所 「ミドル・シニアの学びと職業生活に関する定量調査」https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/middle-senior-learning.html (2023年10月13日アクセス)
注2:「社会読書会のススメ」https://jinjibu.jp/spcl/cybozu-teamwork/cl/detl/4126/ (2023年10月13日アクセス)。また、近年読書会をめぐる書籍も立て続けに刊行されている。山本多津也『読書会入門』(幻冬舎新書、2019年)、竹田信弥・田中佳祐『読書会の教室』(晶文社、2021年)など。
シンクタンク本部
研究員
児島 功和
Yoshikazu Kojima
日本社会事業大学、岐阜大学、山梨学院大学の教員を経て、2023年4月より現職。大学教員としてはキャリア教育科目の開発・担当、教養教育改革、教員を対象とした研修運営などを担当。研究者としては、主に若者の学校から職業世界への移行、大学教職員や専門学校教員のキャリアに関する調査に関わってきた。
本記事はお役に立ちましたか?
はたらく幸せ/不幸せの特徴《仕事・ライフサイクル 編》
オンライン時代の出張の価値とは~出張に対する世代間ギャップと効用の再考~
早期リタイアを希望する20~30代の若手男性が増えているのはなぜか
BANI(バニ)とは?―BANIから見えるVUCAとは違う世界
データから見る対話の「効果」とは
職場で「本音で話せる」関係はいかに実現可能か
「本音で話さない」職場はなぜできるのか
海外のHRトレンドワード解説2024 - BANI/Voice of Employee/Trust
《BANI》新たな視点とアプローチで混沌の時代に立ち向かう
《Trust》社会的結束と組織成長の鍵となる「信頼の再構築」
「主体性」という曖昧な言葉に翻弄されないように。企業と学生の認識のギャップを解消したい
働く10,000人の就業・成長定点調査
「学び合わない組織」のつくられ方
学びを遠ざける「ラーニング・バイアス」を防げ
コソコソ学ぶ日本人――「学びの秘匿化」とは何か
職場での対話に関する定量調査
学び合う組織に関する定量調査
どのような若手社員が上司からサポートを受けているのか
《哲学的思考力》 混迷のVUCA時代に必要なのは、自分の頭で考えて探求する力
《ポテンシャルの解放》個人の挑戦を称賛する文化が時代に先駆けた変化を生み出す
《“X(トランスフォーメーション)”リーダー》変革をリードする人材をどう育成していくか
《適時・適所・適材》従業員が最も力を発揮できるポジションとタイミングを提供
人的資本情報開示にマーケティングの視点を――「USP」としての人材育成
シニア就業者の意識・行動の変化と活躍促進のヒント
「若手社員は管理職になりたくない」論を検討する
コロナ禍で「ワーク・エンゲイジメント」はどう変化したのか?ー企業規模に注目して
20代の若者は働くことをどう捉えているのか?仕事選び・転職・感情の観点から探る
従業員のリスキリング促進に向けて企業に求められる人材マネジメントとは~学び続ける人を増やし、組織の成長につなげる~
人事部非管理職のキャリア意識の現在地
「社員の幸せ」と「会社の大義」、矛盾を受け入れながら共生を目指す
人的資本と同時に《組織文化資本》が重要に。挑戦と失敗を受け入れる組織文化が自律型人財を育てる
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ
オンラインの進展、人手不足……人事はより戦略的に攻めの時代へ。 注目すべきは、《全国採用》《タレントアクイジション》《創造性》
新卒者・中途採用者のオンボーディングから、子どもたちの《協育》まで。 誰もが幸せに働ける社会の実現を目指し、研究に挑み続けたい
20代若手社員の成長意識の変化 -在宅勤務下の育成強化も急がれる
グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)
HITO vol.18『組織成長に生かすアンラーニング ~これまでの知識・スキルを捨て、入れ替える~』
会社主導のキャリア開発から「自律創造型人財」の育成へ転換 ~JTB流・自律的なキャリアデザインへの支援~
アンラーニングしなければ、人と組織は成長を続けられない
自分一人では成しえないエネルギーを引き寄せて新規事業を成功に導く ~事業構想大学院大学長 田中里沙氏に聞く~
新規事業開発を促進するための人づくり、組織づくり ~BBT大学副学長 宇田左近氏に聞く~
従業員のリスキリングを促進する人材マネジメントとは
従業員のリスキリングを支える「3つの学び」とは
企業の新規事業開発の成功要因における組織・人材マネジメントの重要性
リスキリング・アンラーニングと変化抑制のメカニズム ~変化とは「コスト」なのか~
就業者のアンラーニングを阻むのは何か
20代社員の就業意識変化に着目した分析
リスキリングとアンラーニングについての定量調査
企業の新規事業開発における組織・人材要因に関する調査
一般社員層(非管理職層)における異動配置に関する定量調査
人を育てる目標管理とは従業員の「暗黙の評価観」が鍵
40代社員の成長志向に変化 40代ミドル層が仕事で成長を実感し続けるには?
HITO vol.17『ITエンジニアに選ばれる組織の条件 ~賃金と組織シニシズムの観点から考察する~』
働く10,000人の成長実態調査2021
コロナ禍における研修のオンライン化に関する調査
はたらくことを通じて幸せを感じることの効果とは -企業を対象にした実証研究の結果から-
ITエンジニアの人的資源管理に関する定量調査
ジョブ型雇用への転換で教育・育成はどう変化するべきか?
特別号 HITO REPORT vol.6『APAC就業実態・成長意識調査2019』
APAC就業実態・成長意識調査(2019年)
働く10,000人の成長実態調査2017
【イベントレポート】次世代リーダーを効果的に育成するための秘訣とは?
成長実感の高い職種ランキング BEST10 職種別成長実態
【イベントレポート】ケースメソッドを活用したリーダーシップ開発
アルバイト・パートの成長創造プロジェクト
価値創造型人材の発掘とパイプラインの構築
非正規社員に対する人材育成の在り方
正社員の価値発揮を阻害する人事制度上の3つの課題
今こそ、企業の包容力(2) 包容力はどう持てばいいのか
今こそ、企業の包容力(1) 人の成長を待つ余裕を持つ
創造型人材の重視を
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!