公開日 2023/01/20
2022年はメタバースが注目を集めた。さまざまなソリューションが生まれ、新たなハードウェアも登場し、メタバースという言葉を認知する人が増えている。さらにメタバースを支える技術の一つ、VR(バーチャルリアリティ)も驚くべき進化を遂げている。近い将来、メタバースで働く人が増えてくることは間違いない。そこで今回は、東京大学大学院情報理工学系研究科 准教授 雨宮 智浩氏に、メタバースとは何なのか、そしてメタバースでの働き方について話を伺った。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 准教授 雨宮 智浩 氏
2002年東京大学工学部機械情報工学科卒業、2004年東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。NTT研究員等を経て2019年より現職。東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター准教授兼務。2014〜2015年UCL認知神経科学研究所 客員研究員兼務。総務省「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会」構成員、日本バーチャルリアリティ学会理事、ヒューマンインタフェース学会理事、電子情報通信学会福祉情報工学研究会副委員長などを歴任。博士(情報科学)。
――雨宮先生の研究テーマを教えてください。
メタバースは、「オンラインで同時に複数のユーザーが社会的な活動を行うVR空間」というのが一つの定義になると思います。3Dか2Dか、経済的な活動があるのかないのか、はマストではないと考えています。「フォートナイト」のようなゲームも十分メタバースに含めていいでしょう。
メタバースを支えている技術はいろいろありますが、その一つがVRです。私の研究は、そのVRを支えている人間側の側面として、錯覚に着目しています。人はどのように世界を感じ、頭の中で世界を作り出すのか、を錯覚を通じて理解する研究を進めています。錯覚、VR、メタバースという順に興味が広がっていきました。
――VRにおける錯覚とはどのようなことでしょうか。
私は元々、錯覚の中でも触る感覚、触覚について研究していました。騙し絵のような錯視や空耳のような錯聴はとても多く、SNSでも共有がしやすいのですが、触覚はなかなか共有できません。そもそも触覚には錯覚がない、と思われていることもあります。
実は、触覚の錯覚は結構あります。例えば、携帯電話が振動するときに、どこかの方向に引っ張ってくれるような錯覚を実現できれば、面白いですよね。物理的に引っ張ることはできませんが、実は振動の仕方少し変えると、引っ張られているように感じることも見つけました。
VRにもいろいろなところに錯覚が入っています。例えば、ARですが「Pokémon GO」というゲームでは現実世界にポケモンが合成表示されます。スマホで「ティラノサウルス」と検索すると恐竜の画像を合成できます。その際、単にポケモンや恐竜の3Dモデルを表示するだけではなく、影が付いているのです。影があると、テーブルにきちんと乗っているような感じがし、影が少し離れていると、宙に浮いているように見えます。人間は2次元の情報を3次元の情報に変換する際に、さまざまな情報を手掛かりにしているので、そういうところで錯覚が生まれているのです。
――雨宮先生の授業ではVRを積極的に活用されていますね。
コロナ禍で2020年4月から大学の授業がオンラインに切り替わり、手探りでZoomを使ったオンライン授業が始まりました。しかし、その影響で学生が「Zoom疲れ」を起こし始めます。そこで、VRを取り込み、「Mozilla Hubs」や「VRChat」というプラットフォームを使い、HMDを持っていない人は、PCからも参加できる授業を行いました。
次第に慣れると、学生に変化が出てきました。以前は授業で前方に座る学生があまり多くなかったのですが、メタバースで授業をしていると、スライド画面を大きく見るためにみんな前に出て来るようになったのです。さらに、授業後に質問がたくさん出てくるようになりました。どちらも、とても良い効果だと思います。
Zoomの授業では講師側もディープフェイクで別人の顔で授業をすることがあります。退官された今でもファンが多い東京大学名誉教授 廣瀬通孝先生の顔で授業をしたこともあります。
――メタバースで別人のアバターを使うと何か変化がありますか。
ディープフェイクといっても、3Dモデルは不要で、静止画だけでなり替わることができます。そこで、厳しい顔から優しい顔まで、実在しない人物の写真を複数生成し、生徒に受けたい顔のアンケートを取って、1位と最下位の先生の顔に扮して授業を行ってみました。
優しい顔で授業をすると、授業中に質問がたくさん来ました。逆に、厳しい顔だと授業中はとても静かで、授業後に私に対して質問が来ます。質問の数は変わりませんが、授業中の積極的な参加度と関係しているようです。ただ、先生の顔を変えても、残念ながら成績までは変わりませんでした(笑)。
――メタバースのビジネス利用における研究について教えてください。
「窓口対応訓練シミュレータ」という取り組みをしました。元々は国家プロジェクトなのですが、対面業務の事前訓練に使えるかを研究しています。
