公開日 2022/12/14
アサヒグループでは2022年9月、キャリアオーナーシップ支援室を新設し、今後、社員のキャリア自律に向けたさまざまな支援を行っていくという。そのキャリアオーナーシップ支援室の室長に就任した林氏に、支援内容や推進する上での課題、今後の展望などを伺った。
アサヒグループジャパン株式会社 キャリアオーナーシップ支援室 室長 林 雅子 氏
1991年アサヒビール入社。1998年東京支社業務部配属、2003年アサヒフィールドマーケティング出向。2008年アサヒビール人事部キャリア開発・女性活躍推進担当部長、2010年人事部キャリア開発・ダイバーシティ推進担当部長、2022年9月より現職。
――アサヒグループが「キャリアオーナーシップ支援室」を立ち上げた経緯について教えてください。
「キャリアオーナーシップ」というのは、さまざまな定義が存在します。私自身は「個々が問題意識を持ち、学び、働くことを通じて、自らの《羅針盤》を持ってキャリアを構築していくこと」といった定義が好きで、キャリアオーナーシップをそのように捉えています。この定義の場合、「キャリア自律」とほぼ同義といえるでしょう。
今、人生100年時代を迎え、健康寿命も延び、定年後20~30年という長い余生が生じています。これまでの常識とは異なる新しい生き方を模索し、誰もがセカンドキャリア、サードキャリアについて考えていくことが求められます。年功序列や終身雇用を前提とした従来の日本型の雇用制度では、主に企業側が職務内容、勤務地、労働時間を決め、個人のキャリア形成は企業側に依存する傾向にありました。しかし、企業を取り巻く環境の不確実性や不透明さがコロナ禍でさらに増し、改めて日本型雇用の限界を感じます。そうした環境変化の中で、働く個人側にも十分な自己理解・環境理解の上で、自身のキャリアをつくっていくことが求められてきています。
そこで、アサヒグループでは、社員一人ひとりのキャリアオーナーシップへの意識を高め、支援すべく、キャリアオーナーシップ支援室を2022年9月に新設しました。今ようやく時代が追いついてきた感がありますが、このキャリアオーナーシップ支援室は、私自身の中でも長年温めてきた思いが形になったような部署です。
――林さんご自身も、かなり以前からキャリアオーナーシップを重視して働いてこられたのですね。
最初からキャリアオーナーシップを意識してキャリアを積んできたわけではありません。約20年前の35歳の時に転機があったのです。当時、管理職の試験に落ちて子会社に出向になると同時に、同僚でもある夫の単身赴任が決まりました。偶然重なったその異動を「会社は私に退職を促している」と受け止め、とても落ち込みました。
その際、キャリアをテーマとした社内勉強会で、雇われる能力である「エンプロイアビリティ」を知り、そこから深く内省する機会を得たのです。そこで初めて、「これまで私は自身のキャリアを会社任せにし、自分では何も考えてこなかった。自分の中に軸がないから会社の異動に翻弄されるのだ」ということに気付きました。会社依存から脱却し、「自分は自分のキャリアのCEOだ」という自覚(キャリアオーナーシップ)を持つことが重要だと強く感じた経験でした。
もし、キャリアオーナーシップの重要性について35歳の転機の時点で知っていれば、仮に同じ出来事が起こったとしても受け止め方がまったく違ったのでは……、と思っています。誰かがまた、当時の私と同じような思いをしないように、キャリアオーナーシップの大切さをまだ知らない人々に伝えたい。そのような思いがキャリアオーナーシップ支援室立ち上げのきっかけとなりました。
――キャリアオーナーシップ支援室では、どのような支援を行っているのでしょうか。
具体的には、個別のキャリア面談を中心に、キャリアを考えるためのセミナーや研修の企画運営、e-ラーニングによる自己研鑽の支援、キャリアコンサルタントである室員がキャリアに関する雑談をする「キャリカフェ」のオンライン配信、不定期でのメルマガ配信などを行っています。
実は、個別面談やセミナーなどは、キャリアオーナーシップ支援室の前身として2020年4月にスタートした「キャリアサポートグループ」の頃から開催しています。当時は、ちょうど新型コロナウイルスが流行り始めた頃で、当初は面談やセミナーは対面で開催していく予定でしたが、急遽、オンラインに切り替えました。結果的に、面談はオンラインのほうが社員に好評でした。自宅で面談ができるので、面談をしていること自体が周囲から気づかれにくく、面談依頼に対する心理的ハードルも下がったようです。
また、アサヒグループの社員は、年に1回、キャリアデザインシートの記入を通して異動希望や自らの中長期のキャリアビジョンを考えて見える化し、そのシートを基に上司と面談をしています。しかし、上司自身がそのように自身でキャリアを考えるような働き方をしてきていない場合もあります。そのため、キャリアオーナーシップ支援室では、上司の方が部下のキャリア支援をできるように研修などでサポートをしています。
ほかにも、定年を控えた年齢層の社員も多くなってきているため、ミドル・シニア社員向けの施策としてセカンドキャリアを一緒に考える支援にも力を入れています。例えば、57歳以上の社員に対しては、退職後のキャリアについて社内での再雇用や社外への再就職など本人の意向を丁寧にヒアリングし、その意向を踏まえ、社内での引き続きの活躍を支援するほか、社外への再就職も他企業とも連携しながら支援していこうとしています。
