• 調査レポート

メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)

公開日:2022年11月2日(水) 

調査概要

調査名 パーソル総合研究所&玉川大学 「メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)」
調査内容 ■アバターによるコミュニケーションの可能性に関する研究
1.コミュニケーション形態(対面、VRアバター、Web会議ツール)の感性的な印象評価を確認する
2.コミュニケーション形態(対面、VRアバター、Web会議ツール)による生理的反応から特徴を確認する
3.コミュニケーション形態(対面、VRアバター、Web会議ツール)による映像解析から特徴を確認する
※VRアバター:Workrooms Web会議ツール:Zoom(顔出し)
調査対象 ■営業 熟練者
営業経験 4年以上の男女 6名(20代~30代)
■営業 非熟練者
営業経験 4年未満の男女 7名(20代)
調査時期・場所

2022年6月2日-6月30日・パーソル南青山ビル 会議室 

調査方法

協力企業(IT系広告会社)の営業担当者 13名による実証実験

実施主体 株式会社パーソル総合研究所
共同研究機関 学校法人玉川大学 脳科学研究所
倫理的配慮 玉川大学研究倫理規定に基づき、倫理的に配慮して実験を行った。
倫理審査No.TRF-22-0014 研究課題名「メタバース社会における対人インタラクション研究」

※報告書内の構成比の数値は、小数点以下第2位を四捨五入しているため、個々の集計値の合計は必ずしも100%とならない場合がある。凡例の括弧内数値はサンプル数を表す。

調査報告書(全文)

Index

  1. <アンケート分析>意図の発信・受信・ストレスの主観評価と感性評価
  2. <心拍データ分析>実験順・シナリオ・コミュニケーション形態の影響
  3. <映像・音声分析>営業場面における動画アノテーション
  4. コミュニケーション形態別の特徴(まとめ)
  5. 「VRアバター営業」はストレス低減のメリットがある一方、意思疎通に課題
    技術進展の先に広がる新しい働き方の可能性に期待

実験方法

営業場面を想定した3種の実験シナリオを作成し、3つのコミュニケーション形態、①対面営業 ②VRアバター営業 ③Web会議営業(顔出し)で商談実験を行った。各コミュニケーション形態における心拍データと映像・音声データ、アンケートデータを用いて比較分析を行った。

実験方法

調査結果(サマリ)

<アンケート分析>意図の発信・受信・ストレスの主観評価と感性評価

「VRアバター」が最もストレスを受けない

3つのコミュニケーション形態(対面・VRアバター・Web会議)それぞれの実験直後に「自分の意図が伝わったと感じたか(意図の発信)」、「相手の意図を理解できたと感じたか(意図の受信)」「精神的な安定度合いはどうだったか(心理的負荷)」についての主観的評価を聞いたところ、「意図の発信」および「意図の受信」ともに「対面」が最も高い評価となった。主観的なアンケートによる「心理的負荷」では、アバターを介した「VRアバター」が最もストレスを受けず、「Web会議」は「対面」よりもややストレスを受けると評価する傾向が確認された。

図1.意図の発信・受信、心理的負荷についてのアンケート結果(被験者全体)

意図の発信・受信、心理的負荷についてのアンケート結果(被験者全体)

対面は「近く」「信頼できる」「緊張した」、VRアバターは「わくわく」、するが「嘘くさい」、Web会議は「誇らしい」

3つのコミュニケーション形態(対面・VRアバター・Web会議)ごとに被験者の感性評価を分析したところ、以下の特徴が確認された。

① 対面
やや「動的」、「機敏な」印象を抱き、他の形態と比較して「近く」「信用できる」が「緊張した」と評価していた。

② VRアバター
やや「軽い」印象を抱き、他の形態と比較して「わくわく」するが、「嘘くさい」と評価していた。

③ Web会議
やや「静的」「地味な」「暗い」「陰気な」「鈍い」「退屈な」「遠い」印象を抱き、他の形態と比較して「誇らしい」と評価していた。Web会議ツールを用いた営業は2020年コロナ禍以降常態化しており、慣れているものの、本質的には相手との距離を感じていることがうかがえる。

