公開日 2022/12/09
(本記事は、NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを、許諾を得て転載しております。)
テレワークの普及により、ビデオ会議やチャットを通じたコミュニケーションの機会は格段に増えた。新しいツールが導入されたことで、私たちの働き方や組織のあり方も大きく変わった。「次なるコミュニケーション技術として期待されているVRがビジネスの現場に下りてくれば、働き方はさらに大きく変わる可能性があります」そう語るのは、パーソル総合研究所(以下、パーソル総研)のシンクタンク本部 主任研究員の井上亮太郎氏だ。ビジネスツールとして見た場合、VRはどのような特徴を持っているのか。どのような活用法が考えられるのか。私たちの働き方はどう変わるのか。
パーソル総研が発表した「メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)」において共同で研究を実施した脳科学が専門の玉川大学名誉教授 大森隆司氏と井上氏に話を伺った。
玉川大学 名誉教授 大森 隆司 氏
認知科学者。東京農業大学、北海道大学を経て玉川大学で人の心の過程の情報処理的な解明の研究を行う。近年は子どもの教育へのAI導入を目指している。日本認知科学会と日本神経回路学会の元会長。
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 主任研究員 井上 亮太郎
大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(業務・意識統合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
――ビデオ会議などの登場で、私たちのコミュニケーションの方法はどう変わりましたか。
大森:よく耳にするのが、遠隔でも顔が見えるようになり、在宅ワークがしやすくなった、営業の範囲が広くなったという声です。しかし、コミュニケーションツールの進歩は、働き方にとどまらず、他者認識や人間関係も大きく変えてしまうんです。たとえば、以前は遠方の支社と電話でコミュニケーションを取っても、何となく疎遠な感じがしたかもしれませんが、Zoomなどのビデオ会議で顔が見えるようになった途端、一気に心理的な距離が短縮されたと感じる人が多いのではないでしょうか。
井上:ビデオ会議という「顔が見えるツール」によって、自分たちが仲間意識を持つコミュニティのサイズが大きく変わりましたよね。歴史を振り返っても、FAXからe-mailといったコミュニケーション手段の進歩が、さまざまな形で私たちの関係性を変えてきました。社会や組織でのコミュニケーションを考える上で「テクノロジーの進歩に伴って人間関係がどう変わるか」という視点は、見落とされがちですが、非常に重要だと思っています。
――技術だけでなく、私たちの関係性にも目を向けることが重要だということですね。
井上:その通りです。こうした前提を踏まえて、パーソル総研では玉川大学の大森隆司名誉教授と共同で「メタバース社会における対人インタラクション研究(Phase1)」という研究に着手しています。次なるコミュニケーションツールとしてVRが使われるようになったとき、他のツールと何が違うのか、「VRはどのような場面に向いているのか」「向いていないのか」を明らかにすることが研究の目的です。予備的な実験では「営業熟練者」(営業経験4年以上)と「営業非熟練者」(営業経験4年未満)に、対面、ビデオ会議、VRの3形態で模擬営業を行なってもらいました。模擬営業では3つのシナリオを用意し、それぞれのケースでの心拍データ、映像と音声データ・アンケートを用いて分析しました。
実験に用いたシナリオ
A:新規顧客に対し、自社サービスを提案するが、対する顧客は無表情で応答が悪い
B:新規顧客に対し、自社サービスを提案するが、懐疑的で厳しい質問が次々にされる
C:担当変更挨拶とともに受託案件の悪い成果報告を行うが、前任者や成果に対して厳しい対応をされる
VRでの実験の様子
VRでの実験の様子。自分自身でアバターをデザインし、オフィスを模したVR空間内で相手とコミュニケーションを取った。実験にはMetaのMeta quest 2とWorkroomsを使用。「検証協力:吉本興業・遠藤かおる」
対面、ビデオ会議、VRの特徴
大森:検証結果としては、
1、対面による営業活動では最もストレスを受けるけれども、受け取る情報量が多く、意思の伝達がしやすい。
2、ビデオ会議ではややストレスを受けるものの、自分のペースで話を進めやすく、営業非熟練者でも内心の緊張を表出させずに商談に臨むことができる。
3、VRは精神的ストレスを受けにくい反面、情報が上手く相手に伝わりにくい。
ということがわかりました。
結局私たちが人の表情から何を見ているかというと、表情の裏にある心の動きなんですよね。その際に相手の顔や表情などの情報が不足すると、相手とコミュニケーションが取りづらいという面があります。また、相手の身振り手振りもコミュニケーションの上で非常に重要な情報です。
ビデオ会議では、得られる情報が音声と画面上の情報に限定されることが、相手の振る舞いを観察したり、意図を読み解いたりすることに意識を向けやすかったようです。
井上:VRでは相手が怒っているのにそうとは感じないなど、アバターの表情や体の動きと音声の不一致などに戸惑う声が聞かれました。今回の実験機器は、人の腕や頭の位置を読み取ってアバター上で再現することはできるのですが、表情まで連動しているわけではないため、相手にリアルな感情表現を伝えるレベルには技術的に至っていないということかもしれません。
VR空間で行った営業活動
VR空間で行った営業活動。奥行きがあり、遠くに行くほど声が小さくなる、身長や椅子などの高さも再現されている。
――「VRだと精神的ストレスを受けにくい」のはなぜでしょうか。
大森:アバターを通じ、他者を演じながらコミュニケーションを取っているという側面があるからかもしれません。アバターを使えば、外見は自由自在です。私もVRを使用するときは、気分によってアバターを若い男性やおじいちゃんなどに設定しています。人はアバターに設定したキャラクターを演じようとする「プロテウス効果」と呼ばれる心理効果があります。
井上:おじさんが美少女のアバターを使ったときに、ぴょんぴょん跳ねたりしていると聞きます。その人の思い描く美少女像が表れているのかもしれませんね。アバターは自己表現としても楽しいですし、外見を変えることで話のきっかけにもなります。
ただ、現在のビジネス(商談)の延長という認識の下では、初対面の人といきなりアバターでコミュニケーションを取るのは、注意が必要だと言えます。
大森:何回かリアルで会っている人となら、アバターの状態でも円滑にやり取りできるので、その辺りは使い方を探っていくことになるでしょうね。
対面、ビデオ会議、VRの強みと弱み
――対面よりVRの方が有利な場面はあるのでしょうか?
