公開日 2023/08/07
精神障害者雇用トータルサポーター(企業支援分)、ジョブコーチなど就労支援の専門家として、これから障害者雇用に取り組もうとする企業へのコンサルティングや、働くことを検討している障害者本人へのカウンセリングを数多く手がけてきた宇野京子さん。企業の外側から障害者雇用の実情をつぶさに見てきた経験をもとに、企業における雇用の実態をはじめ、障害がある人の定着や活躍につながるような職場環境、働き方について、またそれらをふまえ、受け入れ企業がどのような姿勢で障害者雇用に臨めばよいのかについて語っていただきました。
精神障害者雇用トータルサポーター(企業支援分) 宇野 京子 氏
1964年岡山県倉敷市生まれ。川崎医療福祉大学大学院修士課程(医療福祉学)学位取得。一般社団法人職業リハビリテーション協会理事(代表理事:松為信雄)。ハローワーク岡山専門援助部門、岡山県庁人事課に勤務し、精神障害者のカウンセリングや多くの企業に専門的な助言を提供している。
――精神障害者雇用トータルサポーターとは、どのようなお仕事なのでしょうか。
障害者雇用に慣れていない企業に対して、障害者の採用や定着に向けた支援をしています。多くの場合は、「これから雇用するにあたり、どのようなことを準備すればよいか」という企業担当者の方からのご相談への対応です。例えば、採用の段階で何を聞けばよいのか分からないために、面談をしても結局、履歴書だけを見て採用する企業が多く見られます。そのようなケースでは、「障害者雇用ですから障害名は聞いてよいですよ」「配慮事項は具体的にしっかり聞いてください」といったことをお伝えしています。
また、障害のあるご本人からは、障害を開示しての働き方、雇用継続やキャリアの相談を受けています。
――支援者としてどのようなスタンスで臨んでいますか。
就労支援は、「企業へ入職する」ためではなく、「働き続ける」ためにあると考えています。障害や生きづらさを抱える人が働く中で感じる人間関係の悩みや、体調や加齢の変化に応じて、より良い働き方、より良い生き方ができるように伴走することが私の役割です。
――宇野さんが日々ご覧になっている障害者雇用の実情から、どのようなことをお感じですか。
大企業であれば、ミッションを掲げて障害者雇用に取り組むところもあります。しかし、日本は中小企業が99.7%を占め、その中小企業には雇用経験やノウハウがない企業がまだまだ多いです。また、障害への理解が不足している環境では、障害者の方につらく当たっている例も見られます。背景として、精神障害者への偏見を持つ人がまだいるのだと思います。「突然暴れ出すのではないか」「大声を出すのではないか」などといった質問を受けることもあり、本当に誤解が多いと感じています。
――障害者雇用を検討する企業の動機として多いのは、どのようなことでしょうか。
やはり法定雇用率を満たすというところが最優先になっています。企業からの相談件数は年々増えています。2023年1月に、政府が段階的な法定雇用率引き上げを発表して、そこから一気に問い合わせが増えました。また、「障害者雇用状況報告」といって、毎年6月1日現在の雇用数を企業がハローワークを経由して厚生労働大臣に提出しなければならない報告がありますが、ハローワークからその書類が届くと、「思い出した!」とばかりに問い合わせてこられます。その1~2カ月間は問い合わせが集中します。そこで並行して採用に向けて動き出す企業も多く、同時にコンサルティングをスタートすることが多いです。
――障害者雇用に前向きでない経営者や担当者には、どのような声掛けをされるのでしょうか。
「ご家族、親族、親しい友人の方に、悩まれている方はいらっしゃいませんか」と尋ねています。生涯を通じて5人に1人は心の病にかかるといわれている今、こうした質問をすると「実はうちの娘は、数年前からうつで引きこもっています」という返答や、身近に障害者がいるという話が出てきます。自分の身近な誰かの雇用の機会が狭まるということが想像できるようになると、やはり皆さん、本気で考えてくださいます。
一方で、経営的観点からもお話をしています。その企業が何にどのくらいのコストをかけて、どれだけの利益を出しているのかを見つつ、外部委託業務や現状の社員・職員の方の仕事を切り出して、障害のある社員に任せればコスト削減ができる、などの助言をするのです。障害者雇用を単に福祉の観点だけから訴え過ぎると、「うちは慈善事業ではない」という言葉が返ってきてしまいます。経営としては当然の反応かと思います。
――障害者を自社の戦力にしよう、というところまで企業の意識は向いていないということでしょうか。