図2.コミュニケーション形態による感性評価(被験者全体)

コミュニケーション形態による感性評価(被験者全体)

<心拍データ分析>実験順・シナリオ・コミュニケーション形態の影響

顧客と初対面、かつ「対面営業」の平均心拍数が高い

3つのコミュニケーション形態(対面・VRアバター・Web会議)別に測った心拍数を、実験順(実験状況への慣れによる影響を考慮)と、3種類のシナリオ別に比較分析したところ、被験者全体の平均心拍数が最も高いのは、「対面」であった。「対面」のコミュニケーションは営業担当者にとって緊張度の高い場面と考えられる。ただし、「対面」の心拍数が高いのは実験順が1回目の顧客と、「初対面」に限られていた。一方で、「VRアバター」と「Web会議」では、初対面でも心拍数が高くならなかった。

「VRアバター」と「Web会議」の心拍数の平均値の差は少ないと考えられる。ただし、ほぼすべての被験者にとって「VRアバター」は初めての体験であり、機材に対する不慣れによる緊張があったことが推察される。このような状況を鑑みると、「VRアバター」には緊張を上げない他の理由があるものと推測される。

図3.コミュニケーション形態による心拍数の比較(実験順×シナリオの組み合わせ別)

コミュニケーション形態による心拍数の比較(実験順×シナリオの組み合わせ別)

<映像・音声分析>営業場面における動画アノテーション*¹

「VRアバター」や「Web会議」を介すると心理的負荷が緩衝

各実験場面で被験者の心拍が揺らぐ箇所の中から意味付け可能な箇所(時間区間)を選定し、その時のふるまい(行動・言動など)、生理指標(心拍)・心理指標*²・行動指標(映像・音声)と心理調査結果から総合的解釈をした。

その結果、高圧的な態度をとる営業相手(実験シナリオC)には、営業経験年数やコミュニケーション形態にかかわらず緊張度が高まることが推察された。ただし、「対面」よりも「VRアバター」や「Web会議」のほうが心拍が低い傾向となった。相手との心理的距離が遠くなる「VRアバター」や「Web会議」を介することで心理的負荷が緩衝され、客観指標となる心拍数が低減したと考えられる。

*¹ 専門職者(人)による動画の意味付け記録

*² 性格特性5因子:人の性格的特性を「外向性・協調性・開放性・勤勉性・情緒安定性」の5つの観点で定量化する心理尺度

図4.高圧的な態度をとる相手との商談時の心拍変化

高圧的な態度をとる相手との商談時の心拍変化

コミュニケーション形態別の特徴(まとめ)

対面営業

主観アンケートの結果、「自分の意図が伝わった(意図の発信)」、「相手の意図を理解できた(意図の受信)」に関する評価スコアは「対面」が最も高い傾向が確認された。同時に聴収した感性評価においては、やや「動的」「重い」印象を抱き、他の形態と比較して「近く」「信用できる」が「緊張した」と評価していた。

また、対面での圧迫感のみならず、顧客に資料を先読みされるなど、商談の進めにくさを指摘する被験者もいた。心拍分析や映像分析からも確認できる通り、最もストレスを受ける形態だと考えられる。

一方で、情報量が多く「意図の発信・受信」がしやすいと評価された。相手との信頼関係の構築を求められる場面などでは、重要なコミュニケーション形態だといえる。対面営業が初体験であった被験者からもポジティブな評価を得ることができた点も興味深い結果であった。

VRアバター営業

VRアバターを介して仮想空間内で実施した商談は、他の形態と比較して最もストレスを受けにくい傾向が確認された。感性評価においては、やや「静かな」「軽い」印象を抱き、他の形態と比較して「わくわく」、やや「近い」との特徴も確認されたが、「嘘くさい」とも評価していた。

仮想空間内におけるふるまい(頭・体・上腕の動作)を伴う3Dアバターであったとしても、相手の情報量は対面と比較して少なく、音声とデフォルメされたアバターの表情からは、相手の真意の読み違えが生じる可能性が高い。(例:声は苛立っていても、表情は変わらない)