井上:先日、ある会社がVR空間上で婚活をする「VRお見合い」をやったそうです。結果は想定以上のカップル成立率だったと聞きました。最初は「顔もわからないし、表情も伝わりにくいのになぜだろう?」と疑問だったのですが、参加者は相手の声やアバターの身振り手振りの動きだけで、十分にコミュニケーションが取れたそうです。顔や表情といった外見的な第一印象の情報がなかったことが、かえって相手の本質を見ることにつながったのかもしれません。上手く工夫すれば、企業の採用などでも使える可能性があります。
――ビジネスの場ではどのように活用されるでしょうか。
大森:VRのアバターを使えば、相手が高圧的な人であっても鈍感になれるため、接客業などには使い勝手が良いでしょう。銀行やホテルの受付などにも活用できそうですね。
井上:営業という観点から言うと、年齢や外見の風格といった余計な情報無しに、提案内容や会話のやり取りだけで判断されることになります。そのため、社交性が高ければ新入社員であっても、すぐに営業成果を出せるかもしれません。
大森:VR空間がひとつの「場」として機能することも大きいですね。ビデオ会議の場合、定刻になると会議が始まって、画面に全員の顔が並列されるじゃないですか。今は慣れてしまっていますが、全員の顔が並列に並んでいるのって、会話の形式としてちょっと不自然ですよね。VR空間だと奥行きのある「空間」があり、会議があれば会議室まで歩いて行くとか、相手の近くに行って話すといったリアルに近い身体性があります。アバター同士を接近させることで「握手らしきこと」もできます。
井上:空間も自由自在にデザインできるので、「今日は真面目な会議だから、寒色系で直線的なデザインの部屋にしよう」とか「レクリエーションをするので、クッションを置いてゆったりした部屋にしよう」といったことも簡単にできます。
VRとリアルの類似点と相違点
井上:VRの進歩で一番インパクトがあるのは、労働参画の部分ではないでしょうか。現状でもWeb会議を使って、地方在住者でも東京の企業で働けたり、日本にいながら海外の企業で働いたりすることは可能ですが、この適用範囲がさらに広がることが期待できます。働き方の柔軟性はより高まるはずです。ただ、それ以上に期待しているのが、労働力不足への貢献です。今後、日本は大幅な労働力不足に見舞われます。しかし、VRのビジネス上の活用が普及すれば、働き方の選択肢が広がり、幅広い労働参画を実現できるかもしれません。
厚生労働省の「障害者白書(令和4年版)」によると、現在、日本には身体障害者と精神障害者が合計で約850万人います。VRの活用によって、身体に障害があっても、アバターを介して家にいながら働くことが可能になります。また、VRでは対人ストレスが軽減されるので、対人関係に苦手意識を持っている人に、リハビリとして、アバターによるコミュニケーションを導入することも考えられます。働く意志を持っていながら、今まで働けなかった人の就労につながれば、経済・社会全体への後押しになるはずです。
――雇用のあり方が大きく変わっていきそうですね。
井上:そうですね。ただ、どう変わるかは推測できない部分もあるんです。コロナ禍で一時期オンライン飲み会が流行りましたが、今ではあまり耳にしなくなりましたよね。でも、やってみて「飲み会というコミュニケーションにオンラインは向いていなかった」と、気づきを得て、リアルの大切さを再確認できたことが大事だと思っています。
大森:新しいツールに、「私たちの人間関係」がどう反応するかは、やってみないとわからない。ですから、今後数年で「とりあえずVRをやってみよう」という企業が増えてくると思います。
井上:既に外資系のコンサルティングファームなどでは、入社式などをVR空間上で開催したり、ある大学は教授会をアバターで開催したりするなど面白い試みを始めています。われわれパーソルグループは「はたらいて、笑おう。」というグループビジョンを掲げているのですが、新しいツールを取り入れるワクワク感みたいな、面白いことを仕事に持ち込める企業が増えていくといいなと思います。技術進歩で机に向かって仕事をするだけではなくなってくる。そのなかで、さまざまなコミュニケーションツールが持つ特性をいかに使い分けていくと良いのか、その先にどんな未来が待っているのか、これからも実験を通じて明らかにしていきたいですね。
構成:土居雅美
編集:金子祐輔
撮影:岡村智明
デザイン:藤田倫央
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
※本記事は、NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを、許諾を得て転載しております。
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