「社員の幸せ」と「会社の大義」、矛盾を受け入れながら共生を目指す

公開日 2022/12/14

デンソーはこれまで事業を取り巻く多様な環境の変化に、さまざまな変革プランを打ち出しながら対応してきた。そして今、自動車産業は100年に一度といわれる大変革期を迎えている。1949年の創業以来、「人を大切にする経営」を行ってきたデンソーは、第二の創業期ともいえる今だからこそ、人と組織の在り方を見つめ直し、「社員の幸せ」と「会社の大義」を実現・両立させたいと、さまざまな施策に取り組んでいる。そのために必要なものとは何かを伺った。

原 雄介 氏

株式会社デンソー 総務人事本部 執行幹部 人事企画部・人事部担当 原 雄介 氏

埼玉大学大学院修了後、1999年株式会社デンソーに入社。生産技術開発や生産システムと工程設計、生産供給体制企画など幅広い業務に従事。ASEAN地域本社出向を経て、2016年から経営企画部。中長期全社戦略立案・推進を担当。2021年から執行幹部として、人事部・人事企画部・全社人財育成を担当。

  1. 二律背反の共生に大切な3つのステップ
  2. 新たなモビリティを作るためにも「全員総活躍」が重要になる
  3. 個人と組織の「Will・Can・Must」の重なりを見いだし・育む3つの取り組み
  4. 重層的な議論を重ねて、人と組織の問題を解決する

二律背反の共生に大切な3つのステップ

――デンソーの今後のさらなる成長に向けて、人と組織に関して、どのようなビジョンをお持ちですか。

デンソーはこれまで、モータリゼーション、グローバル化、バブル崩壊、コロナ禍など、事業を取り巻く環境の変化に対応しながら、人と組織の在り方を変えてきました。2030年に向けた長期方針「地球に、社会に、すべての人に、笑顔広がる未来を届けたい」を2017年に発表し、そのスローガンのもと、2021年に「実現力のプロフェッショナル集団」を目指す《人と組織のビジョン&アクション PROGRESS》を定め、社員の幸せと会社の大義の実現に向け、取り組んでいます。


しかし、現実には「社員の幸せ」と「会社の大義」の間には矛盾が生じ、《二律背反》の状態になることがあります。双方の実現には、矛盾を受け入れ、互いの重なる部分を見いだし、育てていくことが必要です。会社と社員の相互努力で二律背反と共生し、一歩ずつ前に進むことが大事だと考えています。


特に人事においては、「経営と人事」「事業と人事」「個人と組織」「職場マネジメントと人事」などの間に二律背反が生じがちです。これにどう対応し、いかに共生していくか。そこで実践しているのが、「目的の共有」「何を重視するか」「重なりを見いだし育てる」の3ステップです。


【「経営と人事」の二律背反の共生について】

――人事において生じる二律背反に対して、具体的にはどのように3ステップを実施しているのでしょうか。1つめの「経営と人事」から教えてください。

経営を担うリーダーの育成強化に取り組んでいます。まず、「採用から育成、配置、登用まで一貫したタレントマネジメントにより、『全社員の総活躍』と『会社の大義』の実現・両立を図る」という目的を明確にし、経営陣と認識を共有しました。その上で、経営にインパクトの大きいコアポストを定め、数百人の経営リーダー候補を選出し、適所適材を追求しています。


このとき重視していることは、『経営リーダー候補人材の成長』と『経営視点での最適配置』です。しかし、個人それぞれに得手不得手があったり、本人の希望と組織のニーズにズレがあったり、異動によりキャリアの可能性が開花することもあれば行き詰まることもあるなど、「個人の成長」と「最適配置」には矛盾が生まれることもあります。この二律背反を共生させるべく、「人材の情報」と「ポストの情報」を可視化・言語化し、経営陣との丁寧な議論を通じて、経営の視点から最善の結論になることを重視しています。


その上で、「個人の成長」と「最適配置」の重なる部分を見いだすために、「人材の情報」を多面的な視点で収集・検証しています。データを使った科学的なアプローチと、人事部に専任として配置しているタレントマネージャーによる経営リーダー候補との対話を通じて「タレントプロファイル」を個人別に作成し、充実した情報を基に、経営陣と議論し、重なり合いを見いだし、育てています。


――デンソーはグローバルに多くの拠点を持ち、多様な事業を展開しています。どのようにして経営リーダー候補一人ひとりと対話を進めているのですか。

人事が中心となり、事業・地域・経営陣をつないだワンチームでのタレントマネジメントネットワークをつくり、人材情報が多面的に収集できるようにしています。その上で、タレントマネージャーが、経営リーダー候補と直接対話を行っています。経営と人事をつなぐということは、「コアポストと経営リーダー」をつなぐことであり、「活躍の場と人」をつなぐこと。個人の成長と企業のパフォーマンスの「最善」を見つけるために、地道に議論を重ねています。

