「障害者」と括らず希望する誰しもに、経済的自立と誇りある人生を
福祉の常識を覆す発想で挑戦を続けるアロンアロン

公開日 2023/04/06

千葉県富津市、JR内房線の大貫駅から車を走らせること約10分、住宅街の中に突如5棟の大きな温室が現れる。そこが、NPO法人AlonAlon(以下、アロンアロン)である。知的障害者・精神障害者の就労機会の提供や就職支援を行う「就労継続支援B型事業所」として、胡蝶蘭の栽培を軸に障害者の就労を支援している。アロンアロンで働く利用者・就職した元利用者は皆、楽しそうにイキイキと働き、半数以上が企業への就職を果たしている。なぜこんなにも高い就職率と働きがいのある環境を実現できているのか。代表の那部智史氏に話を伺った。

那部智史 氏

NPO法人AlonAlon 理事長  那部 智史 氏

最重度の知的障害を持つ子を授かったことをきっかけに、障害を持つ子供の尊厳も、その親や親類の尊厳も守れる施設を作ろうと奮起し、NPO法人AlonAlonを設立。

NPO法人AlonAlon

障害を持った方々の自立支援を行っているNPO法人。「安心して暮らせる住居」「個々の能力を活かした自立の形」「お金を使う楽しみを奪わない」の3つのコンセプトの下、千葉県富津市にある農園「AlonAlonオーキッドガーデン」の運営や、障害者の雇用をつくる貸農園事業などにより、胡蝶蘭を通じて障害者と企業をつないでいる。AlonAlonとは、バリの言葉で「ゆっくりゆっくり」という意味。

  1. 安すぎる工賃、就職率1.5%。障害者雇用の実態に問題意識を持ち、NPOを立ち上げ
  2. 賛同者は個人から企業へ急拡大、こだわるのは「黒字」
  3. 障害者の仕事の評価を高めるために、在庫・物流も管理
  4. 「就職」を軸としたアロンアロンの配慮
  5. 企業は、障害があっても専門性をもって利益貢献できる仕組みの用意を

安すぎる工賃、就職率1.5%。障害者雇用の実態に問題意識を持ち、NPOを立ち上げ

農園の横に併設された事務所

農園の横に併設された事務所

――まずは、アロンアロンの事業の概要について教えてください。

アロンアロンは、就労継続支援B型事業所という福祉施設で、企業に就職することが少し難しいとされた知的障害者や精神障害者の方が働くところです。障害者はもちろん、老若男女すべての人が誇りある人生を歩めることを目指して、胡蝶蘭の栽培をはじめ、さまざまな仕組みを作り、挑戦を続けています。


まず、アロンアロンの原点ともいえる仕組みが、「バタフライサポーター」です。皆さんも、母の日や父の日、大切な人の記念日にお花を贈ることがあると思います。「バタフライサポーター」では、サポーターになっていただいた個人の方に、お花を花屋で購入する代わりに、贈りたい日の前年中に「寄付」という形でアロンアロンの胡蝶蘭の苗を購入いただきます。そして、その苗をアロンアロンの利用者たちが、美しい花が付くまで育て、苗の購入額相当の胡蝶蘭の鉢やフラワーアレンジメントにして贈りたい相手へ指定日にお届けするという仕組みです。


なお、仮に10株の苗を1万円で購入いただいた場合、10本の胡蝶蘭ができます。指定日にお届けするのは、購入額1万円相当の胡蝶蘭のアレンジメントフラワーとなり、あとの9本分の胡蝶蘭は残ります。その残った9本の胡蝶蘭は、祝い花を必要としている企業に購入いただき、その売上を利用者の工賃に当てているのです。

図:バタフライサポーターの仕組み

図:バタフライサポーターの仕組み

出所:アロンアロンHPより


――なぜ、このような就労継続支援B型事業所を始められたのですか?

