都市圏と地方圏とを行き来する働き方は「幸せ」なのか?

多拠点居住コラムイメージ画像

2020年初頭からの新型コロナウイルスのパンデミックは、図らずもテレワークの普及を促進し、私たちの働き方に大きな変化を生じさせた。そして、私たちに対し「自分は何のために、どのように働きたいのか」といった労働観を問いかける機会ともなった。

筆者らが2021年に行った「地方移住に関する実態調査」では、テレワークによって働く場所に制約がなくなったことで都市圏就業者の地方移住への関心を高めたことが示唆されていた。他方で、地方自治体は、コロナ禍以前より域外からの移住・定住を促進し、移住に際する助成金や就農・起業支援などさまざまな取り組みを行ってきた。しかし、先の調査結果からは、地方移住を検討中ではあるが「移住に踏み切れない不安がある」と回答する人が51.3%と半数を超えていた。また、移住への関心が高まるにつれ、移住後のリアリティショックを報告する事例も見聞きすることも増えており、移住・定住のハードルは未だ低くはなっていないのが現状であろう。

そこで、本コラムでは「移住・定住」と地域コミュニティとの「交流」の間の形態として「多拠点居住」に着目する。筆者らは、多拠点居住とは「主たる生活拠点を都市圏(政令指定都市+東京23区内)に持ちながら、別の道府県にも生活拠点を設けて定期的に行き来する生活」と定義した。都市圏と地方圏を行き来するという働き方が個人・雇用組織・地域(自治体)それぞれにどのような影響を与え得るのか。最新の調査結果を基に紹介していきたい。

  1. 「関係人口」にもう一歩踏み込む
  2. 多拠点居住という働き方・暮らし方への着目
  3. 多拠点生活者は幸せなのか?
  4. 多拠点居住者の「労働」と「消費」への貢献
  5. まとめ

「関係人口」にもう一歩踏み込む

これまで、政府や自治体が注目してきた概念に「関係人口」がある。移住した人々や観光客だけでなく、地域と多様に関わる人々を指す概念であり、企業や団体、デジタル市民なども含まれる広い概念である(図1)。政府や自治体は「関係人口」を将来の移住・定住候補者として期待し、その拡大施策を進めてきた。しかし、関係人口の定義の幅広さとともに継続的な関係深化を図る手法も試行錯誤であり課題も少なくない。また、関係人口とは「地域への想いの強さ」という情緒的な側面を大切にする概念であるがゆえに、消費と労働への貢献という観点もやや曖昧に扱われてきたとの指摘もある。地域に活力をもたらす観点として、「労働」と「消費」という観点から目をそらすことはできない。情緒的側面を重視する「関係人口」という概念は尊重しつつ、本コラムのテーマである「多拠点居住者」に着目することで、地域のにぎわい創出や活力への貢献についても議論が深まることを期待したい。

図1:関係人口の概念図

図1:関係人口の概念図

出所:総務省「関係人口ポータルサイト」*1

多拠点居住という働き方・暮らし方への着目

地方圏での生活に関心を持つ就業者の中には、特定の地域に移住・定住するよりも、都市圏と地方圏を定期的に行き来する生活を志向する人々がいる。いわば、「プチ・移住」を志向する人々である。一見、優雅な別荘族を思い描くかもしれないが、近年では手頃なサブスクリプション・サービスを用いたシェアハウスなども増えており選択肢も多様化している。そこで筆者らは、都市圏在住の就業者(20~69歳の男女2,500名)を対象に、「就業者の多拠点居住に関する定量調査」を行った。調査は2022年11月に実施し、多拠点居住を行う目的や関心事によって分析を行った。その結果、多拠点生活者について5つのタイプ分類(1.多拠点生活志向、2.地域愛着、3.趣味満喫、4.家族支援、5.受動的ワーク)を導出することができた(図2)。

図2:多拠点生活者の5つのタイプ

図2:多拠点生活者の5つのタイプ

出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」


5つのタイプには以下の特徴がみられた(図3)。1.多拠点生活志向、2.地域愛着、3.趣味満喫のタイプは、自ら多拠点生活を選択している能動的なタイプで、本調査サンプル全体の約56%であった。4.家族支援、5.受動的ワークのタイプは、自分の意志というよりは組織や家族など他者の意向を受けて多拠点生活をしているタイプといえる。多拠点生活者といってもそれぞれのタイプごとに目的や関心も異なるため、一括りに論じることはできないことが分かる。

図3:多拠点居住者の5つのタイプ別特徴

図3:多拠点居住者の5つのタイプ別特徴

出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」

多拠点生活者は幸せなのか?

