公開日 2023/07/12
近年、テレワークの普及や「関係人口」*1の注目に伴い、都市圏と地方圏それぞれに生活拠点を設けて定期的に行き来する「多拠点居住」という暮らし方が注目を集めている。こうした新しい生活スタイルは、地方活性化や個人のウェルビーイングにつながることが示唆されるが、多拠点居住に関する実証的な調査・研究はまだ数が少なく、知見の蓄積が求められている。
そこで、パーソル総合研究所では、2022年11月に「就業者の多拠点居住に関する定量調査」を行った。コラム:都市圏と地方圏とを行き来する働き方は「幸せ」なのか? でも紹介の通り、本調査では多拠点居住する目的に応じて就業者を5つのタイプに大別している。本コラムではその中でも、地域への貢献意識が特に高い「多拠点生活志向タイプ」の就業者(以降、「多拠点生活志向者」と称す)に主眼を置き、その特徴を紹介していきたい。
*1 移住した人々や観光客だけでなく、地域と多様に関わる人々を指し、企業や団体、デジタル市民なども含まれる広い概念
はじめに、多拠点生活志向者の特徴について、ポイントを絞り見ていこう。多拠点居住を行っている就業者に対して、サブ拠点の地域に関わる仕事・活動を行っているかを問うたところ、多拠点生活志向者では実に2人に1人の就業者が「何かしらの仕事・活動を現在行っている」と回答。内訳を見ると、「本業」「副業」などの項目すべてで高く、中でも「副業」を行っている割合は特に高い傾向であった(図1)。また、多拠点生活志向者においては複数のサブ拠点を行き来している結果も見られたことから、副業などの「労働」を通じて複数地域と関わり合っている就業者が多いことが分かる。
図1:サブ拠点の地域に関わる仕事・活動実施率、実施内容(多拠点居住タイプ別)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」
具体的に、多拠点生活志向者はサブ拠点への地域貢献にどの程度寄与しているか。地域における「労働力」と「消費」の観点から地域貢献度を見たところ、多拠点生活志向者が「労働力」「消費」のいずれも突出して高く、地域貢献度が高い【右上の象限】に布置されている(図2)。この結果を見るに、今後の地域活性化においては、「家族支援タイプ」や「受動的ワークタイプ」など、「多拠点生活志向タイプ」以外の就業者が「地域とどのように関われるか」を考えていくことが主眼になってくるかもしれない。しかし、多拠点生活志向者の地域貢献度はこのまま維持され続けるのだろうか。今回行った調査からは、多拠点生活志向者の地域貢献度が今後低下してしまうのではないかと感じられる傾向も確認されている。以降の章から、それらのデータについて紹介していきたい。
図2:地域における「労働力」「消費」からみた地域貢献度(多拠点居住タイプ別)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」
図3で示しているのが、多拠点居住タイプごとの幸福感(満足度)の結果だ。多拠点生活志向者は「はたらく不幸せ実感」以外のすべてのスコアが高く、「地域愛着タイプ」や「趣味満喫タイプ」と同水準の傾向である。能動的に多拠点居住を選択している就業者であるため、全般的に幸福感は高いのであろう。 一方、スコアが低いほど良好な「はたらく不幸せ実感」はどうか。他のタイプと比べて、「多拠点生活志向タイプ」の平均値は突出して高い結果であった。つまり、幸せ実感も高いが、不幸せ実感も高いという、二律背反の傾向が見られたのだ。
なお、この結果は、従来研究における1軸での主観的幸福感尺度*2では捉えきれない、幸せ・不幸せの2軸で捉えて状態把握することの必要性を示唆する結果ともいえるだろう。
*2 幸福感の高低を測定し、スコアが高い人は「幸せ」、低い人は「不幸せ」と解釈する捉え方
図3:地域・職業・家庭生活のウェルビーイングの実態(多拠点居住タイプ別、平均値/pt)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」
多拠点生活志向者がはたらく幸せ・不幸せをいずれも強く感じているのはなぜなのか。多拠点居住の悩みに関する結果からその傾向が見えてくる。多拠点生活志向者の「はたらく幸せ・不幸せ実感がともに高い層」を全体と比べると、「その地域の協働意識が強かった」「その地域で交流する人達とのお付き合いがつらかった」のギャップが特に大きい(図4)。これは、多拠点生活志向者が地域で交わる人達との関わり合いに苦悩していることを意味する結果ではないか。
地方での人間関係は人同士の連携意識が強く、心理的な距離感が近いことがしばしばいわれる。筆者も地方出身の身であるが、地方に住んでいた頃は、「ご近所さんが野菜や果物をくれた」「家族旅行中にご近所さんが自宅に入ってペットの世話をしてくれた」「ご近所さんに『ごはん食べていく?』と家に誘われた」などは、日常的な話であった。地方で暮らす住民の意識としては、そうした「他者と濃く密につながる」意識が染みついているように思える。
図4:多拠点居住に関する切実な悩み(GAPの大きい上位5項目、%)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」
一方で、多拠点生活志向者の意識はどうか。主観的幸福感と友人・知人数の関係性を分析した結果から、その傾向が読み取れる。「主観的幸福感」に対して「地域で交流する友人・知人の数」が与える影響を分析した結果、多拠点生活志向者においては、「時々連絡を取る友人・知人の数」「簡単に挨拶をかわす顔見知りの数」が主観的幸福感を高める傾向が確認された(図5)。「頻繁に連絡を取る友人・知人の数」は統計的に有意な影響を与えておらず、多拠点生活志向者が「たまに会って話をする程度の《ゆるい》つながり」を求めている様子がうかがえる。このことからも、多拠点生活志向者の意識と地域住民側の意識にギャップが生じている可能性が示唆されるのではないか。