私には最重度の知的障害を持つ息子がいます。息子のために施設を見学したり、障害者雇用について調べたりして実態を知る中で見えてきたのは、2つの社会課題です。ひとつは、障害者の方の工賃(給料)が月額15,000円とあまりに安いこと。働いているのに最低賃金が守られないことが、「福祉」という名の下で「よし」とされてしまっているのです。もう一つは、就労率が1.5%と、ほとんどが就職できていないこと。「障害者」といっても、生活のサポートなど福祉的支援が必要な重度の障害を持つ人から、経済的自立が可能な人まで、障害の程度は人それぞれです。それにもかかわらず、「障害者」とひと括りにされ、経済的自立を希望している人までもが将来のチャンスを閉ざされているのは残酷です。


さらに、これら工賃と就労率の実態から考えてみると、国内に約1万1,000カ所ある就労継続支援B型事業所の維持に使われる国家予算(4,000億円)と、全国の就労継続支援B型事業所に通所する約30万人の障害者に支払われている年間の工賃(540億円=15,000円×30万人×12カ月)の差額が大きすぎることに強い問題意識を持ちました。


一方、多くの施設見学の末、息子の将来を託したいと思える施設にはついに巡り合えませんでした。ある施設の方は「預けた当初は面会に来る家族が、だんだんと来なくなる。本人はずっと待っているのに……」と話していました。障害を持つ人が誇りある人生を送れるような施設をつくろう。家族が訪れたくなるような施設をつくろう。そうした思いから、ベンチャー企業の起業・売却や不動産投資などによって息子の将来を担保した上で、アロンアロンを立ち上げました。

賛同者は個人から企業へ急拡大、こだわるのは「黒字」

アロンアロンの胡蝶蘭と利用者

アロンアロンの胡蝶蘭と利用者。
蝶が舞うように咲く真っ白な花は、極上の仕上がり

――バタフライサポーターには現在、どれくらいの個人・企業が参加しているのですか?

個人で苗を購入してくれている「バタフライサポーター」は、2023年3月現在で全国に約3,000人います。その中には、この仕組みに共感し、自分が働く会社の祝い花もアロンアロンから購入するように上申してくれる人がいます。こうした拡散活動によって、祝い花をアロンアロンで購入してくれる企業は年間200社のペースで増え、2023年3月現在で約3,500社に上ります。


利用企業の中には、年間の利用額が1,000~2,000万円に上るような大企業もあります。そうした大企業には、花を購入するのではなく、花を育てている障害者の方をその企業の社員として雇用することを提案しています。アロンアロンの農園の一部を貸し出し、そこで企業が年間に利用する胡蝶蘭を、雇用した障害者社員が蘭職人としてアロンアロンに出向して作る、という仕組みです。企業がこの自社栽培の仕組みを利用することで、障害者の方は就職が実現でき、利用企業は年間の花代の経費を削減できるのです。こうした自社栽培の仕組みでこれまでに就職したアロンアロンの利用者は、17人になります(2023年4月1日時点)。


なお、2023年3月現在、NPO法人AlonAlonと子会社2社の連結売上高は2億8,000万円、純利益は6,880万円であり、2017年以来黒字です。利用者の工賃も、最低でも新入りの人などで5万円、一番高額の人では今月、最高額を更新し、11万5,000円を渡しています。


――なぜ黒字にこだわるのでしょうか?

障害を持っていようがいまいが、誇りある人生を歩むには、自身が所属している組織に利益貢献することは必須のことだと考えているからです。


企業に就職した利用者の中には、就職して稼いだ給料から妹の学費を援助している人がいます。彼は、それまではどちらかというと健常者の妹さんにお世話になっていたけれど、ようやく兄としての役目が果たせる、と喜びをイキイキと語っていました。家族としても、障害を持つ子や兄弟姉妹の就職は喜ばしいことです。家族としては自分の死後も、障害を持つ子や兄弟姉妹が自立して生きていけるかが一番の心配事だからです。


