公開日 2022/12/14
世界最大級の船隊と130年余の歴史を持つ商船三井は、海運業を中心にさまざまな事業を展開してきた。今後は、さらに多岐にわたる事業に乗り出していくという。また、「人は宝」であるという変わらぬ思いをもとに、人的資本経営の本格的な実現に向けて、新たな人材戦略も準備している。多様な業務や役割の創出に伴う人材の多様性や、グローバルなグループ社員との連携を推進し、人も企業も成長していくための重要なカギとなるのは何かを伺った。
株式会社商船三井
常務執行役員/チーフヒューマンリソースオフィサー/人事部、秘書総務部(秘書)担当 毛呂 准子 氏
立教大学卒業後、1986年大阪商船三井船舶株式会社(現・株式会社商船三井)入社。人事部人事グループマネージャー、人事部部長代理健康管理推進担当、コーポレートマーケティング部長などを経て、2022年4月より現職。2014年筑波大学大学院修了。博士(生涯発達科学)。
――商船三井の今後の成長を見据えたとき、人事として今、重要だと思われていることは何でしょうか。
近年、働く人や会社を取り巻く環境や働く人の価値観が大きく変化している中で、会社としては、人的資本開示に対応し、人事制度改革などの諸制度や仕組みを整え、変えていくことが求められています。その一方で、個人のキャリア自律の必要性も高まっており、改めて《セルフアウェアネス》(自己認識)が大切だと感じています。
商船三井では、これまで海運業を中心に事業を展開してきましたが、今後は新たな分野の事業を強化します。より多様な人材が必要となり、会社はその一人ひとりが活躍できる組織づくりを担っていかねばなりません。リーダーはチームをまとめて率いるために、まず自分の長所や短所を自覚する必要があります。また、社員それぞれが自分の強みや特徴、目指すものを理解していなければ、会社と社員の自律的な関係は築けないと考えます。
また、商船三井が目指すウェルビーイングにおいても、社員の幸せは何かと考えたとき、本人の学びと内省に加え、適切なフィードバックが必要です。「自分は何をやりたくて、どこにやりがいを感じるか」、あるいは「この経験で何を学び、次は何をしたいのか」と、キャリアを豊かにしようとする自律的な意志と、それを裏付ける自己認識が、より求められると思います。そして、一人ひとりが自己実現を果たすためには、会社と社員の双方が意識を高め、両者で取り組んでいくことが大事だと感じています。
――自己実現のために、個人にはどのようなスキルが求められるのでしょうか。
私が《セルフアウェアネス》に加え、もうひとつ注目しているのが、《リカレント》です。会社にとって、人材は最も大事な資本です。最近は人材育成として、《リスキリング》が注目されています。リスキリングは、企業が主にDXの実現に向けたITスキル人材の育成に取り組むものと理解しています。もちろん、これも重要な取り組みには違いないのですが、社員一人ひとりが、自律的に多様に成長し、自分のキャリアを見つめ直したり、その中から見いだした強みを生かし、弱みを補強する《リカレント》も、重要性を増すと考えます。
人は生涯発達し、成長していくものです。今後は、生き方も働き方もより一層、多様化していくと思われる中で、これまでの「教育・就労・引退」の単一的なフロントエンドモデルからの脱却がさらに進むと考えます。そうした中で、今後の人生で身につけたい技術や知識を自律的に学ぶリカレントがもっと浸透していけば、年齢に関係なく力を発揮したり、成長したり、会社や社会に貢献することが可能になり、自然にエイジダイバーシティにもつながっていくのではないでしょうか。労働力人口の減少が進む中、年齢にかかわらず会社や社会において役割を果たしていく人材になるためにも、一人ひとりが自己認識を深めることや、本当に自分が必要とする学び直しが大切だと考えます。
会社の人事を統括する立場としては、グループやグローバル全体における人員状況を把握し、方策を打ち出していくことが主な仕事になります。そのような大局的な施策と同時に、社員一人ひとりの幸せを大切にするという当社の考えに基づけば、個々に焦点を当てた施策を行っていくことも、人的資本経営で目指す「一人ひとりの成長による企業の成長」へとつながっていくのではないかと感じています。
――社員一人ひとりの自己認識を深めるために、会社としてどのような支援をされていますか。
まず、直属の上司が日頃のフィードバックをしっかり行うことが重要です。また、自分を見つめ直すためのキャリア開発ワークショップなどの機会を提供しています。さらに、多面アセスメントによるフィードバックも実施しています。ただし、会社でできることには限界があります。社員自身が社外ネットワークにおいても積極的に周囲の人からのフィードバックを仰ぐなど、前向きに自分を知るきっかけを得てほしいと思います。さまざまな意見を聞き、受容性を養うことは、多様性のある職場で働く上でも大事です。社内だけではなく、お客様や地域の人など、社外でも多くの人と接点を持ち、いろいろな考え方に触れる機会を持つことは、特にチームを率いるリーダーには必要だと思います。商船三井では、グループ社員、グローバル社員との連携を、今後はさらに推進していきます。多様な人材の成長に向けて、まずはリーダー層から自己認識を持ち、キャリア自律を促す施策を行う必要があると思っています。