図5:主観的幸福感と友人・知人数の関係性(多拠点居住タイプ別)
出所:パーソル総合研究所「就業者の多拠点居住に関する定量調査」
紹介してきたデータから、多拠点生活志向者が地域住民との関わり合いに悩んでいる様相がほうふつとされた。今回の調査からは、ウェルビーイングにおける人間関係の重要性が示唆される結果も出ており、地域住民との溝が生じる状態が続けば、多拠点生活志向者が地方から離れてしまうリスクが高まるのではないだろうか。併せて、現状では突出して高い地域貢献度についても、今後は低下してしまう懸念も生じるだろう。
ここで改めて、「多拠点生活志向者」という関係人口の重要性について考えてみたい。ローカルジャーナリストの田中輝美氏は、関係人口が地域再生に果たす役割について、社会学の観点から論じており、地域再生における主体形成過程を図6のように整理している。地域再生のために具体的には、「心の過疎化」が進む地域住民を地域再生主体として形成させること。そのために、まずは関係人口の人々をその主体として形成させることが重要である旨を述べている*3。
*3 田中輝美、2021、『関係人口の社会学 -人口減少時代の地域再生-』、大阪大学出版会。
図6:地域再生主体の形成の3ステップ
出所:田中,2021参照に筆者作成
なお、関係人口において田中氏は、「特定の地域に継続的に関心を持ち、関わるよそ者」と定義しており、関係人口がそのまま地域再生主体になるわけではない。田中氏は、関係人口が地域再生主体として形成される条件について、以下の3点を挙げている。
① 関心の対象が地域課題であること
② その解決に取り組むことで地域と関与すること
③ 地域住民と信頼関係を築くこと
多拠点生活志向者は上記の条件をどの程度満たしているだろうか。多拠点生活志向者は、地域住民との信頼関係の構築(条件③)について高いハードルを感じていた。しかし、地域貢献意識は他のタイプより高く、また、副業などを通じて地域と関わり合っている傾向も見られていたことから、条件①と②は一定満たしていると考えられる。すなわち、本コラムで着目する多拠点生活志向者は、地域再生主体として機能する関係人口に最も近い人材であるということではないだろうか。地域がウェルビーイングな状態であるためには、多拠点生活志向者と地域住民の溝が埋まり、信頼関係が築かれるかがポイントであるといえよう。また、それは多拠点生活志向者自身のウェルビーイングにもつながっていく。
多拠点生活志向者と地域住民が信頼関係を築くために具体的に何をすればいいのか。この点は、異なる価値観を有する人同士の関わり合いによって生じる多種多様な問題でもある。調査研究に値するテーマと感じている中ではあるが、現状の私見を述べたい。
まず、1つには、多拠点生活志向者自身の意識や姿勢を見つめ直す点が重要ではないか。地域の歴史や人口、生活環境などの違いから、価値観に相違があることは自明の理である。それをどう受け止めるかは個人次第であるが、例えば、その違いを学びや成長の機会として捉えた場合、自身のウェルビーイング向上につながるのではないだろうか。多様な価値観を受け止め、地域住民側のことを理解しようとする姿勢が、信頼関係構築の上では必要不可欠であるだろう。
多拠点生活志向者は主に副業を通じて地域と関わるケースが多い傾向であった。そのような副業人材を受け入れる地方企業においては、多拠点生活志向者に過剰な期待を寄せるがあまり、必要以上の量・内容の業務を依頼したり、プライベートに過度に干渉したりするようなケースもあるかもしれない。パーソル総合研究所が行った「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査」では、副業によって本業に発生した問題・課題の上位に、「過重労働となり、体調を崩した」「過重労働となり、本業に支障をきたした」が入る。就業者側のセルフマネジメントの問題としてのみ扱うのではなく、企業側も適切な関わり方をしているかについては留意されたい。
最後に、地方自治体の視点では、多拠点生活志向者の「生の声」を聴く機会を作るところから始めてはどうか。他方では、地域住民が多拠点生活志向者をどう思っているかも併せてヒアリングし、意識ギャップが生じる核心を特定していく。そのようなリアルな情報を、多拠点居住を考えている人々に向けて積極的に発信していき、事前にトラブルを防いでいく取り組みが重要と考える。また、多拠点生活志向者と地域住民が交流できる場をセッティングし、情報収集や意見交換ができるようにする取り組みも信頼関係構築の上では有効かもしれない。多拠点生活志向者は、あくまでも「たまに来る人」であり、弱い立場の一個人である。それゆえに、個人だけで動いても信頼関係の構築にかなりの時間を要し、個人で動ける限界もある。こうした問題に対して、自治体がどういうサポートができるかを模索する姿勢が、地域活性化の観点で大切ではないだろうか。
本コラムでは、地域への貢献意識が高い多拠点生活志向者の特徴と課題について、調査データを紹介しながら見てきた。現状、地域貢献度において他のタイプよりも高いポジションに位置している状態ではあるが、地域との関わり合いに悩んでおり、幸せと同時に不幸せも感じている。そのため、今後は地域貢献度が下がってしまったり、地域から離れていってしまったりする可能性もある。裏を返せば、今のポジションよりもさらに高くなる可能性もあり、「まだまだ良くなる」という伸び代を秘めているともいえよう。地域と個人の双方がウェルビーイングであるために、多拠点生活志向者が地域住民とどう信頼関係を築いていき、「地域再生主体」として、どう地域に馴染んでいけるかがポイントと考えられる。
シンクタンク本部
研究員
中俣 良太
Ryota Nakamata
大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。
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