公開日 2023/11/14
近年、日本における「労働移動の円滑化」の議論が活発に行われている。現在の日本で労働移動の多くを占めるのは「転職」とされるが、転職者が入社後に「こんなはずではなかった」というリアリティ・ショックを感じるリスクの高さが指摘される※1。そのため、最近では「企業・個人双方の《お試し》の機会」として副業が注目され、「正社員採用のミスマッチ防止」の手段とする議論も見られる。しかし、「副業人材の受入れ」は労働移動の円滑化において大きな意味を持つ。ならば、今後より良い副業社会を実現していく上では、「副業人材の採用ミスマッチ防止」という観点も議論すべき内容ではないだろうか。こうした問題意識から、本コラムでは、企業と副業人材のミスマッチを抑制するポイントについて、パーソル総合研究所が実施した「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」のデータを基に考えていきたい。
※1 『人事部のための副業・兼業管理の実践ノウハウ』、編著:労務行政研究所、2023年
まずは副業者が感じているミスマッチの実態を確認していこう(図1)。現在副業を行っている正社員2,000名に対して、副業開始時のリアリティ・ショックの有無(副業先で行う仕事や実態について、採用前の期待やイメージと相違があったか)について質問したところ、「あり」の割合は27.7%という結果であった。副業はジョブ型のように採用段階でどのような仕事に携わってもらうかがある程度明確になっているケースが多い。そのため、初職の企業1~3年目の正社員がリアリティ・ショックを感じた割合の76.6%よりは低い傾向ではあるものの※2、決して副業者のリアリティ・ショックが少ないわけではない。
リアリティ・ショックの発生は、副業開始直後のストレスや副業中の過重労働リスクにつながる。また、副業者本人への悪影響のみならず、副業先で働く周りのメンバーの悪影響にもつながる可能性が本分析によって明らかになっている。こうした傾向を踏まえると、やはり副業における採用ミスマッチ防止の観点は見過ごせないテーマだ。
図1:副業実施者のリアリティ・ショックの実態と影響
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
※2 パーソル総合研究所が2019年に実施した「就職活動と入社後の実態に関する定量調査」 によると、就活後、初職の企業1~3年目の正社員が入社後に何らかのリアリティ・ショックを感じた割合は76.6%であった。なお、本調査とは対象条件や聴取方法が異なるため、同一条件の比較でない点に留意されたい。
次に、リアリティ・ショックを抑制する要因について見ていこう(図2)。「自分に合った副業を選択できた」「副業開始時の疑問や不安を払拭できた」などの「副業選択の納得感」がリアリティ・ショックを抑制する傾向が明らかになった。また、この「副業選択の納得感」に対しては、採用前の認識合わせ時の「内容理解」と「内容共感」、そして副業先との「相性理解」が良い影響を与えている。つまり、副業者のリアリティ・ショックを防ぐには、企業が行う採用コミュニケーションについて、単なる仕事内容などの表面的な説明で済ませるのではなく、企業理念や事業内容といった全体像の詳細なども伝えて、副業求職者が腹落ちするまで摺合せを行うことや、副業求職者に自社との相性を見極めてもらい、納得して副業を選択してもらうことが有効であるといえよう。
図2:リアリティ・ショックの抑制要因
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
企業と副業人材のミスマッチ防止のためには、採用コミュニケーションが重要であることが分かった。それでは、具体的にどのような採用コミュニケーションが有効なのか。本調査における分析結果を踏まえ、ポイントを2点述べたい。
図3は企業が副業求職者と採用前にとった接点の実態だ。最も多いのは「対面での面談」であり、81.1%と抜きん出て高い。次いで「リモート面談(28.4%)」や「フォーマルな場での対面形式(27.0%)」「カジュアルな場での対面形式(26.5%)」が続く。
図3:企業と副業求職者の採用前の接点
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
別途、図3の回答傾向を集計した結果(図4)もあわせて参照されたい。採用前に副業求職者との接点が面談のみである企業は約3割、面談とそれ以外の接点もある企業は約6割という傾向だ。これらの結果を見ても、副業求職者の採用可否を検討する上では、面談を通じたコミュニケーションの比重が重い実状が読み取れる。
図4:企業と副業求職者の採用前の接点の傾向
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
上記で挙げた接点の2パターン(面談のみ/面談とそれ以外)と、副業採用前の認識合わせ時の「内容理解」「内容共感」「相性理解」の関係性を見てみよう(図5)。いずれのスコアも、面談以外にも接点を設けている企業のほうが、面談のみを実施している企業より高いことが分かる。限られた時間の中で行う形式的なコミュニケーションだけでは、企業と副業求職者の溝はなかなか埋められないということであろう。企業と副業求職者の採用のミスマッチを防止するには、面談の実施だけでなく、面談以外の接点を設け、多様なコミュニケーションを図ることが重要だ。
