公開日 2022/09/05
パーソル総合研究所では2021年に「企業の新規事業開発における組織・人材要因に関する調査」を実施。新規事業開発に取り組む企業は、従業員数300名以上の企業の約半数であった。
企業はどうすれば新規事業開発を促進できるのか。そのヒントを探るため、これまでさまざまな企業の役員や社外取締役を務められ、起業や新規事業開発に関心を持つ社会人が通うビジネス・ブレークスルー大学(以下BBT大学)で指導もされているBBT大学副学長、宇田左近氏にお話を伺った。
ビジネス・ブレークスルー大学 副学長 経営学部長 教授 宇田 左近 氏
<略歴>
日本鋼管(現JFE)、マッキンゼー・アンド・カンパニー、日本郵政株式会社専務執行役、東京スター銀行COO、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)調査統括 東京都顧問、東京都特別顧問などを経て現職。著書に『なぜ異論の出ない組織は間違うのか』(2014年 PHP研究所)『プロフェッショナルシンキング 未来を見通す思考力』(共著 2015年 東洋経済新報社)『インディペンデントシンキング』(2019年 KADOKAWA)など。
ビジネス・ブレークスルー大学
2005年開学。通学不要・100%オンラインで経営学の学士を取得できる日本唯一の大学。「経営」「IT」「問題解決能力」「リーダーシップ」「英語」をカリキュラムの柱として、世界を舞台に新しい事業を創出し、結果を出せる人材の育成を目的としている。
――BBT大学ではどのような人が入学していますか。
BBT大学に入学する社会人は、基本的に「エリートコースまっしぐら」、「組織の中をうまく泳いで上に行こう」という人ではありません。大手銀行のシステム部門に所属しているが、このままではダメだと思ったとか、自動車メーカーでエリートコースを進んでいたが嫌になって辞めてしまったとか。そういう人たちは、大学院に行く選択肢もありますが、わざわざBBT大学に来る。組織人としての立ち振る舞いが少し違う人たちが来ている印象です。
――学生たちは新規事業開発をどのように学んでいますか。
2018年、学生が新しい事業アイデアをおこしていくための課外コミュニティ「事業構想ラボ」を立ち上げました。事業構想ラボでは、学生が事業プレゼンを行い、学生や先生から直接アドバイスをもらいます。
BBT大学の学生に「あなたたちは一体何をしたいのか」と聞くと、「事業をしたい」、「起業したい」、「親の事業は継ぐけど何か新しいこともやりたい」という返事がきます。しかし具体的なアイデアがある人は1割から2割ぐらい。ですからBBT大学の「事業構想ラボ」では、モヤモヤと何かやりたいことがあったり、このままではダメだと思っていたりする人たちが、3~4年後には次のステップとして何か少し始めているとか、時間を見つけてこれをやろうと思っているとか、そういうものを生み出す環境でありたいと思っています。
――「事業構想ラボ」の具体的な内容を教えてください。
毎月1回、6人ぐらいずつ事業アイデアを発表し、それを聞いた他の学生が、自分だったらこうする、といったディスカッションを行います。生徒のほとんどは、自分のキャリアに対してモヤモヤを抱えている人です。モヤモヤするというのは大変大事なことですが、ただモヤモヤとしたまま置いておいても何も生まれません。そこで、思っていることや、夢に出てきたことでもいいから、パワーポイント一枚でも口頭でも、とにかく人に発表しなさいと伝えています。
発表した学生はディスカッションで出た意見を参考に少し考え、やってみたことを半年後ぐらいに再び発表します。ある程度具体的になってきたものは自由研究という形にし、先生に指導してもらいながら実際に売ってみたり、失敗も経験したりと、実践を通してさらに具体化していく。4年で卒業した後に、引き続きその事業を継続する人もいます。このように、入学当初はモヤモヤしていたものがスッキリした形で輩出されていく。BBT大学ではそのような環境を作り出しています。
――「事業構想ラボ」によって「イノベーション人材」が生まれているということでしょうか。
この教育が、イノベーション人材を作っていることになるのかは分かりません。BBT大学としては、自律して考え、自分でサバイバルでき、新しいものに好奇心を持って取り組めるような人たちを育てているつもりです。そうした中からイノベーティブなことに関わる人が出てくるのではないか。論理としてのイノベーションも大事だが、自分で何とかしようと思う人が実体験をしてもらえる場を提供したいと考えています。
――日本ではなかなか新規事業やイノベーションが生まれないといわれています。
なぜAmazonやApple、Googleのような企業が日本から出てこないのか、なぜ革新的なイノベーションが日本で起きてこなかったのかという問いに対して、いろいろな議論があります。理由の一つには、日本は「細部に神が宿る」という考え方が根強く残っているためではないかと思います。細かいところについては非常に優れた力を発揮する上、既存事業の日々の改善によって競争力が大幅にアップするという成功体験を積んできました。しかしその結果、規制やルール、枠組みを変えられると即時に対応できずに負けてしまう。ディテールにこだわって全体が見えなくなる日本的な組織の特徴に要因があると思います。
――なぜ日本の組織にはそのような特徴が根強く残っているのでしょうか。
それは日本人が組織というものにこだわりすぎているせいではないでしょうか。村とか家元とか、組織に属することをとても大事にしています。例えば、就職の時にとにかくどこかの企業・組織に属していないと不安になる。追い付け追い越せの時代ならそれでも良かったのです。組織の中でやることが決まっているので、一人ひとりが頑張って少しでも突き詰めて行けば、全体としては良くなるから。しかし今はそのような時代ではありません。
