公開日 2022/07/01
日本政府が政策目標に幸福(Well-being)を取り入れるなど、今社会でWell-beingに注目が集まっており、その中で仕事における幸福(Well-being)も注目されている。しかし、仕事における幸福に関する実証的な調査や研究はまだ数が少なく知見の蓄積が求められている。このため、パーソルホールディングスは、2020年度のギャラップ国際世論調査において、パーソルグループのグループビジョン「はたらいて、笑おう。」に関する調査を、Gallup Inc.および公益財団法⼈ Well-being for Planet Earthの協力のもと実施した。本コラムでは、このグローバル調査のデータから、世界の「はたらくWell-being」の分布とその特徴について紹介したい。
先述の通り、パーソルグループのグループビジョン「はたらいて、笑おう。」を表現する指標と位置付けて、はたらくWell-being指標(以降、はたらくWB指標)を作成し、ギャラップ国際世論調査において調査している。はたらくWB指標とは、仕事における幸福を、Q1「仕事の体験」、Q2「仕事の評価」、Q3「仕事の自己決定」の3つの次元から聞いたものである。
具体的な調査項目を図1に示す。「仕事の体験」は仕事に対する感情的評価を表し、「仕事の評価」は仕事に対する認知的評価を表している。それに加えて、「仕事の自己決定」はWell-beingのための重要な要素とされている「自己決定」ができているかを測定している。これらの3つの項目を世界116カ国の就労者約7万人(1カ国当り300名~2,000名程度)に尋ね*、世界の仕事における幸福の状況について分析した。
*調査は、通常は専門の調査員が対面で聞き取る方式を採用しているが、2020年度はCovid19の影響で電話による聴取となっている。
図1:ギャラップ調査で聴取しているはたらくWell-being指標
各国のはたらくWB指標の得点分布を白地図上に示した(図2)。色が濃いほど、その国において、Q1「仕事の体験」、Q2「仕事の評価」、Q3「仕事の自己決定」それぞれの肯定回答率が高いことを意味している。
図2:はたらくWB指標の世界各国の分布
Q1 仕事の体験
Q2 仕事の評価
Q3 仕事の自己決定
※グレーは調査対象外の地域
国ごとの得点やランキングといった詳細については、パーソルホールディングスの特設サイト「世界のはたらくWell-being」に詳しく掲載されているためここでは割愛するが、大まかな傾向をみると、3問それぞれで異なる特徴が浮かびあがった。
まず、仕事への感情的評価であるQ1「喜びや楽しみを感じる」は、東南アジアやラテンアメリカ・カリブ海、北欧を中心に高い。一方で、中東やアフリカ、日本や韓国などの東アジアでは比較的低い傾向がある。こういった地域ごとの特徴には、各国の就労環境や労働価値観の違いなどが複雑に絡み合っていると考えられる。一般的にワークライフバランスを実現できているとされる北欧や、物事を前向きに明るくとらえる価値観が強いと言われているラテンアメリカやカリブ海では、仕事に喜びや楽しみを感じる人が多いと推測される。一方、上意下達の権威主義的な組織文化が存在する東アジアでは喜びや楽しみを感じにくいと考えられる。
仕事への認知的評価であるQ2「人々の生活をより良くしている」は、ラテンアメリカや旧ソ連諸国、西アフリカ、日本で高い。一方で、西欧や中東、オーストラリアでは低い。日本では滅私奉公的な考え方が存在し、仕事を通じて人や社会に貢献する意識が強いことの表れと推測される。西欧諸国で低い点は、カトリックにおいては労働が、人間が生まれながらにして持っている罪を償うための罰と位置付けられたことが遠因となっているのかもしれない。
仕事での自己決定を表すQ3「仕事や働き方の選択肢がある」は、サハラ以南のアフリカやアメリカなどで高い傾向があり、ロシアやヨーロッパ、北アフリカでは低い。労働流動性が高いといわれるアメリカでは仕事を自己決定できていると感じている人が多いと考えられる。また、サハラ以南のアフリカ地域は、自営業を営み、さまざまな職を状況に応じて転々とするような労働形態が多いことが影響していると考えられる。
このように、はたらくWell-beingは国・地域ごとにさまざまな要因によって影響を受けていると考えられる。どのような要素がどれくらい重要なのかについては、今後さらに解像度を高めていく必要があるが、Well-beingを論じる上で重要な要素として経済状況がある。
経済成長と人々の幸福は一体として語られてきた歴史があり、過去の国際調査から、各国の国民一人当たりの経済的豊かさを表す一人当たりGDPと人生の幸福度は強く相関することが知られている。今回の調査データにおいても、各国の一人当たりGDPと人生幸福度との相関係数は0.76とかなり高い値を示した(図3)。