まだ難しいところが多いのではないでしょうか。メンタルヘルスは社会問題にもなっていますが、精神障害のある方は、働き出してから発症された方がとても多くいらっしゃいます。すなわち、精神障害者の方には社会人経験者が多く、仕事の能力が高い方が数多くいらっしゃるのです。例えば今、世の中で特に必要とされているようなSEや、CADのスキルをお持ちの方などのIT人材も多くいます。業務内容を細分化したり、働き方を工夫したりさえすれば、能力を発揮して会社の戦力として活躍してくれる人がいるのに、そこが企業に理解されていないことが本当に歯がゆいですね。
――ここからは視点を個人にも広げ、お話を伺います。まず精神障害者本人の方の就労の意識について感じていることはありますか。
障害者を採用する企業の側が利益を出さなければならない存在であることを、障害者ご本人にも理解していただく必要があると思っています。その会社で必要とされる人財になる、という意識を持っていただきたいのです。「働ける状態を維持できるようにする」「そのための自助努力はしなければならない」という気持ちを、ご本人に前提として持っていただくことはとても重要です。「障害者雇用だから休んでもよいだろう」という安易な考え方ではなく、企業が雇うだけの労働力として自身に価値があるかどうか、自分自身に問いかけていただきたいのです。
――「合理的配慮」について、対応に戸惑う企業も少なくありませんが、気を付けるとよいポイントなどありますか。
2024年4月、改正障害者差別解消法が施行され、民間企業においても「合理的配慮」の提供が法的に義務化されます。この法律は、障害のある人を優遇したり、特別扱いしたりするためのものではなく、障害のある人が直面する障害ゆえの課題を社会の問題として捉え、解消できるよう、障害のある人がない人と同じように地域社会で当たり前に過ごせるようにしましょう、という法律だと私は思っています。そして、ここでいわれている「合理的配慮」が、企業に正しく理解をされていないと感じることがあります。本来、「合理的配慮」は、事業者と障害者のどちらか一方の要望や事情で決定するものではなく、双方の建設的な対話から、双方が納得できる内容で決定されるものです。例えば、障害者本人から申し出があれば、何でもすべて受け入れないといけないと思っている企業担当者がおられますが、もちろんそんなことはありません。また障害者ご本人は、申し出の前に合理的配慮とわがままを混同していないかを意識しておく必要があります。
さらに、求める合理的配慮を口頭で伝える人が多いですが、後から「言った/言わない」になりがちですので、厚生労働省作成の移行支援ツール「就労パスポート」や「ナビゲーションブック」などの書面で出していただくことがおすすめです。トラブルを避けると同時に、精神障害者が苦手とする曖昧さを回避する意味もあります。精神障害は認知機能が低下する時期もある疾病であるため、「あのとき自分はこう言ったつもりなのに……」といった認知のズレが起こり得ます。書面にしておけば、そういう思い込みや勘違いから起こるトラブルを予防できます。ただ、自分で書面を作成する場合、多くの方はネットで調べたり、支援機関に相談して勧められるままに書いたりするため、配慮事項の内容がパターン化する傾向があります。「電話応対は苦手なので免除してください」「業務指示は1つ1つください」など。本当にその通りだとよいのですが、中には本人に必要な配慮事項とズレている場合もあるので注意が必要です。せっかく合理的配慮を書面にして双方で確認したのに、内容自体が間違っていれば正しい合意形成になりません。私は、障害者の方へは具体的なエピソードを交えて申し出をするようお伝えしています。
――本人が「できない」と認識していることも「絶対ではない」ということですね。
私はそう思っています。障害の特性から来る「できない」「苦手」は事実として受け止めるとして、その先です。「こういうことが苦手です。だから、できません」→「でも、自分はここまでは努力します」→「ここから先は努力しても難しいので協力してください」という3段階で、「できない」と言っていた内容のうち、部分的に「できる」に変えていく話し合いを持っていただきたいのです。職場がやり方を可能な範囲で工夫することで、本人にはできるように努力する習慣が付いていきます。「これはできない」「あれはできない」と言われることを全部免除してしまうと、ご本人の能力や仕事を奪う結果にもつながってしまいます。
