個に寄り添い、個を輝かせる。カインズのキャリア自律支援

公開日 2022/06/29

全国に230近くの店舗を展開するホームセンター大手のカインズは、2021年9月に策定した新たな人事戦略「DIY HR®︎」を柱に、従業員のキャリア自律を推し進めている。具体的な施策内容や、現場への浸透の方法、現場の反応などについて、人事戦略本部の岩崎泰久氏、中島龍一郎氏にお話を伺った。

岩崎 泰久 氏

人事戦略本部 人事戦略・企画部 部長 岩崎 泰久 氏

今回の人事変革においては、「DIY HR®」の理念に基づく、新たな施策の立案・企画・推進と人事制度設計を主に担当。

中島 龍一郎 氏

人事戦略本部 組織開発部 部長 兼 本部長補佐 中島 龍一郎 氏

「DIY HR®」の理念を社内に浸透させ、施策を実行していく土台となるHRBP機能と、採用~育成までの人材マネジメントに関する領域を主に担当。

株式会社カインズ

関東地方を中心に、全国にホームセンター「CAINZ」を展開する企業。
1989年創業。従業員数12,995名(2022年2月末)。

  1. 自律的キャリアを促す新コンセプト「DIY HR®︎」とは
  2. 140以上の職をオープンにし、個人の意思を引き出す
  3. キャリア自律に不可欠なのは《上司の変革》
  4. 自主自律は厳しい要求。大胆かつ丁寧に推し進めたい

自律的キャリアを促す新コンセプト「DIY HR®︎」とは

――新しい人事戦略が策定された背景と経緯をお聞かせください。

岩崎氏:もともとカインズの歴史は、変革による成長の歴史でもあります。第一創業期は、日本型ホームセンターの勃興期であり、第二創業期には、SPA(製造小売)を導入し、他社との差別化が図られました。そして、現在は第三創業期として全社的なDXを推し進めています。

これまでの人事戦略では、チェーンストア理論をベースに、いかに店舗・商品を増やし、いかにチェーンストア経営システムにとって最適な人材を育てていくかが問われました。しかし、第三創業期では、ビジネスの多様化、働く人材の多様化が進み、これまで必要とされていた人材タイプの育成だけでは、目指す経営戦略とマッチしないと考えるようになりました。

そのようなタイミングで2019年に新たな経営戦略として「PROJECT KINDNESS」を策定しました。我々が取り組む新しい人事戦略は「PROJECT KINDNESS」の4つの柱の1つです。「経営戦略と同じ熱量で人事戦略に取り組む」という方向性が定まりました。

また、管理本部(現:コーポレート本部)の傘下にあった人事を「人事戦略本部」として独立させました。私たちは「戦略人事」を実行するんだ、と。カインズには本部が14あるのですが、各本部にHRビジネスパートナー(HRBP)というポジションも設計しました。

――新しい人事戦略の「DIY HR®︎」というコンセプトについて教えてください。

岩崎氏:「DIY HR®︎」は個々の自律を促すことをベースに考えられた人事戦略のコンセプトで、「DIY Career Path®」「DIY Learning®」「DIY Communication®」「DIY Workstyle®」「DIY Well-being®」の5つの分野に分かれます。

図:CAINZの「DIY HR®︎」

図:CAINZの「DIY HR®︎」

※「DIY HR®」は商標登録済み

カインズには素直で真面目な人材が多く、指示に対する突破力や団結力が非常に高い。しかし、裏を返せば指示を待ってしまうところがありました。そこで、「内発的に生まれる動機を大切にすること」「挑戦を支援すること」「それを支える心理的安全性を確保すること」が重要だと考えました。個に寄り添い、上司・部下・横の関係でコミュニケーションをとり、能力を発揮できる環境をつくっています。

ビジョン、コアバリュー、経営戦略、人事戦略、すべての串が通っていて納得感があり、かつ経営層ともしっかり握られている内容なので、進めやすくもあります。

140以上の職をオープンにし、個人の意思を引き出す

――どのように「個々の自律を促すこと」が行われているのでしょうか。

中島氏

中島氏:私たちはまず「個人のWillを尊重すること」を大切にしています。半年に一度、キャリアに関するヒアリングの場を設け、(1)個人が自分の進みたいキャリアについて考える、(2)上司が個人のキャリアプランを聞き、アドバイスする、(3)会社に対して意思表明をする、(4)社内公募へ手を挙げる、の4ステップで行っています。起点は必ず個人の意思です。もちろん一部の配転や部署異動には、会社起点のものも残っています。