しかしながら、同じようにはたらくWB指標と一人当たりGDPとの相関係数※を見ると、Q1「喜びや楽しみを感じる」では0.16、Q2「人々の生活をより良くしている」では-0.11、Q3「仕事や働き方の選択肢がある」では0.04と、ほぼ関連がみられなかった(図3)。
※相関係数:-1 から 1 までの値を取り、-1:強い負の相関 ~ 0:相関無し ~ 1:強い正の相関 を表す。
ただし、国内の就業者の間で比較すると、一般的に年収が高いほうが仕事における幸福度が高いことがこれまでの調査でよく知られている。今回のグローバル調査から分かったのは、国の間で比較すると、各国の経済的豊かさのレベルと仕事における幸福度は関連が見られないということだ。
図3:一人当たりGDP とはたらくWB指標・人生幸福との相関係数(国別データ)
この結果を紐解くため、各国の一人当たりGDPを横軸、はたらくWB指標を縦軸にとった散布図(図4)を見ると、次のような傾向がみられた。一人当たりGDPが高い、いわゆる先進国では、全体的にはたらくWB指標が比較的良好な位置(上側)に分布しているが、一人当たりGDPが低い国々においては、はたらくWB指標に大きな差が存在しており、先進国以上に良好な国も多い。この一人当たりGDPが低くはたらくWB指標が高い国々が多いことが、経済状況と仕事における幸福度との相関(右肩上がりの傾向)をなくしているように見える。
図4:はたらくWB指標と一人当たりGDPの関係(国別データ)
さらに、一人当たりGDPが低くはたらくWB指標が高い国(散布図の左上の国々)の特徴を調査データから分析してみると、仕事の見つかりやすさや、主観的な経済状況、居住地域の生活環境・教育・医療の状況、健康状態、将来への楽観度といったさまざまな指標が、一人当たりGDPが低いがはたらくWB指標も低い国(散布図の左下の国々)と比べて良好な傾向がみられた(10%水準で有意;図5)。
また特に、「仕事の見つかりやすさ」や「将来への楽観度(将来の経済状況や生活水準、幸福度への期待感)」は、一人当りGDPの高い国と比べても良好な傾向があった(0.1%水準で有意)。つまり、経済的に豊かな国以上に、これらの国は仕事が沢山あり、将来への期待感が高いということだ。また、「仕事の見つかりやすさ」や「将来への楽観度」は、はたらくWB指標との相関(国別データ)が特に高く、これらの国の仕事における幸福度の高さを説明する要素といえる。
図5:一人当たりGDPが低くはたらくWB指標が高い国(赤)の特徴(国別データ)
※一人当りGDP高・低群、はたらくWB指標高・低群は2等分割。凡例の括弧内はサンプル数
仕事における幸福度とは、人生における幸福度の下位概念と考えることができるため、当然その評価および主たる要因は異なる。このため、グローバルな状況に視野を広げた時に、仕事における幸福度の主要因は国の経済的豊かさそれ自体ではないことが明らかになった。むしろ、仕事の見つかりやすさや将来への楽観度の方が主要な要因であり、そのため経済的豊かさの高い先進国と同等かそれ以上に、これらの要因が高い新興国において仕事における幸福度が高い傾向が確認された。このような傾向は、かつての高度経済成長期の日本の姿、――活況を呈した混沌の中にも多くの仕事があり今よりもよくなる未来に向けてやりがいを感じながら働く――、を思い浮かべれば、納得感がありそうである。ただし、仕事における幸福は、先述の通り価値観や就業環境などさまざまなことが影響していると考えられるため、今後さらに調査を積み重ね、解像度を高めていく必要がある。
本コラムでは、ギャラップ国際世論調査のデータから、はたらくWB指標のグローバルな状況やその特徴について紹介した。本コラムのポイントは以下の通りである。
<ポイント1>
はたらくWB指標では、仕事における幸福を、「仕事の体験」「仕事の評価」「仕事の自己決定」の3つの次元から聞いている。
<ポイント2>
各国のはたらくWB指標の分布は、例えば、仕事の体験は東南アジアやラテンアメリカ、北欧で良好で、中東やアフリカ、東アジアでは低いなど、就業環境や労働価値観などの影響を受けて、国・地域ごとに特徴が見られる。
<ポイント3>
各国の経済的豊かさの指標(一人当りGDP)は人生幸福度と相関することが知られているが、仕事における幸福度とは相関せず、仕事が見つかりやすく将来への楽観度の高い新興国において仕事における幸福度が高いことが確認された。
※Gallup世界世論調査 調査概要
実施内容:国際世論調査『Gallup World Poll』に、「はたらいて、笑おう。」に関する質問を3項目追加
対象 :世界116カ国、各約1000名に対し、電話調査を実施。
調査期間:2020年2月~2021年3月
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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