公開日 2022/12/14
積水ハウスでは「『わが家』を世界一幸せな場所にする」というグローバルビジョンと連動し、社員の幸せを目指した「積水ハウスを世界一幸せな会社にする」人財戦略が進められている。その一環として、人事制度改革元年と位置付けた2021年には、「上司とメンバーの充実したコミュニケーション」をベースに、透明性の高い評価制度とキャリア面談を導入し、社員のキャリア自律を推進している。その人財戦略に込められた思いを伺った。
積水ハウス株式会社 執行役員 人財開発部長 藤間 美樹 氏
1985年神戸大学卒業後、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)に入社。その後、バイエルメディカル、武田薬品工業、参天製薬を経て、2020年積水ハウスに入社。グローバルに通用する経営に資する戦略人事を探究。人と組織の活性化研究会「APO研」メンバー。
――人事に携わる中で、藤間さんが大切にされているキーワードは何でしょうか。
最近、注目されている「人的資本」ですが、人的資本に投資し、人を育てていこうとしたときに、組織はその育った人財が自分の価値を発揮できる風土でなければなりません。そこで、私の造語なのですが、今後は組織の文化をひとつの資本と考える《組織文化資本》が重要になってくると考えています。
人事の仕事をする上で、私には2つの基軸があります。1つめが「経営に資する戦略人事」で、2つめが「人と組織の活性化」です。まず、「経営に資する戦略人事」とは、経営戦略を実行できる組織をつくり、事業に貢献すること。これまで日本の人事では、皆を平等に扱い規則通りに《管理》するといったことが中心でした。しかし、そうした画一的な管理では、事業に貢献できる組織にはならないでしょう。今は従業員一人ひとりの特性を見いだし、生かす人事が求められています。もうひとつの「人と組織の活性化」とは、人と組織の両方をイキイキさせることです。働く人が活躍するためには、土台となる組織づくりも欠かせないと思っています。
――こうした人事における考え方は、豊富なグローバル人事の経験から生まれたものでしょうか。
「人と組織の活性化」の大切さを痛感したのは、海外で人事の仕事をする以前、営業部門で働いていた時のことです。当時、労働組合の幹部をしており、各営業所を見て回る機会がありました。その際、営業所長が変わると業績が上がるとか、社員がイキイキ働いている職場は業績も良いといったような組織の状態と業績の関係を目の当たりにしました。組織におけるリーダーの存在がいかに大きいか、組織文化がいかに大切なのかを実感した経験でした。
その後、アメリカの支社に渡り、そこで人事を経験して改めて感じたのは、会社のマネジメントや人事制度の仕組みは、その国の生活様式や教育方針とリンクしているということです。例えば、日本では幼い頃から「お姉さんやお兄さんは妹や弟のために我慢しなさい」「でしゃばらず、人に譲りなさい」などと教えられます。目立たず控えめに和を重んじる、理屈に合わなくても我慢することが良しとされるようなところがいまだにあります。これがアメリカだと「1番を目指しなさい」「自分らしく生きなさい」と言われて育つので、学校でも家庭でも、子どもの頃から自分の考えを主張します。
この違いが仕事にも反映され、日本では皆で仲良く失敗しないことが重要である一方、アメリカでは失敗を恐れず挑戦することが大切、という風潮となって表れているように思います。その後、欧州でも働きましたが、日本とはまったく異なる組織文化やマネジメントの発想に触れることで、社員が会社で成長するために、自分の思いを主張しづらい日本の組織は、不自由さがあるように感じました。
――生まれ育った文化が異なる日本と欧米とでは、仕事に対する考え方が異なるのは当然かもしれませんね。
欧米の場合、仕事をする上で大切なのは「どの会社に入るか」ではなく、「どこでどのような仕事をするか」です。自分の特性を生かし、例えば人事職であれば、人財開発や人財研修に詳しい、報酬関係が得意など、それぞれが持つ専門性を武器に、専門家として仕事をします。また、その価値を磨き続けなければ、仕事を失うかもしれないという環境にあるため、皆、一生懸命に能力を高め続けます。とにかくチャレンジをして成果を出さなくてはならないし、失敗したなら次のチャレンジを考える。トライ&エラーが当たり前なので、失敗を恐れず次々と挑戦し、そこから新しい発想や成果が生まれるのです。