また、サンプル数の制約上、今回の分析からは確認できなかったが、特に「適性検査・相性診断」の実施は副業先との「相性理解」を促し、ミスマッチを防止する上で有効である可能性が想定される。例えば、企業で活躍している社員にも検査を受けてもらい、どの程度その結果と類似しているかなどを見ることで、よりマッチした人材を採用できるのではないだろうか。
図5:副業採用前の接点パターンと「内容理解」「内容共感」「相性理解」との関係
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
ところで、本調査では面談の実施回数のデータも聴取している。面談を1回もしくは2回実施する企業が全体のおよそ8割を占めているが(図6)、副業採用前の認識合わせ時の「内容理解」「内容共感」「相性理解」との関係性はどうだろうか。直感的には面談回数が多くなるほどコミュニケーションを取る時間が増えるため、認識合わせした内容を「理解」し、「共感」し、そして副業先との「相性」も理解できるのではないかという仮説も立てられよう。しかし、これらの要素を面談回数別に比較すると、上記のような傾向は確認されず、むしろ2回を超えてからは理解・共感のスコアは下がっていく動きが見られた。やはり、形式的な面談のやり取りを増やせば良いという話ではなく、面談以外で話す時間を設けることがポイントのようだ。
図6:副業採用前の面談回数と「内容理解」「内容共感」「相性理解」との関係
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
企業と副業人材のミスマッチを防止する採用コミュニケーションの2点目のポイントは「両面提示のコミュニケーション」である。両面提示とは、副業求職者にとってメリットとデメリットの両方の情報を伝える方法であり、デメリットを正直に伝えると、メリットばかりを言われるより、好感を持てるようになるとされる。また、副業求職者に自社のネガティブな情報を先に提示することで、「この会社は採用に本気だ」というメッセージが伝わり、信頼度が増すことが期待される。なお、こうしたネガティブ情報に関して、副業求人への記載が有効である点は、コラム「副業人材の獲得に重要な副業求人の記載事項 ~ネガティブ情報の「積極的開示」と、組織風土の「見える化」を~」で紹介した通りである。
では、実際のデータを見ていこう。図7は、「両面提示のコミュニケーション」が副業採用前の認識合わせ時の「内容理解」「内容共感」「相性理解」に与える影響を見た結果だ。「両面提示のコミュニケーション」は、いずれの要素にも良い影響を与えており、特に感情的要素である「内容共感」への影響が最も強いことが分かる。自社の弱みが、むしろ《強み》に変化することの表れではないだろうか。当初の仮説通り、採用における両面提示のコミュニケーションが、ミスマッチ防止に役立つという傾向が明らかになった。
図7:「両面提示」と「内容理解」「内容共感」「相性理解」との関係
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
しかし、そうしたネガティブ情報について、副業求職者が採用前に確認したケースはかなり少ないことも同時に分かっている(図8)。この点は、コラム「副業人材の獲得に重要な副業求人の記載事項 ~ネガティブ情報の「積極的開示」と、組織風土の「見える化」を~」 で、副業求人への記載事項の実態を見た際にも同様の傾向が確認できた。どのような仕事でも良い面もあれば、そうでない面もあるだろう。また、今はネットで検索すれば、ネガティブな情報やリアルな口コミ情報も出てくる時代だ。このように考えると、今後は自社の弱みを隠すのではなく、自らオープンにしていくスタンスが重要ではないだろうか。
図8:副業採用前に企業と摺合せた内容
出所:パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」
本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」のデータを紹介しながら、企業と副業人材のミスマッチを抑制するためのポイントについて見てきた。本コラムの要点は以下の通りである。
●副業者が副業開始時にリアリティ・ショックを感じた割合は約3割。リアリティ・ショックの発生は、本人のストレスや過重労働リスクにつながるだけでなく、副業先で働く周りのメンバーの悪影響にもつながる可能性がある。
●副業者のリアリティ・ショックを防ぐために、企業側は採用コミュニケーションにおいて表面的な説明だけを行うのではなく、企業理念や事業内容といった全体像の詳細も伝えていき、副業求職者が腹落ちするまで摺合せを行うこと。また、採用コミュニケーションの中で副業求職者に自社との相性を見極めてもらい、納得して副業を選択してもらうことが重要。
●企業と副業人材のミスマッチを防止する上で、面談の実施だけでなく、面談以外の接点を設け、多様なコミュニケーションを図ることが有効。
●また、自社の弱みもありのままに伝える「両面提示のコミュニケーション」も有効。しかし、そうしたネガティブ情報を副業求職者が採用前に確認したケースはかなり少なく、今後の優先的な取組みが期待される。
今後より良い副業社会を実現していく上では、「副業人材の採用ミスマッチ防止」の観点にも注視すべきと考える。本コラムが、それらを議論する際の一助となれば幸いである。
シンクタンク本部
研究員
中俣 良太
Ryota Nakamata
大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。
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