メタバースは現実の生きづらさを解消し、仕事のやり方や生き方を変える

公開日 2023/03/31

2021年にFacebook社が社名をMeta社に変更し、メタバースは一般にも広く知られるようになると同時に「デジタルツイン」や「ミラーワールド」という言葉もよく耳にするようになった。現実を模したデジタルツインやミラーワールドに対し、メタバースを「現実とは違うもう一つの都合のいい世界」と考え、2022年には著書「メタバースとは何か」を出版された中央大学 国際情報学部 教授 岡嶋 裕史氏に、メタバースの役割やこれからの働き方について話を伺った。

岡嶋 裕史 氏

中央大学 国際情報学部 教授/政策文化総合研究所 所長 岡嶋 裕史 氏

富士総合研究所勤務、関東学院大学経済学部准教授・情報科学センター所長を経て、現職。総務省「Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会」構成員。内閣府「メタバース官民連携会議」構成員。『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ビッグデータの罠』(新潮選書)、『思考からの逃走』『プログラミング/システム』(以上、日本経済新聞出版)、『ブロックチェーン』『5G』(以上、講談社ブルーバックス)、『メタバースとは何かーネット上の「もう一つの世界」』『Web3とは何か』(以上、光文社新書)など著書多数。

  1. メタバースはVRやアバターを使用しなくてもいい。重要なのは快適な世界かどうか
  2. メタバースはDX。仕事のやり方や生き方を変える
  3. メタバースで働く時代の到来がコロナ禍で加速

メタバースはVRやアバターを使用しなくてもいい。重要なのは快適な世界かどうか

岡嶋 氏

――岡嶋先生の研究テーマを教えてください。

メタバースを専門で研究しているわけではなく、本来は情報ネットワークや情報セキュリティが専門です。最近、メタバースに関する書籍を書かせていただいたり、研究会に呼んでいただいたりしているのは、私がヘビーゲーマーなので、ゲーム好きならメタバースについて語れるだろう、というところがきっかけだったと記憶しています。


メタバースはある種のDX(デジタル・トランスフォーメーション)だと思っています。メタバースが世の中に根付きメタバースで働けたら私自身が嬉しいので、メタバースの発展に貢献したいと考え、研究しています。


――岡嶋先生が考えるメタバースとは何かを教えてください。

今、メタバースの分野にはさまざまな人が集まっており、「うちの商品やサービスこそメタバースだ」というポジショントークが横行し、まったく意見が収束していないのが実態です。私は2022年から総務省が開催する研究会に参加していますが、そこでも「メタバースとは何か」という話になると、一人ひとり定義が異なります。


私は、メタバースは「現実とは少し異なる理で作られ、自分にとって都合がいい快適な世界」だと考えています。例えば、病気や障害、趣味嗜好などさまざまな理由で現実が生きづらいと感じている人がいます。私もそのうちのひとりですが、肩身が狭いと思いながら生きている人が、メタバースなら、自分の特性を生かして活躍したり貢献したりすることができ、生きやすくなるかもしれません。


メタバースは、VR(バーチャルリアリティ)でなければいけないとか、アバターがなくてはいけないなどといわれがちですが、ユーザー視点に立つとそこはあまり関係なく世界観が重要だと思います。


*Web3時代に向けたメタバース等の利活用に関する研究会


――メタバースが生きづらさを緩和したり解消したりしてくれることについて、詳しく教えてください。

本来は、人々の生活と社会が合ってないなら、社会を変えるほうが健全かもしれません。実際、歴史的にはそういう流れで変わってきました。しかし、構造が複雑に編み上がってしまった現代社会を変えるのは容易ではありません。


メタバースの中で生活できるくらいの規模やビジュアルの質感が実現すると、現実よりもメタバースに比重を置いて社会生活を営むという生き方を、少しずつ選べるようになってくると思います。


その時、メタバースが現実と同じ世界では意味がありません。例えば、人とのコミュニケーションが苦手な人は、メタバースでも社交性を求められるなら、わざわざ時間とコストをかけてメタバースを使用しませんよね。自分にとって快適な世界でないと意味がなく、だからこそ「移住」という言葉を使うほどにメタバースに夢中になるモチベーションが生まれるのです。


私には双子の子どもがいるのですが、そのひとりが自閉症です。自閉症を私の専門領域で例えると、パソコンの入出力の障害だと思います。パソコンの頭脳の役割であるCPUは動いていても、ディスプレイやキーボードといった入出力トラブルを抱えていると使いにくいように、自閉症の人は他とコミュニケーションを取ることが苦手です。人からの指示が伝わらなかったり、人を怒らせてしまったりするので、学校や会社など社会の中で生きづらいのです。