しかし、日本の場合、特にひと昔前は、安定した会社に就職すれば大きな問題を起こさない限り、異動はあっても解雇はされないという状況でした。その代わり、失敗は許されない。周囲の人と仲良くし、失敗をしないようにという考えが、仕事の場にも反映されているのだと思います。こうした雇用状況や文化の違いもあり、日本の会社では一人ひとりが個性に合わせて能力を発揮し、伸ばそうとしても、なかなか難しい状況にあると感じています。
もともと自分のキャリアを積極的に打ち出している欧米の人たちが、今はさらにアクセルを踏んで人的資本投資を推し進めています。「人材版伊藤レポート」の「人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素」の中の視点のひとつに「企業文化への定着」が挙げられていますが、私たちも意識を変えて、新しい発想やチャレンジを受け入れるような組織文化の改革に、真剣に取り組まなければいけません。
――人的資本経営を行うためには、まず個人の力を生かせる組織文化が必要だということですね。
例えば、会社がイノベーションを起こして成長する方法として、世界中で話題になっている「両利きの経営」では、知の「深化」と「探索」の両立が重要とされています。深化については、日本でもこれまでのやり方でよいでしょう。しかし、イノベーションを起こす探索についてはどうでしょうか。人的資本経営を目指し、知の探索を強化しようとしても、実際に新しいアイデアが出てきたときに、それを受け止められる環境が必要です。会社から「新しいことに挑戦してみよう」と勧められ、実際にやってみて失敗したら評価が下がったというのでは、やりたいことが出てきたとしても、挑戦をためらってしまうのではないでしょうか。
会社の風土を変えるということは、組織のリーダーの在り方を変えることでもあります。部下の意見を聞き入れ、良いアイデアなら実際にやってみるようなリーダーが必要です。トップと人事は一緒になって組織の古い文化を変え、改革を受け入れる土壌をつくり、組織を成熟させていかなければなりません。
――新しい発想を生かせるような組織文化に変えていくために取り組まれている施策はありますか。
積水ハウスでは、「『わが家』を世界一幸せな場所にする」という2050年に向けたグローバルビジョンを発表しています。これは、お客様や社会を幸せにしたいという大きな概念ですが、そのためにはまず社員が幸せでなくては、他の人を幸せにすることはできません。そこで、グローバルビジョンのもと、「積水ハウスを世界一幸せな会社にする」ための人財戦略も進めています。
この人財戦略には3つの柱があり、ひと足先に取り組みを始めた「働き方改革」「ダイバーシティ&インクルージョン」に加え、2021年に「自律的なキャリア形成のためのサポート」を柱とした人事制度改革をスタートしました。社員自らキャリアビジョンを描き、その実現に向かって自律的にチャレンジできる企業文化を目指しています。
――自律的なキャリア形成をサポートするため、具体的にどのような支援を行っていますか。
積水ハウスにおいてキャリア自律を促すということは、経営戦略と事業と人事戦略の連動にもあたります。社員に向けて常に伝えているのは、「会社は世の中に貢献するためにあり、積水ハウスは住宅を通して世の中に貢献し、社会を幸せにする。会社と社員は対等であり、皆さんも世の中のために貢献してほしい。積水ハウスの経営資源を使って、何かを成し遂げてほしい」ということです。何をやりたくて積水ハウスに入り、何のために今の業務にあたっているのか。そうした意識がキャリア自律につながっていくのだと考えています。
キャリア自律を促すための具体的な施策としては、まず、1on1でのキャリア面談を導入しました。キャリア面談の場では、上司には部下が行ったことや、興味を持っていることなど、部下の話を聞くことに徹してもらい、部下には振り返りの機会を設けています。人は話すことで、思考の言語化ができるといわれています。何となくぼんやり考えていたことも、他人に説明するためには順序立てて考えなくてはなりません。また、上司から「それはどういうこと?」と質問されたら、「説明の仕方が悪かったかな」「どうすればうまく伝わるかな」と、さらに自分の考えを振り返り、最後に「どうしたいのか」と問われれば、次のアクションを考えることになります。