地方圏への移住相談を受け付けているふるさと回帰支援センター(東京・有楽町)は、「首都圏在住者のうち309万人が地方圏への移住を希望している」(2021.10)との推計*2を公表している。筆者らは、これほど多くの人が地方圏に魅力を感じている中で、都市の利便性や刺激と地方圏の自然環境を程よく享受できる生活を実現している人は主観的な幸福度も高いと考えた。そこで、多拠点居住の実践者(多拠点居住者)と非実践者(計画者・意向者)で幸福度(主観的幸福感)についての比較を行った。(図4)

その結果、多拠点居住者全体の幸福度は計画者・意向者と比較して高いことが確認された。しかし、多拠点居住者のタイプ別に確認すると一様ではないことが分かる。能動的な多拠点居住者(多拠点生活志向、地域愛着、趣味満喫のタイプ)の幸福度は国際調査*3における日本の平均6.04pt(参考値)を上回っているが、受動的な多拠点居住者(家族支援、受動的ワークのタイプ)のスコアは低い傾向であった。図4の結果は因果関係を示すデータではなく、多拠点居住者のタイプごとに目的や関心などの背景も異なるため一概に論じることはできないが、多拠点居住とは、能動的にそれを実践している個人にとっては、ウェルビーイングを実現する働き方・暮らし方だと考えられる。

図4:多拠点居住者と計画・意向者との幸福度の比較

図4:多拠点居住者と計画・意向者との幸福度の比較

出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」

多拠点居住者の「労働」と「消費」への貢献

地方創生の議論においては、地域に活力を与える貢献として「労働」と「消費」の観点から目をそらすことはできない。そこで、多拠点居住者が地域にいかに貢献しているのか、多拠点居住者のタイプごとにその実態を確認した。縦軸が労働への貢献率、横軸が消費への貢献額として多拠点居住者のタイプをプロットしたのが図5である。労働と消費の両側面で最も貢献度が高かったのは「多拠点生活志向タイプ」であった。一方で、「受動的ワークタイプ」や「趣味満喫タイプ」は、労働と消費の両方で低い貢献度を示した。しかし、この結果から「地域にとって理想的なのは、多拠点生活志向タイプにより多く来てもらうことだ」と述べるのは拙速であろう。多様な多拠点居住者を擁する地域においては、「各タイプが、現状よりも右上にシフトしてもらうにはどうすればよいか?」と問題定義することを提案したい。

図5:多拠点居住タイプ別 労働と消費による地域貢献度

図5:多拠点居住タイプ別 労働と消費による地域貢献度

出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」

まとめ ~自治体(雇用組織)にとっての多拠点居住者への期待~

「就業者の多拠点居住に関する定量調査」から、能動的に多拠点居住という暮らし方を選択し、地方圏において何らか地域コミュニティとの交流を行っている就業者のウェルビーイングは高い傾向が確認された。就業者のウェルビーイングが高い状態にあると、仕事に対し熱意・没頭・集中する傾向が強まるとの先行研究から、企業における多拠点居住の支援施策とは福利厚生に留まらない。また、地域での副業やボランティア活動などを越境的学習機会と考えれば、就業者の能力開発やミドルシニアの活性化・セカンドキャリア支援といった従来の企業内教育では得難い人的資本への投資ともなろう。

また、これまでも地域を訪れる多様な人と地域住民(地元企業など)との交流を通じた地域創生に取り組まれている地方自治体においては、定住人口と交流人口の間の「関係人口」という概念の解像度を高めるべく「多拠点居住者」への着目を提案したい。その際、多拠点居住者とは一様ではなく、5つのタイプに分類され、その関心は多様であった。これは、地域の情報発信や政策立案に際して考慮すべき点がそれぞれ異なる事を示唆している。また、労働・消費への貢献度が高い能動的な多拠点生活者はもとより、現時点において地域との関係が薄い「受動的ワークタイプ」なども潜在的な力を秘めていると考えたい。受動的な多拠点生活者についても地域における「居場所」と「出番」をいかに自然な形でつくり出すかが重要な検討ポイントであると考える。

本コラムでは、多拠点居住という働き方・暮らし方に着目した実態調査の一部を紹介してきたが、多拠点生活とは二重生活に他ならない。二重生活は生活費や移動経費がかさむ上、移動にも労力がかかる。また、地域における人間関係への苦悩も少なくない。次回以降のコラムでは、多拠点居住者の生活実態をもう一段掘り下げ、特徴的なタイプのデータについて紹介していきたい。

【参考】
*1 総務省 関係人口ポータルサイトより(最終閲覧日:2023年5月23日)https://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/about/index.html

*2 認定NPO法人ふるさと回帰支援センター「地方移住に関する調査結果」,2021年10月7日https://www.furusatokaiki.net/topics/press_release/p46850/(最終閲覧日:2023年5月23日)

*3 World Happiness Report 2022年 https://worldhappiness.report/ed/2022/  (最終閲覧日:2023年5月23日)

執筆者紹介

井上 亮太郎

シンクタンク本部
上席主任研究員

井上 亮太郎

Ryotaro Inoue

大手総合建材メーカーにて営業、マーケティング、PMI(組織融合)を経験。その後、学校法人産業能率大学に移り組織・人材開発のコンサルティング事業に従事した後、2019年より現職。
人や組織、社会が直面する複雑な諸問題をシステマティック&システミックに捉え、創造的に解決するための調査・研究を行っている。


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