新たなモビリティを作るためにも「全員総活躍」が重要になる

原氏

【「事業と人事」の二律背反の共生について】

――2つめの「事業と人事」の二律背反とはどういうことでしょうか。

「環境・安心を通じて社会に貢献する」という「会社の大義」があり、それを実現するための事業ポートフォリオが設計され、人材ポートフォリオが描かれます。しかし、当社では、「社員の幸せ」を同様に大切にしていますから、必然的に「全員総活躍を実現しながら、事業ポートフォリオを変えていく」ことが目的となります。


そのために重視することは、社員の成長の可能性を信じて、本気でリカレントやリスキルに取り組んでいくことと、社内だけでは補えない人材に関しては外部からの獲得を強化していくことです。全員総活躍を軸に、社内育成と外部獲得を同時に強化することは、雇用のためだけではなく、デンソーの良さや強みを生かすためにも最善であると考えています。


――「全員総活躍」がデンソーの強みを生かすために最善だと考えるのはなぜか、もう少し詳しく教えていただけますでしょうか。

デンソーには、全社員が共有する価値観である、「先進」「信頼」「総智・総力」からなる「デンソースピリット」があります。一人ひとりの成長・活躍は、「先進」「信頼」に基づく行動と、「総智・総力」のコミュニケーション力やチームワーク力などから生まれてくるものと考えます。


デジタル産業革命により、これからモビリティの世界は大きく変わります。例えば自動運転などを実現させるためのデジタルツイン技術。バーチャルとリアルな空間が対になる世界を再現するには、両者の界面をどう制するかがとても重要で、そのためには、メカトロニクス、エレクトロニクス、ソフトウエアの三位一体のシステム提案力や実現力が必要になります。


そのため、ひとつの分野に優れた人材だけではなく、メカトロニクスにもソフトウエアにも強いなど、専門性が重なり合い、理解している「システム人材」がより重要になってくるのです。「全員総活躍を実現しながら、事業ポートフォリオを変えていく」とは、「事業の縮小に伴って活躍する場所が減っていくため、社員に会社が機会を提供する」ということではなく、デンソースピリットの強みに基づき、「リカレントやリスキル等を強化して内部育成をさらに強化し、質・量の両面から人材ポートフォリオを強固にすること」に大きな価値があると考えます。

図:デンソースピリット

図:デンソースピリット


――事業ポートフォリオと人材ポートフォリオの間には、どのようにして重なり合う部分を見つけ、育てていかれているのでしょう。

まず、社員にとって「これから必要になる専門性」と「すでに持っている専門性」を可視化します。そこで見えたギャップが、一人ひとりの成長課題です。今持っている専門性を生かしつつ、さらに自分の価値を高めるためにどのような専門性が必要かを模索することが、個人のキャリアや成長にも、事業ポートフォリオの強化にもつながっていくのだと思います。


専門性に関しては、当社はモノづくりの会社ですから、技術・製造・事務に至るまで、全社で約40の領域を定め、数百の専門性分類を明確化しています。一人ひとりが持っているスキルと、次に必要になる専門性について、上司と部下の間で話し合い、次の行動へとつなげています。


――その全領域における専門性というのは、見える化されているのですか。

この専門性については、40の領域ごとに責任者を設定し、徹底的に議論を重ねてリストアップしました。しかし今後、世の中の環境が変わり、それに伴い事業ポートフォリオが変わっていけば、必要なスキルも変わってくるでしょう。常にアップデートしながら、一歩ずつ重なりを見いだしていければと思っています。


デンソーでは、「情熱で自己新記録に挑む多彩なプロフェッショナル集団」となることを、《人と組織のビジョン&アクションPROGRESS》で目指しています。情熱は、一人ひとりのやる気や内的動機から生まれてくるものです。「よく分からないけれど、指示されたからスキルを身につけよう」ではなく、自らの情熱で新しいスキルを挑戦して身につけ、《昨日の自分》より《今日の自分》、《今日の自分》より《明日の自分》へと前進し、自己新記録を伸ばしていってほしいのです。そして、自分のためだけでなく、人や社会に価値を提供できるようなプロフェッショナルになってほしいという思いも込めています。そうしたビジョンを実現するための具体的な足掛かりという位置づけでも、40の領域と数百の専門性分類を運用しています。

図:デンソーの「人と組織のビジョン&アクション PROGRESS」

図:デンソーの「人と組織のビジョン&アクション PROGRESS」

個人と組織の「Will・Can・Must」の重なりを見いだし・育む3つの取り組み

【「個人と組織」の二律背反の共生について】

――3つ目の「個人と組織」について実施されていることを教えてください。

社員のキャリア自律は、PROGRESSを進める中で、最も重要な取り組みと捉えています。個人のキャリア自律を考える上では、一般的に「Will・Can・Must」の視点から考え・実行することが必要だといわれます。しかし、個人がやりたいことや目指す姿は、組織の考えと100%一致することはなく、いかに二律背反と向き合い、共生するかが本質的課題です。社員一人ひとりが、自らの「Will・Can・Must」を描き・実行することが、独りよがりなどではなく、組織の「Will・Can・Must」と共感で結ばれ、「個人の幸せ」と「組織・会社の大義」の実現・両立を目指し続ける。これが、デンソーらしい「キャリア自律」の「目的」です。


