デジタル人材の育成が労働力不足緩和のカギ-卸売・小売業はどう対応していくのか-

公開日 2024/12/25

執筆者:シンクタンク本部 研究員 田村 元樹

労働推計コラムイメージ画像

パーソル総合研究所と中央大学が共同研究した「労働市場の未来推計2035」によれば、卸売・小売業は2035年の労働力不足が354万時間/日(働き手で換算すると77万人相当)であり、産業別で上から2番目に労働力不足と予測されている。既に労働力不足の業界だが、これからもそれが続く予測を踏まえ、何かしらの対策を講じていく必要があるだろう。

有効な対策のひとつとして、労働生産性を高めることがあげられる。実際に、下関市立大学 准教授 鈴木 俊光 氏の寄稿「資本装備率に見る産業別の労働力不足の実態」 においても、卸売・小売業は資本設備への投資が労働力を代替する可能性について述べられている。つまり、設備投資などを進めることで、労働の代替が進んで生産性が向上している可能性があるということだ。

そこで本コラムでは、卸売・小売業の現状を鑑みたときに、労働力不足にどう対応していくべきか、その対策について考察を行った。

Index

  1. 労働生産性は2014年から伸び続けている
  2. デジタル化の推進に立ちはだかる《デジタル人材不足》問題
  3. 社内でデジタル人材を育成するためには
  4. まとめ

労働生産性は2014年から伸び続けている

まず、労働生産性について確認してみよう。厚生労働省が公表している「令和6年版 労働経済の分析-人手不足への対応-」※1によれば、1人当たりの労働生産性は2014年の第Ⅰ四半期を100としたときと比べ、2023年には118.4まで上昇している(図表1)。コロナ禍で一時的に落ち込んだ時期があるものの、労働生産性は2014年から2023年の約10年間で伸び続けていることが分かる。これは、労働力不足であるものの、設備投資などを進めることによって労働の代替が進んだ結果、生産性が向上してきたということだろう。

※1 厚生労働省(2024). 「令和6年版 労働経済の分析-人手不足への対応-」.https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/24/dl/24-1.pdf (アクセス日:2024年11月29日)

図表1:卸売・小売業の労働生産性の推移

図表1:卸売・小売業の労働生産性の推移

出所:厚生労働省 「令和6年版 労働経済の分析 -人手不足への対応-」より筆者作成※1

では、卸売・小売業はどのような設備に投資をしているのだろうか。日本政策投資銀行が公表している「2024年度設備投資計画調査」※2によれば、デジタル化・効率化を推し進めており、特にAI発注やECインフラの拡充をしていると報告されている。このようなデジタル化投資は、2023、2024年度にそれぞれ前年比+58.0%(実績値)、+43.2%(計画値)とされ、この領域にかなり力を入れていることが分かるだろう。

※2 日本政策投資銀行(2024). 「2024年度設備投資計画調査」.https://www.dbj.jp/pdf/investigate/equip/national/2024_summary.pdf(アクセス日:2024年11月29日)

2021年までは、デジタル化への取り組み状況について「実施していない、今後も予定なし」とする卸売・小売業が57.9%と、約6割が取り組んでいないことが報告されていた(図表2)※3。しかし、デジタル化を通じた業務の効率化や自動化は、労働力を補完するための有効な手段として注目がされているため、多くの企業が取り組み始めてきたことがうかがえる。

※3 総務省(2021).「デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究」.https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/linkdata/r03_02_houkoku.pdf(アクセス日:2024年11月29日)

図表2:2021年時点での卸売・小売業のデジタル化への取り組み状況[%]

図表2:2021年時点での卸売・小売業のデジタル化への取り組み状況[%]

出所:総務省(2021)『デジタル・トランスフォーメーションによる経済へのインパクトに関する調査研究』※3より筆者作成

デジタル化の推進に立ちはだかる《デジタル人材不足》問題

卸売・小売業が設備投資を通じて、デジタル化・効率化を推進していることは前述のとおりだ。しかし、ここで注目すべきは「デジタル人材」の確保が十分ではないという点である。総務省が公表している「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究(2022)」※4によれば、日本企業がデジタル化を進める上での課題として、「人材不足(67.6%)」が最も高く、雇用する側の「デジタル技術の知識・リテラシー不足(44.8%)」についても指摘がされている。

※4 総務省(2022). 「国内外における最新の情報通信技術の研究開発及びデジタル活用の動向に関する調査研究」. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nf308000.html(アクセス日:2024年11月29日)

デジタル人材については、AIやデータ分析に精通した高度なスキルを持つ人材が不足しており、これがデジタル投資の成果を最大化する上での障壁となっていることがうかがえる。実際に、デジタル技術の導入は進むものの、その運用や活用に課題を抱えている企業は多い。例えば、ECサイトやAI発注システムを導入した企業の中には、適切にデータを活用できない、またはシステムを十分に活用する人材が社内に存在しないことが原因で、期待するレベルまで生産性向上が実現できていないケースも散見される。

