公開日 2023/07/13
近年、「サブスクリプション」(通称、「サブスク」)と呼ばれる継続利用型サービスが注目されているが、都市圏と地方圏それぞれに生活拠点を設けて定期的に行き来する「多拠点居住」の領域でも、サブスクを用いたホテルやゲストハウスの増加など、サービスの広がりを見せている。個人利用だけでなく、地域出張の多い企業が出張費を定額化してコストを抑える目的や、「社員が社外の人から多くの刺激をもらえる」「社員の生産性向上」といった点に魅力を感じ、法人契約する企業も少なくないようだ。
パーソル総合研究所が行った「就業者の多拠点居住に関する定量調査」でも、地方訪問時にサブスクを利用して宿泊先に連泊するような多拠点居住者が一定数確認されている。こうしたサービスの利用は、多拠点居住者の幸福感にどのような影響を与えるのだろうか。本コラムでは、多拠点居住者の中でも「サブスク利用者」に焦点を当て、その特徴を紹介していきたい[注1]。
[注1]本コラムでは、「就業者の多拠点居住に関する定量調査」のデータを追加で分析した結果を紹介していく。本編の報告書に掲載してない結果もある点に留意されたい。
幸福感との関係を見ていく前に、まずは多拠点居住におけるサブスクの利用実態について確認しよう。多拠点居住者1,498名に対して、多拠点居住に関するサブスクの利用状況をきいたところ、全体の4人に1人の方が、何かしらのサブスクを利用(図1)。図中には示していないが、最もよく利用されていたサブスクは「ADDress」、次いで「HafH」や「Backpackers Home」といった住まいのサービスが続く結果であった。
上記は、これらのサブスクサービスを知らない多拠点居住者も含めた傾向であるが、サブスクを知っている人をベースに見ると、およそ8割弱の方がサブスクを利用していることになる。このことからも、多拠点居住に関するサブスクに魅力を感じている人の多さがうかがえるのではないだろうか。
また、本調査では、多拠点居住を行う目的に応じて就業者を5つのタイプに大別しているが(コラム:都市圏と地方圏とを行き来する働き方は「幸せ」なのか?)、特に複数地域を行き来する生活を志向する「多拠点生活志向タイプ」と近親者の介護や実家などの保有物件を管理する「家族支援タイプ」の多拠点居住者でサブスクの利用率が高い傾向であった。以降のデータについては、これら2つのタイプに絞って紹介していきたい。
図1:地方での住まい・仕事に関するサブスクの利用状況(全体・多拠点居住タイプ別)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」
それでは、サブスク利用別の多拠点居住者の主観的幸福感を見ていこう(図2)。本調査では、「0の段が最も低く、10の段が最も高いはしごを想像した際に、現在どの段にいると感じますか。」という質問に対して回答を求めた。その平均値をサブスク利用別に比較したところ、「多拠点生活志向タイプ」ではサブスク利用者のほうが非利用者よりも幸福度が高い傾向、「家族支援タイプ」ではサブスク利用者のほうが非利用者よりも幸福度が低い傾向となった。
この真逆の傾向は、本コラムの関心からも注目すべきポイントである。なぜタイプごとに傾向の違いが見られたのか。以降の章から、関連するデータを見ていこう。
図2:サブスク利用別の主観的幸福感
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」のデータを基に追加分析し筆者作成
図3は、地域との関わり合いを示したデータである。地域で交流する友人・知人の多さを関係性ごとに比較した結果だ。地域で交流する友人・知人が「たくさんいる」と答えた割合が、「多拠点生活志向タイプ」のサブスク利用者で際立って多いことが分かる。ここまで顕著な差が見られるのはなぜなのか。
図3:サブスク利用別の地域で交流する友人・知人数
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」のデータを基に追加分析し筆者作成
多拠点居住に関するサブスクの中には、単にその地域での居住スペースを提供するだけでなく、滞在中の交流を促す仕掛けも散見される。例えば、本調査で最も利用率の高い「ADDress」は、複数の会員が同時に一軒家に滞在するシェアハウス形式のサービスであるが、各家に配置される管理人(通称、「家守」)が、会員同士や地域住民との交流をサポートする「コミュニティ・マネージャー」の役割を果たす。こうした方々のサポートを通して、さまざまな地域で新たなコミュニティを築いていくことができよう。
「多拠点生活志向タイプ」のサブスク利用者は、前述したようなサポートをうまく活用して、その地域での友人や知人を増やしている可能性が示唆される。つまり、地域交流の機会を得るためにサブスクを利用しており、その経験が幸福感につながっているのではないだろうか。
さて、先ほどの地域で交流する友人・知人数に関して、「家族支援タイプ」ではサブスク利用別の差はあまり確認されなかった。「多拠点生活志向タイプ」と同様のサービスを利用しているにもかかわらず、差が見られなかったのはなぜか。サブスク利用別に「多拠点居住の悩み」を比較することで、その理由が見えてくる。
「家族支援タイプ」において、サブスク利用者と非利用者のスコアを比較した結果、最もギャップが大きい項目として、「その地域で交流する人達との心理的な距離が近かった」があがった(図4)。パーソル総合研究所が行ったさらなる分析では、「家族支援タイプ」のサブスク利用者において、お得に宿泊する意識の強さが明らかになったが、それと併せて、宿泊先で出会う他者との交流に煩わしさも感じているかもしれない。今回の結果だけでは断定できないが、そのような他者との「交流疲れ」を感じることで、「家族支援タイプ」におけるサブスク利用者の幸福感は下がっている可能性が考えられるのではないだろうか。
図4:多サブスク利用別の多拠点居住に関する切実な悩み(GAPの大きい5項目、分析対象:家族支援タイプ、%)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」のデータを基に追加分析し筆者作成