このように、1on1で振り返ることによって部下は自ら行動を起こし、またその行動を振り返る。「振り返りと行動」を繰り返すことで次第にキャリア自律がなされ、その成長を実感することで幸せを感じるのです。キャリア面談がすぐにキャリア自律に結び付くわけではありませんが、誰かと自身のキャリアについて話をすることで、新しいことに興味を持ったり、意識を広げたりするきっかけが生まれます。上司や人事ができるのは、こうした内的動機付けができる外的環境を整えてあげること。これがキャリア面談の仕組みです。
キャリア自律とは、自分が何を成し遂げたいのかを考え、自分のキャリアを自分で組み立てていくものです。目的を決めずに働く人もいますが、言われたことをするだけでは面白くないし、やる気も出ないでしょう。長い人生の中で、自分のやりたかった仕事を成し遂げ、引退後に現役時代を振り返りながら「私はこんなことをしたんだよ」と誇りを持って語ることができる。それが私の描くキャリアイメージであり、社員の皆にもそのようなキャリアを歩んでほしいと願っています。
――キャリア面談を実施する目的がほかにもあれば教えてください。
キャリア面談は、部下が上司に何でも話せる場であり、心理的安全性を築くという狙いもあります。キャリア面談の場では、「上司は部下の言うことを何でも聞いてあげてください」と伝えています。上司を中心に、メンバー全員がどんなことでも話せる、心理的安全性の確保された心地よい空間を体験することで、そのメンバーが集まる組織の心理的安全性も高まります。
そして、メンバー全員が自分のアイデアや考えを自由に上司に話せるようになり、誰もが自分の上司に提案していければ、最終的には組織のトップ、つまり社長に届きます。会社を成長させる素晴らしいアイデアも出てくるのではないでしょうか。キャリア面談によって、積水ハウスが大事にしている「イノベーション&コミュニケーション」が実践され、キャリア自律した個人が成長、幸せを実感できる組織文化も実現していけると考えています。
――「部下は何でも話し、上司は徹底して聞く」という面談は、そうすぐに実践できるものではないように思いますが、何か支援などなさっているのでしょうか。
積水ハウスには、グループ会社も含めると部下を持つマネージャーが約4,000人います。まず、そのマネージャーにキャリア面談の研修を行い、心理的安全性の高い組織にしていくという会社の考えを理解してもらいました。そして、すべてのマネージャーが対面のほか、オンライン面談なども取り入れながら、キャリア面談を行う中で、メンバーにも心理的安全性についてしっかり伝えてもらいました。これまで、心理的安全性について認識のない社員もいましたが、今ではほとんどの社員が理解し、自分の意見をオープンにしても大丈夫なのだと感じることで、組織文化も徐々にオープンに変化してきています。
――《組織文化資本》を形成する上で、ほかにも重要なカギとなるものはありますか。
ここまで述べた「心理的安全性」は、グーグルのプロジェクトアリストテレスが導く「チーム生産性の5つの柱」でトップに挙がっていますが、2番目に挙がった「相互信頼」についても重要であると考えています。
心理的安全性の高い組織では、どんな考えや提案も発することができますが、一方で自分がやろうと言ったことは必ずやり遂げることが大切です。相互信頼のある組織では、自分のチームのメンバーは「あの人は必ずやり遂げる」と信じています。「だから私もやり遂げる」と、信頼し合うことで仕事に責任感や自信が生まれ、強い組織になっていきます。そうしたお互いの関係性も含めた《組織文化資本》を形成していくことが必要であり、大切だと考えています。
経営戦略とは、会社が成し遂げたいことであり、経営側の思いです。一方、キャリア自律は、社員個人が成し遂げたいことであり、社員側の思いです。そして、その会社の思いと、社員の思いをつなぐのが事業です。私は、事業は経営側の思いを形にする仕組みであり、社員にとっても、会社で自分のキャリアビジョンを形にする仕組みであると考えています。つまり、この経営側の思いと、一人ひとりのキャリアへの思いの重なり合いが大きくなればなるほど、事業が大きく成長します。
会社のグローバルビジョンと社員のキャリアビジョンが合致し、経営戦略とキャリア自律のベクトルが合致していくことが、私たちが考える経営戦略と人財戦略の連動であり、私が人事の基軸としている「経営に資する戦略人事」と「人と組織の活性化」にもつながるのです。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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