黒字にこだわるもう一つの理由としては、赤字は障害者差別につながるからです。アロンアロンの利用者には、特別支援学校を卒業後、どこかの企業に一度所属し、そこでひどい差別を経験してきた人も多くいます。当時を振り返る彼らの声をこれまで聞いてきて思うに、「(障害者の人は)利益を生み出さない社員。障害者雇用は会社の利益を減らす、コストだ」という認識が周りの社員の中に生まれた瞬間から、障害者差別は始まります。「君はここにいるだけでいいんだよ」などと言うのは、優しさではなく差別です。あくまで「雇用」であり、企業は営利組織なのですから、「役割」のない社員に誇りある人生は歩めないのです。


こうした意味でも、自社栽培による障害者雇用の提案では、「障害者雇用が(花代の)経費削減につながる」という点をしっかり企業に説明するようにしています。なお、2020年からは、アロンアロンの農園の一部を借りるだけでは、年間に利用する胡蝶蘭をまかないきれないという理由から、独自に土地を確保し、アロンアロンの農園と同じ条件の温室を建てて、そこで栽培する企業も出てきています。例えば、帝人の特例子会社である帝人ソレイユは、千葉県我孫子市に農園を作り、グループ会社が使用する胡蝶蘭をまとめて栽培しているほか、ネット上で販売しています。帝人ソレイユに採用されたアロンアロンの利用者をはじめ、その後、我孫子市などを通じて採用されている障害者の皆さんの仕事が、会社の経費を削減し、さらに売上を上げているのです。

障害者の仕事の評価を高めるために、在庫・物流も管理

胡蝶蘭職人として切磋琢磨するアロンアロン利用者の皆さん

胡蝶蘭職人として切磋琢磨するアロンアロン利用者の皆さん

――自社農園を持つ企業も増えているのですか?

そうですね。滋賀や北九州など全国に広がってきています。そのため、そうした企業の在庫管理や物流(胡蝶蘭をお届先に届ける仕組み)をサポートする仕組みも整えています。全国の農園で育てた胡蝶蘭をデータ上で一括管理し、融通し合うことで在庫とニーズの最適化を図るほか、お届け先に届けるまでのラストワンマイルは、各地元の花屋と提携し、届けてもらう仕組みを築いています。これにより配送コストを最小限に抑えられることに加え、花屋のプロの手でセンシティブな胡蝶蘭を高品質のまま届けてもらうことができます。


なお、全国各地の農園で育てている胡蝶蘭を融通し合うには、どの農園の胡蝶蘭も均質でなければ難しいため、胡蝶蘭の苗は同じDNAのものを育て、「スマートアグリ」農法を用いて全農園の温度、湿度、CO2濃度、光の量、風の流れなどを1つのシステムで制御しています。さらに、各農園で障害者の方や一緒に働く健常者の職員(指導員)には、農園オープンの半年前から、富津市のアロンアロンの農園で研修を受けてもらうようにし、全国どの農園で作っても同じ品質の胡蝶蘭ができるようにしています。


こうした在庫・物流管理に取り組むのも、最終的には「障害者の方を雇用したことで、経費を抑えながら、高品質の胡蝶蘭を利用できる」と、障害者の方の仕事が雇用企業から評価されることにつなげたいからです。赤字が出ては、せっかくの仕事が評価されなくなってしまいます。

「就職」を軸としたアロンアロンの配慮

胡蝶蘭栽培、最初のステップは水やりから

胡蝶蘭栽培、最初のステップは水やりから

――アロンアロンの利用者に対して配慮していることがあれば教えてください。

世の中にはさまざまな就労継続支援B型事業所がありますが、アロンアロンは最終的には就職し、経済的自立を目指す人たちが集まっている事業所ですので、社会で通用する〈強み〉を身につけて就職し、社会に出て頑張っていくための配慮という側面が強いです。そのため、配慮としては「就職前後の段階」と、就職するために不可欠となる「社会人に向けた準備段階」との2段階で考えています。


