公開日 2022/06/07
パーソル総合研究所は、地方圏への移住の意思決定に影響を与える要因構造の可視化に関する研究を実施。2022年3月に「地方移住に関する実態調査」結果を発表した。
本稿は、地球と個人がともに幸せ(well-being)である社会を実現するための研究を行い、地域活性学会理事を務めていらっしゃる、叡啓大学ソーシャルシステムデザイン学部学部長・教授 保井 俊之氏に、「配偶者地縁型」移住者本人の主観的ウェルビーイングを高め、移住そのものを成功させる要因について寄稿いただいた。
広島県の中山間地で、地域活性化のリーダーとしてバリバリと活躍する50歳代のその人が、はにかみながら語る。
「いや、必ずしも、志を持って移住したわけではないのです。配偶者に半ばダマされたようなものでして(笑)。実家の両親が高齢で、生活も大変になって『帰って来るんを待っとるけえ』とずっと言われとって。知り合いも実家の義理の両親や親戚以外にはおらんで、移住したのです。でも、人口高齢化と過疎の山あいのまちで、同年代がほとんど周りにおらんで、気がついたら、やることなすこと地域の人たちが面白がってくれるようになりました。いまでは地域の友達・知人も増えました。いつの間にか、お祭りやお正月など地域の行事にはいつも引っ張り出してもらえる。自分がやりたいイベントも主催させてもらえるようになりました」
俗に「ヨメターン」「ムコターン」の名で呼ばれる「配偶者地縁型」移住。もともとは大都市で生活していた核家族世帯が、配偶者の事情でその地元に移住するケースを指す。
地元出身の配偶者ならまだしも、本人にはもともとその土地に「配偶者の出身地」以上の愛着はなかったかもしれない。しかし、移住後の多くの事例で、地元出身の配偶者以上に、本人が地域のリーダーとして生き生きと地域活動に励むようになっている姿が認められる。
今回パーソル総合研究所が発表した「地方移住に関する実態調査」は、この「配偶者地縁型」移住を移住の成功型パターンのひとつとして定量的に提示・検証することに成功している。
「配偶者地縁型」移住の特徴は顕著である。本人の最初の地域愛着がさほどではないのだ。「このまちが大好きでたまらない」。この感情を地域愛着と呼ぶ。地域愛着は主観的ウェルビーイング(心の良好な状態)とよく相関することが知られている。しかし、「配偶者地縁型」移住は、地域愛着が「Uターン型」などの他の移住タイプに比べて劣後している。他方で住居及び生活の満足度、並びに地域生活及び地域住民の幸福度が押しなべて高いことが示されている。
地域活性化に関する筆者らの研究成果*は、地域への愛着と並び、地域の活動が生活満足度(LS)及び人生満足度(SWLS)と相関を示すことを明らかにした。では、「配偶者地縁型」の移住者はどのように地域活動へのアクセスを手に入れるのだろうか。そこには、配偶者が持つ、地域での人間関係のネットワークと本人の頻繁な自然とのふれあいが強く寄与している。
地域における緩やかな人的ネットワーク、すなわち「弱い絆」は主観的ウェルビーイングと強く相関している。そして、頻繁な自然とのふれあいが主観的ウェルビーイングと強く相関していることも知られている。「Iターン型」や「Jターン型」の移住者が苦労する傾向にあることで知られている、地域の人間関係や自然資源へのアクセスを、「配偶者地縁型」移住者は地元出身の配偶者がこれまでの人生で築き上げた知的資産から獲得することができるのである。そして、配偶者の持つ人間関係と自然資源へのアクセスの「ゲートウェイ」が、本人の地域活動の活発化を生み、「配偶者地縁型」移住者本人の主観的ウェルビーイングを高め、移住そのものを成功させる要因となるのであろう。
最初の地域愛着は乏しくとも、地域の弱い絆と自然とのふれあいに触発されて、地域活動が徐々に高まり、地域との幸せなつながりへ道を拓く。この「配偶者地縁型」移住の効用はさらに注目されて然るべきであろう。
*高尾真紀子、保井俊之、山崎清、前野隆司(2018)「地域政策と幸福度の因果関係モデルの構築-地域の政策評価への幸福度指標の活用可能性-」『地域活性研究』Vol.9,pp.55-64
叡啓大学ソーシャルシステムデザイン学部 学部長・教授
保井 俊之 氏
1985年東京大学卒業。財務省及び金融庁の主要ポストを経て、地域経済活性化支援機構常務、米州開発銀行の日本他5か国代表理事を歴任。博士(学術)。米国PMI認定PMP。2021年より現職。地域活性学会理事兼学会誌編集委員長、PMI日本支部理事、ウェルビーイング学会監事、日本創造学会評議員。専門は、社会システムデザイン、社会イノベーション、ウェルビーイング、金融、公共政策、対話理論及び地域活性化など。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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