精神的なストレスを受けにくい点では今後の活用場面によって利点となり得ると考えるが、初対面の相手とのコミュニケーションにおいては、お互いに誤解や不信感を与えかねないリスクがある形態とも考えられる。

Web会議営業

「Web会議営業」は「対面営業」よりも、ややストレスを受ける傾向が確認された。感性評価においては、やや「静的」「静かな」「地味な」「暗い」「陰気な」「鈍い」「退屈な」といった印象を抱き、他の形態と比較して「簡単」「遠い」が「誇らしい」と評価していた。2Dの限られた画面上ではあるが、相手のリアルな表情やしぐさを注意深く観察することができるツールとも考えられる。この点では、対面以上に相手の振る舞いを観察し、意図を読み解くことに意識を向けやすいことが推察される。

また、「対面営業」と対比して、自分のペースで資料提示しつつ商談を展開できると指摘する被験者もいた。自分のペースで展開しやすく、音声と画面上の情報に限定されるため、内心の緊張を表出させず、堂々とした態度で商談に臨むことができる形態とも考えられる。

分析コメント

「VRアバター営業」はストレス低減のメリットがある一方、意思疎通に課題
技術進展の先に広がる新しい働き方の可能性に期待

昨今、「メタバース」という用語を耳にする機会がビジネス場面においても多くなってきている。このような市場動向に対応し、今後は仮想空間内でアバターを介して営業や販売などを行う新たな専門人材のニーズが高まることも想定される。しかし、メタバースに代表される仮想空間におけるアバターを介した対人コミュニケーションは、物理的に人と人が相対して行う対面コミュニケーションとは異質な点も多いことが想定される。

そこで本実験では、対人インタラクション*¹においてコミュニケーション形態(対面・VRアバター・We会議)の違いがどのような影響を引き起こすのかを営業場面に着目して探索した。

結果、メタバースにおけるアバターを介したコミュニケーションについては、アバターを介することで過度な緊張を回避できる可能性などが示唆された。他方で、「対面」や「Web会議」のように相手の表情などから十分な情報を得ることができず、声と会話内容とデフォルメされたアバターとのアンマッチによってユーザーの意図に反した誤解が生じかねないリスクも示唆された。

また、実験後のインタビューでは、「VRアバター」の活用場面としては初対面の相手よりも一定の人となりを承知している相手との対話などに向いており、営業的な説明・折衝場面よりも複数人でアイディア発想するなど創造的ワークにこそ利点があるのではないかとの意見もあがった。

いずれも興味深い意見であり、今後は1:Nでの状況を想定し、ユーザーの職務遂行時の創造性や信頼感などにどのような影響があるのかといった検証を行っていきたい。さらには、アバターを介することで情報が限定的になることがネガティブと結論付けることは拙速であろう。ユーザーの注意が焦点化され、外見などの表面的なバイアスを抑制し、事の本質を振り返ることができる可能性があり、検証が望まれる仮説の一つと考えている。

今後の職務遂行場面におけるメタバース空間の利活用を想像すると、ゲームやエンターテインメント領域のように日常と切り離された異世界というよりは、まずはバーチャルオフィスなど現在の職業生活の延長としての活用が現実的であろう。しかし、メタバースの世界では、ユーザー一人ひとりが自己の在り方をより柔軟に変化・拡張できる点でこれまでにない新たな働き方の提案にもつながる可能性を秘めている。メタバース黎明期である今日、乗り越えるべき技術的課題や法整備、ユーザーのリテラシーなどの課題は少なくないが、メタバースが開く新たな世界(Well-being Society)に大いに期待したい。

*¹ インタラクション (interaction)
相互作用、交流、やり取り、などの意味を持つ用語。複数の要素が、一方的な関係ではなく、互いに影響を及ぼし合ったり、相手の働きかけに応答したりすること。また、そのような双方のやり取りや掛け合い。

※本調査を引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所&玉川大学 「メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)」


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