特に行政、医療、ジャーナリズム等の分野でイノベーションが起きにくいのも、組織の中でうまく立ち振る舞っていこうという人たちが多い集団になってしまっているからではないでしょうか。組織自体が持っている「組織人たれ」という一種の文化、そのようなマインドセットが強い組織においては、イノベーションを起こすのは非常に難しいと思います。
――新規事業開発に苦戦している日本企業が多い現状をどう見ていますか。
そもそも、どのような人材が必要かということを分かっていない、ということが背景にあるのではないでしょうか。新しい事業を引っ張ってくれる人が欲しいが、それがどういう人材なのかを分かっていない。そして、人事だけがそれを考えても仕方がないように思います。人事制度や仕組み、あるいは研修制度によって新規事業を推し進める人材が社内から出てくるかというと出てこないでしょう。これから必要になる人材は、人事担当者や人事役員の範疇を超えているように思います。
どういう人材が必要かというと、一ついえるのは、「そもそもこれが問題なのか」と問う力を持っているかどうかが重要だと思っています。イシュー・アイデンティフィケーションの力ともいえますが、これはなかなか勉強して身につくものではありません。
――本質を問うといった教わることが難しいことを、どう学べばよいのでしょうか。
企業にとって、新規事業はこれからの本業となり得るもの。それを担う人材はこれから会社の中枢になる人たちです。そういう人たちは、新規事業開発やイノベーションをいくら座学で学ばせても、生み出すことができません。やはり《実践》を通して身につけるのが大切ではないでしょうか。
これは経営学においても同じことがいえます。BBT大学の先生は、何かしら自分で売っている(経営している)人ばかりです。学生は、実際に経営している人とディスカッションを重ね、それをもとに実行したことをアウトプットし、またそれをディスカッションします。経営とは何なのか、イノベーションとは何なのかというインプットをいくら増やしても、実際に経営をしたり、イノベーションを起こしたりするようにはなりません。
――企業の中で、そうした《実践》を増やすにはどうすればよいでしょうか。
まずは最初の一歩、やってみることが大事です。もちろん企業には大学とは違う難しさがあります。企業では、どうしてもリスク分散や、成功の確率・失敗した時の理屈づけなどが求められますから。それでも、まず一歩、踏み出してやってみることがとても大事です。
BBT大学では、授業の中やBBT大学関係者の間でプロトタイピング(試作)する機会を多く作り、「失敗を学ぶ」ということをしています。「失敗しなさい」「失敗が義務です」とまで言われれば失敗できますが、「失敗していいよ」では結局失敗できないのです。一種そのような文化が重要ではないかと思います。「無礼講だから何でも言っていいよ」と言われて言うと、後で評価を下げられるということがありますが、そうした文化ではうまくいきません。
また、そのように企業によって組織文化が異なる中、それぞれの組織の事情にとらわれず、「自分自身はどうやって切り拓いていくのか」を考えられる個人の在り方も大事です。私は学生たちに「志高きアウトローたれ」と言っています。組織の中でレールに乗って行くことを考える人ではなく、思い切っていろいろなことに挑戦し、自分自身で道を切り拓いていく人を目指してはどうかと。BBT大学としては、物事の本質を問うようなマインドを持ち、組織と関係なくサバイバルしていけるような力を持った人たちを推していこう、そうした人が育つ土壌を作っていこう、としているところです。
「イノベーションとは何かというインプットをいくら増やしても、イノベーションを起こせるようにならない」という宇田さんの言葉は、頭で考えるよりも実際に行動することの重要さを説くものであった。我々も「調査だけで新規事業開発が分かったような気になってはならない」と自戒しながらお話を伺った。
イノベーションにせよ新規事業開発にせよ、大事なのは実践だ。その実践を促進する役割を人事はもっと果たせるのではないか、というのがパーソル総合研究所の仮説だが、宇田さんは懐疑的だった。なぜなら「組織にコミットしている人を一番よしとする人事に、組織の枠を超える人材を評価できるのか」という思いがおありになるからだ。
我々が行った「企業の新規事業開発における組織・人材要因に関する調査」でも、新規事業担当者の多くが「評価制度が新規事業開発に適していない」ことを課題に挙げていた。人事の関与は新規事業開発にプラスに寄与する、というのが本調査の結果ではあったが、従来の人事を踏襲したままでは難しいのも事実だろう。人材の評価や育成、採用の在り方を見直す必要がある。BBT大学で行われている生徒の「モヤモヤ」を事業化する試みや「そもそもこれが問題なのか」を問う姿勢は、自らの壁や思考の枠を超える人材を生み出すためのヒントになると感じた。
宇田さんは「失敗を学ぶ」ことの重要性を語っていた。しかし人事の仕事は、労務管理や給与計算など失敗が許されないものが多い。そして誰も人事に「失敗しなさい」とは言ってくれない。それでも人事は既存の人事の枠を超えていく必要がある。このことこそが企業の新規事業開発にとって最大のチャレンジなのかもしれない。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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