大きく変更したのは、「どんな部署があって、どんな業務が行われているのかを一覧化し、誰でも見られるように公開したこと」です。これまでは「自分のやりたいことが、この会社で実現できるかわからない」という声も多く、離職の問題にもつながっていました。カインズには140以上の職種があり、キャリアチェンジの可能性があるにもかかわらず、それを示せていなかったのです。社内インターンや、社内兼業の仕組みもつくりました。「まずは短期間経験してみて、自分の適性をはっきりさせる」ためのサポートがしたいと環境を整えているところです。

――店舗からの反発や抵抗はありませんでしたか。

中島氏:ありましたよ。しかし、「アーリーアダプター」と言いますか、必ず協力してくれる店長がいて、そこから広がっている部分もあります。今後は、「人を育てない店長は評価されない組織」に変わっていきます。もともとカインズには「人を育てるのは当たり前」という文化がありましたが、組織が細分化されて、正社員の頭数が増えていくと、「評価軸にないことはやらない」というケースも生じてしまっていました。改めて「育成を大事にするリーダーを大切にしたい」という我々の意思を表明するためにも、評価制度を変更しました。

――やはり育成を「評価制度に組み込むこと」が重要なのでしょうか。

中島氏:評価に含まれなくても先進的に人を育成してきたリーダーはたくさんいます。でも、そういう人がきちんと評価されていないことが問題であったと思います。「きちんとやっていることが褒められる、形に残る、数値に表れる」、そういう状態・雰囲気を会社全体としてつくるためには、評価制度に組み込むことが大事でしたね。現在、カインズには「社内ラジオ」があるのですが、そこに店長が出演し、自分のメンバーを褒めるということがよくあります。このように称賛し合う雰囲気は、だいぶ醸成されてきているように思います。

――個人の学びを促す施策はありますか。

中島氏:参加自由の「カインズ白熱教室」というものがあります。さまざまな外部講師を招いた学びの場なのですが、その教室にメンバー全員で参加する店舗もあります。本部よりも店舗のほうが、その地域・その店舗の中に閉じ、外部の人材との交流や情報を欲してもなかなか手に入りづらい状態のところが多く、またキャリアや成長に対して不安を抱いている人もいます。前のめりに「変わるチャンス」を掴もうとしてくれていることが嬉しいですね。

キャリア自律に不可欠なのは《上司の変革》

――もともと指示に忠実な風潮があった中では、社内公募に躊躇する若手もいるかと思います。上司の働きかけをどのように促しているのでしょうか。

中島氏:まず、店舗メンバーより先に販売部門のリーダーに対してメッセージを発信しました。販売本部(店舗を統括する部門)の部長、エリアマネージャーに、「本人のWillを阻害する上司は認めません」と。「1on1」でキャリア面談を実施するのですが、その後の「育成配置会議」にも人事が必ず出席して、口酸っぱく伝えています。部長階層まで考えが浸透しており、前向きな反応も返ってきています。

お店にはキャリアの若い人材が多いため、上司が部下の意向をしっかり吸い上げて、後押ししてあげられるような環境にしたいですね。キャリア自律を推進する上で重要なのは上司が変わること。そうでなければ部下は変われないと思います。

――部長階層に考えを啓蒙させていく過程で、苦労したことはありませんか。

岩崎氏:人事戦略本部は、経営層との「人財開発会議」の場で、新しい戦略や制度について何度もプレゼンし、ダメ出しをされながら、「こうしたい」という想いを経営戦略と合致させながら形にしてきました。

中島氏:部長階層への啓蒙については各本部に設置したHRBPが、新たな戦略や実現したい世界観について信念を持って各リーダーに時間をかけて説明したことも大きかったと思います。例えば、メンバーが自律的にキャリアを考えた上での配転希望であれば、HRBPから本部長に対して、「異動の希望は今すぐではありません。しかし、本人のWillがあるので、2年後で考えていただけませんか」といったように地道に説いて回っています。

――そのほかにも上司に向けた教育・研修などは行っていますか。

岩崎氏

岩崎氏:1on1ミーティングのスキルを磨くコミュニケーション研修があるのですが、いの一番に「上司」から始めました。各本部で実施する「評価会議」では、上司が「なぜこの評価なのか」「どういう育て方をしたいのか」というレビューをします。また、本人に対しても、「どう評価をして、どう育成につなげていくのか」を真剣に伝えてもらいます。上司の中にはその「伝え方」に迷う人もいたので、研修が学びにつながっていると思います。

コミュニケーション研修は当社の会長、社長、役員も参加しているのですが、月次の席で社長がこう言ったのです。「大変学びになった。これから2回目以降を受講する店長はしっかり受講してください」と。おかげで皆の本気度が一気に上がりました。

