公開日 2024/12/13
パーソル総合研究所と中央大学の共同研究「労働市場の未来推計2035」の推計結果では、サービス業で532万時間/日(115万人相当)、卸売・小売業で354万時間/日(77万人相当)など産業別で未来の労働力不足の状況が明らかになった。これらは、過去の実績をベースに、将来起こり得る変化を可能な限り考慮した上で推計された結果である。そのため、未来の産業別の労働力不足の状況をより深く理解し、解決策を探るためには、産業構造の長期的な特徴を把握する必要がある。本稿では、産業構造の特徴として、就業者一人当たりの資本設備量を示す指標である資本装備率に着目することで、労働力不足と設備投資の関係を明らかにする。
はじめに、各産業の労働力不足の動向について、図表1の企業の雇用人員の過不足を示す雇用人員判断D.I.(日本銀行)の推移を基に見ていこう。30年前となる1994年当時は、製造業、建設業、卸小売業、運輸・郵便業ともに「人余り」もしくは「ほぼ充足」の状態である。その後、2002年を境に各産業ともに不足感が強まり、2007年から2009年にかけて人手不足は解消されていった。2009年以降は、再び人手不足感が拡大し、特に宿泊・飲食サービス業では深刻化している。2020年以降の新型コロナウイルス感染症拡大期に一旦、不足感は和らいだものの、2022年時点では各産業ともに労働力不足となっている。
図表1:産業別の雇用人員判断D.I.の推移【1994年~2022年】[「過剰」―「不足」・%ポイント]
出所:日本銀行「全国企業短期経済観測調査」より筆者作成
労働力不足に対しては、労働生産性を向上させることが有効な対応策の一つである。「労働市場の未来推計2035」においては、労働力を「人手」ではなく、「労働投入量」(人手×労働時間)として捉えている。そこで、本稿においても、一般的には「人手」で換算されることが多い労働生産性について、「労働投入量」当たりの生産性として、産業別の状況を確認する。
図表2は、産業別の「労働投入量」当たり生産性指数(実質国内総生産額÷(雇用者数×雇用者一人当たり労働時間)、1994年=100)の推移である。情報通信業では、1994年から2003年にかけて2倍程度、生産性が向上し、それ以降は低下傾向もしくは横ばいで推移しているが、2022年時点でも、約30年前に比べて1.5倍程度の生産性を維持している。次いで、生産性の伸びが大きいのが製造業で2022年時点においては、1994年時点の生産性の倍近い水準となっている。一方で、宿泊・飲食サービス業では、2005年以降の生産性が低下しており、特に新型コロナウイルス感染症拡大期にその傾向が顕著である。
図表2:産業別の「労働投入量」当たり生産性指数の推移【1994年~2022年】
出所:内閣府「国民経済計算」より筆者作成
図表3は、産業別の資本装備率指数(就業者一人当たりの実質固定資産額、1994年=100)の推移を示している。製造業の資本装備率は、1994年と比較して約1.6倍程度の水準に達している。対照的に、宿泊・飲食サービス業の資本装備率は、一時期、1994年時点の水準を上回っていたものの2022年時点では過去水準の8割程度の資本装備率となっている。情報通信業においても、2013年以降、低下傾向が強まっており、2022年時点では1994年時点と比較して約9割の装備率であることが分かる。
図表3:産業別の資本装備率指数の推移【1994年~2022年】
出所:内閣府「国民経済計算」より筆者作成
労働力不足問題に対しては、機械や設備、ソフトウェアに投資し、生産性を向上させることが有効な対応策の一つとなりうる。図表4は、縦軸に生産性指数、横軸に資本装備率指数をプロットしたものである。図表4を見ると、資本装備率と生産性の間の関係性で、正の相関関係が見られる産業とそうでない産業に分けられる。資本装備率と生産性の間で正の相関関係が示唆される産業として、製造業、卸売・小売業、宿泊・飲食サービス業があげられる。これら産業の中でも、宿泊・飲食サービス業については、図表2、図表3でも示されている通り、「労働投入量当たり」生産性、資本装備率ともに低下傾向であり、産業全体の効率性低下が反映されていることが分かる。
図表4:産業別に見る生産性指数(縦軸)と資本装備率指数(横軸)の関係【1994年~2022年】
出所:内閣府「国民経済計算」より筆者作成。情報通信業、宿泊・飲食サービス業は2004年から2022年
上記を踏まえて、労働力不足と資本装備率の現状について見ていく。図表5は、縦軸に雇用人員判断D.I.、横軸に資本装備率指数をプロットしたものである。図表5を見ると、建設業と卸・小売業において、資本装備率と労働力の間に負の相関関係が見られる。図表5で示されているのは相関関係であり因果関係ではないことに注意が必要だが、これら産業では少なくとも資本設備への投資が労働力を代替する可能性があることが分かる。特に、卸売・小売業においては、資本装備率と「労働投入量当たり」生産性の間に正の相関関係が見られることから(図表4)、資本設備による労働代替が生産性向上をともなう業務効率化によって達成されていることが示唆される。
図表5:産業別に見る雇用人員判断D.I.(縦軸)と資本装備率指数(横軸)の関係【1994年~2022年】
出所:内閣府「国民経済計算」、日本銀行「全国企業短期経済漢族調査」より筆者作成。
情報通信業、宿泊・飲食サービス業は2004年から2022年
本稿では、各産業の労働力不足の実態について資本装備率に着目し、既存の統計調査結果を用いて、生産性向上や労働力代替の視点から考えてきた。主な点は以下の3点にまとめられる。
① 資本装備率は製造業で上昇している一方で、宿泊・飲食サービス業、情報通信業で低下傾向
② 資本装備率と生産性の相関関係が確認できたのは、製造業、卸売・小売業、宿泊・飲食サービス業
③ 労働力不足と資本装備率の関係を見ると、建設業、卸売・小売業で資本設備による労働代替の可能性
労働力の未来推計について、諸外国では正式な名称に「projection(投影)」という英単語で表現されることがある(米国労働省統計局における”Labor Force Projections”など)。「投影」とは、ある小さな物体に後方から光を当てて、その物体の影を前方に拡大して映し出すことである。今回の「労働市場の未来推計2035」においても、過去の実績を基に労働市場の将来像を推計している。
本稿で取り上げてきた資本装備率や生産性といった各産業の特徴は、短期間で劇的に変化するものではなく、長期的に形成される産業構造の特徴の一つとして規定されるものである。今回の推計結果において、将来の労働力不足問題が深刻だったサービス業や卸売・小売業について見ると、卸売・小売業では生産性向上をともなう資本による労働代替が示唆された一方で、宿泊・飲食サービス業では、そういった傾向は確認できなかった。これらのことは、卸売・小売業では、これまでの設備・ソフトウェアなどの資本投資の延長線上に将来の労働力不足を解決する”カギ”があることが示唆される。一方、サービス業において将来の労働力不足に対応するには、設備投資と労働者活用という両面で、これまでとは異なる大胆かつ斬新な取組が求められる。
中央大学 経済研究所 客員研究員/下関市立大学 経済学部 准教授
鈴木 俊光 氏
1981年宮城県生まれ。2010年中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。中央大学経済学部任期制助教、内閣府、こども家庭庁を経て2024年から現職。近年の主な研究成果として、「講座 SUT応用編No.5 SUTのバランシング」『産業連関』31巻2号(2024)、「社会経済的要因にみる婚外交際行動」『人口学ライブラリー22 セクシュアリティの人口学』第3章、小島宏・和田光平編、原書房(2022年)がある。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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