当社は愛社精神の強い社員が多いせいか、現在のアサヒグループ国内主要会社の自己都合離職率は1%未満とかなり低い状況です。そのため、シニア社員も「今までお世話になってきたからこそ、これから会社に恩返しをしたい」という思いから、定年後も社内での再雇用を希望する社員が多い傾向にあります。また、1社で勤め上げることが《普通》であった時代を生きてきたシニア層の方などは、会社を辞めることに対し、罪悪感を持っていることもあります。自律的なキャリア形成を促すキャリアオーナーシップの考え方が広がっていけば、こうした傾向も今後は変わっていくのかもしれません。
――オンライン配信の「キャリカフェ」とはどういった内容なのですか。
キャリカフェは、キャリアコンサルタントの資格を持つ、キャリアオーナーシップ支援室の室員が、例えば「トランジションとは……」などキャリアに関するさまざまな理論やテーマについて真面目に雑談しているのを、ラジオのトーク番組のように社員に聞いてもらうスタイルのものです。「キャリア」に関する知識を社員に身近に感じながら知ってもらい、自身のキャリアを考えるきっかけにしてもらえるようにと、室員の発案で始めました。毎回200人ほどの社員が視聴しており、想像以上の反響で嬉しい驚きです。レクチャーやセミナーというかしこまった形式でなく、自由参加での視聴という気軽さがよかったのかもしれません。
また、これだけの参加者がいるということは、キャリアについて何かしら気になっていて、モヤモヤしている社員が多いのかもしれないという気づきも得ました。そうした皆のモヤモヤに対して、できるだけ意識付けができるように、「キャリアレター」と題した不定期のメルマガでも情報発信をしています。例えば、60歳以降に社外で再就職した人のインタビュー記事や、再雇用後に活躍している人、活躍している女性社員の記事など、なかなか直接話を聞く機会のない社員の事例なども掲載しています。若い社員からシニア社員まですべての人が未来を描いていけるように、社員一人ひとりに寄り添った支援を目指す。それがキャリアオーナーシップ支援室のビジョンでありミッションです。
――林さんはアサヒグループの女性活躍推進やDE&I推進に長年携わってきた経験からも、キャリアオーナーシップの重要性を感じるようになったとのことですが、経緯について詳しく教えていただけますでしょうか。まずは、アサヒグループの女性活躍推進やDE&I推進の活動内容について教えてください。
アサヒビールでは2008年、女性活躍推進担当を設置しました。私はその際に出向先から本社に戻り、女性活躍推進担当部長に就任しました。それ以降、現在までアサヒグループの女性活躍推進、さらにはダイバーシティ推進に携わってきました。
2021年には、アサヒグループは近年進めているグローバル化に伴ってDE&I推進の必要性が一層高まったことを受け、これまでのD&Iに「公正」を意味するエクイティ(Equity)の「E」の考え方を加えた「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(DE&I)ステートメント」を策定。DE&Iの推進に取り組んでいるところです。
エクイティ(公正)とは、一人ひとりにもともとある差や違いを認め合うこと。重要なポイントは、単純に「平等」にするのではなく、まずは各自の間にある差や違いを調整して埋めることで、本当に「公正」なスタートラインに立てるようにするところにあります。
――DE&Iステートメントでは、女性活躍推進を重点テーマとされていますが、どのような背景があるのでしょうか。
日本は社会的な構造の問題から、特に女性におけるそうした差や違いが顕著です。例えば、2022年の日本のジェンダー・ギャップ指数は146カ国中116位(※)と、先進国の中では最下位であるなど、女性の活躍に関するデータを見ても、日本は海外に比べて圧倒的に遅れています。
※2022年7月、世界経済フォーラム公表「ジェンダー・ギャップ指数2022」
そうした背景もあり、アサヒグループのDE&Iステートメントでも、特に女性活躍推進を重点テーマとして位置付け、国内外グループ8社の経営層における女性比率を現状の22%から2030年までに40%以上とする目標を新たに設定しています。
もちろん差や違いが生じるのは、女性だけではありません。世界中には、年齢、人種、宗教などさまざまな属性の多様なバックボーンを持つ人たちがいて、さまざまな違いがそこにはあります。その中でも、DE&Iステートメントで女性活躍推進を重点テーマとして位置付ける理由としては、『女性活躍推進はグローバル共通の課題であり、違いを比較的理解しやすいはずの女性の活躍を推進できないということであれば、それ以外の多様な属性を持つ人々を活躍させることなどもっと難しいはず。だからこそ、まずは女性活躍を実現させる』という意志も含まれています。女性活躍推進はDE&I推進への第一歩なのです。
――そうしたDE&I推進に、キャリアオーナーシップはなぜ重要になるのでしょうか。
DE&Iが目指すのは、究極的には性別や国籍など「属性」の違いを超え、一人ひとり違う《個》が活かされ、個性が発揮されることにあります。しかし、《個》の側が自身の《羅針盤》を持ってキャリアを歩んでいなければ、自分の良さを発揮することはできません。キャリア自律し、自分の良さや目指したいものを認識できていなければ、個性も発揮のしようがないのです。だからこそ、キャリア自律を後押しするキャリアオーナーシップの考え方は、DE&Iを実現させる上でも、とても重要であると改めて感じています。
このように環境や働き方、人々の価値観が移り変わる中で、キャリアオーナーシップの重要性は今後さらに高まっていくでしょう。我々キャリアオーナーシップ支援室は、社員一人ひとりのキャリア自律のために、できる限りの情報発信や支援を、今後も続けていきたいと思っています。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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