職場における感情マネジメントに役立つ、
今すぐ実践できる「感情リテラシー」を高める方法

公開日 2023/03/14

ハラスメントやメンタルヘルスなど、職場における「感情」に関わる問題は増えている。こうした問題に対応する企業人事の立場の人はもちろん、職場のマネジメント層、また働く個人一人ひとりに至るまで職場を構成するすべての人が、いかに自分自身や他者の感情を推しはかり、理解した上で、適切な対応をできるかが重要になっている。そこで、『感情の正体 ―発達心理学で気持ちをマネジメントする』の著者で、法政大学 教授の渡辺弥生氏に、「感情リテラシーの高め方」について話を伺った。

渡辺 弥生 氏

法政大学 文学部 心理学科 教授 渡辺 弥生 氏

教育学博士。1983年筑波大学卒業。同大学大学院博士課程心理学研究科で学んだ後、筑波大学、静岡大学、ハーバード大学とカリフォルニア大学サンタバーバラ校の客員研究員を経て、法政大学文学部心理学科教授。同大学大学院ライフスキル教育研究所所長兼務。専門は、発達心理学、発達臨床心理学。

  1. 《そこそこ》の自尊心があるとよい
  2. 感情リテラシーの高め方
  3. 感情のマネジメント方法
  4. 職場の感情と環境を大切にしよう

《そこそこ》の自尊心があるとよい

――そもそも「感情」とは何なのでしょうか。

「感情とは何か」。それは人間がアリストテレスの時代から考え続けてきたことで、現代でも明確な答えがあるわけではありません。生理学や医学など学術ごとでも捉え方はさまざまだと思いますが、私の研究においては、普通の生活者が理解し、マネジメントし得る範囲の「気持ち」のことを指し、「感情リテラシー」や「感情コンピテンス」と呼んでいます。感情リテラシーの研究では、①自分や他人の感情を「理解」する、②自分の感情を「表出」する、③感情を「活用」する、④感情を「マネジメント」するという4つの領域に着目しており、こうした感情リテラシーを獲得できれば、それなりにイケてるという「《そこそこ》の自尊心」を持つことができて満足感や幸せな社会生活が送れるのではないかという考えのもと研究しています。


これまで、職場や生活の中で何かがうまくいかないときは、「行動」や「考え方」を変えることに焦点が当てられてきました。どこまで業績を伸ばしたとか、どんな考え方をするかといったことが重視されてきた傾向が強いでしょう。職場教育として、やりがいや楽しさ、ワクワクといった感情を持たせること、育てることはあまり重視されてこなかったように思うのです。しかし、最近では「充実している」、「やりがいを感じる」といった感情を持ち、失敗もしますが職場や生活に貢献できているという《そこそこの自尊心 》が付随できれば、皆がある程度の幸せに近づけるということが研究で分かってきました。

感情リテラシーの高め方

――感情リテラシーを身につけるために、どのような方法が考えられますか?

まず、「自分の感情を豊かに言語化できる力」を身につけることです。得体の知れない動揺や不安を言語化できれば、自分自身の感情を理解し、伝えることができ、他者もあなたの感情を理解しやすくなります。しかし近年、嬉しいときも、危険を察知し困惑しているときも、すべて「ヤバい」の一言で済ませてしまうなど、「感情語彙(感情ボキャブラリー)」が貧困化しています。嬉しいときでも、怒っているときや悲しいときでも使える「ヤバい」のような万能感のある言葉は何となく通じているようで実は分かり合えていないミスコミュニケーションを引き起こしやすいので注意が必要です。


具体的なトレーニング手法としては、「2分間でできるだけ多くの気持ちを表す言葉(感情語彙・気持ち言葉)を書く」ものや「感情語彙の書いてあるカードを利用して、どんなときにその気持ちになるかをグループ内でクイズを出し、語り合う」といったものがあります。

図:カードを利用したクイズ形式のトレーニング例

図:カードを利用したクイズ形式のトレーニング例


――他にも気をつけることはありますか?

話すときの「トーン(言い方)」「仕草」も大切です。言葉以外のノンバーバルなものの影響力は高く、トーンによっては伝わり方が異なります。例えば「後輩が口答えをしてきた!」と感じても、録画でその場面を振り返ってみると、「最初に自分からかけた言葉の言い方が刺々しいから(あるいは、無視したように話したから)、後輩もそのトーン(言い方)や仕草に影響されて答えている」と分かることがあります。誰しも自分のトーンには案外、無自覚なため、気をつけなければなりません。


――感情リテラシーは性格に影響されるものですか?