「社会人に向けた準備段階」では、①毎日通所する、②生活が整っている、③人間関係の中でうまくやっているという、就職して社会人になるために必要不可欠な3点ができている状態(つまり福祉領域からの卒業)を目指してサポートします。アロンアロンに来た当初は、これまでのつらい経験から、自己肯定感が低く無気力な状態の人もいます。そこから生活を整え、複数の他人と一緒に過ごす環境でも自分なりのペースをうまく保てるようになってもらい、「就職したい」という意欲を育んでいくのです。


「就職前後の段階」では、就職するまでのスキルアップ、また就職後のさらなる技術力向上や、後輩の指導やマネジメントができるようになることを目指したサポートをします。ここでは、AからFの6段階に分けた胡蝶蘭栽培のスキルを、5つのステップで身につけていく育成カリキュラムを用意しています。A~Cは、就職に必要な難度のもの。EやFの難度になると、胡蝶蘭の3本立てや5本立てができる技術スキルや、後輩に作業を教えることができるといったリーダーとして他の人をマネジメントできるスキルになります。「ピア」といって、障害者には障害者が指導に当たったほうがスムーズなので、指導者としての育成は障害者雇用を継続していく上で重要です。アロンアロンの利用者にとって最も気になることは「いつ就職できるか」ですから、こうしたカリキュラムが開示されることで、どこまでできれば就職できるかが明らかになり、明確な目標になります。また就職後、雇用企業の人事の方は、「雇用した障害者社員をアロンアロンが出向者として受け入れて、どのように成長させるのか」という点が気になるので、育成計画として見えるように企業にも開示しています。

企業は、障害があっても専門性をもって利益貢献できる仕組みの用意を

栽培にチャレンジ中のマンゴーの農園の様子

栽培にチャレンジ中のマンゴーの農園の様子

――胡蝶蘭栽培を始められて5年。障害者の自立を支援するアロンアロンの取り組みは、着実に拡大しています。今後に向けての展望や予定があれば教えてください。

胡蝶蘭の次なる挑戦として、マンゴーの栽培を始めています。スマートアグリで、マンゴーの栽培から収穫判断までシステムで制御し、システム上で良い具合に熟したマンゴーを障害者の方々が収穫する。大変な仕事は機械で、楽しい収穫は人間でというわけです。現在、産業用ロボットのシステムインテグレーター企業に2名の障害者の方が就職して、実際に障害を持つ人が栽培し、収穫までできるかを実証実験しながら開発を進めています。


――障害者を雇用する企業に向けて、期待することやメッセージはありますか?

障害者雇用を考えるのであれば、やはり障害者の人が利益貢献できるような仕組みを作ることが必要だと思います。誤解を恐れずに言えば、「雇用率達成のために、会社にいてくれるだけでよい」「障害者雇用は、多少コストが高くてもよい。赤字でもよい」などという考えは緩やかな差別であり、そろそろやめるべきです。アロンアロンの胡蝶蘭栽培の仕組みも立ち上げ当初4年間は販路拡大に奔走し、年間5,000万円の売り上げが見込めてから実際に栽培を始めました。売れる見込みがないものを作るのでは、障害者の人もその仕事に誇りを持てません。障害を持つ人の特性や能力、立ち位置も含め、会社の利益に貢献できるポジションをしっかり作ることが必須でしょう。


そこでもう一つ欠かせないのが、障害者の人に専門性を持たせるということです。アロンアロンでは胡蝶蘭栽培について専門性を身につけ、「蘭職人」として就職していきます。社会で必要とされる労働力にならなければ、やはり誇りある人生は歩めませんから、単純作業ばかりではなく、その人の得意分野を伸ばしたり、専門性が身についたりするような業務を用意しなければならないと思います。


ここまで都合上、「障害者」という言葉を使って話してきましたが、「障害者」と括った時点で差別は始まってしまいます。人間誰しも皆同じ。会社や組織の一員としてミッションの一端を担っているということ、「あなたがいるから、うちの会社は助かっている。私の仕事が助かっている」という存在でいられることが、その人の自己肯定感に繋がる。誰もがそうした自己肯定感を持てる状態をつくることが、何より大事だと思っています。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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