一方、若手の人の中には、「これをやりたい」「こんな風にやろう」といった目標はあるものの、それを実行できる力が備わっていないなど、自己認識との間にギャップがあるケースも見られます。意欲が高いほど、成長を焦ってしまうケースもあります。そうした気持ちも受け止め、「今は何ができていて、次のステージにいくためには何が必要なのか」ということをクリアにして伝えることで、サポートしていければと思っています。
――今後に向けた計画や、計画を進める上で重視していることなどがあれば教えてください。
2023年からは、本格的な人的資本経営の実現に向けて、新たな事業戦略に連動した人材戦略を実行します。会社全体の大きな取り組みになりますが、社員個人もただ傍観するのではなく、これをチャンスと捉え、自身のウィルビーイングや成長、そして将来のキャリアのために、ぜひ自分事として考えてほしいと思っています。
商船三井では、グループ共通の価値観・行動規範として、「MOL CHARTS」を掲げています。CHARTSとは、社員全員が共有すべき6つの言葉の頭文字を合わせたもので、進むべき未来を示す海図の意味も併せ持っています。中でもAとは「アカウンダビリティ(自律自責)」、つまり「当事者意識を持って自律自責で物事に取り組もう」というもの。仕事だけでなく、自分のキャリアについても自律的に取り組むことが大切です。
図:商船三井グループ共通の価値観・行動規範 MOL CHARTS
Challenge:大局観をもって、未来を創造します
Honesty :正道を歩みます
Accountability:「自律自責」で物事に取り組みます
Reliability:ステークホルダーの信頼に応えます
Teamwork:強い組織を作ります
Safety:世界最高水準の安全品質を追求します
――会社側だけでなく、社員自身の自律的なキャリアへの取り組みが必要だと思われるのはなぜでしょうか。
キャリアとは、誰にも奪われることのない、自分だけの《宝石》だと思います。磨くだけではなく、あのときは頑張った、あの仕事は難しかった、あの経験は勉強になったなど、自身のキャリアをしっかり味わって、そのかけがえのなさを認識してほしいと思います。
会社は、社員のキャリアを実現できるようサポートしますが、成功するかどうかはその人の捉え方や取り組み方次第です。たとえ失敗したとしても、「チャンスが与えられなかったから」と、そこで投げ出すのではなく、「次はどうすればいいか」と貪欲に考えて、自身のキャリアを長い目で育てていってほしいのです。
また、キャリアを考える上では、Will(実現したいこと)だけでなく、Can(今できること)とMust(実現に向けてやらなければいけないこと)をきちんと押さえておくことも大切です。なりたい自分や夢を思い描き、そのために今はどんなことができ、これから何をする必要があるのかを、明確に認識してほしいと思います。
――そもそもなりたい未来の自分を思い描けない人もいます。どのように将来のキャリアを考えればよいのでしょうか。
大きな目標は必ずしも必要ではありません。数年後に先輩がやっている仕事を自分もやってみたいとか、日頃の自分の思いを意識していけば、次にそれを実現させるためにどうすればよいか……などと思考が広がっていくでしょう。
これからは、人生100年時代。多様なキャリアの歩み方があるはずです。さまざまな可能性を信じて、自分が挑戦したいことや数年後の自分をイメージし、上司や仲間に臆せず、折に触れて周囲につぶやけるようになりたいですね。夢は描かなければ実現しないものです。自分の可能性を信じて、ありたい姿を描く。セルフアウェアネスを高め、時に内省や学びを深めて修正し、また次のありたい姿を描く。そんな個人と組織が一緒になって、かけがえのない個々のキャリアを考え、その実現を目指していく時代がきていると思います。
――キャリア自律を促進する上で心掛けていることはありますか。
社員はそれぞれに持ち味があります。どのポジションなら、その持ち味を最大限に生かすことができるのか、《人事》は社員の人生にも関わる選択です。一人ひとりの気持ちやキャリアを踏まえて考えなければ、最良の判断ができません。一方で、《人事》は重要な経営のメッセージでもあると思っています。どの人材にどのようなポジションや仕事を担ってもらうのか──。それは、会社の目指すビジョンの具現化であり、社員に対する強力なメッセージにほかなりません。そのため、海運事業を中心とする当社の場合、社員の約3分の1が船に乗り、海上での業務についていますが、離れた場所で働く社員への思いも大切に、しっかりメッセージが伝わるよう心掛けています。
――最後に、社員一人ひとりのセルフアウェアネスやキャリア意識を高めることによって期待されることは何でしょうか。
新たな事業戦略をよりグローバルに展開する上で、新しい業務や役割、チャンスが生まれ、多様な人材とキャリアが必要になってきます。新しいメンバーと協働するためには、自己開示や自己表現をしながら相互理解を深めることが大切で、そのためには自分の理解とキャリアに対する高い意識も必要です。
今後、会社が多様性を推進し、成長を加速させていくには、社員一人ひとりのセルフアウェアネスと自律的なキャリアの歩みが重要なカギとなり、それにより、商船三井における一人ひとりのウェルビーイングと会社の成長がリンクしていくことを期待しています。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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