人間関係でのトラブルを、「性格のせいにしないで」と言いたいです。「**のスキルがまだ足りないんだ」ととらえるようにしてみませんか。他人の性格を変えることは難しいですが、スキルを身につけてもらうことでトラブルは解消できます。例えば、上手に断る状況でも、スキルのある人と、まだ未熟な人がいます。

どうしても大切な予定がある日に仕事が入ってしまい、誰かに代わってほしいとき、スキルのある人は、「気持ちよくお願いするスキル」を発揮することができますが、未熟な人は、本当は自分も予定があって交代は難しいのに「いいよ……」と答えて、あとでグジグジと「断ればよかった」と悩んでしまいます。ですから、「本当の気持ちをうまく伝えて断るスキル」を、身につける必要があります。「無理!」とはっきり言い過ぎて相手を傷つけてしまう人は「相手の気持ちを考えて断るスキル」を身につければよいのです。

この例で言えば、上手に断れる人はこのスキルを身につけています。①まず相手に共感を示す(「それは困っちゃったわね」)、②明確な理由を伝え(「でも、私もその日に用事があるの」)、③断る意思表明をし(「だから 代われないんだ」)、④謝罪する(「ごめんね」)。可能であれば、⑤代案を提示する(「その翌日なら代われるよ」)、と言った要素を会話の中で行動に移すことができると相手は傷つかないでしょう。スキルや力量が上がると、相手を傷つけ過ぎることなく、自分だけがすべて我慢するわけでもなくなります。もちろん、上滑りな言葉ではなく誠実に心を込めましょう。

図:断り方のコツの具体例

図:断り方のコツの具体例

感情のマネジメント方法

――職場でのハラスメントなどと関連の深い感情である「怒り」に対するマネジメントについては、どうお考えですか?

怒りにはプロセスがあります。最初から爆発する人はなく、最初にイラッとして、徐々にエスカレートしていき、最後に爆発するのです。まずは、自分の怒りのプロセスを知り、「爆発してキレた!」というそこだけでなく、「最初にイラっとした時点」に気づけるようになることです。「イラっとする時点」が分かってきたら、イラっとした時点で何か自分で決めた行動をとることを勧めています。水を飲む、外の空気を吸う、素晴らしい考え方や格言を思い出す、コーヒーを1杯飲むなど、怒りのプロセスをそれ以上エスカレートさせないための対処法は人それぞれですので、自分に一番合う方法を見つけることが肝要です。


――怒りはやはり良くない感情なのでしょうか?

いいえ、怒ることはパッションでもあり、正義感が強いともいえます。怒りは裏返せば良い面もあって、怒りに近いものがなければ、時には生き抜いていくような攻めた仕事もできないでしょう。


ただ、どうしてそのような気持ちを持つのか、ずっと怒っているものなのか、少し自分の感情の特徴を冷静に知ることも、翻弄されないために重要です。例えば、感情のジェットコースターというワークをお勧めします。感情は1日の中でもジェットコースターのようにずっと変化し続けていることに気づきましょう。図のような「気持ち日記」を数日間つけてみると、「私は毎日、夕方に気持ちが落ち込みやすい。それは、夕方に夕飯の献立を考えるからだ」などと、自分の感情の起伏の傾向や原因が見えてきます。怒りや落ち込みも、その原因が分かれば対処が可能になってきます。

図:「気持ち日記」の例(感情のジェットコースター)

図:「気持ち日記」の例(感情のジェットコースター)

※渡辺弥生先生の資料をもとに、パーソル総合研究所作成


また、感情は実は複雑に入り混じっています。上司に叱られたときも悔しいだけでなく、恥ずかしい気持ちがあったり、反発などの怒りがあったり混ぜこぜです。感情全体を氷山に例えるなら、自分でもその一角しか見えていなかったり、相手にも一部しか見せていなかったりします。ハラスメントのような場面でも、ハラスメントをした側には「実は相手に対する嫉妬があったな」とか、受けた側にも「少し被害者意識が強くなっていたな」などと思い直せる部分があるかもしれません。お互いの入り混じった気持ちを共有できるようになると、相手への思いやりが働くようになります。職場での研修例としては、「あるある研修」の導入を勧めています。第三者の立場で、「ミスコミュニケーションが起こりやすいシーンと、そのときどのような気持ちになるのか」を話し合うのです。自分事として考えると追い込まれ嫌気がさしてしまうので、ポイントはあくまで「第三者目線」で考えてもらうことです。


このように、怒ったり、落ち込んだり、喜んだり……、誰もがいろいろな感情を持っているということを分かった上で、自分も自己嫌悪にならない程度に、そこそこ相手と気持ちよく過ごしていくにはどうすればよいか。そうした「そこそこ良い状態」をビジョンとして共有していけるかが重要です。また、私たちはそもそも存在していること自体に価値があるのですから、「Very good=もっと良い状態」を目指すよりも、「Good enough=存在するだけで十分」という、先でも述べた「そこそこの自尊心」すなわち「本来感」を大切にしていきたいものです。

職場の感情と環境を大切にしよう

――大人になった今からでも、感情リテラシーは獲得できますか?