この入出力の部分を改善することで社会参加できるのであれば、メタバースが彼らの活躍の場になるかもしれません。メタバースで勉強したり、働いたりするわけです。現実で人の感情を読み取るのは困難でも、メタバースのアバターで分かりやすい表情を表現できれば、相手が「笑っている」「怒っている」という状況を読み取りやすくなります。伝えるときにも、自分の表情を作るのは苦手でも「笑う」ボタンによる動作で確実に相手に理解してもらえるでしょう。現実ではすぐケンカになってしまう子どもでも、そのようなやり取りができるようになれば、友達とコミュニケーションがとれるかもしれません。ほかにも、例えば身体的、知覚的ハンディキャップを持っている人がメタバースで働くことができれば、社会の発展に寄与できる可能性もあると思います。

メタバースはDX。仕事のやり方や生き方を変える

――メタバースによって社会や人々の生活はどのように変化するでしょうか。

例えば、学校法人角川ドワンゴ学園が運営されているN高等学校では、VRを使ったメタバースで入学式を行ったり、アバターで友達と肩を並べて学習したりしています。今後はアバターによる可能性の広がりにも期待しています。


ここ20年くらい、大学の授業評価アンケートのデータが蓄積されているのですが、同じ内容の授業でも講師の年齢が上がるにつれて評価が下がっていく傾向が明らかになっています。一概にはいえませんが、見た目で評価されている部分もあるということです。


これから老齢人口が増え健康寿命も延びる中、まだまだ働きたいと考える人が増えるでしょう。一方で、ルッキズムの議論などがありつつも、見た目で評価されてしまう可能性も否めません。メタバースなら、アバターを使ってこの課題を解決できるかもしれません。特に、接客業でニーズがあると思います。これは、まさしくDXです。


DXというと、デジタルツールを導入するところに視線が行きがちですが、大事なのはトランスフォーメーションのほうです。今までは物理的な制約や社会的なしがらみでやりたくてもできなかったことが、デジタルツールによってできるようになる。今までの仕事のやり方や生き方を変えることができる、ということが重要だと思います。


懸念していることは、行政が規制をかけすぎないか。例えばアバターの機能を共通化させるなどの規制が乱立すると、快適な世界を作ろうとするメタバースの試みを阻害してしまいます。


――ほかにメタバースでどのような働き方が出てきますか。

メタバースの中に社会を作るのであれば、社会の仕組みを担うところに仕事が発生すると考えられます。その点は現実と同様です。メタバース中心に過ごす人は、現実の身なりに気を使わなくても、アバターの服飾費には十分にお金をかけます。オンラインゲームのアバターに着せる衣服やアクセサリーなどのデジタルスキンの年間売り上げは400億ドルとも推計されています。当然そこにはそれらをデザインしたり販売したりする働く人々が存在します。既に、デジタルファッションというビジネスは巨大市場になっているのです。先行者利益が大きい業界ですが、まだまだ市場は大きくなると思います。

メタバースで働く時代の到来がコロナ禍で加速

岡嶋 氏

――メタバースが社会に広く受け入れられるようになるにはどのくらいの時間が必要でしょうか。

新しい技術は、優れていたり、便利だったりするだけでは、社会に浸透していきません。誰もが納得・安心して使えるという「気分」が醸成されないと、受け入れてもらえないのです。


例えば、初代iPhoneが登場した2007年に、私はiPhoneに関する本を書きました。iPhoneは生活必需品になり、iPhoneを起点にいろいろなことができるようになると。しかし、「あんなおもちゃが仕事に使えるわけない」と批判をされました。それが世の中の気分だと思います。今では、iPhoneは生活必需品になり、行政の手続きまでできるようになっています。


この気分は10~20年かけて醸成していく必要があります。2023年現在「このアバターは自分の分身なので契約の権利を持たせてください」と言っても、受け入れらません。やはり、メタバースの浸透にも同じくらいの時間がかかると考えていました。しかし、コロナ禍がタイムマシンのように機能し、時計の針が一気に進みました。


それまでは「授業をリモートでやるなんてふざけている、真面目にやれ」と言われていたのが、コロナ禍でリモート授業を受け入れざるをえない状況になりました。人々の感覚がリセットされ、大きく変化したのです。そのため、想像よりも早く、メタバースで働く時代が来ると考えています。


――今後、メタバースの研究に関して考えていることを教えてください。

私自身、現実の世界では生きづらいと思っているため、メタバースが大好きという事情があります。現実にあまり適合しない特性を持っていても、異なる社会の仕組みが与えられれば、ひょっとしたら活躍できる芽があるのかもしれません。


現実の社会の仕組みを変えるのは本当に難しいですが、新しいフロンティアとしての仮想の世界であれば、自分で社会の仕組みを作れます。事故や病気、障害、加齢などで就業が困難な方であっても働く選択肢を広げ、生き生きと働くためには、どんな社会の仕組みや報酬のあり方があればいいのか、そういった制度や設計を考えていきたいと思っています。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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