一方で、精神障害者の障害特性がよく知られていないこと、障害が目に見えづらいこともあって、障害のために仕事が進められない状態を、単に「怠けている」「サボっている」と周囲が捉えてしまうケースもあります。精神障害者の場合、病状が悪化すると薬の影響もあって認知機能が下がったり、不安症が強まったりすることが、働く現場で起こり得ます。そういうときは短時間就労に切り替える、1週間だけ休ませる、などの対処をするだけでも休職を回避でき、再び働けるようになります。実際、精神障害者の場合、短時間を希望するケースが多く、障害者職業総合センターの「精神障害者である短時間労働者の雇用に関する実態調査」(※1)では、「何時間働きたいですか?」という質問に対し、「週30時間」という回答が多く出ています。こうした実態から、2024年4月からは週所定労働時間が10時間以上20時間未満の精神障害者、重度身体障害者及び重度知的障害者について、雇用率上0.5カウントとして算定できるようになります。
しかし、こうしたことを企業の方に助言すると、「それは甘やかしだ」「本人に仕事をやる気がないだけだ」と反論されることもあります。もし上司がそのような理解不足な人で、その上司から納得できない人事評価を付けられたなら、本人は自尊感情を深く傷つけられ、その後の就職が難しくなってしまうこともあります。そのため、まずは人事部はもちろんのこと、上司や同僚の障害を知ろうとする姿勢がとても重要です。
※1 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「調査研究報告書 No.161 精神障害者である短時間労働者の雇用に関する実態調査~雇用率算定方法の特例が適用される労働者を中心として~」(2022年3月)
――障害者が長く働き続けるためにはどのような意識が必要でしょうか。
私は就職を希望される障害者の方と面談するとき、「どういう働き方がよいですか」と必ず尋ねます。病気の問題、ご家族の問題、経済状態、それぞれの人がさまざまな問題を抱える中で、「何を優先した働き方がよいですか」と。お給料を優先するのか、健康を優先するのか、家族との時間を優先するのか。そこから、必要な稼働時間が決まってきます。本人がどのようなことのためなら頑張れるのか。そこはかなり時間を取ってカウンセリングをします。そうすると、「自分が納得の上で判断した」という自覚が重しとなって、就職後に何かつらいことがあってもブレず、安易に離職しようとは思わなくなります。
――どういう環境であれば障害者は長く働き続けられるのでしょう。
業務量を調整できる体制がある、担当者にいつでも相談できるような心理的安全性が担保されている、そういう環境であれば離職率は低くなります。また、できれば会社のパーパス(存在意義)の中に障害者雇用の項目を組み込んでいただくとよいですね。従業員の皆さんにとって、障害を持つ同僚にどう対応すべきかが明確になると思います。このパーパスを拠り所にして全従業員が雇用ノウハウの吸収に努め、自社の業務に応じた業務支援ができれば雇用の質の向上につながり、ひいては障害者が長く働き続けられるようになると思います。
――現場でできる具体的な工夫や有効な方法はありますか。
私は、精神障害者の方には業務能力や生活リズムをセルフコントロールできるように、「業務日誌」を提案しています。うまく働けていないときに、担当者が細かく丁寧に面談をすることで、本人が疲弊する前に兆候をキャッチすることができます。業務日誌では、仕事の難易度はどの程度か、その仕事に関わることによって疲労度はどの程度なのか、それを10段階でいうと何段階だったのか、というように数値化して記入してもらいます。それを見ることで、上司は本人がその仕事にどれくらいマッチしているかを把握できます。PC上の業務日誌であれば、Excelで自分の疲労度をグラフ化もできます。体調の波が視覚化されるので、年間を通して見ると、「6月頃が弱いな」とか、「次は9月頃に不調の波が来るな」というように本人も上司も一緒に把握ができます。すると、「この時期は業務量を少し減らしておこう」などと事前に対策を打つことができます。
精神障害者の方は、口頭では言えなくてもメモやメールであればうまく考えを伝えられる方もいらっしゃいます。業務日誌に連絡欄を作っておくと、例えば「最近眠りが浅くて疲労がちょっと溜まっています」などと上司に伝えることができます。そうすれば上司から「少し休んでみては?」と早めの声掛けもできるでしょう。障害者本人の方からよく聞く言葉が、「上司が気に掛けてくれるのが分かるとうれしい」というものです。上司の声掛けが、障害者の自己有用感や「ここにいて、いいんだ」という自己肯定感につながるのです。そして、長期的には会社がバックアップして障害者がチャレンジする機会を用意したり、本人も気づかなかった業務適性や成長の可能性を発見したりできる仕組みが大事になると思います。そのために「もにす認定」制度(※2)の視点や、就労パスポートなどを面談ツールとして活用し、障害者雇用のシステム化を図ることをお伝えしています。