このような状況を打破するには、外部からの即戦力のデジタル人材を獲得してくることが最も効率的だろう。しかし、こうした需要の高いデジタル人材は各産業が欲しがっているため、採用競争が激しくなっている。さらに、経済産業省よれば※5、どの産業においてもデジタル人材の不足は続くと予測されており、特定の産業が人材を外部から引き抜くだけでは根本的な問題解決には至らないだろう。そこで、デジタル人材の不足に対する処方箋として、企業内部でデジタル人材を育成することが必要になってくる。

※5 経済産業省(2019). 「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査」. https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf(アクセス日:2024年11月29日)

社内でデジタル人材を育成するためには

デジタル人材を社内で育成するにあたって最も現実的なアプローチは、教育訓練投資(OFF-JT)や社内研修の活用だろう。特に、生成AIの活用やデータ分析の基礎といったスキルは実務に直結するものである。そして、既存の従業員が持つ業務知識や現場での実践的な経験は、デジタル技術を活用する上で非常に有益だ。「現場感」がある従業員が活用してこそ、課題解決に繋げやすく、生産性向上に直結することが期待できるだろう。

しかしながら、厚生労働省が公表している「令和5年度 能力開発基本調査」※6によれば、OFF-JTへの支出をしているのは卸売業で47.4%、小売業で39.3%と半数にも満たないことが分かっている(図表3)。ここに、デジタル人材を育成するためのOFF-JTを取り組む余地があるのではないか。

※6 厚生労働省(2023).「能力開発基本調査」. https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450451&tstat=000001031190&cycle=8&tclass1=000001213680&tclass2=000001213681&tclass3=000001213703&tclass4val=0(アクセス日:2024年11月29日)

図表3:OFF-JT支出の有無

図表3:OFF-JT支出の有無

出所:厚生労働省(2023)「能力開発基本調査」より筆者作成※6

また、OFF-JTに支出した労働者1人当たりの平均額は卸売業で1.9万円、小売業で1.4万円である。「労働市場の未来推計2035」では、この支出が年間2万円、もしくは2.5万円に増えた場合の試算を行っており、それぞれ労働生産性が向上する可能性について報告がされている。支出額においても、教育訓練を通じた人的投資を増やすことによって、事業が成長するポテンシャルがまだあるのではないだろうか。

加えて、デジタル人材と一括りにしても、そのレベル感はさまざまであろう。生成AIを活用できる人材の育成を行い、業務の省力化を進めることも考えられる。こうした人材育成であれば、データ分析のような高度なスキル獲得まで目指す必要はないはずだ。生成AIを業務に利用できるように社内で研修・教育を行い、生成AIを使える人材を増やすだけでも生産性に寄与することが期待できるだろう。なぜならば、本来時間をかけて行っていたシフト表作成などの事務作業をより効率的に、少ない工数で完了できることは、日々の労働生産性を高めることができるためだ。

例えば、こうしたデジタル人材の内製化に取り組んでいる企業では、ニトリホールディングスが事例に挙げられるだろう。同社では、データ分析を通じて顧客数の増加を目指している。具体的には、営業企画室長やCIOを中心とし、複数の部などから構成されたプロジェクトチームが、データ分析人材の育成とデータ活用の内製化を推進している。

このように、今後は本社でデータ分析を推進できるデジタル人材と、現場でデジタルツールを活かせるデジタル人材がともに必要となってくるだろう。そのためには、OFF-JTのような教育訓練投資とテクノロジーの活用を行うことにより、これからも続く労働力不足に《備える》必要があるのではないか。

まとめ

卸売・小売業が直面する労働力不足の問題を乗り越えるためには、設備投資による労働生産性の向上だけでなく、デジタル化を推進するための人材育成が必要だ。特に、生成AIやデータ分析などのデジタルスキルを既存の従業員に習得してもらうことで、現場に即した実践的な活用が可能となり、生産性向上に直結するだろう。外部から即戦力を採用するだけでは限界があり、社内での体系的な教育や研修を通じて「自ら育てる」姿勢が必要である。

さらに、OFF-JTを含む教育訓練投資の拡充は、長期的に見てデジタル人材を確保し、競争力を維持するための有力な手段である。こうした取り組みは、単にデジタル対応への遅れを取り戻すだけでなく、持続可能な成長の基盤を築くものとなるだろう。

労働力不足という構造的な課題に対し、設備投資とデジタル人材育成を組み合わせることで、卸売・小売業は未来への準備を進められる。今こそ、こうした投資を大胆に進め、業界全体の成長に向けた基盤を整えるべき時である。

このコラムから学ぶ、人事が知っておきたいワード

※このテキストは生成AIによるものです。

デジタル人材
デジタル人材とは、AIやデータ分析に精通した高度なスキルなどを持つ人材であり、デジタル投資の成果を最大化する上で不可欠である。しかし、こうした人材は不足しており、各産業での採用競争が激しい。

執筆者紹介

田村 元樹

シンクタンク本部
研究員

田村 元樹

Motoki Tamura

大学卒業後、2011年に大手医薬品卸売業社へ入社。在職時に政府系シンクタンクへ出向。その後、民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経験。高齢者を対象に、余暇的な労働など多数の調査・研究に携わり、2024年1月から現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。


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