公開日 2022/12/15
パーソル総合研究所は、対面と非対面の形態の違いがコミュニケーションに引き起こす影響について、データに基づき解明するための基礎的実験を大森隆司名誉教授(玉川大学)らと共同で実施。2022年11月に「メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)」結果を発表した。
本稿は、本研究に参画した玉川大学教育学部 山田徹志氏に、今後より身近になると予想されるメタバースの観点から、コミュニケーションに影響を与えるものやコミュニケーションのこれからについて寄稿いただいた。
人のコミュ二ケーション能力は個々の人生の中で得た経験をもとに醸成される。筆者は教育工学研究者であるが、元々は幼稚園教諭だったことからも、「経験からの学び」1はコミュニケーション上とても重要であると考えている。
子どもの「遊び」の中に、「ごっこ遊び」がある。友達と疑似的に家族やキャラクターなどの「役」になり切る遊びである。そこでは相手の心の状態の読み取りが不可欠となる。なぜなら、他者の心の状態の予測を通して、動きを合わせたり台詞を合わせたりしながら「○○役」が存在する世界を現実へ投影するからである。この姿は、アバターをまとった仮想世界/メタバースでのコミュニケーション構造によく似ている。ともすれば、メタバース内でのコミュニケーションは特別なことでなく、私たちがこれまで自然に行ってきたものとさほど変わらない。
では、なぜこのようなコミュニケーションが成り立つのか。それは他者の心の状態の予測には「経験」というビックデータが関係するためだと考えられる。今まで実際に見る・聞く・話す・触れるなどの経験が総じて他者の心の状態の予測に繋がるのだ。
例えば、好意を抱く相手の行動・言動から心情を予測し「嫌われない対応」について直感的に過去の経験から行動を決定するように。これは人のインタラクション研究で相手(他者)の心の状態の予測モデル(「他者モデル」2)の考えに近い。まさに、コミュニケーションは「経験からの学び」がなせるワザである。
今回のパーソル総合研究所との研究3では対面、会議ツール(Zoom)、VRアバタ-の各営業場面におけるコミュニケーションへの影響要因を探索する中、その一部の結果として以下を確認した。
1.熟練者(営業経験4年以上)はVR、Zoomにおいて自己の態度をコントロールする場面が多いこと
2.非熟練者(営業経験4年未満)の心拍数と緊張度はVR、Zoomより対面での営業場面の方が高いこと
これらの結果は先の話に繋がる。1.についてVR、Zoomを使用した営業場面では相手の身体全体の動きや表情変化といった情報が少ない。このような状況でも熟練者は身振り手振り、うなずきなど態度をコントロールしながら相手の心情を予測し対応している。2.について非熟練者はコロナ禍による対面での営業経験の少なさから緊張度と心拍数は高くなる。
つまり、デジタル(Zoom、VR)でもリアル(対面)でも背後にある「経験」がコミュニケーションに影響を与えている。
今後、メタバースはより自由で身近なコミュニケーションの場になるだろう。Decentraland4,XANA5などを覗くとそれは想像に難くない。そこでは「ごっこ遊び」のようにアバターを使い好きな役(自分)に変身することも簡単である。しかし、テクノロジーが進歩しても実際のコミュニケーションでは本人の「経験」が問われる。つまり、コミュニケーションの「これから」には本人の「これまで(経験)」が重要なのだ。
経験という膨大な情報を研究することは無謀だが、今回の試みのように特定の場面であれば研修のレコメンドやメンタリングへの活用などが期待できる。また、技術・資格・経歴だけでは測れない潜在的な働く人の可能性の発見にも繋がるかもしれない。
この試みは、まだ始まりに過ぎない。他の職域や協働場面の検証など課題は山積みだが 継続発展していくことを願いたい。働く人の「これまで(経験)」が認められ、もっと「笑顔」になれるように。Hello New Work
<参考文献>
[1] Dewey, J.(著)・市村尚久(訳)『経験と教育』講談社,(2004).
[2] Premack, D. : The infant’s theory of selfpropelled objects., Cognition Vol. 36 No. 1, pp. 1–16, (1990).
[3]パーソル総合研究所.「メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1),
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/metaverse.html
(Accessed 2022.12.5).
[4] Decentraland,https://decentraland.org/(Accessed 2022.12.5).
[5] XANA,https://xana.net/ja/(Accessed 2022.12.5).
玉川大学 教育学部 教育学科 講師
学術研究所 ICT教育研究センター
山田 徹志 氏
幼稚園教諭を経て、玉川大学脳科学研究所でNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)認知インタラクション研究に携わる。現在、玉川大学教育学部教育学科、学術研究所ICT教育研究センターで教員養成と研究に従事。修士(教育学)、博士(工学)、保育士、幼稚園教諭(専修)。研究テーマは、AIを用いた教育支援、意欲、関心など心的状態の可視化、コミュニケーションのダイナミクスなど。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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