※2 「もにす認定」…障害者の雇用の促進および雇用の安定に関する取り組みの実施状況などが優良な中小事業主を厚生労働大臣が認定する制度。認定を受けた事業主には、インセンティブ付与のほか、周知広報や認定マークの使用により社会的認知の向上も期待できる。
https://www.mhlw.go.jp/stf/monisu.html
――パーソル総合研究所の調査では、《はたらく幸せ(はたらくWell-being)》が高いほど定着度や活躍度が高いという結果が出ています。障害者の方の《はたらくWell-being》について、宇野さんはどのようにお感じですか。
《はたらくWell-being》というのは、「働くことを通して、その人自身が感じる幸せや満足感」のことですよね。精神障害者の定着・活躍を考えると《幸せを感じて》働いていただくことは、ご本人にとっても企業にとっても大事なことだと思っています。しかし、残念ながら、多くの障害者の方の意識はそこまで進んでいないのが現状です。とにかく職があればよい、生活があるから少しでも早く就職したい、という場合が多く、なかなかその先までは考えられないのが現状です。
図:精神障害者の「はたらくWell-being」と「定着・活躍など」との関係
出所:パーソル総合研究所「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」
――ここでも、何を最優先に考えて、仕事選び、働き方選びをするか、が大事なのですね。
アメリカの心理学者エドガー・ヘンリー・シャインが「人がキャリアを形成する際の根源になるもの」として提唱した概念にキャリアアンカーがあります。キャリアというと障害者は関係ないと思われがちですが、当然ながら障害者自身に、本人にとって譲れない価値観からご自身のライフキャリアを意識していただくことが大切です。それには幼児期からさかのぼってご自身の歩みを整理してもらい、何がトラウマになっているのか、何がトリガーになって体調を崩すのかといったことを考えていきます。そこを整理できてから、仕事選び、会社選びへ進みます。
本人が内省して、キャリアアンカーを明確にされた上で、どういう働き方がよいのかの答えを出されている場合は安易に離職も転職もされません。何が自分の生きがいになるのかという核心部分が分かっていると、それが働く意欲につながっていきます。先の《はたらくWell-being》にも関わってきますが、ご本人に職場での役割とはたらくことを通じた幸せを評価する軸があれば、障害があっても《はたらくWell-being》の実感は揺るがないものとなります。障害と折り合いをつけながら、「幸せだな」と思える時間をどうすればつくり出していけるか、また増やしていけるか。そのことを仕事との関係で考えていただくことが大切です。自分の物差しでよいので幸せの軸を持っていただきたいですね。自分の大切にしていることが満たされれば幸せも増えていきます。
――多くの具体的なアドバイスをありがとうございました。最後に一言、企業で障害者雇用に取り組まれる担当者の皆さんにメッセージをお願いします。
大手企業であれば産業カウンセラーや作業療法士などを人事課に配置して面談に当たらせたり、特例子会社であればジョブコーチを配置したりできるのですが、特に中小企業ではそこまでの知識を持った方を雇用できないのが実情ではないでしょうか。個人的見解ですが、障害者雇用で生じる課題解決に向けては、自社だけで抱え込まず活用できる制度をうまく活用していただきたいです。2024年4月からは障害者雇用のための事業主支援が強化されて助成金の新設や拡充が行われます。具体的には、企業向け支援として、ハローワークや支援機関等が連携して、雇用の準備段階から職場定着まで計画的支援を行う「企業向けチーム支援事業」などがあります。雇用している方の障害特性を強みに変え戦力化を図ることで、障害のある従業員も企業にとってなくてはならない人財になり、組織全体が成長し発展していく。これこそが障害者雇用に取り組む醍醐味です。「雇用の質」が問われる今こそ、地域の支援機関と連携して障害者雇用に取り組んでいただければと思います。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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