1on1の第一人者を講師に迎え、そのエッセンスをロールプレイング動画にして手軽に学べるようにしています。具体的には「業務の話題から入らない」「部下に十分に話してもらい、傾聴する」や、「上長が業務進捗確認をする場ではなく、部下のための時間です」などについてです。ただし、今はまだ道半ばです。頭で分かっていても実践するのは難しいですからね。

――ミドル・シニア層に対するキャリア自律支援はどのように行われていますか。

岩崎氏:私たち自身含めてミドルより上の世代はチェーンストア理論の教育がベースになっており、そこは大切にしつつも、「学び直し」の時期に入っていると思います。
会社としては、基本は「学ぶためのプラットフォームは用意するので、何を学ぶか、学び直すかどうかも自分で決めていただく」というスタンスです。学びたいという意欲のある人には、カインズ白熱教室や、グロービスの学び放題といったものを使ってポータブルスキルから、専門性に至るまで自らの選択で学んでもらう形をとっています。

人事制度が単線型から複線型に変更されることで、目指すべきキャリアゴールも多様化していきます。
SBUなど1つの組織に複数の機能が含まれる組織体のマネジメントを担う「ゼネラルマネジャー」、機能軸で編成された本部・部門の組織体のマネジメントを担う「ファンクショナルマネジャー」、特定の領域において、市場価値の高い専門性を発揮する「高度専門人財」、そして、我々のビジネスのど真ん中である経営上重要な位置づけのエリア・店舗の経営を担う「店舗経営者」と、キャリアの選択肢が増えました。何を目指し、どうチャレンジしていくのかも本人次第です。

お客様やマーケットが次々と変化する小売業にあり、また過去二度の創業期を乗り越えてきたカインズにはもともと「学ばなければついていけない社風」があったため、メンバーの多くは比較的「学び続ける力」が高いように思います。その学びの姿勢とキャリアをどうリンクさせられるかが課題ですね。

自主自律は厳しい要求。大胆かつ丁寧に推し進めたい

――変革を推進する上で大切にしていることについて教えてください。

中島氏:「前例踏襲をやめること」です。「前年はこうだったから」という考えや行動をやめる。私自身も人事として率先してこれを心掛けて行っているところです。毎回ゼロベースで考えることはとても大変ですが、「自分たちがやりたいことに即した良い組織ができている」という自負が芽生えます。最近、他の本部の人から「人事は変わったよね」と言われます。それも反発ではなく、感心とともに言ってもらえる。大胆な変革を肌で感じてもらい、受け入れてもらえていることが嬉しいです。

岩崎氏:人事を志望してくれる人材も増えました。学生さんからの反応も嬉しい声が多いです。「ここまで寄り添ってくれる採用担当ってなかなかいないです」と。当社では、学生に一人ずつ担当をつけて、最終面接の前に「手書きのカード」を渡していて、その対応に対する学生さんからの感想です。これは、当社の採用担当が自らの意思で始めたことです。個々が自主的に輝いてくれていることが嬉しいです。

――最後に、これからの取り組みについて展望を教えてください。

岩崎氏:2022年はいよいよ「DIY HR®︎」が始動する元年です。社内公募を推し進めながら、2022年9月からは、人事制度も「複線型」「新たなグレード・報酬・評価体系」に変わります。メンバーのみなさんが「不安」に思っているところを、今期をかけて「期待」に変えていきます。

中島氏:キャリアパスの骨子、人事制度の骨子を大きく変更します。下半期からの導入に向けて、人事戦略本部メンバー一人ひとりが「DIY HR®」を理解し、エバンジェリストとして、店舗・本部メンバーに丁寧に説明していきたいと思います。

岩崎氏:「DIY HR®」の5本の柱は有機的に繋がっています。
「DIY Career Path®」を考えるときには、「DIY Learning®」とともに自分のライフスタイルやライフイベントに応じた働き方を行っていく「DIY Workstyle®」も同時に検討すべきポイントになります。また、「DIY Well-being®」は、自分や家族の健康を守り、自己実現と社会的貢献の両方を満たすことで充実した生き方を実現するという意味で土台となる部分となります。
5本の柱の施策のバランスを取りつつ、メンバーが「DIY HR®」を実感できる状態に早く持っていきたいと思います。

中島氏:「自主自律」とは、自ら考え自ら決断を下すこと。「DIY HR®︎」はメンバーに対してとても厳しい要求をしています。そういった部分も理解した上で、行動につなげてもらいたい。「自分のキャリアに責任を持ってやっていこう!」と今後もポジティブに伝えていきたいと思っています。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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