個人としては、自組織の「Will(大義・夢)・Can(組織能力)・Must(目標・役割)」がどういったものかが理解できると、個人との重なり合いが見いだしやすくなります。そして、社員が前向きにキャリア自律をして自分の目指す姿を実現していくと、「デンソーで働いていてよかった」という幸福感となり、ウェルビーイングやエンゲージメントにつながります。重視するのは、社員の幸せや働きがいを生みだし、優秀な人材の離職防止にもなる、エンゲージメントの向上です。


――キャリア自律で個人と組織の重なり合いを見いだしていくために、どのような取り組みをされていますか。

具体的には3つの取り組みを進めています。1つは「なりたい自分を描きやすくする」ことです。社員には、自分の将来を考えてもらいたい。しかし、「どうなりたい?」と上司が迫っても、部下は自分の今後の夢やキャリアを描けず、しつこく迫れば、Willハラスメントにもなりかねません。そこで必要だと考えたのが、対話・面談の在り方を変えていくことです。


面談の中で個人と組織の「Will・Can・Must」を明確にして、重なり合いを見いだすために、面談のプロセスやツールなど、さまざまな点を大きく変えました。とはいえ、プロセスやツールを変えても、面談のスキルが伴わなければ良い対話はできません。そのため、実際に面談を行う約2,500人の課長と1,000人の室長・工場長に、初期・中期・期末の3回に分けてキャリア実現支援研修を実施し、実践型の研修とスキルのアップデートを組み合わせて行っています。


2つめの取り組みは「視界を良好にすること」です。当社は多種多様な事業を展開し、35の国と地域で多岐にわたる事業を運営しています。今後はインダストリー、モビリティ、ソサエティなど、より広い分野で事業を行い、仕事の機会も増えていきます。そうした中で、すべての仕事について理解することは難しいですが、どのような仕事があるのかが見えず、視界が不良であれば不安になります。そこで、情報提供のプラットフォームを変えたり、新しいタレントマネジメントシステムを導入したり、また困ったときに相談できるキャリアカウンセラーを置いたりして、社内にある仕事の種類や内容を理解しやすくし、視界を良好にできるよう取り組んでいます。


3つめは「キャリアを実現する」ことです。キャリアを実現するための公募制度をつくったり、リカレントやリスキリングプログラムを導入したり、多様な働き方の種類や選択肢をできるだけ増やしていくなど、さまざまな支援を考えて提供しています。


この3つの取り組みを実施しながら、「個人と組織」「部下と上司」の重なり合いを見いだし、育んでいきたいと考えています。

重層的な議論を重ねて、人と組織の問題を解決する

原氏

【「職場マネジメントと人事」の二律背反の共生について】

――最後に4つめの「職場マネジメントと人事」について教えてください。

まず、どのような人事の制度・施策も、最終的な「目的」は職場の課題を解決することにあります。そこで「重視」しているのが、「職場VS人事」の関係から「職場のための人事」に変えていくことです。そのため、職場の意見を確実かつ早期に取り込むことが鍵となります。製造現場とバックオフィス、既存事業を成長させる人、新規事業を開発する人など、職場や社員ごとに立場や価値観は異なります。そのような二律背反が生じがちな状況の中で、重なり合いを見つけ、育てていくために、制度の構築以上に運用を重視して進めています。


デンソーでは、各部門にそれぞれ人事担当責任者を配置しており、今までは、何かあれば人事が人事担当責任者に個別相談するという関係でした。しかし、制度の運用によって職場の問題を解決するには、制度を改定・展開して終わりではなく、さらに職場で価値が生まれるようにしていかなければなりません。そのためには、「毛細血管を張り巡らせるように運用の構えを強化する」必要があると考え、約200ある部門の人事担当責任者や管理職等の代表者と人事部とで「人事コミュニティ」を形成しました。現場ニーズを確認しながら旬なテーマを設定し、この1年で100回近くの議論を実施。「職場マネジメントと人事」との間で重層的な議論を重ねることで、職場課題の解決を目指しています。


矛盾とは、往々にして、見る側からは正解であり正義です。だからこそ、違いを指摘し合う前に目的を共有し、その上で相手が何を重視しているかを理解する。そして、互いに重なり合う部分を見つけ、意味を見いだし、「二律背反の共生」を目指す。経営や人事、また社会においても共通する重要なキーワードだと思います。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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