はい。私たち人間は、就学年齢くらいには、怒りや喜びなど基本的な感情を持っていますが、明確な発達段階があるわけではなく、特に感情リテラシーの発達は個人差が大きいものです。いかにいろんな人と関わり、コミュニケーションをしているかが重要になります。


――核家族化など、昭和の時代と比べていろんな人との関わりは減ったように思いますが、感情リテラシーは下がっていると感じますか?

昭和の時代は、ゲームもスマートフォンもありませんから、「だるまさんが転んだ」などの遊びを通して、常に動く相手の表情、声のトーン、身振り手振りを注意深く見て、怒っているのか、泣いているのか、相手の感情に関心を持っていました。生身の人間に対応するための、いわゆるソーシャルスキルは下がっているかもしれません。


また、表情などの動きだけでなく、「前後の文脈を読み取る力」も、相手の感情を推察するためには欠かせません。例えば、優先席の前に立つ高齢者と、優先席を譲らずに座り続ける中学生を見かけたとき、私たちは一般的に「中学生には親切心がない!(怒り)」と判断しがちですが、その10分前に中学生がお腹を抱えてようやく席に座った姿を見ていたらどうでしょう。「かわいそうだな」と思うかもしれません。ところがさらに1時間前、学校へ行く前に中学生が禁じられているアイスをこっそり食べていたとしたら……。「自業自得だな」と嫌悪感を覚えるかもしれません。文脈に関わる情報をどこまで獲得できたかによって、考え方が変われば同時に抱く感情も変わってくるのです。


最近の職場では、特にテレワークによって、相手の仕事の文脈、生活の文脈、人生の文脈を読み取ることが難しくなっていると聞きます。これまで以上に、「自分の感情を伝えるスキル」や「適切に助けを求める『援助要請』のスキル」を身につける必要があるでしょう。黙っていては、あなたの感情に誰もなかなか気づいてはくれないのです。


――先生の著書では、こうした感情リテラシーを育む考え方のフレームワークとして、「ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)」が紹介されています。SELのポイントを教えてください。

これまでは、知識、思考、経験を獲得する「認知的スキル」ばかりが重視されがちでしたが、人生100年時代の現代では、こうした認知的スキルを伸ばすためにも自分自身をマネジメントする力、忍耐力、社交性や思いやりといった、「社会情動的スキル」の獲得が重視されてきています。

図:「認知的スキル」と「社会情緒的スキル」

図:「認知的スキル」と「社会情緒的スキル」

※出所:国立教育政策研究所(2017)「PISA2015 年調査国際結果報告書 生徒のwell-being」


このような潮流をふまえ、SELは、自分と他者の理解である「①自己理解」「②他者理解」、お互いのソーシャルスキルである「③対人関係スキル」、感情のマネジメントに当たる「④セルフマネジメント」、道徳的に責任ある意志決定ができるかの「⑤責任ある意思決定」、この5つのコンピテンスを育んでいこうと考えています。これらの力が備われば、社会貢献度が高く、精神的にも健康な大人に育つと考えられています。SELに基づいたトレーニングは、基本的に学校などで子供たちに実施されるものが多いですが、親御さんや企業・組織に勤める大人向けにも実施されています。


――職場の感情マネジメントに関して、さまざまなアドバイスやお話をありがとうございました。最後に、企業人事に向けたメッセージをお願いします。

ここまで各個人の内なる感情にフォーカスして話をしてきましたが、私たちは無意識のうちに外から環境の影響も受けています。例えば、誰かがイライラしていると、つられて他の人もイライラしてしまうといった「情動感染」は、ウイルスの感染力よりも強いといわれています。職場の雰囲気を整え、心地よく働ける環境づくりを行うことは重要だと思います。

ある学校では、各自が1日のうちに誰かからもらった「あたたかい言葉」を数え、その数を伝え合っただけで、学級の雰囲気があたたかくなりました。職場も、「苦しくても我慢して成果を上げる」というストイックな雰囲気ではなく、働く人々が皆、やりがいや楽しさ、ワクワクといった感情をそこそこ持てているような雰囲気にしていけるといいですね。職場の風土があたたかいと個人のやる気も増し、連帯感が強くなり、職場の業績をあげるというエビデンスがたくさん報告されています。

個人の感情リテラシーを伸ばすためにも、まずは先のゲームなどを試みて、あたたかい環境づくりの工夫もぜひ考えてみてください。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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