本調査のデータから、「多拠点生活志向」と「家族支援」の両タイプにおけるサブスク利用者の様相が見えてきた。両タイプの異なる志向性が、幸福感におけるサブスク利用別の真逆の傾向をもたらしたものと推測される。今回の結果も踏まえて、今後の多拠点居住に関連するサブスクはどのようになっていくのがよいかを、「サードプレイス」の観点も紹介しながら考えていきたい。
サードプレイスとは、Oldenburg(1989)が提唱した概念であり、自宅や職場とは異なる第3の場所として定義される。その特徴は、インフォーマルな公共生活の場としてあらゆる人を受け入れ、人々が心のよりどころとして集う「とびきり居心地よい場所(グレート・グッド・プレイス)」として示される。カフェやバー、居酒屋、公民館などがサードプレイスの代表例として挙げられ、そこではコミュニティが生じ、地域交流などが可能になる場所としている[注2]。
しかし、昨今の日本においては、例として挙げたカフェなどで仕事や勉強といった個人作業が行われるケースも多く、自分ひとりの時間を過ごす目的でのサードプレイスも求められているのが実状だ。こうした点から、サードプレイスについて、交流を主な目的とする「交流型」と、他者を気にせず個人で居心地よく過ごす「マイプレイス型」に分けて議論を行う先行研究も散見される(ex. 小林・山田,2014, 2015)。
今回の結果を、上記のサードプレイス論で捉えるとどうなるか。まず、今回の調査で利用率の高かったサブスク「ADDress」などの住まいに関するサービスは、利用者に「他者と交流できる空間」も提供していた。「多拠点生活志向タイプ」では、地域交流の志向性が高かったため、そのような場がサードプレイスとして機能し、幸福感につながった。一方の「家族支援タイプ」では、「交流型」の志向性というよりかは個人で居心地よく過ごす「マイプレイス型」の志向性が強いと考えられるため、その場所を不快に感じてしまったのかもしれない。
[注2]空間自体がサードプレイスであるのではなく、「ある空間がある人にとってはサードプレイスになる」という点には留意されたい。
日本におけるサードプレイスの在り方について、小林・山田(2014)は、交流型のサードプレイス創出だけでは、地域全体の社会関係資本を高め、地域社会の結びつきを高める上で不十分である旨を指摘する。実際、近年ではコミュニティカフェをはじめとした「交流型」と「マイプレイス型」の双方の機能を併せ持つサードプレイスを地域に作り出す取り組みが行われており、地域活性化の観点で一定の成果を収めているとされる。
また、上記のサードプレイス形成に関する具体的なポイントとして、小林らは「交流が生まれやすい雰囲気をあえて目指さないこと」や「異なる双方の目的が互いに阻害されない環境を作ること」、「自分の時間を過ごす目的から他者交流という目的への偶然の逸脱を引き起こすきっかけ(スタッフから利用者への声掛けなど)を埋め込むこと」などを挙げている。
これらの観点は、多拠点居住のサブスクにおいても重要な考え方ではないか。上記で紹介したものは、地域活性化の観点で論じたサードプレイスの先行研究であったが、利用者の満足度向上を促進する点においても、交流志向の利用者とマイプレイス志向の利用者の双方にとってより良いサードプレイスを作り出す発想が今後重要になってくると考える。
また、そのようなサードプレイス形成における中枢を担う存在となるのが「コミュニティ・マネージャー」ではないか。空間デザインを工夫して、開放的かつ落ち着きのある雰囲気を両立させるような取り組みも必要ではあるが、既に一定の形成がなされている空間でもあるため、工夫するにも限界がある。重要なのは、その空間の中で、コミュニティ・マネージャーが個々の利用者にどのような働きかけを行うかだ。それは、「家族支援タイプ」のような交流をあまり求めない利用者とのコミュニケーションをいかに(偶発的に)誘発するかということでもある。
本コラムでは、「就業者の多拠点居住に関する定量調査」のデータから、多拠点居住におけるサブスク利用者の実態を紹介した。今回見えてきたのは、多拠点居住のサブスクにおいて、利用者の好みが分かれるということである。地域交流を求めている「多拠点生活志向タイプ」と、交流疲れを感じている「家族支援タイプ」。両タイプの異なる志向性が、幸福感における真逆の傾向をもたらしていたと考えられる。
昨今の働き方の変化や「関係人口」*への注目などを踏まえると、多拠点居住者は今後より一層増えていき、それに伴って多拠点居住に関連するサブスクの需要も高まっていくだろう。現状は個人の利用者が大半を占めているが、最近では法人がサービスを契約するケースも散見されている。多拠点居住のサブスクが企業にとっても身近なサービスとなってくるとすれば、今後はやはり、多様なニーズを満たせる仕掛け・工夫を講じていくことが大切ではないだろうか。「交流志向」と「マイプレイス志向」が共存するサードプレイス形成が、今後の多拠点居住のサブスクにおいてもカギになってくると考えられる。
*移住した人々や観光客だけでなく、地域と多様に関わる人々を指し、企業や団体、デジタル市民なども含まれる広い概念
[参考文献]
Oldenburg,R. [1989] The great good place, New York: Marlowe & Company(忠平美幸訳[2013]『サードプレイス』みすず書房).
小林重人・山田広明[2014]「マイプレイス志向と交流志向が共存するサードプレイス形成モデルの研究:石川県能美市の非常設型「ひょっこりカフェ」を事例として」『地域活性研究』Vol.5, pp.3-12.
小林重人・山田広明[2015]「サードプレイスにおける経験がもたらす地域愛着と協力意向の形成」『地域活性研究』Vol.6, pp.1-10.
シンクタンク本部
研究員
中俣 良太
Ryota Nakamata
大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。
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