訓練者の男性がHMDをかぶり、女性の職員に扮して、メタバース上でクレーマーの相手をするのです。クレーマーの目線が見え、話している言葉も音声認識させます。さらに、訓練者の心拍数も計測し、ストレスを与えすぎて心拍数が上がりすぎたら、怒り方をマイルドにします。あまり厳しすぎると、訓練にならないからです。
別の例ですと、消防士の訓練にもメタバースを活用しています。若い消防士はやる気も体力もあるものの、経験がなく火事の現場で危険です。OJTといっても、火事の発生件数は少なくなっているため、そこをメタバースで補おうとしています。
パイロットのフライトシミュレーターは以前からありますが、1台何億円もしました。それがVR元年といわれる2016年以降、VRゴーグルなどのVRデバイスがとても安くなったので、こういった企業訓練にメタバースを使うのは大変有効だと思います。
――ビジネスのどのような場面でメタバースが多く活用されていますか。
現在は、会議の場でメタバースがよく使われています。隣を向いたら、ちゃんと人がいるという環境で会議ができたら、よりよいアウトプットができると期待されています。複数人でワイワイ・ガヤガヤとコミュニケーションするということが、メタバースの価値がある部分だと思っています。
メタバースは電話に近い同期的なメディアです。メールやチャットのような非同期なメディアと異なり、繋がったままコミュニケーションができるところが特徴です。身振りや視線、表情といったノンバーバル(非言語的)な情報を拾い上げる場として、注目されているのは間違いありません。
――メタバースならではの新しい働き方はありますか。
オンライン会議のようにお互いの顔が見えているとうまく話せないという方もいますが、メタバースでアバターを纏っていると、自分を出しやすくなります。そこで、VRを使うことで、そういった方々が就業する機会が増えることが考えられます。
他にも、肉体的にハンディキャップを持った方が、インターネットを介してロボットを遠隔で操作して接客する「分身ロボットカフェ」がありますが、ロボットではなくアバターを操作するようなメタバース版も登場してきています。
時には、1体のアバターを複数人で使うケースもあるでしょう。例えば、50%自分、50%プロフェッショナルというアバターが考えられます。何かの作業をする際に、プロと一緒に行うことで成功体験ができるためモチベーションが下がりません。これは、新しい就労のスタイルになると思います。
逆に1人で複数アバターを使うケースもあると思います。SNSで複数アカウントを使用するように、副業する時にアバターを使い分けるというスタイルも今後出てきそうです。
もちろん、現実とメタバースのハブになるような職業はこれからますます増えていきます。メタバース内を設計する建築家やクリエイター、メタバース上のイベントプロデューサーなど、すでに仕事として成立させている人もいます。
――メタバースでは法律的な問題はどうなりますか。
オンラインゲームやSNSでもあり得る課題ですが、ストーカーやセクハラといったアバターの身体性が関係する問題や、メタバース内のデジタルデータの所有物の問題があります。メタバースの経済活動はこれから盛んになるので、これらの問題は増えてくると思います。すでにさまざまな民間企業や中央官庁レベルで勉強会などが行われており、メタバースに特化した法律化も考えられるのではないでしょうか。
メタバース内で扱うモノにどう値段をつけるのか、という問題も今後出てくると思います。リアルのモノとメタバースのモノをうまく紐づける仕組みはまだできていないので、銀行や証券系の仕組みが生まれてくるかもしれません。
――今後メタバースが普及する際の課題を教えてください。
まだまだデバイスの課題が大きいです。VR元年といわれる2016年に「Oculus Rift」や「PlayStation VR」が発売され、それまで100万円していたようなHMD(ヘッドマウントディスプレイ)が3万円台から買えるようになりました。昔よりは小型軽量で価格は安くなったものの、HMDを長時間利用すると疲れ、コンテンツによっては酔います。HMDを装着することで化粧や髪形が崩れるという点も、普及することを考えるにあたっては課題です。
今後、コンタクトレンズのような形で表示できるものが商品化されるようになったり、センサーの性能が向上したりすれば、さらに良いデバイスが出てくると思います。ブームは10~15年周期くらいで来ているので、早ければ2030年ころに新しいリアルデバイスが出てくるかもしれません。
――メタバースで仕事する人が増えていく未来に向けて、企業に求めることは何ですか。
オンライン会議システムは昔からありましたが、コロナ禍でテレワークが普及し、オンライン会議が普及しました。このような半強制的な形でもよいので、まず現状のメタバースを試してもらう土壌を広げてほしいと思います。
もう一つは、勤務する際のアバターの見た目をあまりルールで縛ってほしくないです。アバターを含めて、多様な働き方の形を許容することを企業側には求めたいです。
メタバースは経済的にも広がりがあります。現実世界の多くのものを代替できる空間なので、同規模の経済圏ができてもまったく不思議ではありません。今はほとんどの企業がネットショッピングで買い物ができますが、メタバースも同様の轍を踏むと思います。そうなった時に、企業には積極的にメタバースに入ってきてほしいと思います。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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